タンゴのアーティスト(9) 「フリオ・デ・カロとその系譜」その2

これまでにも何度か書いて来た通り、1924年に結成されたフリオ・デ・カロ楽団は、バンドネオン×2、ヴァイオリン×2、ピアノ、コントラバスという六重奏の形態をうまく活かしながら、タンゴに於ける「編曲」の概念を確立した。そこで重要なのは、その編曲によって、他の楽団とは違う個性がより明確になっていったという点である。もちろん演奏そのものによる違いも重要だが、編曲あっての演奏という側面が強調されてくるわけである。1940年代以降のタンゴを聴き慣れれば、例えばオスバルド・プグリエーセ楽団とカルロス・ディ・サルリ楽団とフアン・ダリエンソ楽団における編曲や演奏スタイルの違いは明確に認識できるはずだが、1920年代の楽団では、そうはいかない。20年代当時のフランシスコ・カナロ楽団やロベルト・フィルポ楽団やフアン・マグリオ・パチョ楽団のレコードを聴いて、違いを聞き分けるのは容易なことではない。まだ、各自がそれだけ個性的ではなかったということだ(彼らはいずれも同じレコード会社―ディスコ・ナシオナル・オデオン―に所属し、あえて没個性的なスタイルを採っていたのは会社の販売政策上の方針に基づくという話もあるが、ここでは深く言及しないことにする)。だが、デ・カロだけは違った(デ・カロは当時、オデオンのライヴァル会社であるビクターの所属)。編曲にも演奏にも、独特の個性が宿っていた。メリハリのある展開、自在の「揺れ」を持ったリズム。そしてそうした個性は、既成の作品よりも、デ・カロをはじめメンバーたちの自作曲の中に、特に色濃く現れていたのである。

1924年の暮れ、第2バンドネオンがルイス・ペトルチェリからペドロ・ラウレンス(1902〜1972)に交代し、ペドロ・マフィア=ペドロ・ラウレンスの黄金コンビが誕生する。抑制の効いたマフィア、奔放なラウレンスとスタイルこそ異なるものの、この二人がその後のバンドネオンの演奏スタイルの基本を作り上げたといっても過言ではない。ちなみに、後にアストル・ピアソラがバンドネオン・ソロ用に作曲しレオポルド・フェデリコなどが録音した「ペドロとペドロ」は、マフィアとラウレンスに捧げられた作品である。

初期のデ・カロ楽団のサウンドは、フリオとフランシスコのデ・カロ兄弟と、マフィアとラウレンスという二人のペドロとによって形作られていった。もちろん中心となったのはフリオ・デ・カロで、ヴァイオリン奏者としては、エルビーノ・バルダーロのようなヴィルトゥオーゾ・タイプでこそなかったが、ラッパの付いたコルネット・ヴァイオリンを駆使しての演奏はほかの楽団では味わえないものだった。また、楽団解散まで長きに渡り弟フリオを支え続けた(それ故自分の楽団は持たなかった)フランシスコは、ピアニストとして、フアン・カルロス・コビアンの流れを受け継ぎつつ、豊かな和声を駆使した独自のスタイルを作り上げ、オスバルド・プグリエーセやホセ・パスクアル(エルビーノ・バルダーロ楽団)(《タンゴのアーティスト(4) 「オスバルド・プグリエーセとその系譜」その1》も参照のこと)、オルランド・ゴニ(アニバル・トロイロ楽団)といった次世代のピアニストたちに大きな影響を与えた。

作曲家としても彼らは優れていたが、中でもずば抜けていたのはやはりフリオである。「トード・コラソン(心のすべて)」「ブエン・アミーゴ(良き友)」「エル・モニート」「ラ・ラジュエーラ」「グアルディア・ビエハ」「コパカバーナ」「ティエラ・ケリーダ(愛しき故郷)」「ボエド」と、1920年代に書かれた傑作だけでも枚挙に暇がない。一方、兄フランシスコは、洗練された美しいメロディのロマンティックなタンゴ(タンゴ・ロマンサと呼ばれる)を書くのを得意とし、「スエニョ・アスール(青い夢)」「フローレス・ネグラス(黒い花)」「ロカ・ボエミア」といった名作を残している。マフィアは1926年に独立し自分の楽団を作ったので(代わりにアルマンド・ブラスコが参加)、彼の有名な作品でデ・カロ楽団がレコーディングしたものはラウレンスと共作した「アムラード(見捨てられて)」ぐらいだが、そのほかに「ペレレ」「タコネアンド(靴音高く)」「ラ・マリポーサ(蝶々)」などの傑作がある。ラウレンスは、マフィアが脱退した1926年から、独立して自分の楽団を作ることになる1934年まで第1バンドネオン奏者を務めた。この間に残した作品には、前述のマフィアとの共作「アムラード」、フリオとの共作「マーラ・フンタ(悪い仲間)」「オルグージョ・クリオージョ(南米人の誇り)」のほか、「ラ・レバンチャ」「リサ・ロカ」「ベレティン」「マル・デ・アモーレス(恋わずらい)」などがある。独立後の作品では「ミロンガ・デ・ミス・アモーレス(わが愛のミロンガ)」が有名だ。

この項続く


Pedro Maffia y Pedro Laurenz
ペドロ・マフィア(左)とペドロ・ラウレンス(1940年)


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