あれやこれや
クラシックカメラ(クラカメ)という呼び方について
骨董の世界では、100年を経過したものでないと仲間に入れないと聞いています。
カメラの世界では、1970年頃までのマニュアル式カメラまでをもクラカメと呼んでいるようです。
私見としては(カメラの浅い歴史から)戦前のものをクラシック、戦後1970年頃までをセミクラシック
と呼びたいところですが、情報の食い違いがあってはいけないので、 全体的呼称として、両方ともクラシック
カメラと呼ぶことにします。しかし、限定的に言う場合はセミクラシックの言葉も使用します。
クラシックカメラは、マニュアル本がなくても大部分は感覚的に操作ができ、
ナイフのように単機能だけれども使う人の手加減で万能の妙を現す道具であります。
Now
新しいステージに入った感じが
一眼レフは順当に発展していると思われますが、ミラーレス一眼カメラ(高級コンパクト含む)には
ステージが変わったと感じられる機種が一気に出てきました。
ソニーNEX-7、ニコン-1(v1)、フジFine Pix X-100、同X-10、いずれもファインダー内蔵です。
(ソニーα77も上記範疇に入りそうですが、一眼レフ的スタイルでもあるので、、、)
今までは液晶ディスプレイを見ながら撮るのが一般的スタイルでしたが、ファインダーを覗いて撮影
するという往年の正統な?スタイルへの回帰であり、往年のカメラ愛好家の私は激しく支持します。
こうなってくると、当然、ペンE-P3の次機種はEVFファインダー内蔵、と予想しちゃいます。
パナソニックには当初からEVFファインダー搭載のGシリーズがありましたから、残るはオリンパス、
何時ごろ登場するかワクワクものです(せっかく、合焦の高速化を果たしたんだもの)。
フジX−10が欲しいいーッ。こうもいろいろ魅力的な機種が出てくるとデジタル・ライカへのあこがれ
も萎んでしまいます。(2011/10/3)
用とモノ(存在)
小型デジタルカメラは
用としてのカメラよりも、モノ(存在)としてのカメラの方へ比重が増していくのではないでしょうか。
写真を撮るという行為は精神的なもの。気持ちを高揚・鼓舞するモノであって欲しいと思うからです。
いまや、ケイタイやスマートフォンなどにカメラ機能が普通に付いています。
そして、今まで写真をやっていなかった多くの人たちまでが写真を撮るようになりました。
そのカメラ機能はというと、コンパクトデジカメに近づきつつあります。
また、逆に、カメラ側が通信機能を持ったりします。
こうなるとケイタイ、スマホ、コンデジなどはカメラ側からみると一つの範疇内のようにも思えます。
ですから、とりあえず写真を撮るという用の部分はケイタイ・スマホなどで足ります。
しかし、写真を撮るという行為は精神的なものであり、それを高揚・鼓舞してくれるのがファインダー
であったり操作感覚であったりデザインや質感・信頼感であったりします。
従来より写真に親しんできた人たちはこれを望んでいることでしょう。
富士フィルムのFinePix X100が発売されます。私は支持します。
でも、考えてみると、こうした傾向は進歩なのか旧来への回帰なのか、なんて思ってしまいます。
(2011/3/19)
富士フィルムさんにお願い
「富士フィルムさんにお願い」と言ったところで当ホームページを見ることはないと思い
ますが、こういうのがあったらいいな、と思ったことを書いてみます。
20年くらい前か、記憶は定かではありませんが、ポラロイドが自家現像システムの
フィルムを発売したことがあります。撮影済のフィルムをローラーに通すと現像が完
了するという、ポラロイド写真のフィルム版でした。
これを再開発、スキャナーと一体型で発展させるのもよし。
というよりは、フィルムを光ディスクのような記憶媒体にできたら、撮影レンズでは書き
込みエネルギーが足りないというのならフィルムの感度を上げ、フィルムは従来通り
パトローネで遮光、撮影後は読み取りドライブ装置を通してパソコンにデータを保存する。
こういうのがあったら、クラシックカメラの生活もグット楽になると思うのですが。
科学に無知な素人の妄想ですが、本気で研究してくれる人がいたら嬉しく思います。
(2010/6/4)
マニュアル本(カメラ取扱説明書)
PENTAXコンパクトデジカメの取説でリチウムイオン電池について次の記述がありました。
・フル充電して保管すると、性能低下の原因になることがあります。
