ブタ子

                                                                                                                         

 

                                                   三船カメ太郎

 

 

 僕らは天国への階段を手を携えて登りつつあった。

『カメ太郎さん。天国はまだなの。遠いわ。ブタ子、もう足が疲れたわ。』

 僕は座り込もうとしたブタ子さんを背負って再び階段を登り始めた。僕の背中にブタ子さんの柔らかい躰と体温が伝わってきていて僕は幸福だった。

『でも、僕ら早過ぎたのかもしれないね。お父さんやお母さんが悲しんでいるよ。天国へ旅立って行った僕らをとても悲しんでいるよ。僕ら、あんまり早過ぎたのじゃないのかな?』

『カメ太郎さん、何処なの、天国の門は何処なの、見えないわ、ずっとずっと階段が続いているだけで天国の門なんて見えないわ。』

(僕もブタ子さんを背負いながらいつまで経っても見えて来ない天国の門に疑いの心を持ち始めていました。僕が今巡っているのは本当に天国への階段なのだろうかという疑いがありました。)

 ----もう僕はどれ程この階段を登ったことでしょう。もう千段も、少なくとも数百段は登ったようでした。僕の目の前の光景はだんだんと薄暗くなりつつありました。

 僕は足が疲れているだけでどうでも良かったけど、ブタ子さんは僕の背中ですすり泣いていました。天国だと思った処がどうも天国ではないようでした。それでブタ子さんは泣いていました。僕は歯を食い縛りながら一歩一歩と登り続けました。

『カメ太郎さん、何処なの。天国は何処なの?』

(僕もブタ子さんを背負っていて疲れ切っていました。もうブタ子さんを降ろそうかな、とも思いました。そうして一人で走っていって天国へ辿り付こうかな、とも思いました。)

 

 遠く遠く星が見えるだろ。

 あれが天国への門なんだ。

 遠くて遠くてあまりにも遠いだろ。

 引き返そうよ、ブタ子さん。

 もう届きはしないよ。

 僕ら、あんな遠い所へは行けないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 海の中で君の苦しさと僕の苦しさが溶け合って、黒い水の中に僕らは沈んでいっていた。星空がそんな僕の目にぼんやりと映っていた。

 何度も海面へ浮かび上がり助けを求めた。僕の意識は喪われてきていた。そしてもう一息もう一息と僕は水を飲んでいたようだった。

 

 誰かが僕の首根っこを掴んだ。とても力の強い人だった。僕はそうして気を喪ったらしかった。

 

 

 

 

         (ある者の証言)

『ズボンッ』

 と桟橋から海に何か大きいのが落ちる音が聞こえました。それは何か人魚か何かが月夜に浮かれ出て桟橋に上がり月見をしていたら人が来たのでやっぱり海の中に戻ったのだと私には思われました。何かが落ちたのではなく何かが海の中に戻ったのだと私には思われました。

 春の夜の幻聴のようにも思われました。私は再び縁側からテレビのある部屋へと戻りました。テレビでは“プロゴルファー猿”があっていました。

 やがて寝転がってテレビを見ていた私の耳に今度はかすかに再び桟橋あたりから『ボスッ』と海の中に飛び込む音が聞こえました。私は何気なく立ち上がり再び襖を開けて遥かに桟橋あたりの海を眺め始めました。海面を何か河童のようなのが泳いでいるようでした。私は再び夢見心地のような気分になりふらふらとしながら襖を跨ぎテレビの部屋に戻りました。そして再びごろっと横になりテレビを見始めました。

 

 

 

 

(夢の中で)

 青い海辺に僕らは腰かけている。ブタ子さんはさっきから『幸せは何処なの。幸せは何処にあるの。』と聞いている。僕は黙って海を見つめている。ゴロも僕の横でさっきから黙って海を見つめている。でもブタ子さんだけは、さっきから、幸せは何処にあるのと尋ね続けている。僕は答える方法もなく、海を見続けている。でもブタ子さんはさっきから泣きながらそう尋ね続けている。でも僕には答えることはできなかった。

