いわゆるアトピー性皮膚炎は人それぞれですが、
自分の記録として、記してみました。
03/01/18更新(主に98年以降)
ENGLISH VERSION


成人した頃から、ニキビの治療中にアトピーのような症状も混ざり、当時近所のK皮膚科で診てもらったことがあったような気がする。ファッション誌などで“ニキビの名医”と紹介されてた先生だったので、ステロイドの使用は消極的だった。


1989年1月

アトピーで東●医科大学病院皮膚科に通い始める。
当時の症状や治療は憶えていない。
多分ステロイドは少し使ったが、大したことがなかったのだと思う。

翌年の初めまで通う。


1991年

当時近所のK皮膚科に時々行く。


1992年7月26日

夜、急にひどい湿疹が腕や脚などに出る。蕁麻疹か?と思った。
内科と近所のK皮膚科ニポラジンアタラックスPを処方される。外用にパンデル
毎日、2時間くらいですっかりひくのだが、出てる時のカユミは強く、掻き壊してしまった。ステロイドは即効性がないから効いていなかったように思う。


1992年9月

なかなか治らないので、「アトピーだとしたらここがいい」と人にすすめられた相●●更生病院小児科に行く。小児科に行く歳ではないので気まずい思いをしたが、当時の私は、アトピー=子供の病気という認識だったので、しばらく辛抱して通うことに。
リンデロン、アルメタ、デムコ、トリルダンを処方されるが、ステロイドを使ったのは最初の1ヶ月だけでだいぶ良くなる。


その後秋頃から、顔の湿疹が気になり始める。
体は、テニスで汗をかいた後にすぐシャワーを浴びないと心配ではあったが、きつい症状はなくなった。


1993年1月

再び、東●医科大学病院皮膚科に通い始める。
主に顔の症状。

キンダベート朝晩しっかり塗るように指示される。飲み薬はトリルダン
「とにかく副作用の心配はない」と言われる。

治まったら徐々に濃度をワセリンで薄めていく。
キンダベート対ワセリンが1:5の割合になるまで薄めていき、それをずっと朝晩、顔に使用
これで日常生活も支障なく、自分は軽症だと思っていた。
「完治まで長くかかるがこれ以上悪くはならない」と言われる

ちなみに体にも時々発疹があり、その都度ステロイド(何かは失念)を使用。
でも大体は保湿剤(ヒルドイドorパスタロン)を塗る程度。

これから約2年半、こんな調子でコントロールする。

ここの皮膚科には“アトピー外来”もあったが、それほど重症ではなかったためか紹介されたこともなく、一般外来の方で受診していた。


1995年8月

もうだいぶ良くなったと思ったので、当時近所のO皮膚科に替える。

このO皮膚科では、キンダベートを5倍に薄めたものは出せないと言われ、同レベルのステロイドといわれるものをワセリンで2倍に薄めたものを使う。
ただ、ここでは、「ステロイドは徐々にやめていきましょう」と言うことで、塗る頻度を少しずつ減らしていった。
そして、9月にはほとんど塗らなくなる。

しかし、10月頃から症状がひどくなる。
それでも「やめていきましょう」といわれた以上、意地でもステロイドを使う頻度を減らしていった。


1996年2月

引越しを機に、昭●大学藤が丘病院に替える。
そこで初診時、顔を見るなりビックリされ、即刻脱ステロイドを勧められる(ステロイド歴はこれまでトータル2年半〜3年といったところだった)

ステロイドをやめるとほぼ同時に、入院してPUVAを行う(日焼けマシーンで皮膚を焼くというもの)。
副作用としては、ひどい日焼け
1ヵ月入院した後も、8月まで外来で照射を続ける。
体に関しては、これで完治!!
リバウンドは全くなかった。それまで時々ステロイドを塗っていたのが、保湿剤もいらない健康な皮膚になる。

ただ、は、3ヵ月くらいできれいになると言われていたのにもかかわらず、なかなか良くならない。


1997年11月

なかなか顔と首のアトピーは良くならず、縁あって、京都の高●病院のE先生に勧められ、入院治療を受けることになる。

ここでの治療は主に煎じ薬スキンケア(超酸化水による消毒と保湿)、それから食養生という東洋医学的治療
食養生では、1日1,200kcalの食事で、メニューは野菜と魚の和食中心(肉や乳製品、卵、油は極力使っていない)。ご飯も玄米で、食事は全般的にとても美味しかった!
あと心理テストをやったり、カウンセリングを受けたり…。
それから、ここではアトピー患者が大半だったので、日頃のストレス(アトピーであるということから来る)から開放された感じがした。
ここは病院と言っても、先生が「ペンション」と呼んでいるほど、自由な雰囲気で、昼間は観光したり、病院内でも、色んなアトピー関連の講義や教室(陶芸、料理など)があって、充実している。
入院して少し改善したような気がして、精神的に少し楽になった。