特に、高温下での保管は避けてください。
・長期間カメラに入れたままにしておくと、微小の電流が流れて過放電になり、
電池寿命を縮める原因になります。
・充電は使用する当日か前日にすることをお勧めします。
・バッテリーを半年以上長期保存する場合は、30分(40〜50%)程度充電し、
本体から外した状態で保管してください。
その後、半年から1年ごとに40〜50%の再充電をしてください。
また、できるだけ室温以下を保持できる場所に保管してください。
私は予備バッテリーを含め、すぐにフル充電してしまい、(使用頻度の少ないカメラは)
長期保存になっていました。今まで、これほど親切な説明書は見ませんでしたから。
私はマニュアルをよく読む派ですが、このペンタックスの取説は実に解り易く読み易い
ように思います。解り(判り)難い語句を使わず、素直で明快な文体で書かれています。
ニコン、キャノン、オリンパス、各社のコンデジ取説も読みましたが、この一番低価格の
ペンタックスに付属のものが一番立派で、一番よく出来ていると思いました。
それにしても、マニュアル本がないと使いこなせないカメラなんて、一昔前には思いもよ
らないことでした。
今は、4社のカメラを使いつつ機能の設定状態やら呼び出し手順やらを混同してしまっ
て困っています。3か月間も使わないカメラのそれらなんて忘却の彼方です。
(2010/5)
私写真
昨年より、20数年分の家族写真フィルムをスキャナーでデジタル化しようとしています。
しかし、これが思った以上に難物です。フィルムの退化でカラーバランスは大きく崩れて
調整に時間が、もう一方の問題点であるキズ・汚れ程度は無視することにしました。
(保管上の問題のほかに、現像時における定着・水洗の不十分さもあります)
膨大な時間がかかることは覚悟の上でしたが、めげてしまいそうです。
家族写真で使ったカメラは、昔の言葉でいえばバカチョン、チープなコンパクトカメラが
大部分でした。でも、それが、光線状態が良いと、なかなかいい描写をしているのです。
きれいなトーンとボケ方、チープなレンズの場合はそれはそれで味わいがあります。
そして一番のお気に入りは家族写真であること(私的なモノや風景も含みます)。
”いわゆる”写真を撮りに行って撮影した写真よりも、私にとっては、癒され、しかしイン
パクトもあり、しみじみと観入ってしまいます。
ヘンな意図を持たず、無心で素直に撮ったことの強みでしょうか。
無心=無念・無想の状態にいると真の能力(蓄積されてきた技量と精神)が現れる、とは
剣の道理とされています。(同じことは被写体側についても言えると思います)
ともあれ、写真というのは家族写真=私写真が基本なのではないか、と思った次第です。
(2010/4)
オリンパスペン E−P1 を買ってしまった
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E−P1を買ってしまいました(2010/3/2)。
何故、7か月以上も経った今頃に? 実は、ファインダー内臓機の出るのを待っていた
のですが、E−PL1発売をみて、しばらく それは無いなと思い踏み切った次第です。
シャッタータイムラグの件も躊躇した理由ですが、これはAFよりもシャッターを優先する
等のカスタム設定の工夫で何とかなりそうです。
もうひとつの理由は、LやM、その他マウントのレンズのテスターとして、以前から欲しい
と思っていたということです。
まだ、買ったばかりで本格的な撮影はしていないのですが、期待を裏切らないで欲しい
と願っております。
嗚呼、とうとう私もデジカメ派になってしまったか? 否、今でも、フィルムで撮っている時
の行為や感覚が(そして、描写も)何といっても一番、だと思っています。
画像左はライカ風の革を貼り、ステップアップリングで、当店で販売しているクラシックフードを付けたもの、
画像右はMマウントアダプターとM-Lリングを介してNikkor 28/3.5付けたものです。
ホンモノ
近年、衣類・食物・車・その他の身の回りのモノ等を含めた多くのものに本物を感じる
ことが少なくなったように実感しています。
これは低価格化がもたらしたものなのでしょうか、それとも、人々の質が劣化したことに
よるものなのでしょうか。 新しいものが、変化が、、必ずしも良いとは限りません。
むしろ、ホンモノとは長い期間にわたってその価値を保っていけるものだと思います。
APS−Cサイズのデジカメはいらない?
