タンゴのアーティスト(15) 「改めてアストル・ピアソラを考える」その3

ピアソラは1955年、ブエノスアイレス八重奏団と同時期に弦楽オーケストラを結成、こちらにはヴァイオリンにエルビーノ・バルダーロ、チェロにホセ・ブラガート、ピアノにハイメ・ゴーシスと、やはり名手が顔を揃えていた。傾向の異なる二つのアンサンブルを率い、既成の概念に真っ向から挑んだピアソラだったが、あまりにも時代の先を進み過ぎていたこともあり、一般的に支持を集めるには程遠く、仕事も少なかった。

その後、苦悩のニューヨーク時代(1958〜60年)を経て、活動の基盤が曲がりなりにも安定するのは、1960年にバンドネオン、ヴァイオリン、ピアノ、エレキ・ギター、コントラバスから成る五重奏団(キンテート)を結成してからである。以後も新八重奏団(1963年)、コンフント9(1971〜72年)など様々な編成を試みるピアソラだったが、そのほとんどは五重奏団を基本として、そこに他の楽器などの要素を付け加えたものだった。音楽的な自由度が高く発展性があり、経済的にも無理がない五重奏団は、ピアソラにとって理想の編成だったと言える。

ピアソラ五重奏団の活動時期は、1970年代のイタリア時代を挟んで、1960年から1974年までと、1978年から1988年までの二つに分けられる。特にピアノやエレキ・ギターは同じメンバーが何度も出入りしたりしていて、メンバーの変遷がわかりにくいと思うので、表にまとめてみた。

年代

バンドネオン

ヴァイオリン

ピアノ

エレキ・ギター

コントラバス

1960

ピアソラ

バジュール

ゴーシス

マルビチーノ

“キチョ”

1961

バルダーロ

ロペス・ルイス

1962

アグリ

マンシ

1965

ゴーシス

1967

マンシ

1969

アミカレリ

1970

マンシ

ティラオ

1973

タランティーノ

マルビチーノ

1978

スアレス・パス

シーグレル

ロペス・ルイス

コンソーレ

1985

マルビチーノ

ヴァイオリンは、結成当初はシモン・バジュールやエルビーノ・バルダーロという名うての奏者が担当していたが、ピアソラ五重奏団の方向性が明確になり、音楽的にも飛躍する契機となったのは、アントニオ・アグリの参加に依るところが非常に大きい。感情の込め方が絶妙で、自由自在にコントロールされたアグリのヴァイオリンは、ピアソラとの相性も抜群だった。1960年代のピアソラ五重奏団のピアノは、主にハイメ・ゴーシス(弦楽オーケストラでもその天才的なプレイを披露)とオスバルド・マンシ(元アニバル・トロイロ楽団)の二人が交代で担当しているが、出たり入ったりの経緯はよく判らない。ピアノではそのほかにオスバルド・タランティーノダンテ・アミカレリらも随時参加している。エレキ・ギターは、ジャズ畑出身のオスカル・ロペス・ルイスが、縁の下の力持ち的に活躍。トロイロ楽団出身で、かつてピアソラが「コントラバヘアンド」(トロイロとの合作)を捧げたエンリケ・“キチョ”・ディアスは、文句なしにタンゴ界最強のコントラバス奏者だった。

この項続く


Astor Piazzolla y su quinteto
クラブ“676”で演奏するピアソラ五重奏団(1962年)
左からオスバルド・マンシ(p)、オスカル・ロペス・ルイス(g)、アストル・ピアソラ(bn)、キチョ・ディアス(b)、アントニオ・アグリ(vn)。


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