1998年1月

高●病院退院後、通院可能な中医学の先生(平●クリニック)を紹介してもらい、漢方を引き続き試していたが、年明け後悪化し、漢方は打ち切る。


1998年4月

脱ステ後ずっと、昭●大藤が丘病院でお世話になってきたが、ここ1年くらい改善しないので、4月頃から通うのをやめる。

インターネットで知り合った国立名●●病院のmoto先生に随時診て頂くようになる。掲示板、日記による遠隔治療含め。


1998年8月

実験的に住環境を変えてみることを提案され、1週間ほどホテルに滞在。それで湿疹の具合がどうかを見て、環境に原因がないかを探る試み。
しかし、夏場さらに悪化しだし、これ以上仕事続けるのも困難になってしまい(半年前から仕事量は減らしていたが)、しばらく休ませてもらうことにする。(;_;) 8月半ばより療養に専念。


1998年9月

8月半ばから悪化したこともあって、9月初めに通院した時には入院覚悟でもあったところ(生活環境を変える意味でも)、幸運にも新しくできた温泉付きのホテル(小牧市)を紹介してもらい、体の方は全然元気なので、9月〜11月の間、温泉治療を試みる。
moto先生に診てもらいつつ…。

治療としては、
イソジンによる消毒
皮疹部である頬と首の菌を採取&培養して調べた結果、黄色ブドウ球菌が100コロニー以上検出されていた(4月の初診時と7月、9月とも)。
まじめに1日3〜5回消毒に励んだ結果、1ヵ月のちに、頬の菌数は100→30コロニーに減少。
11月5日においては、黄色ブドウ球菌は見られなくなった
それと共に、皮膚も安定・改善してきた様子。

住環境の見直し
血液検査で(4月)、ハウスダスト=3、ダニ=1、カンジダ=3、アルテルナリア=1、猫ヒセツ=4(謎)・・・という結果だったことから、家の中に発生するカビに注意するよう指導される(9月の結果でもカビ類に2の反応)。
また空気清浄器を運転させることを勧められる。

写真比較
快方に向かっていることを確認するために、結構頻繁に写真を撮ってもらう。
客観的に比較して見ることが出来る。

脱保湿剤
「脱ステロイドをしてしばらく経っても良くならないケースでは、保湿剤がかえって悪いこともある」というのを某サイトで読んだこともあり、出来る限り保湿剤(プロペト)を塗らずに1ヵ月試してみた(6月末頃より)。これは自己判断で。
塗らずにいると、あまりにも、つっぱり、ガサガサするのにびっくりした。どうも強硬に続けていいことはなさそうと判断し、断念。(温泉の項↓も参照)

∬温泉∬
入浴後は、肌がしっとりし、保湿剤を塗る回数・量がかなり減る。


99年8月14日〜9月17日
悪化して入院。国立名●●病院に入院。顔だけ。


99年10月
吉●皮膚科に通い始める。これまでもメールで直々にアドバイスして頂いていたので、ここの抗アレルギーの注射療法に賭けてみることにした。強力ミノファーゲンC、ヒスタグロビン、MSアンチゲンの注射を様子を見ながら続ける。療養中だったので毎日通った。先生は猛烈なアンチステロイド。


99年12月20日
プロトピックを初めてつけてみる。吉●先生に処方してもらった時は抵抗があってなかなかつけられなかったのだが、まったく症状の改善が見られないので、ついに…。
塗って1週間位して効いてきた。止めて1週間くらいで元に戻る。

2月頃から時々塗るようになる(大会に出るため)。


2000年3月28日
注射の効果が半年経っても感じられないので、これまで何度かお会いしたことのある有名な藤●先生のところへ。
プロトピックも一つの選択とのこと。また、炎症を起こさせると色素沈着も取れないので、炎症を起こさせないことが大事とのこと。

2002年より、新規開業されたわ●いクリニックにもお世話になる。漢方等試してみたがあまり効果は感じられなかった。
経過は丁寧に診て頂いている。


以下、プロトピック使用量推移
2000年
3月末より 定期塗り
8月末 3本目使い切り <2ヶ月で1本=5gペース>
12月20日 5本目使い切り(6本目開封) <2ヶ月で5gペース>

2001年
2月17日 6本目使い切り(7本目開封) <2ヶ月で5gペース>
4月21日 7本目使い切り(8本目開封) <2ヶ月で5gペース>
8月末 8本目使い切り(9本目開封) <4ヶ月で5gペース>

2002年
1月10日 9本目使い切り(10本目開封) <4ヶ月半で5gペース>
8月2日 10本目3/4使用して、使用期限のため廃棄(11本目開封) <7ヶ月で3/4本ペース>
10月22日 11本目が変質したようなので※廃棄(12本目開封) <3ヶ月で約1/3本ペース> ※変質ではなく、同じ入れ物に入れていた古典的外用剤(今は使っていないもの)の匂い(石油臭い)がうつったことが後でわかった。

上記に示されたように、使用量は徐々に減り、2002年に入ってからは、劇的に減った。
そして、12月14日より、しばらく中止





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