待望のライカM9が発売となり、レンジファインダー機、一眼レフ、ともにフルサイズになり
ました。フルサイズ機があって、もう一台、と云えばマイクロフォーサーズ搭載のカメラ。
マイクロフォーサーズの20mmという短いフランジバックはアダプターを介して新旧にわた
る膨大な数のレンズを装着し実写することができる、マニアにはたまらない規格です。
そうなると、APS−Cサイズのカメラなんて無くても生きていけます。
ただーし、ライカM9やニコンD3X、キャノンEOS−1D Mark何とか等を買えるお金持ち
にとっては、ということです。
この先、フルサイズ機の価格がどこまで下がるか、APS−Cサイズ・カメラの運命はそれ
によって決まってしまうのでしょうか。
APS−Cサイズ・カメラは、当然、フルサイズ機よりも(レンズを含め)小型・軽量です。
また、銀塩フィルム仕様のカメラに馴染みのないデジカメ世代の人たちにとってはフィル
ム時代のレンズ焦点距離感覚は「どうでもよい代物」かも知れません。
で、あるから、APS−Cサイズのカメラは、まだ、死にはしません(と思う)。
フィルムスキャナーが使えなくなってしまった
私事で恐縮ですが、PCをWindows Vistaに替えてからコニカミノルタのフィルムスキャナー
DiMARGE Scan Dual Wが使えなくなってしまいました。
Windows XPにも対応しているので、Vistaでも大丈夫と思っていたのですが、動かない。
(私の愛用ソフトが、なんとWindows 95用が、Vista上で元気に動いているというのに)
”すでに起動されている可能性があります”という警告。ディバイスドライバの問題と思い、
イメージングディバイスにある他のドライバを無効にしたりしましたがダメでした。
まだデジタル化していないフィルムが沢山あるっていうのに、参っています。
コニカミノルタではVistaへの対応・サポートはしていないというし、どなたか解決策をお持
ちではないでしょうか。ご教授いただけたら、この上ない幸せに思います。
後日談:
ご親切にもアドバイスを幾つか頂きましたが、結局、安い中古のXP機を買ってスキャナー専用機にしました。
今、二十数年分の家族写真ネガをスキャンしていますが、恐ろしく大変な作業になること間違いありません。
標準レンズ
”50mmに始まって50mmで終わる”とは、昔、撮影指南書などに書かれていた言葉です。
当時はカメラを買うと50mm前後のレンズがセットで付いていることが多く、はじめはこの
レンズでスタートです。やがて、超・広角レンズや望遠レンズを揃えることになります。
しかし、これら特異な・特徴的なレンズを使っていると、何か、他の人の写真と似たような、
類型的なパターン(絵)になってしまうのです。単に、センスがないだけかも知れませんが。
そうして、スランプに陥って、そうなると、標準レンズのみを持って街に出かけたりします。
先の指南書は言います。標準レンズは、見たまま自然に写り、絞り込んで撮れば広角風に、
絞りを開けて撮れば望遠風に使える万能レンズです、と。
このとき、絞りだけでなく、アングルや撮影距離も考慮して工夫するとよりGoodです。
被写体とのディスタンスについては”広角3m、標準5m”という言葉もありました。
日本の街中でのスナップでは35mmの画角がちょうど良いようで、これを主に使いました。
当時より、35mmまでを標準レンズの範疇に含めており、私の言う標準レンズも同じです。
人間の細やかなしぐさや姿態を自然に臨場感をもって生々しく撮るには広義の標準レンズ
が一番だと勝手に思い込んで愛用しています。以上は私の履歴です。
現在でも、フィルムカメラでは35mmと50mm以外はほとんど使っていません。
そして、デジタルカメラ。フルサイズフォーマット以外のカメラに50mm相当のレンズを付け
ても何か面白くありませんでしたが、最近、数機種のフルサイズ・デジイチが幾つか発売さ
れました。私には買えませんが、それでも嬉しい出来事です。標準レンズ愛好者にとっては
