”よしよしトントン”は宮本やよりのリハビリものがたりです。
それは2006年6月24日(土曜日)の朝5時50分に、”うーん”という呻きに続いて起こった”ドーン”という大きくそして重苦しい音で始まりました。
それはやよりが二階のトイレの前で倒れた音だったのです。
私がいつも土曜日にするジョッギングの用意を一階の居間でしようとして立ち上がったときに起こりました。
ちょうど一緒に居た娘のまなと顔を見合わせてなんだろうと言いながら、今までに聞いたことも無いような音だったので心配になり二階に駆け上がったら、やよりが意識不明で廊下に倒れていたのです。
私は何か置物でも倒れたのだと思っていたのですが、やよりの倒れている姿をみて、とっさにとんでもないことが起こったのだと直感しました。
やよりは仰向けに倒れていて、息が荒く意識は全くありませんでした、直ぐに一階にいたまなに”救急車”、”救急車”と叫び、119番に電話をしたのでした。私は、もし脳出血でもしていたら危ないと思いその場所からやよりは動かさずにいました。でもどうしていいかわからないまま、やよりに声をかけ続けましたが、全く反応がありませんでした。
幸いなことに救急車は10分ほどで直ぐに来てくれました、救急隊員が担架を持って二階に駆け上がり、やよりに声をかけました。そしたらなぜかやよりが普通に話し始め、動かしてはいけないと思ったのですが、その救急隊員が動けますかと聞いたため、やよりは担架まで動こうとしました。そして吐き気を催し、おそらく二度目の出血をしてまた意識を失ったのでした。
しばらくどこの救急病院に運ぶか決めるために、救急隊員が無線で連絡をしていました。まもなく病院が決まり、幕張にある千葉県救急医療センターに20分ほどで到着しました。
病院に着いたら直ぐに治療室にやよりは運ばれ私とまなは控え室で不安な一時を過ごしました。一時間ほど待ったのでしょうか、先生が来られ、診断結果を説明してくれました。それはやよりの脳で出血が起こっている部分をとったCTスキャンの写真でした。白く見えている部分が出血した部分、また動脈瘤が破裂した部分もはっきりと映っていました。先生はくも膜下出血ですと説明され、決して軽い症状ではありませんと付け加えらました。
くも膜下出血と聞いただけで、頭がふらふらとするような衝撃を受けました。しかし、ここは先生の治療にそして神様の御手に委ねるしかない、と覚悟を決めるしかありませんでした。
手術は6時間以上かかるがそれまで家族の方には何が起こるかわからないので控え室に居てくださいと言われました。もしかして直ぐにやよりと一緒に車に乗って帰れるかもしれないと思っていた期待は、見事に消えうせ、控え室でまなと顔を見合わせました。
そして9時半ごろには手術が始まりました、終わるのは5時位になるのではないかとのことでした。私はその間控え室で待つことにして、まなに家に帰ってもらい入院に必要なものを持ってきてもらうことにしました。
やよりの手術に少しでも、何とか役に立ちたいと思うのですが、祈ることしか私にできることはありませんでした。まなが戻ってきてお昼ご飯を食べてしばらくすると、シロアムキリスト教会の鈴木牧師が駆けつけて下さいました。また教会員の方々も数人、心配して来て下さいました。お祈りをしつつ、また来てくださった皆さんとお話して気を紛らわしなが、らじっと手術の終わるのを待ちました。夕方にはやよりのお父さんとお母さんも来てくださり、一緒にやよりの手術が終わるのを待ちました。
夕方の5時過ぎに手術は無事に終わり、やよりは集中治療室(ICU)へ移されました。私達家族もICUに入りやよりと面会しました。なにせ6時間以上の脳を開いての手術の後でしたので、意識もなく声をかけるもののやよりからの応答はありませんでした。
まもなく先生からの手術後の説明がありました。やよりの頭の写真を見ながら、説明して頂きました。手術は無事に終わり、金属のクリップで動脈瘤が破裂した部分を止血したとのことでした。途中で一度出血したとのことでした、そのときに血流を止める必要があったとのこと。それによる影響もあるかもしれないとのことでした。