 

 

 

 僕がこれを書いて5年経ってブタ子さんが死んだ。その頃、僕らはまだ文通を始める前だった。僕らはそのときすぐ近くに住んでいた。夕暮れどき、いつも見渡す僕の家の窓辺からブタ子さんの家がすぐ近くに見えていた。

 僕はすぐ近くに住んでいるブタ子さんの家の窓を毎日よく見続けていた。僕が市場の2階にまだ住んでいた頃のことだった。

 狭い六畳2間の市場の2階に僕たち一家は住んでいた。一階で果物店と衣料品店を僕の家はしていた。僕が小学四年の頃までは経営はとても苦しかった。そのためもあって父と母は毎日喧嘩していた。

 小学六年の頃だから僕の家にも光が差し始めたばかりの頃だった。僕は小学五年の1月頃から再び勤行唱題をするようになっていた。だからそれから三ヶ月ぐらい経った頃、書いたものだと思う。

 ときどき僕らは道ですれ違っていたし、窓辺からブタ子さんが車椅子でブタ子さんの家の傍のちょっと坂になった道を登っていっているのを見ていた。僕はよく夕暮れどき窓辺に腰かけてブタ子さんがその坂道を登ってゆくのを哀しげに見つめていた。

 

 

 今思えば哀しい思い出かもしれない。でも今の僕の胸の中には光って見える。遠い過去の思い出として悲しいけど美しく映っている。

 

 

 

 

 

 

 暗くて良く解らなかったけれど、ブタ子さんがいた。車椅子の上で何かを囁いていたブタ子さん。ブタ子さん、あのとき何を言っていたのだろう。夜の6時の闇が僕らを覆い尽くそうとしていた。(僕が小学6年のとき、“巨人の店”の前で。) 

 今も解らない。あのとき、ブタ子さんは何を言おうとしていたのだろう。でも死んでしまった今では、もう解らない。

 

 

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(僕が小学6年の終わり頃のことだ。)

 僕は吃り吃り喋った。そして悲しい視線が桃子さんたちから帰ってきた。

 それ以来、桃子さんたちは僕を振り向こうともしなくなった。それまでいつも廊下ですれ違うたびごとに僕に好意の視線を送っていたのに。

 でもブタ子さんだけは、車椅子の可哀想なブタ子さんだけは、廊下ですれ違うたびごとに僕を見つめていた。でも、その視線はあれ以来哀しげな視線に変わったように僕には思えるのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

       カメ太郎 出さなかった手紙

      (僕にはブタ子さんしか似合わないんだ。足の悪いブタ子さんしか。)

          ※こういう走り書きが便箋の裏にあった。

 ブタ子さんへ

 ブタ子さん、あのときはごめんね。ありがとうの言葉もろくに言えなくて。

 僕は言語障害なのです。以前僕に桃子さんたちが喋りかけてきたとき僕はひどく吃り吃り喋って桃子さんたちは笑いながら走り去っていったことを。もう一年以上も前のことになると思います。

 僕は喋るのが怖かったから、だからこのまえブタ子さんの花束を奪うようにして持っていったけどすみませんでした。でも僕はとても嬉しかったです。あんなに一杯胸に抱え込んでいて大丈夫でしたか。真っ白い薔薇でとても綺麗でした。僕は今まであんなに綺麗な花を(その花束の向こうにブタ子さんの顔が見えて僕は今でも瞼の裏にあのときの光景を想い浮べることができます。

 白いたくさんの薔薇の向こうに恥づかしげに俯くブタ子さんの顔がありました。

 でも、あの白い薔薇、刺がたくさんあってそのときブタ子さんの着ていたセーターに傷が付いたような気がしてあとでとても悩みました。僕はそのことあとで発見しました。誰もいない体育館の裏で。ブタ子さんから貰った大きな一抱えほどもある白い薔薇にブタ子さんの着ていたセーターの毛が付いていました。僕はそれを指でつかんで、ふっ、と吹いてしまおうかな、と思いました。僕は薔薇の刺に付いていた赤い毛糸の切れ端を指で取ってふっと風に乗せました。するとどんどん上に浮かんでいってだんだんと中学校の方に見えなくなってゆきました。