涙なくしては語れないでしょう。
あとは、レンジファインダー式カメラ。こちらのフルサイズ化こそが私の最も待ち望んでいる
ものです。馴染みの焦点距離とF値のレンズを見慣れたファインダーで、そのまま使えるな
んて、考えただけでワクワクしてしまいます。
カメラの耐久性、ということ
今のデジカメは、ウン万回のシャッター作動テストや耐寒・耐塵テストをクリアしているので、
昔のカメラよりも耐久性が高いそうです。
しかし、これらは常時稼働させている間だけのことだと思います。
私の感覚では、耐久性とは何十年・何百年カメラとして存在していられるかということになります。
押入れや物置に何十年も放置されていたカメラでも、メンテナンスをしさえすれば、復活します。
人々の嗜好性を刺激するモノになるのは今は昔のメカニカルなカメラの方だと思ったりします。
Emergency Camera
デジタル一眼もかなり普及してきました。と、いうことはデジイチ用交換レンズも数多く出回っ
ているということです。
そこで、電池がなくても使用可能で、半永久的に使えるカメラで、それら交換レンズ群を利用
できたら、緊急時用として、また愛する道具として、「すんごくいいんでないかい」と思います。
このように使える機械式マニュアル一眼レフカメラの代表はペンタックスとニコンです。
ペンタックス(KM、KX、MX、K1000、(LX)など)
ニコン(F、F2、ニコマート、FM、FM2、FM3Aなど)
上記2社のカメラは、もちろん、アダプターなしでそのまま装着し使える素敵なカメラです。
(ただし、絞りリングの付いていない一部のレンズは駄目ですけれど)
こういうカメラを、エマージェンシーカメラとして、是非、手許に置いておきたいものです。
ワクワクしますね
世間がデジタルカメラ一色になろうというなか、コシナ・フォクトレンダーとカールツァイスが
銀塩マニュアル機で頑張ってくれています。
ニコンFマウントのツアイス製レンズは既に発売されています。
そして、今度は、ペンタックスK(KA)マウントのプラナー50mmと85mmの2種が発売となり、
順次、ラインナップを拡充していくという。
これらは世界中にたくさん沢山出回っているニコンとユニバーサルマウントであるKマウント
カメラへの有効な援護射撃となるでしょう。
また、ケンコーがニコンFマウントのマニュアル一眼レフ(KF-1N、KF-2N)発売を発表し、ヤシ
カ・コンタックスマウントのモデル(KF−3YC)も予定しているという。
これもまた、大量の、また優れたレンズ資産を活かすのに貢献してくれるでしょう。
さらに、アグファのオリジナルフィルムが復活する。2005年のアグファフォト倒産以来のこと。
私としては、これらのことは本家のカメラメーカー(ニコンやペンタックス)にやって欲しかった。
DPE店(ミニラボ)が減ったのも痛い。銀塩カメラ復活にはDPE店の拡充が必要なのだワン。
いずれにしても、ジリ貧の銀塩フィルムカメラ界に射す希望の光となるのでしょうか、ちょっと、
ワクワクしますね。
デジカメ席巻期
銀塩フィルムで写真を撮ることは高級(高価)な趣味になってしまいました。
それでも、何故、古いフィルムカメラを使う? 私の望みを満たすものが出てこないというのも一つの理由。
こういうカメラとレンズで、こういう撮影スタイルでないと写真が撮れない、という観念が頭にこびり付いています。
デジカメでは軽い・薄っぺらな(内容的にも画質的にも)写真になってしまうのではという恐怖でもあります。
もちろん、デジカメも使っていますが、それはいわゆる”写真を撮る”ためではなく、実用写真のためにです。
私の望みは旧来のマニュアルカメラはそのままに(AEや手ブレ補正などは入れてもいいと思います)、
記録方式をフィルムからデジタルに置き換えただけ というシンプルなもの。
つまり、フィルムvsデジタルということではなく、旧来の撮影スタイルで写真が撮れて、モノとしての質感
