タンゴあれこれ(1)
「アルゼンチン・タンゴとコンチネンタル・タンゴ」その1

タンゴは19世紀の終わり近く、アルゼンチンの首都であり南米屈指の貿易港でもあったブエノスアイレスの、船員や娼婦などがたむろする場末のいかがわしい界隈で発生した踊り、およびその音楽である。ただし、ラ・プラタ川を挟んだ小国ウルグアイの首都モンテビデオ(距離的にも近い)でも、タンゴにまつわる現象は同時発生的に起こっていたと思われ、著名なタンゴ人も多く排出している。それでも、経済的な規模などが違い過ぎるために、ブエノスアイレスが文化の中心となるのは必然だった。アルゼンチンは広大な国土を持つが、タンゴが盛んなのはブエノスアイレス及び2〜3の地方都市に限られた。地方に生まれてタンゴを演奏したいと思った者は、ブエノスアイレスに出る以外にほとんど方法はなかった。あくまでもタンゴは、都会の音楽であり、ブエノスアイレスに暮らす人々の感情の拠りどころともなったのである。そうしたこともあって、タンゴ・アルヘンティーノ(アルゼンチン・タンゴ)ではなく、タンゴ・リオプラテンセ(ラ・プラタ流域のタンゴ)と呼ぶべきだと主張する人もいるくらいである。

1910年前後から、ヨーロッパに渡って活動するタンゴの演奏家や踊り手が増え始めたことで、フランスやドイツなどにもタンゴの種が蒔かれ始めた。そして、1925年のフランシスコ・カナロ楽団によるパリ公演の成功を機に、大きなブームが起こる。ヨーロッパ独自のタンゴ文化が生まれ、1920年代後半から30年代にかけて、各国でオリジナルのタンゴが作られるようになったのである。有名な作品といえぱ、「ジェラシー Jalousie」(デンマークのヤコブ・ガーデ作)と「碧空 Blauer Himmel」(ドイツのヨゼフ・リクスナー作)が双璧だろう。当時の演奏家としては、ドイツのヴァイオリン奏者バルナバス・フォン・ゲッツィ(1897〜1971)率いる楽団が特に有名である。こうしたヨーロッパ製タンゴのことは、コンチネンタル・タンゴと呼ばれるが、実はこの呼称は日本独特のものである。

ヨーロッパで独自に発展したタンゴは、まさにヨーロッパ的と言える優雅で美しい旋律を特徴とするものが多い。反面、アルゼンチン・タンゴが本来持っていたリズムの面白さはほとんど感じることができない。曲の構造も違えば、演奏スタイルも異なり、弦楽器が主体で、通常バンドネオンは入らず、代わりにアコーディオンが入ったりする。1940年代、ブエノスアイレスではフアン・ダリエンソやアニバル・トロイロ、オスバルド・プグリエーセらの台頭などによってタンゴが音楽的に成熟し、大衆の幅広い人気を得たのに対し、ヨーロッパのタンゴは第二次世界大戦の影響などもあり、音楽的に発展することが出来ず、大衆音楽としては明らかに衰退していった。

そのコンチネンタル・タンゴが、いささか歪んだ形で紹介されたのが、戦後の日本だった。日本では戦前からタンゴが親しまれていたが、アルゼンチンのタンゴもヨーロッパのタンゴもひとまとめにしてヨーロッパ経由で紹介されることが多く、コンチネンタル・タンゴのファンも多かった。そうした経緯があったことから、一部のレコード会社やプロモーターが、ヨーロッパでは既に落ち目のコンチネンタル・タンゴを盛んにプッシュしたのである。そのピークは1960年代半ばのことだった。日本でのコンチネンタル・タンゴ・ブームの立役者となったのが、西ドイツ(当時)のアルフレッド・ハウゼ(指揮)と、オランダのマランド(アコーディオン、指揮)。例えばハウゼは、本国では放送局のオーケストラの指揮者を務めていて、タンゴはレパートリーの一部に過ぎなかったが、日本ではタンゴ専門の楽団として売り出され、成功したのである。しかし、ハウゼやマランドの音楽は、形骸化したムード音楽に過ぎず、タンゴ本来の魅力からは極めて遠い位置にあった。そして、日本でのコンチネンタル・タンゴ人気は、更なる弊害をも生み出した。日本の制作サイドが、例えばエンリケ・マリオ・フランチーニのようなアルゼンチンの一流のタンゴの演奏家に、日本向けにコンチネンタル・タンゴのレパートリーを演奏させる現象まで起きてしまったのである。本人たちは、普段とは違うレパートリーを楽しんで演奏したのかも知れないし、それなりにアレンジの面白さも感じられるものの、やはりどこか本質を見誤っていた気がしてならない。

この項続く


Enrique M. Francini
エンリケ・マリオ・フランチーニ
タンゴ界最高のヴァイオリン奏者は、どんな思いでコンチネンタル・タンゴを弾いたのだろうか。


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