夜行バスと新幹線を乗り継いで家まで帰る幼い頃の
雪の降るように時間の降り積もる家にひとりで母は暮らせり
庭先に保存樹木は葉を広げ夏の終わりのひかりをかえす
「ただいま」とわずかに意識して言えばふるさとの家は薄暗くあり
台所に立つ母の背が振り向いて早かったねとゆっくりと言う
足もとを太った猫が逃げていく僕を知らない二代目の猫
祖父と祖母の遺影の横に十八年飼われたミミの写真もならぶ
食卓に今も四つの椅子はありその一脚にわれは座りぬ
好物の料理のならぶ夕食をひたすら食べる食べ終えるまで
古きものあまた置かれてこの家は夜ごとかすかに沈みゆくなり
覗き込んで電子メールの打ち方を教えるわれも初心者なれど
段ごとに異なる音を踏みながら夜更けの家の二階へのぼる
天井の木目の渦が遠のいて眠れば子供時代の私
この家に住むのは母が最後だろう回り廊下を素足で歩く
見送りをされるのは今も苦手にて振り向かず手も振らずに帰る
音のない新幹線に食べている母の持たせてくれた太巻き