(デザインも含めた)・機械的精密感が良ければアナログorデジタルどちらでも構わないということです。
その点において、ライカM8は私の理想に近いですが、フルサイズでないこと、その割にはボディがちょっと
大きすぎること、それと価格が、ちょっと、 私には難点です。
PENTAXデジタル一眼のKシリーズ、いいと思います。
MFのKマウントレンズはそのまま使えますし(KAマウントならプログラム露出も可)、スクリューマウント(M42)
レンズもアダプター(M42--K)経由で使え、しかも、どの場合でも手ブレ補正機能が有効なのです。
膨大な過去のレンズ群を使えるのは素敵です。
通常撮影はもちろんのこと、旧来レンズのテスターとして使える優れものと思います。
旭光学(PENTAX)のほぼ全てのレンズが使えますから、タクマーもKマウントレンズも生き返るでしょう。
評判 (良いということと、好きということ)
何かを評価するとき、”何々が良い”という表現はどうでしょう。”何々が好き”というのなら問題ないと思いますけど。
例えば、”何処何処のラーメンは美味い”といわれても誰もが美味いと感じるわけではありません。
実際、そういう評判の店で食べても期待ほどでないことはよくあります。
好みや感性の問題ですから、私は”何処何処の味が好き”と言うべきだと思っています。
カメラに対する評判(評価)についても同じように思います。
(以下は単にへそ曲がりな私の好みであって、良いとか悪いということではありませんのでお気を悪くなさらないで下さい)
M型ライカはM3が最高だといわれていますが、私はM2が好きです。M3のスペックダウンといわれるM2の
ファインダーも、軽快な感じも大好きです。
バルナック型では、Vfが代表のように言われますが、私の好みでは、 バルナックといえばVaまでの板金製の
ライカ達です(Vbは少し美しさのバランスを損ねているように感じます)。掌の中に納まる小さな 女性的で優美な
スタイル、基本形となる簡素なシャッター、そして造りや質感も含めた全体印象、これこそ本来のライカと思えてしまいます。
(一眼レフでこれと似たような印象を感じるのがS2superまでのペンタックスで、同じく私の好きなカメラです)
ニコンのレンジファインダー機では、S型とSP型が好きです。それらの間にあるS2やS3、S4にはあまり興味を
感じません。 また、ギヤ式の焦点調節は、スナップ写真の多い私には、どうも馴染めません。
キャノンではWsbが傑作といわれますが、(L3など)箱型で布幕シャッターの機種が好きです。
この時代のすぐれたモノ造りが感じられ、精密感、操作感触とも結構好きです。
その他、ニッカ、レオタックス、タナック、、などのライカコピー機の中ではニッカが好きです。
でも、感触などまではコピーされていないようです、残念。
製造年代からみると、時代が新しくなるほど精度は良くなっているのでしょうけどカメラでない他のモノと同じような
造りに見えてしまいます。趣味のものとしては味気無くなっているように思えます (また、+ネジは品格がなくていけ
ません、格調高いのは−ネジかと思います)。人の手によって造りだされた工業製品・工芸品としての味わいは、
やっぱ、昔の方が、と思います。
レンズも古い時代ほど質感や手触りがよいように思います。現代になるほど製造コスト重視で軽金属やプラスチッ
クを用い、造りもユニット化などで修理や清掃が難しくなってきています。
レンズの描写 性能も現代の方が優れていますが、数値に表れない部分については人それぞれ 、人生いろいろ
の評価だと思います。
それでも、良い・悪い、又は、優れている・劣っている、という言い方(絶対的な評価)はあります。
高級機と大衆・普及機とでは、価格を無視すれば、当然、高級機(単なるオーバースペックではない)の方が優れて
います。精度や質感・デザインから耐久性まで大きな差異があります。修理が効くかどうかも同様です。
以下、デジカメ普及期
すごい数のデジカメが市場に現れましたが、コンパクト型にしても一眼レフにしても、まだまだ、ファインダーや