手術は成功しましたが、このくも膜下出血の病気は手術後二週間は何が起こるかわからないので、とにかく二週間が過ぎるまでは油断はできません、とのことでした。まずは脳に出血した血が固まって残っているのでそれの洗浄、次に脳の腫れ、そして血管の収斂などの問題をクリアしていかないといけないとのことでした。
こうして第一日目が終わったのですがそれは本当に晴天の霹靂、突然降ってわいたようなやよりに起こったくも膜下出血での手術、そして集中治療室(ICU)への入院の日でした。
第二日目、6月25日(日曜日)
意識は朦朧として話しかけてもそれが聞こえているのかどうか分かりません。時々分かって頷くようなしぐさをするのですがそれもこちらからの呼びかけに応えているのかどうか良く分かりませんでした。
看護婦さんがやよりの目を開けてくれて”ご主人ですよ”見えますかというと頷いてくれた。
面会は12時と3時と6時の一日3回で時間は一回に付き約10分です。
第三日目、6月26日(月曜日)
今日は月曜日なので私もまなも出勤、会社が終わってから見舞いに行こうと思ったが仕事をしていても手に付かずまなに電話をするとまなも同じことを言った、午前中二人とも仕事を止めて3時の面会に行く。
反応が少しは良くなった、首を振ったり手を握ったりすることができるしかしまだ意識ははっきりとしない。もとにかく脳の腫れが引いて血管の収斂が無いことを祈る。
第四日目、6月27日(火曜日)
まなは会社を休むことにした、わたしも今週は午前中で仕事をやめて病院に行くことにした。全てはやよりの健康が保たれ一日も早く元気になることを最優先にしていきたいと思う。出来ることは何でもやる、全てのことに優先して、使徒たちがイエスに声をかけられたときに全てをすててイエスに従っていった,、と聖書にありますがその時の弟子たちの心境が分かったような気がしました。
第五日目、6月28日(水曜日)
手術後の影響が出てきた、脳の腫れが大きくなっていると先生がCTスキャンの写真を見ながら説明してくれた。脳の腫れ、たまった血の洗浄、血管の収縮などがこれから注意しないといけないことだそうだ。腫れは大きくなっているものの、血の洗浄が進んでいるから少しずつやよりの反応が良くなってきているのかもしれない。一日一日、一つ一つのことが命にこれからのやよりの人生に重大な影響を及ぼす、出来ることは祈ること、それしかない。
第六日目、6月29日(木曜日)
やよりの弟一家が見舞いに来てくれる。やよりもだれが来ているのか分かったようす。少しずつだが確実に良くなっている。やよりのこころの中は分からないがどんな気持ちでいるのかと思うと胸が締め付けられるような思いになる。
第7日目、6月30日(金曜日)
今日はやよりの両親と叔母夫婦がお見舞いに来てくれた。わたしが3時ごろ病院に着くともう両親と叔母夫婦はICUに入ってやよりと会っていました。皆がやよりが目を開いていてとても元気にしていると言っているので私はびっくりして面会に行くと本当に目を開いているのでした。私はやよりがなかなか目を開かないので本当にこれから先どうなるか心配になってきたところでした、まるで眠れる森の美女、白雪姫のようだと思っていた矢先のことで私が王子様の役になれずにすこし残念な思いをしましたがとてもうれしい日となりました。
第8日目、7月1日(土曜日)
やっと一週間が過ぎた、もう何ヶ月もこのような生活をしているような気がする、先生が言われた一週間のうち一週間が過ぎた。とにかくあと一週間やよりに頑張って欲しい、毎日が神様にすがるような思いの連続だ。少しずつ着実に回復しているのだが、あと一週間は何が起こるか分からない。
第8日目、7月2日(日曜日)
やよりが目を大きく開いてこっちを見てくれた。まだ焦点ははっきりと定まってはいないが少しずつ顔に表情が出てきた。笑ってというと笑うような顔をしてくれた。毎日少しずつやよりの出来ることが多くなる、新しいこと一つ一つが神様から頂くプレゼントのような気がする。先生の説明によるとCTの写真では脳の腫れは大きくはなっていなとのこと。でも血管の収縮は起こる可能性がまだあるとのこと、これによって脳梗塞がおこり極端な場合は植物人間になることもあるという。でもやよりの意識も少しずつ安定してきているそうである、意識がはっきりしている時とそうでない時とのリズムがしっかりしているのでそれは良いことなんだそうだ。
