タンゴのアーティスト(6) 「オスバルド・プグリエーセとその系譜」その3

オスバルド・プグリエーセ楽団の結成後ほどなく、第1ヴァイオリン奏者の座に就いたのは、エンリケ・カメラーノ(1908〜1979)だった。それまでタンゴの演奏経験はなく、キャバレーでジプシー・ヴァイオリンを弾いていたのをプグリエーセがスカウトしてきたらしい(参加当時31歳)。カメラーノは1957年に楽団を退いたまま引退してしまったので、この人のプレイはプグリエーセ楽団のレコードでしか聴けない。独特のヴィブラートを生かした、思い切り泣きの入ったプレイは唯一無二のもので、オスバルド・ルジェーロの力強いバンドネオンと共に、プグリエーセ・サウンドを特徴づけていった。第2ヴァイオリンのフリオ・カラスコも、1966年まで在籍し引退したので、ここでの活動がそのほとんどすべてだが、作曲家として「デ・フローリオ」「ミ・ラメント」といった渋い曲を残している。彼が書いた「フロール・デ・タンゴ(タンゴの花)」は、プグリエーセ楽団が最初に録音(1945年8月)したメンバーの作品となった。

1943年にオデオンに録音を開始した時のヴァイオリンはカメラーノ、カラスコ、ハイメ・トゥルスキーの3人で、この年にオスカル・エレーロが加わり4人となる。1949年にトゥルスキーに代わってエミリオ・バルカルセが参加。前述の通り1957年にカメラーノが引退して再び3人になった。そのほか、1949年頃からはヴィオラが一人加わっている。ペドロ・マフィア楽団などを経てプグリエーセ楽団に参加したオスカル・エレーロ(1921〜)は、1955年の時点でカメラーノから第1ヴァイオリン奏者の座を譲り受けた。その演奏は、カメラーノの奏法をある程度受け継ぎながら、男性的な魅力も持ち、楽団に新たな色合いを付け加えていった。作品に「ノチェーロ・ソイ(夜遊び)」「ケフンブローソ」などがある。一方のエミリオ・バルカルセ(1920〜)は、いくつかの楽団での演奏活動のほか、アルベルト・カスティージョやアルベルト・マリーノといった人気歌手の伴奏楽団を指揮者を歴任し、また1948年からはアレンジャーとしてアニバル・トロイロ楽団、フランチーニ=ポンティエル楽団、アルフレド・ゴビ楽団への編曲の提供を始めていた実力者。プグリエーセ楽団に於いても、演奏家としてのみならず編曲家として重要な役割を担うようになる。作曲家としては「シ・ソス・ブルーホ」「ラ・ボルドーナ」「シデラル(天体)」といった現代タンゴの傑作を残している。

プグリエーセ楽団は、丁寧に時間を掛けてそのサウンドを練り上げていった。「1日に練習するのはわずかに8小節」などと言われ、細かい積み重ねから、その豪快かつ緻密なサウンドは形作られていったのである。楽団が最初のピークを迎えたのは1952年から53年にかけてで、その頃の録音はどれもが素晴らしい。この時期は、歴代の専属歌手の中で最高の存在だったアルベルト・モラン(1945年から54年まで在籍)の全盛期にも当たる。1950年代後半に入ると、プグリエーセ本人が政治活動に力を入れてしまい、録音を欠席する事態まで発生した。その折にピンチヒッターとしてピアノを弾いたのは、トロイロの項で紹介したオスバルド・マンシや、元アルフレド・ゴビ楽団のエルネスト・ロメロである。

プグリエーセ楽団が、その演奏力において2度目のピークを迎えたのは、1960年代前半のこと。当時のバンドネオン陣には、オスバルド・ルジェーロを筆頭に、ビクトル・ラバジェン、フリアン・プラサ、アルトゥーロ・ペノンという凄い顔ぶれが並んでいた。地方都市のロサリオ生まれのビクトル・ラバジェン(1935〜)は、ミゲル・カロー楽団などを経て1958年にプグリエーセ楽団に参加、「ガジョ・シエゴ」の斬新な編曲などを担当した。そのラバジェンの以前からの仕事仲間で、マリオ・デマルコの後任として1959年に参加したフリアン・プラサ(1928〜)は、既に「センシブレーロ(多情多感)」「ダンサリン」などを発表、ピアソラに次ぐ新感覚の作曲家として注目を集めていた。プグリエーセ楽団に在籍する一方、アニバル・トロイロ楽団に重要な編曲を提供したことでも知られている。そしてアルトゥーロ・ペノン(1927〜2000)は、フアン・カナロ楽団の一員として1954年に来日したこともあった。ヴァイオリンは引き続きエレーロ、カラスコ、バルカルセの3人で、これにヴィオラのノルベルト・ベルナスコーニが加わっていた。コントラバスは楽団結成以来アニセート・ロッシが担当してきたが1960年に引退、息子のアルシーデス・ロッシが後を継いでいた。やがてこれにチェロのエンリケ・ラノーも加わり、1965年には初来日公演も成功させたのであった。

この項続く


Osvaldo Pugliese y su orquesta
TV番組で演奏するオスバルド・プグリエーセ楽団(1964年頃)
弦セクション左から バルカルセ、エレーロ、カラスコ、ベルナスコーニ、ラノー、ロッシ
バンドネオン・セクション左から プラサ、ラバジェン、ルジェーロ、ペノン
プグリエーセは中央の目立たないところにいる


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