手に持った質感などは昔のカメラには及ばない。いわんや撮影行為をや。
1ショットまでの間と集中、シュートしたときの射止めたと思う確かな手ごたえ。クラカメは捨てたものじゃないと思う。
全ての過程で癒しがあるもの。フィルムスキャナー一体型のデジカメプリンターがいくつか出てきました。
魅力的なクラカメでバシバシ撮影、プリントはこのプリンターで自家処理。こんなスタイルでクラカメは活躍していく
のでしょうか。クラカメは眺めているだけでも楽しいもの。こんなのデジカメにある?でも、でも、クラカメの外装等にデジカメの機能を(バージョンアップ交換可能なモジュールとして)組込み、
スローガバナーその他の操作感触を(ダミー機構でもいいから)付加したカメラがあったら、きっと、買ってしまうと思います。
こういうことを書くとひんしゅくを受けそうですが、クラシックカメラの値段はもっと高くあるべきではないかと思います。
生活必需品は、当然、安くあって欲しいですが、趣味のものについては、特にクラカメについては、安すぎる弊害もある
と感じます。むかし、カメラは高価で貴重品でした。憧れも夢もありました。カメラの扱い方ももっと細やかでした。
撮った写真もムダが少なく、アルバムに大切に保管しました。ところで、今はどうでしょう。家を抵当に入れるほどの
値段とは言いませんが、今の値段では、クラカメの後世への伝達さえ崩れてしまいそうに感じます。文部科学省は
クラカメを絶滅危惧種に指定すべきではないでせうか。 と、云っても当店が価格を高くしているわけでは当然ありません。
社会全体の価値観の変化の問題であり、それにより市場が価格を形成しますので、ひとり古き良き時代を懐かしん
でも蚊の力ほども無いでしょう。
以下、デジカメ初期
デジカメとクラカメ
最近、デジタルカメを買いました。デジカメはすばらしいです。
今の全自動オートフォーカスカメラは全てデジカメになってしまうのではないでしょうか。
実用機のデジカメと趣味のクラカメ、の二本立て。それと中判カメラと。
デジカメとその対極にあるクラカメは対立・競合するものではありません、共生していくものです。
それ自身がモノとしての価値があるクラカメは、デジカメとは別次元のものですから。
そして、クラカメは、益々、その価値を増していくことでしょう。
クラカメもデジタル
クラカメでの撮影からプリントアウトまでの一連の過程において、
プリンターの性能が良くなってきていますので、クラカメで撮影し、スキャナーでパソコンに取り込み、
画調を整え、プリンターで印刷するということになっていくかも知れません。
でも、モノクロについては、場所と時間があれば、銀塩処理に優るものは今のところ無いように思います。
危機に対応する、非常時のクラカメ
デジカメはすばらしいし、AF一眼レフも技術の極みです。
それでも真っ暗闇だったり、バッテリーがなかったりしたら役に立ちません。
でも、クラカメ(マニュアルカメラ)なら、どんな条件下でもシャッターを切ることができるのです。
そして、不安な電子部品を使っていない分、環境変化にも強く半永久的な寿命を持っているのです。
道具というのは、ナイフのように単機能だけれども、使う人の手加減で万能な妙を現すものではないでしょうか。
以下、デジカメ普及以前
なぜ、クラカメがいいのか(あっとらんだむ)
マニュアル本を放せない現代の超高性能カメラと違い、大部分は感覚的に操作ができ、
ナイフのように単機能だけれども 使う人の手加減で万能な妙を現す道具となってくれます。
開発者の熱意、精緻な又は珍妙なメカニズムやアイデア、を五感で感じることができます。
クラカメの描写は美しいだけでなく、時代やその背景まで感じさせてくれるものもあります。
クラカメにはそれ自体が最終目的でもあるかのような美しい工芸品といえるものもあります。
クラカメは世界を動かしたかもしれない。高性能35mm判カメラの出現は報道のスタイルを変え、
世論を動かしたことでしょう。