帰ろうとすると、やよりが時々面白くないことがあるとする下唇を突き出すしぐさをして悲しそうな表情をした。元気だったときのやよりに会えたような気がして嬉しかった、手を握ってバイバイする。
第9日目、7月3日(月曜日)
やよりが倒れてから今日始めて一日働いた、5時に終わって7頃やよりのいる集中治療室に行く。今まで時々麻痺のしていない右手で何かを合図したり、ピアノを弾くような動きをしていたのだが、今日は私の胸に強く指を押し付けて何かを書きはじめた。直ぐに看護婦さんに紙と鉛筆を借りてやよりに渡した。すると7月にやるはだった出雲へ行く通訳ガイドの仕事をキャンセルしてくれという意味のことをいろいろとすごい勢いで書き始めた。倒れてから一切やよりが何を考えて何を理解しているのか分からなかったけど、いろんなことを考え心配していたんだなと思い胸が熱くなった。それにしても殆ど意識が無く、コミュニケーションも出来ないと思っていたのにこのように突然紙と鉛筆で会話できるようになるなんて本当にびっくりした。
また神様からの大きなプレゼントを頂きました、よろこびと感動をありがとう。
第10日目、7月4日(火曜日)
今日は仕事を半日にしてやよりに会いに行くことにした、昨日やよりが筆談できそうだと言う事が分かったので筆記用具を持ってやよりと話を一時も早くやりたかったからだ。
病室に入って紙とペンを渡したら、真のこと、マナのこと、そして私の誕生日のこと(7月7日が私の誕生日でいろいろと計画して考えていたようだ、本当にうれしかった)、喉が痛いこと、いつも風邪をひくと喉をやられると、真に会って安心させてやりたいことなど一杯書いてくれた。英語も混じって、アメリカでお世話になったマリリンにジュースやメロンを用意してくれとか。まだアメリカに居ると思っているのかな?
そして何かしゃべれるかと聞いたら一言”ツトム”と小さい声でいってくれた、感激。まるで自分の子供が始めて喋ったときのようなうれしさ、やよりbaybyがあたらしく生まれたのかもしれない。
神様今日も素晴らしいプレゼントを沢山有難う、感謝します。
第11日目、7月5日(水曜日)
今日も半日で面会に行く、病室に行くと看護婦さんがいて突然車椅子に乗りますかと言う、そんなことが出来るのですかというと大丈夫だという。そこで車椅子に乗せてもらい看護婦さんと一緒に初めてICUを出てエレベータに乗り一階に行く、中庭の草花を見ながら廊下を進み突き当たりの売店に入る。何か欲しいものがあるかと聞いたけど何も無いそうなので買わずに出る。ICUに戻り、やよりがマナからもらったジュースを手に持ってストローで飲む、これまた感激。
お医者さんが来てくれ、CTスキャンの写真を説明してくれた。脳の腫れはまだ残っているが中心部の明暗がはっきりしているのでもう大丈夫ではないかと言われた。本当にここまで回復できたことうれしい。もう直ぐICUから一般病棟に移れるとのこと。これでやっと危機的な状況からは脱出できる、今までは毎日何が起こるかわからずハラハラドキドキの毎日だったけどこれで少し安心、神様本当に有難う。
またまたすごいプレゼントをゲット、サンキュー。
第12日目、7月6日(木曜日)
今日はまなは学校の日なので私一人で病院に行く、するともうICUから一般病棟に移ったとのこと。いままで脳の中に溜まった血を洗浄する管が頭に繋がっていたがそれもなくなりすっきりとした。食事も流動食ではなく普通の食事をしたらしい。従兄弟のかおりちゃんとケンチャン一家が見舞いに来てくれる。やよりが覚えているかどうか心配だったけどメイちゃんのことも覚えていてせっかく来てくれたのに遊ぶものもなくてごめんねと気遣いをしていた。
少し疲れたようす、やはり死ぬか生きるかの病気と2週間格闘してきたのだから体力が消耗しているのだろう。ヤーちゃんお疲れ様です、ゆっくり休んでください。
13日目、7月7日(金曜日)
今日はまなの友達でアメリカから短期宣教師として日本に来ているサラと3人で面会に行く。二週間前には3人でサラを飛行場まで迎えに行って一緒に食事をしたなんてまるで夢の中の話のように感じる。サラもさぞかし驚いたことだろう。やよりは昨日居た一人部屋から4人部屋に移った。今までは夢中でここまで来たが、これからは病院での生活の準備をしないといけないのだが一体何を準備したらいいのか分からない。でもやよりが神様にもう少しで会うところまで行って帰って来れたこと、新しい命を頂けた事を感謝したい。これからの回復は全てが神様から頂けるプレゼントだと思う。神様に感謝
