郵便が郵便受けに落ちる音聞こえるように君を思いぬ
君からの手紙届いてこの部屋に確かに僕が住んでいること
遠き日に三つの誓い「結婚しない・就職しない・定住しない」
「住所不定・無職」の男に漠然と憧れる子供でありき
七年で六つの町に暮らしたり僕は僕から出られないまま
「三ない」を破りて君と結婚す就職も定住もしないで
君からの手紙に返事を書きながら六畳一間にひとり住むなり
将来のことを電話で聞きたがる君には不安な歳月である
来年という語は遠い年収でなくて時給で働く僕に
アルバイトの時給わずかに上がりしを告げることなく電話切りたり
もう怯えないで歩いて行けばいい結婚指輪を指でなぞりぬ
逢いに行く時はいつでも手ぶらなり必要なものなどまだなくて
君の住む町の夜明けへ十二時間かけてフェリーで運ばれて行く
穏やかな夜の瀬戸内海を行く灯ともる所は人が住むなり
海上を進むフェリーの浴室の湯船に深く身体は揺れる
生え替わりしばかりの若い椋の葉が枝に柔らかく垂れ下がりおり
木漏れ日に内臓器官を照らされてあなたは歩く先へ先へと
手作りの石鹸についてバリ島についてあなたは語り続ける
注文と違うドリンクおとなしく飲むことなんてあなたはしない
日暮れまで教師をしていた君ゆえに時おり教師の言葉で話す
吹き抜けのロビーを人は行き来してビルはやさしき自意識を持つ
人込みで急につなぐ手を離される君の生徒がまたいたらしい
塀越しに見える墓石の先端が浮き沈みする春の夕暮れ
「私から嫌いになることはないから」と自信に満ちて君は言うなり
見終わったテレビは主電源を切る君の部屋は君のきまりが
年上の君にやさしく前髪を撫でられることだけは拒否する
寝室の衣装箪笥にあの冬の君やあの日の君が掛かれり
男らしい男には多分なれなくてせめて短く髪を切るなり
デッサンのように何度も君の手に撫でられて僕の輪郭になる
すぐそこにあるようでいて距離感のつかめぬ背中に指を伸ばせり
唇と唇が合う唇で君は何かを考えている
天気図のように二人は抱き合いて互いの身体のさざめきを聴く
靴箱に互い違いに入れられて小さな闇にしまわれており
ぼんやりと昔を思い出していたもちろん君と出会う以前の
君の好きな野菜サラダをシャリシャリと食べてうさぎの口になりゆく
主食にはなりそうもない品々がままごとのように並ぶ食卓
花束の水をこまめに取り替えてあなたは花を長生きさせる
週末はいつも短い短くて僕たちはまた喧嘩してしまう
離れてて平気なのかと問われおり議論をすれば君が正しい
閉じこめられるような不安を語りたり僕は理屈でないことばかり
順序立てて整理しながら精一杯理解しようと君は務める
丁寧に問いつめられて口ごもる時に私はひどく不安だ
ずいぶんと大きな夢であったのに言葉にすればこれっぽちか
以前ほど言葉に自信のないことをきっと君には気づかれている
大粒の涙おとして泣きそうな人でありしが細き手で泣く
目尻から頬へ頬から口元へよくできた泣き顔を見ており
男らしさをおそらく期待されている場面と思うほどにうつむく
僕たちはやがて一緒に暮らすだろうそれがいつかと君は聞くけど
植込みに軽自動車は眠りたりやさしき耳を折りたたまれて
筍が竹となりたる日の暮れをあなたとともに過ぎて行くなり