タンゴの音楽形式(6) 「ワルツ」

ワルツは4分の3拍子の曲。スペイン語では「バルス Vals」となるので、タンゴ・ファンの中には、この呼び方を好む人も少なくない。タンゴは、ハバネラやミロンガなどの他に、ヨーロッパのダンス音楽であるワルツやポルカなどの要素も含んでおり、タンゴ楽団も自然とワルツをレパートリーに取り入れるようになった。ブエノスアイレスで、主にタンゴ楽団のレパートリーとして書かれたワルツは、バルス・クリオージョ(南米風もしくは土地っ子のワルツ)と形容されるものが多いが、特にタンゴの初期においては、ヨーロッパから伝えられたウィンナ・ワルツもよく演奏されていたようだ。エドゥアルド・アローラスのCD "Homenaje a la guardia vieja del tango" (El bandoneon EBCD 125)には、アローラス楽団が1913年から1918年にかけて録音した貴重な20曲が復刻されているが、この中にワルツが3曲あり、うち2曲は後述のバルス・クリオージョ、残り1曲は「スケートをする人々(スケーター・ワルツ)」で有名なフランスのエミル・ワルトトイフェルの「愛と青春」という曲だった。

現在も聴かれるアルゼンチンのワルツで、時代の古いものというと、だいたい1910年代の作品ということになる。主なものを挙げてみよう。

 フランシア(オクタビオ・バルベーロ作曲、1910年)
 トゥ・ディアグノスティコ(ホセ・ベティノッティ作曲作詞、1910年)
 ラグリマス・イ・ソンリサス(涙と笑い)(パスクアル・デ・グージョ作曲、1913年)*
 エル・アエロプラーノ(飛行機)(ペドロ・ダッタ作曲、1915年)
 パベジョン・デ・ラス・ロサス(バラの館)(ホセ・フェリペッティ作曲、1915年)*
 デスデ・エル・アルマ(心の底から)(ロシータ・メロ作曲、1917年)

*印の2曲が、アローラスのCDに含まれていたバルス・クリオージョである。「トゥ・ディアグノスティコ」はアニバル・アリアスとオスバルド・モンテスのCDなどで聴ける。続いて、1930年前後にもワルツの傑作がまとまって世に出ている。

 コラソン・デ・オロ(黄金の心)(フランスシコ・カナロ作曲、ヘスス・フェルナンデス・ブランコ作詞、1928年)
 ラ・プルペーラ・デ・サンタ・ルシア(サンタルシアの酒場の娘)(エンリケ・マシエル作曲、エクトル・ブロンベルグ作詞、1929年)
 パロミータ・ブランカ(白い子鳩)(アンセルモ・アイエータ作曲、フランシスコ・ガルシーア・ヒメネス作詞、1929年)
 スエニョ・デ・フベントゥー(青春の夢)(エンリケ・サントス・ディセポロ作曲作詞、1931年)

1940年代には、オルケスタ・ティピカと専属歌手たちが個性も華やかに活躍し、多くの優れたタンゴ歌曲が生まれた。この時代を代表するワルツとしては、次のようなものがある。いずれ劣らぬ傑作揃いで、特に「カセロン・デ・テハス」は最近でも多くの歌手が取り上げている。

 カセロン・デ・テハス(瓦屋根の家)(セバスティアン・ピアナ作曲、カトゥロ・カスティージョ作詞、1941年)
 ペダシート・デ・シエロ(空のひとかけら)(エクトル・スタンポーニ、エンリケ・マリオ・フランチーニ作曲、オメロ・エスポシト作詞、1942年)
 ロマンセ・デ・バリオ(下町のロマンス)(アニバル・トロイロ作曲、オメロ・マンシ作詞、1947年)

1953年にアルフレド・デ・アンジェリス楽団(歌:カルロス・ダンテ)でヒットした「ケ・ナディエ・セパ・ミ・スフリール(誰も知らない私の悩み)」と言う曲は、ペルー人アンヘル・カブラルが作曲し、アルゼンチン人エンリケ・ディセオが作詞したバルス・ペルアーノ(ペルー風のワルツ)である。バルス・ペルアーノは、8分の6拍子と4分の3拍子が組み合わされているなど、それまでのアルゼンチンのワルツに比べて異なった雰囲気を持っていた。なおこの曲は後にエディット・ピアフによって、シャンソン「群衆 La foule」として生まれ変わっている。ペルーのワルツといえば、ペルーを代表する女性シンガー・ソングライターであるチャブーカ・グランダの代表作のひとつ「ラ・フロール・デ・ラ・カネーラ(肉桂の花)」が、50年代末にマリアーノ・モーレス楽団やアニバル・トロイロ楽団によって取り上げられている。

そして、アストル・ピアソラも、数は少ないが意欲的なワルツを書いている。1950年、当時の妻に捧げて書いた「デデ」は、オーボエをフィーチャーした斬新な作品だったし、オラシオ・フェレールと組んで1968年に発表した「チキリン・デ・バチン」も、新しいスタイルの歌曲として幅広い人気を得た。翌69年の作品で、ピアソラ=フェレールの最高傑作と名高い「バラーダ・パラ・ウン・ロコ(ロコへのバラード)」も、基本はタンゴだが、途中にワルツのパートが挟まっている。

タンゴ楽団が演奏するワルツは、タンゴほどに楽団の個性を写し出すものではないし、どこか息抜きのようなところもあるが、やはりないと寂しい気がする。そんな中で、見事なアレンジとオーケストレーションで古典ワルツに新しい解釈を施し、聴き手に強烈な印象を与えた演奏として、オスバルド・プグリエーセ楽団の「デスデ・エル・アルマ」(上記1910年代の作品一覧参照、プグリエーセ楽団の録音は1979年)を挙げておこう。

(この項終り)


Desde el alma
「デスデ・エル・アルマ(心の底から)」の楽譜表紙
形式名が「バルス・ボストン」と書かれているが、特に音楽的な意味合いはなさそう。


<タンゴの音楽形式(5) 「タンゴ」その3>に戻る

<タンゴの音楽形式(7) 「カンドンベほか」その1>に進む

「タンゴ入門講座」インデックスに戻る

HOMEに戻る


Copyright(C)2001 Mitsumasa Saito, All Rights Reserved.
E-Mail: mitsumasa_saito@nifty.com