今日は私の誕生日だった、何も出来なかったがまながやよりに誕生カードを書いてもらってくれていた。カードにはやよりのしっかりとした字で誕生日のお祝いをするはずだったのにこんなことになってごめんねと、バースデーケーキの絵が描いてあった。やよりさん素敵な誕生日プレゼントを有難う、毎日のやよりの元気な姿が何よりのプレゼントです。
14日目、7月8日(土曜日)
今日はやよりのお父さんとお母さんが来てくださった。サラも一緒だったので私の誕生日のお祝いにお昼ごはんを一緒にご馳走になる。お父さんお母さん有難う。
夕方にはシロアムキリスト教会の鈴木先生が来てくださりお祈りをしてくださった。私達家族にはやよりの病気を治すことは出来ないが、このように牧師先生や皆さんと一緒にお祈りをすることは出来る。お見舞いに来ていただけるのも嬉しいが皆さんにやよりの回復のためにお祈りをしていただけることが本当に嬉しいし励ましになる。
今日初めてやよりの食事を手伝う。結構量が多いし味も食器もいい感じだが、手が十分使えないし体力もまだないので全部食べることが出来ないがかなり食べられた。
真も来週にはNYから一週間ほど戻ってこれる様だ。まなが誕生カードをくれる、読んでいるうちにまなのやよりを思うひたむきな心に触れて胸が熱くなった。やよりの病気で失ったものも大きいが、今まで知らなかったことや新たに得られた家族や友達の暖かい絆など得られたものも多い。
15日目、7月9日(日曜日)
やよりが少しずつしゃべれるようになってきた。でも直ぐに疲れてしまって長くは続かない。今日はリハビリの部屋に行ったそうだ、でも行くだけで結構疲れるらしい。車椅子で姿勢を保っているだけでも大変な努力が必要なようだ。早くリハビリを始めれば始めるほど回復するそうだ、でも焦らずゆっくり着実にやっていきたいものだ。少しでも回復できるように出来ることは何でもやってあげたい気持ちである。イエス様が弟子たちにガリラヤ湖畔で声をかけられたときに、声をかけられた弟子たちが持っていた網や全てのものを捨てて従ったとある。今の私の気持ちもやよりの回復のために出来ることはすべてやるという気持ちで、この時の弟子たちの気持ちが少し分かったような気がした。
16日目、7月10日(月)
今日は3時で会社を出る。鈴木先生がやよりの好きなモンブランを持ってお見舞いに来て下さるというので、私も教会に行って一緒に病院に行った。モンブランは食事が終わった後の楽しみにすることにする。先生にいろんな話をしてもらいやよりも気がまぎれて元気が出たようだ。6時過ぎにはまなも来た、一般病棟に移ってからは面会時間が7時までとなり少し不便に思うがこれは頼めばもっと長く居られるようになるらしい。心配事や不安は限りなくあるが少しずつ良くなっているので、とにかく信じて一歩一歩進んでいくしかない。神様の憐れみを信じもっともっとへりくだってただただ祈り求めるしかないと思う。私達の姿勢が低くなればなるほど受ける恵みも増えるのではないかと思う。とにかく出来ることは何でもやろう。主に感謝。
17日目、7月11日(火)
今日はまなが仕事を休むという、本当にまなはやよりが倒れてから良くやってくれた。まなと真には、こんなにも母親を思う気持ちがあったのかという驚きと感謝そして嬉しさを体験させてもらった。このことを通して得られたものの一つです。まなは毎週の翻訳学校の宿題、アメリカから来ている友達のサラとのお付き合い、そしてやよりのお見舞いと私達の食事つくり、本当によくやってくれている。有難う、少し休んでください。そしてやよりとゆっくり話する時間を持ってください。
また今日はやよりのお父さんとお母さんそしてまなの友達のユニちゃんも来てくれた。
やよりさん今日もご苦労様、焦らずゆっくりとやりましょう。
18日目、7月12日(水)
今日は私もまなも定時まで仕事。明日NYにいる真が帰ってくる。やよりに誰に一番会いたいかと聞いたら、真と答えていた、とても楽しみにしている。とても素晴らしい家族が与えられ皆でやよりのことを祈り励ましていけることを感謝する。真は何時もやよりのメールに返事を出さずやよりがこぼしていたが、最近は今まで出さなかった分も含めて毎日のようにメールがくる。やよりの新しい命が与えられたことそして素晴らしい家族の絆が与えられたこと感謝。