 僕はブタ子さんから『ありがとう』と呟くように言って奪うように取ってきたのだけど。

 赤い毛は僕とブタ子さんを繋いでいる幸福の赤い糸のようにも見えました。ブタ子さんの着ていた赤いセーターの毛玉、僕とブタ子さんの恋を乗せてゆくようにゆっくりと動いてゆきました。

 そう言えば僕、このまえ変な夢を見ました。僕とブタ子さんが結婚式を挙げたあと新婚旅行に出かけるときの光景でしょう。木製の船に乗って僕らが何処かに旅立つ光景が浮かんで来ました。ブタ子さんはまっ白なウェディングドレスを着ています。僕は髭をモジャモジャとはやしていて何処かの王子か何かなのかなあ。

 ブタ子さんからのあの花束、名前何と言うのだったんですか?

 白い花で、僕は裏庭でブタ子さんに喋りきれなかった悔しさに苦しみながら、僕、ふっと息を吹きかけました。すると白い花びら、雪のように風に舞い始めました。ちょうどそのとき吹いてきたつむじ風に花びらはまるで僕とブタ子さんがダンスを踊るように舞いました。とても不思議でした。つむじ風のなかで踊る僕たちは白い花びら。白い小さな王子とお姫さまのようでした。

 僕たち不思議な花びらで、誰もいない裏庭で誰にも気づかれないように踊る恋人どうし。白い白い恋人どうし。                    

 

 

 

 

 

 その日、僕は学校から帰ってくるとじりじりと照らす西陽を階段の上の小さな窓から見つめていると青春の衝動というのだろうか、何かに胸を突き上げられるようになってランニングするときの服に着替えて家から駆け出し始めた。不思議な抑えようもない熱感が僕にはあった。

 また一日の苦しみに満ちた学校が終わった解放感が僕にはあった。

 網場の海のあの浜辺まで1kmぐらいだろうか。その1kmは短かった。僕はいつものように小さな獣道を駆け降りていつもブタ子さんが海を見ている浜辺のうしろの林の中に倒れ込んだ。

 僕の目の前には激しい僕の息で揺れる青い雑草。そして吹き荒ぶ砂のような土。そして僕の躰の下には草と土の塊。僕はいつも苦しい息の下そうして倒れ伏しながら車椅子のブタ子さんの姿と歌声なのだろうか、それとも何かに(妖精か何かに)喋りかけているのだろうか、ブタ子さんの声を聞き取ろうと耳を澄ませた。

 あっ、歌っている。ブタ子さん何を歌っているんだろう。

『カメ太郎さん、出ていらっしゃい。カメ太郎さん、私、解っているのよ。』

 私は何度もこう言おうと思いました。私には解っていました。後ろの蜜柑の木などが植わっている林のなかにカメ太郎さんが隠れているのを。

 夕暮れで周りは少しづつ薄暗くなっていっていました。波の音と小さな小鳥たちの声が私とカメ太郎さんを包んでいました。

 私は恐る恐る車椅子を動かし始めました。とっても恥かしくて心臓がとても激しく打っていました。

 私、静かに車椅子を動かしていました。なんだか頬がほてってきて私わざとこうしているのがカメ太郎さんに解りそうでとても恥ずかしかったわ。

 車輪が暗い穴のなかに『ちゃりん。』という音をたてて落ち込みました。

『カメ太郎さん、助けて! カメ太郎さん、助けて!』

 私は必死に心のなかでそう叫びました。恥かしくて顔をまっ赤に染めて俯いていたと思います。

 1分ぐらい経った頃でしょうか。私、泣きかけていました。カメ太郎さん、なかなか来なかったから。カメ太郎さんの意気地なし、カメ太郎さんの意気地なし、と私、心のなかでそう言いながら泣いていました。

