タンゴのアーティスト(3) 「アニバル・トロイロとその系譜」その3

1957年9月、オスバルド・マンシに代わるアニバル・トロイロ楽団の新しいピアニストとして、オスバルド・ベリンジェリ(1929〜)が参加する。ベリンジェリはジャズの素養などを持ち、それまでのトロイロ楽団の歴代のピアニストとは、いささかタイプが違っていた。個性的なベリンジェリのプレイは楽団に新風を吹き込む結果となった。1959年の後半から1961年の前半にかけて、トロイロ楽団は録音活動を休んでいるが、その間にベリンジェリは、楽団のバンドネオン奏者アルベルト・ガルシーア(1921〜)(1944年にピアソラの代わりに楽団に参加し、この頃トップを弾くようになっていた)、コントラバス奏者アルシーデス・ロッシ(1927〜)(キチョ・ディアスの後任として1959年に参加)、専属歌手のロベルト・ゴジェネチェと共に、ロス・モデルノスを結成し録音を残している(その後ロッシがオスバルド・プグリエーセ楽団に移籍したため、コントラバスはトロイロ=グレラ四重奏団のエウヘニオ・プローに交代。ちなみにロッシは後のセステート・タンゴのメンバーのひとり)。ロス・モデルノスは1年ほどしか活動しなかったが、バンドネオン、ピアノ、コントラバスという編成は、以後これに続く同じ編成のトリオの先駆となった(実際には、それより前の1954年にウルグアイでセサル・サニョーリ・トリオが結成されているが)。

この頃のトロイロは、カリスマ的な人気を維持していたが、酒や麻薬は確実に彼の体を蝕んでいた。バンドネオンのソロ・パートを他のメンバーに委ねることも多く、ガルシーアがその任を負っていた。ガルシーアは1961年にトロイロ楽団を脱退、ガルシーアに代わってソロを弾くようになったのが、1957年に楽団に参加したエルネスト・バッファ(1932〜)。バッファは、トロイロ楽団に参加する前にはオラシオ・サルガン楽団で第1バンドネオンを弾いていた実力者。かくして、1960年代半ばのトロイロ楽団は、バッファとベリンジェリが支えていくようになったのである。

バッファとベリンジェリは、1966年頃からコントラバスのフェルナンド・カバルコスを加えたトリオ・バッファ=ベリンジェリでの演奏活動も始める。そして1968年、揃ってトロイロ楽団を脱退し、共同名義によるオルケスタ、バッファ=ベリンジェリ楽団を旗揚げする(トリオでの活動も継続)。トロイロの路線を明確に引き継ぎながら、独自のモダンな香りを付け加えたバッファ=ベリンジェリのサウンドは、高い評価を得た。バッファ=ベリンジェリ楽団およびトリオは、1968年から70年にかけて、歌手ロベルト・ゴジェネチェやロベルト・ルフィーノとの共演盤を含め計7枚ものLPを録音するなど、精力的な活動を続けたが、指向性の違いを感じたのか、結局70年には二人は独自の道を歩むことになった。それ以降バッファは、ピアノ、ギター、コントラバスとの四重奏団での活動が中心となる。ベリンジェリは、バンドネオンのレオポルド・フェデリコとトリオ・フェデリコ=ベリンジェリを結成し(コントラバスは引き続きフェルナンド・カバルコスが担当)、バッファ=ベリンジェリ時代よりもテクニカルでアグレッシヴな演奏活動を展開した。引き続いて70年代半ば以降、ベリンジェリは、録音用の大編成オルケスタ(ピアノ、バンドネオン、弦セクション、フルート、パーカッションなど含む)を率いるなど、意欲的なアルバム作りを行っていたが、近年はその才能に見合っただけの活動から遠ざかっているのが惜しまれる。作品に「ア・ミス・ビエホス(わが両親に捧ぐ)」などのほか、バッファとの共作「B.B.(ベ・ベ)」もある。

バッファとベリンジェリが去った後、編曲と演奏の両面でトロイロ楽団を支えたのは、バンドネオンのラウル・ガレーロ(1936〜)である。1961年にアルベルト・ガルシーアの後任として参加したガレーロは、1967年にはじめてトロイロ楽団のために編曲を書き、それ以降楽団内での立場を強くしていった。トロイロの死去後、トロイロのスタイルをベースに、ピアソラやベリンジェリらモダン派からの影響も消化しながら、独自の個性を確立したガレーロは、大編成楽団を率いての録音を行った。作曲家としても「チェ・ブエノスアイレス」「マルガリータ・デ・アゴスト(8月のマルガリータ)」などの傑作を残している。1980年からはカルロス・ガルシーアと共同でブエノスアイレス市立タンゴ・オーケストラの編曲指揮者に就任、これは現在も続いている。また、最後期のトロイロ楽団への演奏面での貢献度という点では、楽団最後のピアニストとなったホセ・コランジェロ(1940〜)の存在も無視できない。コランジェロは四重奏団での活動を経て、1980年代にオルケスタを率いて活躍、度重なる来日公演で日本でもお馴染みとなったが、華麗なサウンドとエンタテインメント性を前面に押し出したその演奏からは、トロイロ色はあまり感じられない。作品に「トドス・ロス・スエニョス(夢のすべて)」などがある。

(この項終わり)


Baffa - Berlingieri y su orquesta
録音スタジオのバッファ=ベリンジェリ楽団(1968年)
録音にはラウル・ガレーロなどのほか、第1ヴァイオリン奏者としてフェルナンド・スアレス・パス(当時27歳)も参加していた。


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