19日目、7月13日(木)
今日は真が帰ってくるので駅まで迎えにいこうと思って早めに帰宅して待っていたら真が家に帰ってきた。早速病院に行く。真はやよりの姿をみて少しショックを受けたようだった。でも二人とも会うことが出来てとても嬉しかったようだ。こんな大変な病気になってしまったことは家族にとって大きな損失だが、これによって家族の絆が本当に嬉しいほどに感じられたことは恵みです。これからもまだ二回目の手術、そして長いリハビリ生活があるが家族全員で心を合わせて進んでいけることは何よりです。やより頑張れ、まなも真も一緒に頑張って応援してるよ。
20日目、7月14日(金)
今日は真、まな、やよりと私、家族全員で病室で時間を過ごした。真がずっとNYに居るので家族全員がそろうことはなかなかない。この様な病気のときではあるが家族全員そろってやよりの無事を感謝して喜んでいられることはなんと嬉しいことか、と思う。
やよりの回復は順調、手術後の血管の収斂の傾向が少しあって心配ではあるが二週間後には今開いている頭蓋骨の部分を元に戻す手術がある。信じられないことだが最初に手術をしたときに明けた大きな頭蓋骨の穴の部分が冷凍して保存してあるとのこと。その頭蓋骨は脳がまだ腫れて頭蓋骨から飛び出しているので、腫れが納まるまで外しておくのだそうだ。というわけで今のやよりの頭は右の前の部分の頭蓋骨がないのでフニャフニャしている。気圧によって凹んだり戻ったりするそうだ。車椅子で移動するときはやわらかいクッションの入ったヘルメットのような帽子を被る。柔らかい部分が損傷を受けるのを防ぐためです。あと二週間でこの手術をしてやよりの病気に対する治療は終わります。それからは本格的にリハビリに励むことになります。やよりさん頑張ってね。
21日目、7月15日(土)
今日は真が一日中やよりと過ごしてくれた。夕方にはお父さんとお母さんが来て下さりやよりの弟一家も来てくれた。それからやよりが倒れるまで一緒にやっていたインターナショナル礼拝の牧師のポールと奥さんのひとみさんもお見舞いに来てくれた。連絡がうまく行かなくて長い間待たせてしまい申し訳ないことをしてしまった。いろんなことが頭にあり気が回らなくなってしまっているのかも。
やよりの二回目の手術を来週することにした。もう少し早目と思ったがやよりの体調が優れなかったので少し延ばした。手術がうまく行って早くリハビリに専念することが出来ますように。
22日目、7月16日(日)
日曜日、真と久しぶりに一緒に教会へ行った。礼拝の後やよりのお見舞いに皆さんに来てもらおうかと思ったが、結構やよりが疲れるようなので今週は遠慮してもらうことにする。
その後病院に行った、一緒に桃を食べる。食事はやはり一緒に居て手伝ってあげる必要がある。早く自分で食べられるようになりますように、また人と一緒に居ると疲れるようだ。早く体力がついて元気になりますように。
23日目、7月17日(月)
今日は海の日で休み、真が朝まで頑張ってJFGのパンフレットを作ってくれる。やよりに見せたらとても喜んでくれた。仕事のことが気になっていたのかもしれない。真の滞在を少し延ばしたいと思ってUAと交渉したがだめだった。やよりががっかりすると思ったが納得してくれた。車椅子で病院内を散歩する、動くと気がまぎれると思うのだが車椅子で姿勢を保っていることが結構疲れるようだ。下の階に行って5分もすると直ぐに疲れてしまうようだ。早く体力がつき手の感覚が戻ってきて動きが与えられますように。
24日、7月18日(火)
真が短い滞在を終えてNYに帰っていった。短い時間だったけど帰ってこれて良かった、真も本当にやよりのことを心配してくれていたので少しの時間だったけどお母さんとすごせて安心しただろう。またNYでの一人暮らしになるが頑張って欲しいと思う。やよりの病気は大変なことだけどこのことを通して今まで知らなかった、見たこともなかった真の本当の気持ちを知ることが出来た。本当に嬉しかった、神様こんな状況の中でも家族を通して喜びを与えてくださって有難う。これからも家族で力を合わせてがんばっていきます。やよりの熱がすこし高いので二回目の手術を少し延ばすことにした。私が少しかぜぎみだったのでそれがうつってなければ良いと思うが。