 でも私が本当に泣き始めようとしているときでした。カメ太郎さんの隠れている林の方に音がしたと思ったらカメ太郎さんが林のなかから起き上がって私のところに走ってきてくれてました。私、嬉しくて嬉しくて頬をまっ赤にして泣いていたと思います。私、それからそのあとのこと、あまり憶えてないのです。カメ太郎さん、駆けてきてたわ。わざと車輪を穴に落とした私のために走ってきてくれてたわ。私、恥づかしくて恥づかしくて、もう目の前が涙で見えなくなってカメ太郎さんの走ってきている姿ももう見えなくなりました。ごめんなさい、カメ太郎さん。

 やがてカメ太郎さん、私のところまで来てくれました。私の車椅子の把手を持って、そしてカメ太郎さん、力強いのね。持ち上げて舗装された道の方へと運んでくれました。カメ太郎さん、ごめんなさい。カメ太郎さん、ごめんなさい。私、とっても重たいのにこんなこと私わざとカメ太郎さんにさせてしまって。ごめんなさい。カメ太郎さん、ごめんなさい。

 涙で曇ってよく見えなかったけど、もう少しで私が楽に進めるコンクリートの道でした。カメ太郎さん、ごめんなさい。こんな大変な思いをさせちゃって。ごめんなさい。

 やがて私、コンクリートの道の上に静かに降ろされました。私、じっとしていました。コンクリートの白い道の上に降ろされたまま私、じっとしていました。私、どうしていいのか解らなかったのです。私、目にいっぱい涙を溜めて、じっと俯いていました。

 ごめんなさい、カメ太郎さん。ごめんなさい。

 私、5分くらい経った頃でしょうか。わんわん泣いていました。振り向くとカメ太郎さん、もう消えていました。なんだか林の奥を駆けてゆくカメ太郎さんのうしろ姿がゴロ君と一緒に見えたような気もするけど。

 ごめんなさい、カメ太郎さん。ごめんなさい。

 私、そうして駆けてゆくカメ太郎さんのうしろ姿を涙に曇りながら見送っていました。ごめんなさい、カメ太郎さん。ごめんなさい。

 カメ太郎さん、幻のように消えていって、あとにはカメ太郎さんが駆けていった林が木の葉の音を微かにたてていました。カメ太郎さん、幻の王子さまのように現れて、やっぱり幻の王子さまのように消えていったわ。そして私、王女さまだったの。海辺で泣いてた王女さまだったの。

 

 

 

 

 

           (僕は唖の旅人)

 ブタ子さん、このまえ浜辺で君を救った人を知ってるかい?。彼は唖の旅人でその日、風に乗って東望辺りからやってきたんだ。仙人のように風に吹かれて漂ってきたんだ。

 僕は以前から君を好きだった仙人で、学校から帰るとすぐ家を飛び出して来たんだ。

 ごめんね。友達になるチャンスだったのに。僕もあとでものすごく後悔しました。ごめんね。

 でもこうやって文通できるようになったから僕は幸せです。この頃、一日のうち半分はブタ子さんのこと考えていて、これが初恋なんだなあ、と思っています。胸がわくわくしてきて、授業中もにやにやと笑ってしまいます。でも僕は仙人のように誰にもこのこと話していません。僕は今日も一日中にやにや笑いながら授業を受けてきました。ななめ前の女の子がそんな僕を見て『プッ』と笑いました。

 

 

 

 

 

 

 

                      (中一・12月)

 もう12月になって寒い日々が続いています。ブタ子さん、風邪なんか引いてませんか? 僕は11月の半ば頃からずっと風邪をひいていて1ヶ月ぐらいずっと熱が出ています。それにものすごく痰が出て、授業中なんか困って休み時間になるとトイレへ走って行ってたくさんたくさん溜まった痰を吐いています。

 

 

 

