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“コンフント”というのは、スペイン語でバンドとか楽団といった意味。同じく楽団を意味する“オルケスタ”よりも小編成のものを指すことが多いが、はっきりと人数で線引き出来るわけではない。フリオ・デ・カロ型の六重奏団をオルケスタと呼んでもかまわないわけだし、アストル・ピアソラの九重奏団の名称は“コンフント9(ヌエベ)”である。まあ、二重奏から五重奏ぐらいまでは明らかにコンフントと呼ぶべきだろう。六重奏以上の編成は、楽器の組み合わせや音楽性などから判断して、オルケスタの小規模なものか、コンフントの大きめのものか、という分け方をすればいいのではないかと思う。
オルケスタ・ティピカ誕生以前の話をしておくと、だいたい1890年代から1900年代にかけてのタンゴは非常に素朴なもので、主にメロディを奏でるヴァイオリン、リズムを刻むギター、メロディを装飾するフルートという感じでトリオで演奏されることが多かった。このほかにはハープやマンドリン、アコーディオンなどが使われることもあったらしい。ヴァイオリン、ギター、フルートの編成にバンドネオンが加わって四重奏になるのはだいたい1910年頃で、それ以降バンドネオンはタンゴの演奏に欠かせない楽器になっていく。ピアノは当時は高級品で、この頃まではほとんどソロでしか演奏されることはなかった。ピアノ入りの楽団の登場は、1913年にピアノ奏者ロベルト・フィルポが楽団(当初はバンドネオン、ヴァイオリンとのトリオだったが、すぐに編成は大きくなっていった)を率いてデビューするまで待たなければならなかった。こうした、タンゴ黎明期の小編成楽団は、オルケスタ・ティピカが生まれるまでの過渡期的な存在といえる。今回ご紹介するのは、ティピカが一般的となってから登場したさまざまな形のコンフントについて、である。
ティピカ全盛期のコンフントで最も有名なものは、ロベルト・フィルポ四重奏団と、フランシスコ・カナロ率いるピリンチョ五重奏団である。先程名前を挙げたばかりのフィルポが再び登場したことにお気付きだろうか。フィルポは1884年、カナロは1888年生まれ。つまり二人は同年代で、共に1900年代半ばから演奏活動を始め、1910年代には楽団を率いて第一線で活躍するようになった、いわば好敵手である。二人は徐々に大型化するオルケスタ・ティピカを率いて活躍を続けていたが、1930年代半ば、相次いでコンフントを結成して演奏活動を開始する。フィルポの四重奏団はバンドネオン、ピアノ、ヴァイオリン×2という編成、ピリンチョ五重奏団はこれにコントラバスを加えた編成である。いずれもコンセプトは明解で、タンゴの行き詰まりを打破すべく、古典(具体的には1910〜20年代の作品および演奏スタイル)の完全復興を目指したものだった。演奏技術は格段に進歩していたが(特にバンドネオン)、音楽的には特に新しいものを生み出したわけではない。
今日に繋がるコンフントの最初のものは、トロイロ=グレラ四重奏団である。アニバル・トロイロは1953年、タンゴの歴史を回顧した音楽劇『モローチャの中庭』を上演した。トロイロはオルケスタ・ティピカにハープや木管楽器、金管楽器まで加えた大編成の楽団(ピアソラが編曲を担当)を率いて舞台に立ったが、その中で古典タンゴを象徴する役回りとして、トロイロのバンドネオンとロベルト・グレラのギターをメインに、第2ギターとコントラバスを加えた四重奏団の演奏場面が設定された。ただし、素材は古典であっても、その解釈の仕方が、フィルポやピリンチョのように脱古典のベクトルを持たないものとは根本的に異なっていた。つまり、トロイロ=グレラの演奏には、アンサンブルにおける楽器の生かし方の斬新さなどのモダンな感覚が、自然な形で現れていたのである。結局この四重奏は大きな人気を呼び、劇の終了後も演奏活動を続けることになった。
(この項続く)

トロイロ=グレラ四重奏団 左からロベルト・グレラ(ギター)、エクトル・アジャラ(第2ギター)、アニバル・トロイロ(バンドネオン)、キチョ・ディアス(コントラバス)。
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