24日目、7月19日(水)
今日はまなと6時50分に海浜幕張駅で待ち合わせをして一緒に病院に行く。今日やよりは少し元気があったような気がする。私達が行っても少しすると疲れるのか目を閉じてしまうのだが、少しずつ体力が戻ってきているのかもしれない。体の麻痺は相変わらずで左側の動きが殆どない。このまま回復しないのではないかと心配になる。神様はやよりの命を救ってくださった、何でも出来る神様だからやよりの動きも回復してくださると思う。でも回復してもしなくてもやよりの命が毎日与えられていることを感謝していきたいと思う。神様感謝しますそしてあなたが一番良い将来を私達に用意してくださっていることを信じ感謝します。アーメン
25日目、7月20日(木)
今日はまなが翻訳学校の日なので一人で病院に行く。一度家に帰って急いで食事をしてから7時過ぎに病院に着く。やよりは食事も済んで休んでいたが昨日よりは元気があるような様子だった。隣の人が持っている遠くにあるものを掴む道具が欲しいという。少しずつではあるが自分でいろんなことが出来るようになればと思う。毎日一人でやよりは何を考えてるのか心配になる、これからのこと、NYにいる真のこと、いろんなことを考えてしまうだろう。体の回復と共にこころの平安と回復も祈りたい。神様がやよりの心に平安を、不安ではなく希望を与えてくださいますように。新しい生活が与えられますように。
26日目、7月21日(金)
今日はまなと一緒に病院へ、夜になると周りも静かになるので大きな声も出せずゆっくり話ができない。今日はやよりの目の動きが良かった、周りの物の動きに良くついていっているようだった。少しずつ回復が起きていると思うと嬉しい。でも焦らずにゆっくりとそして確実に回復していくことを祈る。やよりの心の平安のために、アーメン
27日目、7月22日(土)
今日は昼食を一緒にしようと思って行くとやよりは既に窓に向かって座って食べていた。元気な様子、これからはなるべく一緒に食事をしようと思う。今日はやよりの親友の加奈子さんが来てくれる。やよりは受付で会うと言うので下に行って待つ。加奈子さんが来ると感情が高まってやよりの目に涙が溢れる。しばらく受付で話して3階にあるコーヒーショップへ行く。しばらく話したらやよりは疲れたので病室に戻る。あまり長い時間過ごせなかったがやよりは嬉しそうだった。
その後トイザラスに言って遠くのものを掴むことの出来るマジックハンドを買った。やよりはマジックハンドで遠くのものを掴んで楽しそうだった。夕方にはまなも来て少し話をすることが出来て楽しい時間を過ごすことが出来た。感謝感謝
28日目、7月23日(日)
今日は教会の人たちがお見舞いに来てくれた。今までも来て欲しかったが体調が十分でなかったので、お見舞いに来てもらっても返って疲れてしまうので遠慮してもらっていた。二つのグループに分かれて来られたので少し疲れるのかなと心配したが大丈夫そうだった。
人と会うと感情が高まるのかやよりは涙ぐむことが多い。これからの生活のことも気になる、やよりが生活しやすいように家を改造するのかそれともゆっくり出来るような環境のところへ引っ越したほうが良いのかいろいろと考えてしまう。でも大変なところから新しい命を与えられたことに感謝しよう。新しい命を与えられ新しい人生を始められることに感謝。
29日目、7月24日(月)
今日で丁度一ヶ月、やっとここまで来たという感じである。私達よりやよりが一番大変な思いをしたのだろうが本当に良く頑張ってくれたと思う。神様が共に居てくださり、きっと一番良い方法で導いて下さることを固く信じてここまで来れたことを感謝したい。そしてやよりのために祈ってくださった皆様、また手術をしてくださった先生方と毎日看護してくださった看護婦さんにも感謝したい。これからも長くて苦しい病気との闘いになると思うが家族一緒に手を繋いで、心を合わせて進んで行きたい。主に感謝。
30日目、7月25日(火)