多種多様なクラカメの中から、このようなカメラを探し、手に入れる悦びがあります。
眺めて、手に持って、操作して、描写を見て、研究して、全部楽しませてくれるのはクラカメです。
クラカメは文化遺産であり、世界を記録してきた功労者(品)です。
趣味の分野にても限りない情熱・快感、憧れを与えてくれました。
好みの変化
いわゆる高性能実用機から、味のあるハーフサイズやデザインの優れた小型35mmレンズシャッター
機に好みが変わってきてしまいました。
ということは、写真を撮る人から写真機そのものを愛する人になってしまったのでしょうか。
クラカメをこの世から消滅させてはいけない
使用者不在で朽ちかけているもの、不燃ごみにされてしまったもの、分解されジャンク化
してしまったもの、コレクターにより死蔵されメンテナンスを受けられないカメラたち。
クラシックカメラは減少していくばかりです、増えることはありません。
クラシックカメラは、最早、家電のような、単なる、消費財ではありません。
後世に伝えていくべき価値を持った文化遺産であると考えます。
2個1、3個1、フルーツポンチについて
古いカメラの場合、しばしば、各部の損傷や劣化による性能低下が避けられないことがあります。
私の場合、このような時、同型のカメラからパーツを移植することがあります。
2個又は3個のカメラを使って1個のカメラを蘇生させる訳です。
ドミノ移植で3個が2個になる場合もあります。
さすがに、フルーツポンチは手数がかかるのでやりませんが。
これらのことはカメラに対する犯罪行為でしょうか。古物営業法は考えないとして、オリジナリティの
侵害だとか、クラカメの減少を嘆いていながら結局カメラの絶対数を減らしてしまうではないか、
などの非難がありそうです。でも、3台がカメラとしての役割を果たせないまま朽ち果ててしまうより、
1台または2台でも蘇生したほうがいいと思いませんか。
もちろん、同型のカメラ同士を用いて拒絶反応の回避には心を配らなければなりません。
皆さんのご意見を伺いたいところです。*フルーツポンチとは、その昔、銀座の果物屋のご主人がイチゴやバナナなど傷みやすい果物を廃棄するに忍びず、
傷みかけた果物たちのよい部分を集めて作られたもの、と聞いています。もちろん、好評を博しました。
未知の領域って、あったほうがよい
どんな分野にでも謎・神秘の部分はあったほうが夢があります。
全部が解かってしまうと熱が冷めて、つまらなくなってしまいそうです。異性に対してもそうでしょう。
えっ、おいっ、何を考えているんですか。変な想像を 、、、そう、その想像するということがいいのです。
知らないということはイノセント、罪のないこと。カメラにも残しておきたい謎があります。
たとえばMINOXの分解方法。以前、アマチュアだった頃、銀座の某カメラ店にMINOXの修理を持ち込ん
だところ、カシメで組み立てられているから修理は難しく料金も高額といわれてあきらめて帰りました。
それでも、このカメラをまじまじと眺めて みて納得したものでした。
それから現在に至って、自分でやってみたら出来ちゃった。神秘のベールが取れちゃったら、なんか憧れて
いたものが一つ減ったみたいで損した感じ。やっぱり恋は”葉隠れ”が至高の恋のようです。
だから、皆様のために、当HPではMINOX以外でも神秘なままの方がよいものはそのままにしておくことにします。
偉ぶったことを言っちゃって、実は知っていることはほとんど無いんです。私自身、やるもの全てが未知なのです。
だから結構楽しみは沢山あります。
「葉隠聞書 二の二」
恋の至極は忍恋いと見立申候。
逢てからは、恋のたけがひくし。一生忍びて思ひ死するこそ、恋の本意なれ。
歌に、"恋しなん後の煙にそれとしれ ついにもらさぬ中のおもひを"、是こそ長高き恋なれ。
結局はオーソドックス
人気のあるカメラに、ローライ35のように巻上レバーが左にあるもの、シグネット35のように
シャッターボタンが前面レバーになっているもの、トプコンやペトリのようにシャッターボタンが
