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アストル・ピアソラに「デカリシモ」という曲がある。“とてもデ・カロ的な”という意味のこの曲は、フリオ・デ・カロに捧げられたものだが、こうした曲を書くこと自体、ピアソラがタンゴの先駆者たるデ・カロの音楽性を少なからず受け継いでいることを証明している。フリオ・デ・カロのタンゴは、ピアソラに限らず、多くのアーティストたちにとってのルーツなのだ。既に《タンゴの楽団編成(1) 「オルケスタ・ティピカ」その1》でもご紹介した通り、デ・カロは1920年代に、自らの六重奏団を通してタンゴに於ける「編曲」の概念を確立し、各楽器の役割を際立たせたその演奏は、タンゴが音楽的に発展する上での一つの大きな指針となったのである。
フリオ・デ・カロ(1899〜1980)は、クラシックの音楽教授の次男として生まれた。兄フランシスコ・デ・カロ(1898〜1976)はピアノを、フリオと弟エミリオ、ホセはそれぞれヴァイオリンを習ったが、兄弟たちは、息子をクラシックの演奏家にしたいという父の希望に反して、揃ってタンゴ界入りしてしまった。若きフリオに最も大きな影響を与えたのは、“バンドネオンの虎”と謳われた伝説の人物、エドゥアルド・アローラス(1892〜1924)である。「ラ・カチーラ」「デレーチョ・ビエホ」「エル・マルネ」などの傑作を残したアローラスの、作曲家としての輝かしい業績については、《タンゴの音楽形式(4) 「タンゴ」その2》でもご紹介したが、楽団リーダーとしても1910年代半ばを中心に活躍、発展途上にあったタンゴ界に於いて、先駆的な役割を果たした(これまでアローラスの残した録音をまとめて聴くことは難しかったが、先ごろ発売された"Homenaje a la guardia vieja del tango - Eduardo Arolas"(El bandoneon EBCD 125)では、1917〜18年の録音を中心とした貴重な20曲が聴ける)。フリオは1916年、アローラス楽団(時期により編成は異なり、この時はバンドネオン、ピアノ、ヴァイオリン×2、チェロの五重奏だった模様)に参加し、腕を磨いた。アローラスはヤクザっぽい人柄だったが、良家の出で才能あるフリオの面倒をよく見てくれたらしい。
フリオ・デ・カロはその後、オスバルド・フレセド楽団などを経て、1922年に結成されたフアン・カルロス・コビアン(1896〜1953)の六重奏団に参加する。フリオ同様にアローラスやフレセドの楽団に参加した経験のあるコビアンは、タンゴのみならずジャズやクラシックにも深い理解を示すなど、幅広い素養を活かした活動を行ったが、楽団指揮者としては大成しなかった。今日のコビアンの名声は、作曲家として残した傑作の数々によるものだが、高度な音楽性を持った先進的な曲想の作品がほとんどで、発表当時は正しく理解されていたとは言い難い。主な作品には、1914年の処女作「エル・モティーボ(動機)」のほか、「ロス・マレアドス(酔いどれたち)」「ミ・レフーヒオ(私の隠れ家)」「シュシェータ」(いずれも1920年代初頭)、「ラ・カシータ・デ・ミス・ビエホス(わが両親の小さな家)」「ノスタルヒアス」(1930年代)などがあるが、頻繁に演奏されるようになったのは、だいたい1950年代以降である。一般的には忘れ去られていた作品を、アニバル・トロイロやオラシオ・サルガンら次世代の楽団指揮者たちが“発掘”したようなケースが多かったのである。
さて、1922年に結成されたコビアンの六重奏団のメンバーは次の通りだった。
ピアノ:フアン・カルロス・コビアン
バンドネオン:ペドロ・マフィア、ルイス・ペトルチェリ
ヴァイオリン:フリオ・デ・カロ、アヘシラオ・フェラサーノ
コントラバス:ウンベルト・コスタンソ
コントラバスのコスタンソ以外は、いずれも後に自分の楽団を持つことになる大物たちである。強者が揃ったこの楽団でコビアンは、自らのピアノを際立たせるアレンジを考えだしたのだったが、志半ばの1923年10月、楽団を放り出してアメリカ合衆国に渡ってしまう。ジャズやクラシックを学ぶため、というのがその理由の様だが、彼女を追いかけて行ったという話もある。主人の居なくなった楽団は、しかし解散の道を選ばなかった。確かな技量を持ち、タンゴの将来についての明確なヴィジョンを持ったメンバーが、新しいリーダーに選ばれた。もちろんそのリーダーこそ、フリオ・デ・カロその人である。ピアノに兄フランシスコを、第2ヴァイオリンに弟エミリオ、コントラバスに当時最高の名手だったレオポルド・トンプソンを迎えたフリオ・デ・カロ六重奏団がその活動を開始したのは、1924年の初めのことだった。
(この項続く)

フアン・カルロス・コビアン
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