タンゴの音楽形式(5) 「タンゴ」その3

ビセンテ・グレコやエドゥアルド・アローラスに続いて作曲面で1910年代の立役者となったのは、ロベルト・フィルポ(「夜明け」「アルマ・デ・ボエミオ」)やフランシスコ・カナロ(「エル・チャムージョ」「エル・インテルナード」ほか)だったが(「コンフント」その1参照)、ここではもう一人の重要な作曲家であるアグスティン・バルディ(1884〜1941)を紹介しておこう。本職は鉄道会社のサラリーマンで、演奏活動はほんの片手間に行った程度のバルディだが、作曲の才に恵まれ、1910年代から20年代にかけて「ティンタ・ベルデ(緑のインク)」「ロレンソ」「ケ・ノーチェ(何という夜)」「C.T.V.(セ・テ・ベ)」「エル・バケアーノ」「ティエリータ」「ラ・ウルティマ・シータ(最後の逢いびき)」「ヌンカ・トゥーボ・ノビオ(恋人もなく)」といった名作を残した。

バルディの代表作のひとつに、1917年に発表された「ガジョ・シエゴ(盲目の雄鳥)」がある。この曲の第1部は次の譜例集のパターン〔a〕のような譜割りのモチーフの繰り返しで成り立っている。
譜割りパターン
同じ譜割りのパターンは、例えばアローラス(バルディの親友でもあった)が同時期に書いた「レティンティン」や「ラ・ギタリータ」のメロディにも登場するが、バルディの「ガジョ・シエゴ」のほうがパターンが長く繰り返され、よりリズミカルである。この曲のように、メロディライン(あるいはそれ以外の対旋律など)に細かいリズムを構成する要素が内包されている作品が、タンゴには多い。メロディの譜割り〔a〕に対応する「ガジョ・シエゴ」の基本的なリズムは〔c〕と考えていいが、〔d〕や〔e〕への応用も可能である。そして、〔a〕もアクセントの位置を〔b〕のように変えてみると、また違ったビート感が生まれて来る。実際にオスバルド・プグリエーセ楽団による「ガジョ・シエゴ」では、〔b〕のアクセントのイントロが付いている。

さて、1910年代から20年代へと向かうにつれ、作曲家や作品の数も飛躍的に増え、タンゴの楽団演奏は、4分の2拍子から8分の4拍子へと変化していく。1920年代のカナロやフィルポの楽団などの録音を聴くと、譜例〔f〕のような、踏み締めるような4拍子の演奏が主体となっている。ただしそれは、ややもすると一本調子となりがちで、今日の耳には変化に乏しく感じる。そんな20年代において、一早くアレンジの重要性に着目し、メリハリの効いた個性的な音作りを目指したのがフリオ・デ・カロ六重奏団だった。デ・カロは、1曲の演奏の中にいくつものリズムパターンを散りばめた。先に挙げた〔c〕パターンや〔d〕パターンなども、曲の中で効果的に使われている。ちなみに、デ・カロ楽団の演奏で、彼ららしさが特によく出ているのは、優れた作曲家でもあったデ・カロ自身やメンバーたちによる作品の数々である。

時は流れ、個性的なオルケスタ・ティピカの数々が覇を競った1940年代以降、古典から当時の新しいレパートリーに至るまで、さまざまなアレンジが施されるようになり、それだけリズムパターンも多彩になった。基本となる4拍子〔f〕も、20年代の諸楽団に比べると表情は豊かである。オスバルド・プグリエーセが1946年に発表した「ラ・ジュンバ」は、プグリエーセのリズムに対するコンセプトが明快に提示された傑作。最初に耳に飛び込んで来るのは、バンドネオン・セクションを中心に繰り出される1拍3拍の強烈なスタッカートだが、その間を縫うように2拍4拍では、ピアノを弾くプグリエーセの左手が譜例〔g〕のように最低音部の鍵盤に叩き付けられ、ビート感を更に際立たせていた。そのプグリエーセ楽団の主要メンバーたちが楽団を脱退して1968年に結成したセステート・タンゴは、プグリエーセからの影響を明らかにしつつ独自の方向性を打ち出すために、2拍4拍に全体のアクセントを置いた演奏スタイルを打ち出していた。

ほかにもいろいろな例があるが、ちょっと変わったものでは、オラシオ・サルガンとウバルド・デ・リオがキンテート・レアルなどで多用する、シンコペーションの効いた〔h〕パターンがある。これは「ウンパ・ウンパ」と呼ばれるもので、4拍目と次の小節の1拍目とは、スラーで繋がっている。

最後に、アストル・ピアソラが得意とする3+3+2のパターン(譜例〔k〕)について説明しておこう。「アディオス・ノニーノ」や「リベルタンゴ」をはじめとして、多くの曲に登場するこのパターンの元になったのは、譜例〔i〕および〔j〕のパターンである。〔i〕は《「ミロンガ」その2》でご紹介した、セバスティアン・ピアナ作曲の「悲しきミロンガ」(ゆったりしたテンポのミロンガ)などのパターン。また、〔j〕はプグリエーセが1940年代後半に作曲し、ピアソラも1956年に弦楽オーケストラ編成で録音した「ネグラーチャ」などに使われていたパターンである。〔k〕のパターンは、ピアソラ自身の作品では、1948年の「ビジェギータ」に最初に現れ、1951年の実験作「タングアンゴ」(パーカッションを含む編成による録音)で大々的に使われた。以後、このパターンはピアソラのトレードマークのひとつとなり、モダン派のアーティストたちにも流用されている。

(この項終り)

Agustin Bardi

タンゴ史上最高の作曲家のひとり、アグスティン・バルディ
オラシオ・サルガンは「ドン・アグスティン・バルディ」を、オスバルド・プグリエーセは「アディオス・バルディ」を作曲し捧げている。


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