タンゴの楽団編成(3) 「オルケスタ・ティピカ」その3

これまでにも説明した通り、4台程度のバンドネオンに4〜5本程度の弦楽器、ピアノ、コントラバスに歌手というのが、最終的に固まったオルケスタ・ティピカの編成であるが、いくつかの楽団の写真などを見たりしていると、この定型にはこだわらずに楽器を増やしているケースもあったことがわかる。前回のアニバル・トロイロ楽団の写真にもあるように、弦楽器を増やしたものが特に多いが、珍しい例としては、バンドネオンを10台以上もずらりと並べたものまであった。これは音に厚みを加えるのが主な目的だが、見た目の派手さ、豪華さを狙う側面もあったようだ。また、楽団によっては上記以外にクラリネット、ヴィブラフォン、ハープ、ドラムスなどの楽器を、あくまでも隠し味的にだが加えることもあった。そのように編成がより大きくなった場合には“グラン・オルケスタ・ティピカ”(大オルケスタ・ティピカ)などの名称が使われたりしていたが、その辺の定義はけっこう曖昧である。

全体的にオルケスタ・ティピカの演奏力が最高潮に達したのは1950年代前半だった。様々な可能性が試みられた結果として音楽的にも成熟していったわけだが、編成の制約からくる表現上の限界も見え隠れするようになっていた。それをいち早く見抜いたのが他ならぬアストル・ピアソラだった。ピアソラがブエノスアイレス八重奏団を結成してタンゴ革命ののろしを上げ、タンゴを擁護してきたペロン政権が失脚した1955年以降、新しいティピカの登場は著しく減少し、トロイロ、プグリエーセなどの一流どころを除けばティピカの解散が相次いだ。需要の減少による経済的な問題と、音楽的な飽和状態の両面から、オルケスタ・ティピカの時代は終わりを告げ、経済的な負担も少なく音楽的な自由度も高い小編成楽団の時代へと移行していったのである。

オルケスタ・ティピカは、若い演奏家たちにとっては、タンゴのエッセンスを修得する重要な場所であったし、聴き手にとっても、タンゴのダイナミズムを体感させてくれる大きな存在だった。例えば、オルケスタ・ティピカの演奏を聴く醍醐味のひとつは、バンドネオン・セクションによるバリエーション(変奏)だろう。バリエーションとは、主に曲の終盤に登場する細かい音のパッセージのことで、基本的には、バンドネオン全員が同じフレーズを一糸乱れぬ状態で紡いでいくのである。粒がビシッとそろっていながら音にふくらみもあるバリエーション、そのスリリングな盛り上がりは、感情の高まりを呼び起こしてくれる。オルケスタ・ティピカの減少は歴史の必然であったとはいえ、やはり残念な気がしてならない。

60年代以降もオルケスタ・ティピカを率いていた巨匠たちがこの世を去っていく中、現在までティピカを率い続けているのはレオポルド・フェデリコぐらいになってしまったが(レギュラーでの演奏活動はさすがに行っていない)、最近ではフアン・ホセ・モサリーニのように、オルケスタ・ティピカ編成での演奏活動を行うケースが徐々に出て来ている。エミリオ・バルカルセのタンゴ学校オーケストラは、その名の通り、若手タンゴ・ミュージシャンにティピカでの演奏経験を積ませるのが目的で結成された楽団である。小松亮太は5月にオルケスタ・ティピカを率いてのコンサートを開催するが、これは必見だろう(スケジュールはこちら)。オルケスタ・ティピカに果たして未来はあるのか? いや、そんなことよりも、とにかくティピカの生演奏に接する喜びを感じてみて欲しいのである。

(この項終わり)


Juan D'Arienzo y su Orquesta
1959年のフアン・ダリエンソ楽団。
5人いるバンドネオン陣の手前から2人目が第1バンドネオンのカルロス・ラサリ。
バンドネオン・セクションの迫力ある演奏は、オルケスタ・ティピカの醍醐味のひとつだ。


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