性欲をいまだ知らざる少年の箱に飼われているカブトムシ
雨降らぬ町へ出かけて帰らざるあまたの傘のことを思えり
あじさいの花の命の膨らみを見守るごとく立つ磨崖仏
灯台も老いてゆくなり落書きの恋人たちの名に囲まれて
出征の寄せ書きのある日の丸の売られていたりネット画面に
パノラマのごと夏空を映しいる水張田にひとり農夫が浮かぶ
連絡船待合室に見かけたり死にたる猫とよく似た猫を
高気圧に護られてはるか海原を行くさびしさもひとしおだろう
木造の廊下の端にウォータークーラーありて水の出ており
響灘で底曳き網にかかりしという零戦のエンジンのあり
空を飛ぶ翼を持たぬエンジンの陽を浴びており役場の庭に
「栄(さかえ)」なる名前さびしも人気なき草生に岩のごとく置かれて
物に宿る記憶もあらん零戦の零より数えて六十二年