今日は第二回目の手術、まながやよりと一緒に居てくれた。二回目の手術は最初の手術で外しておいた頭蓋骨の部分を元に戻す手術である。手術は無事成功した、でも頭蓋骨を何週間も冷凍保存しておいて元に戻す何て本当にびっくりするようなことである。今度の手術は2時間ほどで手術が終われると意識も直ぐに戻った。先生の話によると頭の骨を外して脳を外気に触れせせるだけで感染という危険が伴うらしい、頭の手術後は痛みとともに大変な痒みが伴うらしい。その痒みに耐えられなくて傷口を開けて何度も手術をする場合もあるらしい。手術後の経過が順調で早くリハビリに専念できるようになることを祈る。
31日目、7月26日(水)
手術後二日目、まだ頭に痛みがあるという。手術は無事に成功しましたと先生が説明に来てくださった。これからは本人が努力してリハビリをすることですよ、と励ましてくださる嬉しいことである。動きの悪かった足が動くようになってきた、膝を持ち上げることが出来るようになった、何と嬉しいことか。人生にはいろんなことが起こる私達の力ではどうしようもないことも多い。でもこれからのリハビリ生活はやよりと私達家族がどう力を合わせてこのことに取り組んでいくかで決まる。私の言う言葉や行うこと、やよりの気持ち次第で変わってくる。一つ一つのことがこれからの私達の人生を創っていく。ともに与えられた新しい命、人生に感謝して育てていこうと思う。一緒に明るく楽しく。神様に感謝、アーメン。
32日目、7月27日(木)
今日はまなの学校があるので一人で病院に行く。一度家に帰ったので少し遅れた。7時半には病院に着くことが出来たがやよりは遅れたので心配していた。やよりの目には手術後の腫れが残っていた、最初の手術のときもそうだったが腫れが頭の上のほうから下に向かって下りてくるのである。苦痛の伴う腫れようであった、氷袋を看護師さんに貰って冷やしていた。少しすれば腫れは引くと思うが人間の体は本当に複雑に出来ていると思う。私達が毎日なんでもないことのように体を動かしていることは奇跡に近いようなことなのかもしれない。隣の鈴木さんは明日退院とのこと。家はバリアフリーにしたそうである。私達の家もそうしないといけないのかもしれない。でもまずやよりが元気になることそれが第一番。
33日目、7月28日(金)
今日は時間通りに病院へ。今日始めてやよりから会社に電話があった、とてもびっくりした。何かあったのかと思ってしまった。でもとても嬉しかった。少しずついろんなことが出来るようになってくるのだと思った。昼に電話してくれればいろんなことが話できると思う。やよりの目はまだ腫れていたが少しずつ良くなっているようだ。鈴木さんは車椅子での退院、やよりも車椅子での退院となると家の改造が必要になる。この一ヶ月でこれからのことが決まると思うが、一つずつ焦らずにやっていこうと思う。神様を信頼して祈りつつ神様から頂いた新しい命と人生を大切にしていきたい。
34日目、7月29日(土)
今日は朝、茅ヶ崎の母のところへ行く。母は弟一家と一緒に住んでいるが元気なので助かる。母の健康がこれからも守られることを願う。4時過ぎには病院に戻る。少し疲れた様子、何度も眠ろうとするが眠れない様子で話しかけてくる。左手の指を動かしてというと一本一本少しだが動いた。神様が少しずつだがやよりの体を回復してくださっていることを感謝。神様の憐れみが如何に尊いものであるかをしみじみと感じる。全てのことは新しくなったと思う、新しい命、新しい人生、これから出来るようになること一つ一つが神様からのプレゼントだと思う。感謝。アーメン
35日目、7月30日(日)
今日は日曜礼拝のあと病院へ、しばらくは午後の礼拝には出られそうもない。これからは自分の時間を大切にそして第一にやよりの回復のために使うようにしたい。一日も早く完全な回復のために何でもしてあげたい気持ちである。いつも一緒に居て元気付けてあげたいと思う。少しでも主の癒しの力が働くようにいのる。やよりの動きが少しずつ良くなってきている。本当に嬉しいこれが主の働きでなくてなんであろうかと思う。皆さんの祈りと熱き思いに支えられて本当に嬉しい。主に感謝。
36日目、7月31日(月)
