Tanka  

 「名を呼べば」 ─『短歌往来』2002年4月号

 

耳の奥の遠い泣き声うつらうつらしているうちに子は生まれたり

薄皮の剥がれるように明けてゆく窓には月のかたちが残る

子の時間重なりはじめる一室にわれは立ちおり父親なれば

アルバムのおそらく最初の一枚となる写真なりシャッターを切る

差し入れの蜜柑がふたつ「嬉しい?」と訊かれるたびにかなしくなりぬ

跨線橋渡って夜の産室へ向かうあなたと嬰児の待つ

幸せを何度も自分に言い聞かす君はさびしい半島である

まだものの見えぬ子の眼の開かれて蛍光灯のあかり見ており

核家族以外の家族は知らなくてわれは両手にわれの子を抱く

吾子の泣く声の聞こえてくるような風の夜なり 残業が続く

五年後は五歳、十年後は十歳、子の年齢で未来を計る

名を呼べばその名になりゆくみどりごを遼太遼太と何べんも呼ぶ

時々は口を話して休みつつ子は乳を飲む長い時間かけて