タンゴのアーティスト(14) 「改めてアストル・ピアソラを考える」その2 |
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1949年、アストル・ピアソラはオルケスタ・ティピカを解散する。タンゴに音楽的な発展性を見出せなくなったのが一番の理由だった。ピアソラは以後5年間、ラジオ局専属楽団の指揮、歌手の伴奏、ごくわずかな録音、そして他の楽団への作品や編曲の提供、といった裏方的な仕事をこなしていく。タンゴと訣別し、作曲家としてクラシックの世界に新天地を求めようとしたのだが、皮肉にもピアソラがタンゴの作曲家として頭角を現したのは、この時期だったのである。1950年代前半に発表した主だった作品は、アニバル・トロイロ、フランチーニ=ポンティエル、ホセ・バッソ、オスバルド・フレセドの4楽団が、次々に録音していった。しかも作曲者であるピアソラ自身が、それぞれの楽団のスタイルに合わせて書き分けた編曲が使われていた。作品と各楽団による録音の有無を表にしてみた。 |
発表年 |
作品名 |
アニバル・ |
フランチーニ= |
ホセ・ |
オスバルド・ |
1950 |
パラ・ルシルセ(輝くばかり) |
○ |
○ |
○ |
○ |
1951 |
プレパレンセ(用意はいいか) |
○ |
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○ |
○ |
タングアンゴ |
○ |
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○ |
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1952 |
コントラティエンポ |
○ |
○ |
○ |
○ |
トリウンファル(勝利) |
○ |
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○ |
○ |
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1953 |
コントラバヘアンド |
○ |
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1954 |
ロ・ケ・ベンドラ(来るべきもの) |
○ |
○ |
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パーカッションを導入したアフロ的な「タングアンゴ」と、上の表にはないがピアソラが自己名義の楽団(録音だけのために40年代のティピカのメンバーらを集めたもの)で録音した「デデ」(ピアソラのオルケスタ・ティピカでバンドネオンを弾いていたロベルト・ディ・フィリッポのオーボエをフィーチャーしたワルツ)の2曲には特に実験的な要素が強かったが、話題にはならなかった。それ以外の作品、特に「プレパレンセ」「トリウンファル」「ロ・ケ・ベンドラ」が、この時期の代表作と言える。 <タンゴのアーティスト(13) 「改めてアストル・ピアソラを考える」その1>に戻る <タンゴのアーティスト(15) 「改めてアストル・ピアソラを考える」その3>に進む 「タンゴ入門講座」インデックスに戻る HOMEに戻る |