前面押込み式になっているもの、ペトリカラー35のように露出設定から距離調節までダイアル
で操作するもの、その他ユニークな方式や構造をもったカメラが沢山あります。
これらのカメラは、当時の設計者の思想や意地や遊び心などが想われ、私たちを楽しませてくれます。
ただ、実用上のことになりますと、操作のし難さ、他の操作部分との干渉、手ブレ、滑らかな操作感触、
確実性(信頼性)、耐久性、等などに問題が見えてきます。
私だけかもしれませんが、旧式 だとしてもノブ式巻上の戦前のライカU型やV型の方が、ずっと、
使い易く思 えます。このライカ型が以後のライカやニコン・キャノン・ミノルタ・ペンタックスをはじめ世界
のカメラのスタンダードとなり、オーソドックスな構造・操作系のカメラとして主流を占めてきました。
一般に、スタンダードやオーソドックスなものというと軽視されがちです。
ユニークさ、奇抜さ、多機能などを持て囃す傾向もあります。
しかし、スタンダードやオーソドックス なものは王道です。信頼性があり優れているからこそ長い年月を
生き抜いて来れたのです。基本の優れたカメラは、いつでも、どのような状況でも本来の(基本的な)機能
を発揮してくれます。趣味のものとして、私たちを楽しませてくれるのはユニークなカメラ達です。しかし、
カメラ本来の使い方となると、結局はオーソドックスなカメラが一番になると思います。
ペンタックスはエライ
日本初の35mm一眼レフ、世界的にはクイックリターンミラーの発明(事実上の)、初のTTL露出計内臓機
の発表、スクリューマウントでの開放測光機構、初のTTL自動露出、初のTTLオートフォーカス機の発売など、
ペンタックスの歴史は一眼レフの歴史 でした。
Kマウントに変更になっても、ライカL→M変換リングのように、従来のレンズを薄いM42→Kリングで継続。
しかも、なんと1,000円で配布し続ける。さらにM42旧レンズ用リアキャップも、 等など面倒見もよい。
小型・軽量がペンタックスの持ち味。でも、大きさ以上に、デザインがいい。フレンドリーでありながら気品がある。
ゴツゴツとした金属の塊という感じでないから、手の中にすっぽり、馴染の道具の感触。機能の選択もよい。
内部の機械配置などのデザインセンスがよい。アサヒフレックスからMEなどの電子シャッター機に至るまで、
メンテナンスし易いようにレイアウトされ、MEシリーズなど配線の取り回しも 底部にすっきりまとめられ・合理的
になされている。レンズも堅牢で、エレメントをきっちりリングネジで固定しているのも好感。
メンテナンス・修理を通して、ライカ型カメラ以外では、ペンタックスとニコンが修理をして使い続けることを前提に設計・生産された王道を行くカメラであるように感じます。
完動ということについて
完動とは正しく作動しているということです。
シャッターも絞りもメーターも、ただ、動いているというだけでは完動とは言いません。
中古カメラを買うときに注意を要します。失敗すると、より高額なOH済品よりも、高い買い物になってしまいます。
これらのことは高級機よりもコンパクト・レンズシャッター機、とりわけメーターやEE機構のついた機種に多いよう
に思われます。これらのカメラは、もともと世代を超えて使うようには作られていませんし、パーツの品・質も同様
です。経年変化しやすいモルトプレンを多用しています。また、セミクラシックの時代は水銀電池の使用が一般的
でした。電源スイッチがないことと相俟って電圧による負荷と水銀電池から発生するガスにより致命的なダメージ
を受け易いのです。
一見、故障しているようには見えないカメラでも作動しているというだけでは安心ではありません。
素材の劣化による性能低下は避けられないとしても、許容できる範囲の精度を維持していけるかは大切なこと
だと思います。中古カメラにもそれらの表示があると助かると思います。
中古カメラ選定の際、総合的にどちらがよりExpensiveかを考えてみる必要があると思います。