タンゴの楽団編成(8) 「グラン・オルケスタ」

「タンゴの楽団編成」の章では、これまでオルケスタ・ティピカコンフントについてご紹介してきた。最後に、そのどちらにも属さないものとして、ティピカとは異なるタイプの大編成楽団を紹介しておこう。具体的には、オルケスタ・ティピカでは通常使われない管楽器や打楽器などの楽器を加えるなどして、ティピカよりも編成を大きくした楽団などが対象となる。こうした楽団に対しては“グラン・オルケスタ”という呼び方があるが、その定義はあってないようなもので、その名称が使われるとは限らない。大編成ゆえの経済的な問題などから、決してタンゴの主流にはならなかったにせよ、その存在を覚えておくことは無駄ではないだろう。

こうした大編成への試みは、既に1930年代から行われていた。例えば1936年にフリオ・デ・カロが率いたオルケスタ・メロディカ・インテルナシオナル(インターナショナル・メロディック・オーケストラ)は、金管楽器やドラムスを加えた16人編成だったが、実を言うとこれは大変評判が悪かった。1930年代のタンゴ界は、アメリカ合衆国から押し寄せてきたジャズの猛威にさらされながら、変革を求められていた時期で、そうした中での迷いが中途半端な編成に表れたといえる。タンゴ史に偉大な足跡を残したデ・カロでも、このような試行錯誤の時期があったのである。また、こうした流れとは全く別のものとして、「カミニート」や「バンドネオンの嘆き」の作者として知られるフアン・デ・ディオス・フィリベルトが1932年に結成したオルケスタ・ポルテーニャがある。これは通常のティピカで使われる楽器にフルートとクラリネットを加えた14人編成の楽団だった。

より音楽的な必然性を持った形で大編成楽団が登場するのは、1950年代半ば以降である。最も重要な楽団として、アストル・ピアソラの弦楽オーケストラ(オルケスタ・デ・クエルダス)と、マリアーノ・モーレスのグラン・オルケスタ・リリカ・ポプラールの二つを挙げておこう。ピアソラが最初に弦楽オーケストラを結成したのはパリ留学中の1955年。オペラ座の管弦楽団の団員を中心としたこの楽団は、バンドネオン、ピアノ、ヴァイオリン×8、ヴィオラ×2、チェロ×2、ハープ、コントラバスという16人編成だった。ピアソラは帰国後にはタンゴ界の腕利きを集めて同様の楽団を組織、その豊かな響きは、それまでのピアソラの集大成とも言えるほどの充実したものだった。一方、芸術指向のピアソラに対して、「タンゴを世界に」のモットーのもと、大衆指向を持ちながら新しいタンゴの創造に燃えていたモーレスは、自らのピアノを中心に金管楽器、木管楽器、弦楽器、打楽器、コーラスまで取り入れたカラフルなオーケストラ・サウンドを作り上げた。それはさながら映画音楽のような雰囲気を醸し出していたのである。なお、ピアソラは1966年から67年にかけて、グラン・オルケスタ名義で古典曲ばかりを集めた2枚のアルバムを制作したが、これは彼の五重奏団に弦楽器やヴィブラフォンなどを加えたもので、かつての弦楽オーケストラとは性格が異なる。

その後のグラン・オルケスタ的なものというと、ピアソラはもとより、《「コンフント」その4》で紹介したロス・アストロス・デル・タンゴやエドゥアルド・ロビーラの現代タンゴ集団などの流れを汲むものが多い。すなわち、バンドネオン+ピアノ+弦楽セクション+αという編成である。例えばアティリオ・スタンポーネpやラウル・ガレーロなどが代表的な例に挙げられるだろう。1977年の日本公演用に特別に編成されたエンリケ・フランチーニとシンフォニック・タンゴ・オーケストラ(ヴァイオリン×12、ヴィオラ×2、チェロ×2、コントラバス、フルート、オーボエ、ホルン、ピアノ、エレキ・ギター、バンドネオン)というのもあった。

タンゴを大編成で演奏するには、それなりの難しさが付きまとうと思われる。大編成になればなるほど、タンゴ的な微妙なニュアンスが出しにくくなり、ムード音楽的に流されてしまう危険性が出て来るからである。指揮者や編曲者の力量が問われるところだ。運営の難しい大編成楽団だが、現在では例えばクラシックのオーケストラ+バンドネオンなどのゲスト、という在り方が一般的になりつつある。それを実践しているのがウルグアイのモンテビデオ・フィルハーモニー管弦楽団だ。今年(2001年)4月に人知れず来日したフェデリコ・ガルシーア・ビヒルが指揮を、トト・ダマリオが第1バンドネオンと編曲を担当しているのがこの楽団。ただし彼らの場合、管楽器も打楽器も入らず、バンドネオンは5台なので、サウンドは極めてオルケスタ・ティピカ的である。

(この項終わり)


Francini & Symphonic Tango Orchestra
フランチーニとシンフォニック・タンゴ・オーケストラ
中央に立っているのがエンリケ・フランチーニ(ヴァイオリン)。その向かって左はバンドネオンと編曲のディノ・サルーシ。


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