函館の青柳町こそかなしけれ友の恋歌矢ぐるまの花 石川啄木
函館に住んでいたことがある。
いろいろな町に暮らしてみたいと、生まれ育った東京を離れて四年目、僕は二十六歳になっていた。
海岸沿いに立つハンバーグレストランが僕の仕事場だった。毎日毎日その厨房で僕はハンバーグを焼いていた。客席からは間近の海を一望することができたが、無論厨房からは見えず、休憩室に小さな窓があるばかりだった。
知り合いは誰もいなかったし、手紙や電話も来ることがなかった。アルバイトが終っても真っ直ぐにアパートへ帰るのが寂しくて、いつも喫茶店へ寄っては時間を潰していた。
啄木の歌集を読んだのはそんな時のことだ。何も短歌に興味があったわけではない。あくまで函館ゆかりの人の本として手に取ってみたのである。何しろ毎日通う道の途中には啄木の銅像が立っていたのだ。
青柳町という地名はアパートの近くに当時も残っており、啄木という人が急に身近に感じられるように思った。啄木の歌はわかりやすく、それでいてどれも悲しかったし、僕もひたすら悲しかったのだ。
あれから四年。僕は今では函館から遠く離れた町に住んでいて、再びあの町に暮らすことはないだろう。でも、あの日から始めた短歌はその後も僕を支え続けているのだ。