今日から夏休みを取った。家の洗濯、掃除や片付けなどの用事は朝済ませて午後は病院に行く。病室に行くとやよりはもう食事をしていた、いろいろと病室でやることが多くゆっくりと出来なかったがこれからは出来るだけやよりと一緒に食事をするようにしたいと思う。やよりは午後手術後の検査がありそのあとリハビリをやった。一時間ほどいろいろ体を動かす運動、最後には手すりにつかまったり杖を持って歩く練習をした。普通の人には何でもないことだが、今のやよりには大変なことである。これから一つず初めから積み上げていくしかない。一つ一つ出来るようになることが神様からのプレゼント、感謝しなくてはと思う。一つ一つゆっくりと焦らずにやっていこう。
37日目、8月1日(火)
今日も昼食を一緒にすてからリハビリを見学した。少しずつだが足取りがしっかりしてきているように思う。焦らずゆっくり、ゆっくりだ。広島のお姉さんから電話でお見舞いに来るという。無理をしなくても良いといったが来てくれるという、本当に嬉しいことである。神様がやよりのことを見守ってくださり本当に多くの方たちの祈っていてくださることを感謝。やよりの気持ちのことを考える、体の様子は目で見て分かるが心の様子は分からない。こころのリハビリも大切なことだ。4時に姉さんが家に来てくれる、少し休んで病院に行った。もっと状態が悪いと想像していたのかやよりの姿を見て安心したようだった。しゃべることは結構できるので話をしていると感情が高ぶり涙が出てきた。このことがあってからやよりはとても涙もろくなった。今までのこと、現在のことそして将来のことがいろんな人と会って話をすると胸にこみ上げてくるのかもしれない。わざわざ広島から来てくれたお姉さんに感謝、有難うございます。
38日目、8月2日(水)
今日もリハビリを見に行った。昨日より元気でしっかりと歩いていたように思う。いつもはリハビリの後疲れてぐったりとするのだが今日はそうでもないようだ。お見舞いの人が来るというので下のロビーまで車椅子で行って待つという。下に行くと丁度お見舞いの人が入ってきて顔が会った、その瞬間やよりの目に大粒の涙。昔のことを思い出すからなのか、感情の高まりを抑えきれない。少し喫茶室で話してからやよりは疲れたので病室に戻った。人と会うことはよい刺激にはなるが疲れて負担にならないようにしないといけない。
今日は教会で祈り会があったので久しぶりに出席、やよりのことをとても熱心に祈ってくれた。とても嬉しい、励まされる。休みをとっているのでやよりと過ごす時間がとれてとても嬉しい。
39日目、8月3日(木)
今朝病院から電話があった。やよりの手術の経過が順調に落ち着いてきたのでリハビリ専用の病院へ移ってはということであった。くも膜下出血のリハビリは早く始めれば始めるほど効果があると言われる。そのために発病から2ヶ月以内の患者を受け入れ、回復期リハビリテーションをしてくれる病院が今度紹介された谷津保険病院である。このような専門回復期リハビリテーションを行える病院はあまり数が多くなく、有ってもベッドの空きがあるとは限らない。言われたように電話をしてみると担当の方が直ぐに来てお話が出来ますかと言われた。私も出来るだけ早くリハビリ専門の病院へ移ったほうが良いと思っていたので直ぐに面会に行くことにした。その病院に行ってリハビリプログラムなどの説明を受け病室の空き状況を聞くと明日なら入れますと言われた。ちょっと戸惑ったが直ぐに今入院している千葉県緊急医療センターと連絡をとり許可を頂いて谷津保険病院に移ることにした。これまで守られてきたように谷津病院に行っても神様の憐れみによって、やよりと家族全員でリハビリをして神様にある恵みを少しでも示すことが出来ればとおもう。
これまでやよりが倒れてから6時間以上もかかった最初の手術、そして二回目の手術をしてくださった先生方、痛みと痒みに苦しみながらも無事に動脈瘤破裂の病気を克服することを助けてくれた看護師さんの方々に心よりお礼を言いたいと思います。
40日目、8月4日(金)
宮本やよりの人生で最大の試練を克服して退院の日、まだまだこれから先の長い道のりですがここまで来れたこと感謝。とても暑い日でしたが、大変お世話になった病院のスタッフの方と涙のお別れして介護タクシーで谷津病院に行く。谷津病院にはゆっくりと30分ほどで無事に到着、入院手続きをして早速6階の616号室に入る。6人部屋に4人なのでかなりゆったりとして窓からの見晴らしも良い。これからこの病院でやよりのリハビリの新しい一ページが始まる、どれくらいかかるか分からないが家族一緒に頑張って行きたいと思う。