タンゴの音楽形式(1) 「ミロンガ」その1

「ミロンガ」という言葉はタンゴで頻繁に使われるが、その意味はひとつではないので、整理しておく必要がある。ただし、それら複数の意味も裏では繋がっていると言えなくもない。一つ目は音楽形式としてのミロンガ。これは本稿のメイン・テーマであり、後で詳しく説明する。二つ目は、いわゆるダンスホールを指す言葉。「今日はミロンガに(タンゴを)踊りにいこう」といった感じで使われる。

そしてこれが重要なのだが、三つ目は、気分としてのミロンガというか、ある種の演奏傾向を指す。つまり、力強くはっきりしたリズムのタンゴの演奏に対して使われる言葉であり、具体的にはピアノの低音部の強調などにその傾向が現れる。もともとは1910年代にフランシスコ・カナロがリズムを強調したタンゴのことを「タンゴ・ミロンガ」と呼んだのが始まりだと思われるが、今日では、ピアノの低音部を強調した1940年代頃のオルケスタ・ティピカ、例えばカルロス・ディ・サルリ、オスバルド・プグリエーセ、アルフレド・ゴビらに対して「ミロンゲーロ(ミロンガ的な人、もの)である」といった形容がなされることが多い。ミロンゲーロの象徴的な存在といえば、アニバル・トロイロ楽団の初代ピアニスト、オルランド・ゴニがまず思い浮かぶ。1941年にトロイロ楽団(もちろんピアノはゴニ)が初演して、作曲者アルマンド・ポンティエルの出世作となった「ミロンゲアンド・エン・エル・40(クアレンタ)」には、「華麗なる40年代」とか「1940年代のミロンガ」といった邦題が付けられているが、直訳すれば「40年代にミロンガしながら」といった感じになるだろうか。

それでは、本題に入ろう。音楽形式としてのミロンガは、4分の2拍子のリズムで成り立っている。そしてそのリズムは、キューバからヨーロッパ経由で伝えられたハバネラ(フランスのビゼエの歌劇『カルメン』に流用されたスペインのイラディエル作「ラ・パロマ」などが有名)や、スペインのアンダルシア地方から伝えられたタンゴ(フラメンコの中の一形式)と同じである。簡単に音符で表すと、次のようになる。
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ミロンガの起源は、だいたい1870年頃まで遡る。ブエノスアイレス周辺のパンパ(大草原)のバジャドール(吟遊詩人)が、ギターを鳴らしながら即興的に歌う音楽形式のひとつとして、この頃ミロンガが流行していたのである。パジャドールが歌うミロンガはブエノスアイレスやモンテビデオ(ウルグアイの首都。ブエノスアイレスとはラ・プラタ川を挟んで対岸に位置する)の場末に伝えられて、ダンス音楽として徐々に発展していく。同じリズムを持ったハバネラやスペインのタンゴやミロンガは、ほかの様々な要素と混ざりながら、19世紀の終りまでには“タンゴ”という一つの名のもとに集約されていく。その詳しい経緯については「タンゴ」の項に譲るが、そんなタンゴの前身としてのミロンガは、タンゴに吸収合併(?)されて、その役割を一旦終えるのである。

1900年代から1910年代前半にかけての(形式名としての)タンゴは、曲にもよるが、まだミロンガ的なシンコペーションを含んだ4分の2拍子のものが多かった(例えば1903年のアンヘル・ビジョルド作「エル・チョクロ」)。それが、1915年頃を境に8分の4拍子へと変化して行く。前身であるミロンガの痕跡は、どんどん薄れていき、タンゴの第1次黄金時代と言われる1920年代には、ミロンガはほとんど忘れられた存在だった。ミロンガが劇的な復活を遂げるには、1930年代の到来まで待たなければならなかったのである。

この項続く

Orlando Goñi

タンゴ界きってのミロンゲーロ、オルランド・ゴニ(1914〜1945)
僅か31歳で夭折したのが惜しまれる。


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