タンゴのアーティスト(15) 「改めてアストル・ピアソラを考える」その3 |
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ピアソラは1955年、ブエノスアイレス八重奏団と同時期に弦楽オーケストラを結成、こちらにはヴァイオリンにエルビーノ・バルダーロ、チェロにホセ・ブラガート、ピアノにハイメ・ゴーシスと、やはり名手が顔を揃えていた。傾向の異なる二つのアンサンブルを率い、既成の概念に真っ向から挑んだピアソラだったが、あまりにも時代の先を進み過ぎていたこともあり、一般的に支持を集めるには程遠く、仕事も少なかった。 |
年代 |
バンドネオン |
ヴァイオリン |
ピアノ |
エレキ・ギター |
コントラバス |
1960 |
ピアソラ |
バジュール |
ゴーシス |
マルビチーノ |
“キチョ” |
1961 |
バルダーロ |
ロペス・ルイス |
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1962 |
アグリ |
マンシ |
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1965 |
ゴーシス |
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1967 |
マンシ |
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1969 |
アミカレリ |
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1970 |
マンシ |
ティラオ |
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1973 |
タランティーノ |
マルビチーノ |
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1978 |
スアレス・パス |
シーグレル |
ロペス・ルイス |
コンソーレ |
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1985 |
マルビチーノ |
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ヴァイオリンは、結成当初はシモン・バジュールやエルビーノ・バルダーロという名うての奏者が担当していたが、ピアソラ五重奏団の方向性が明確になり、音楽的にも飛躍する契機となったのは、アントニオ・アグリの参加に依るところが非常に大きい。感情の込め方が絶妙で、自由自在にコントロールされたアグリのヴァイオリンは、ピアソラとの相性も抜群だった。1960年代のピアソラ五重奏団のピアノは、主にハイメ・ゴーシス(弦楽オーケストラでもその天才的なプレイを披露)とオスバルド・マンシ(元アニバル・トロイロ楽団)の二人が交代で担当しているが、出たり入ったりの経緯はよく判らない。ピアノではそのほかにオスバルド・タランティーノやダンテ・アミカレリらも随時参加している。エレキ・ギターは、ジャズ畑出身のオスカル・ロペス・ルイスが、縁の下の力持ち的に活躍。トロイロ楽団出身で、かつてピアソラが「コントラバヘアンド」(トロイロとの合作)を捧げたエンリケ・“キチョ”・ディアスは、文句なしにタンゴ界最強のコントラバス奏者だった。
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