(これらは出されずに本棚の片隅にずっと置かれていた手紙の束である。淋しげに何年間も打ち棄てられていた。そしてこれを見つけたのは大学に入って5年も経った日のことであった。自殺を考えて朝から家で悶々としていた日のことであった。)

 

 ※(なお、これには、それに含まれないものも含まれている。)

 

 

 

 カメ太郎さん、吃るから電話しちゃダメだって言うけど、私もたまにはカメ太郎さんとお話してみたい。カメ太郎さん、どんなに吃たっていいから電話してみたい。

 

 

 小さい頃、ずる休みばっかりしていた僕。僕は卑怯だった。でも僕はそれほど毎日の学校が苦しかった。僕が仮病を使ってずる休みをするのも当然だった。

 卑怯な僕。小学校一年二年のときのようにまたずる休みするようになった僕。中学生になってまたずる休みするようになった僕。

 

 

 

 

 もう夏になりかけているこの頃です。ブタ子さん、お変わりありませんか。僕はこの日曜日、朝起きてからずっと勉強していました。そして窓辺から外の景色を眺めたら、ブタ子さんの顔をした入道雲が出ていて僕はとてもおかしくなりました。

 なぜその雲はブタ子さんによく似ているのかなあ、と不思議に思いました。

 ゴロが散歩に連れていってくれるように窓辺から顔を出して外の光景を見ていた僕を見て吠えていました。

 白いヨットが海の上に浮かんでいます。幾つ浮かんでいるのかなあ。その白いヨットはスイスイと気持ちよく海の上を動いています。

                         (中二・6月)

 

 

 

 

 

 

 僕とゴロは泣きながら帰っていた。ブタ子さんを見た悲しさと、悲しそうだったブタ子さんの姿と、寂しげな夕暮れの景色と、僕は悲しかった。

 僕とゴロはてんてんと家へ向かって走りながら泣いていた。道を行き過ぎる恵まれた人たち、何も悩みのないようなクラスメート、幸せなクラスメート、苦しむ僕やブタ子さん、僕は悲しかった。

 

 

 

 

 君の涙と僕の涙が解けていき、そうしてこの雨になっているのだろう。君の涙と僕の涙が一つになって、この寂しげな雨になっているのだろう。窓からブタ子さんの家を眺めながら僕はそう思っている。

 

 

 

 

 

 僕は一日の睡眠時間がもう5時間を切っていた。毎日12時まで題目をあげていた。7時半にクラブから帰ってきて、それからゴロの散歩にいって、8時くらいに帰ってきて、それからお風呂に入ったりご飯を食べたりして、それから勤行して唱題を一日五千遍(一時間四十分、朝のと合わせて)あげている。それから教学(創価学会の勉強)を二、三十分すると、もう12時になっている。そから中国語の勉強や学校の勉強を2時半ぐらいまでして寝て、朝は7時ごろ起きて急いで朝の勤行と唱題をして3分ぐらいでご飯を食べて学校へ走っていっていつもギリギリで(いつも遅刻になる鐘が鳴ってるときに、いつもその鐘の音が鳴り終わる寸前に、いつもそのチャイムの最後の鐘の音がの余韻が響いているときに、いつも今にもその最後の鐘の音の余韻が消えようとしているときに、いつもさんかく(僕の友達)と一緒にギリギリで教室に入っていっている。(さんかくはでも僕とちがって、そのチャイムの最後の音の余韻が消えた寸前に教室に入っていて、先生から半分冗談に怒られているけれど)、でも僕は四回か五回に一回しか最後の鐘の音に遅れません。

 

 

 

 もう秋になってしまった。暑い夏の季節も終わってしまった。そうして寒い北風が吹いてきて、小鳥たちも居なくさせた。浜辺には何も見えなくて、ただ、ときどき打ち寄せる白波しか見えない。

 

 

(夢の中で)

 幸せは、幸せはどこにあるの? 

 幸せは、雲仙岳が見えるだろ、天草の島々が見えるだろ、その向こうに阿蘇岳だと思うけど見えるだろ。あの阿蘇の山々の向こう在ると思う。

 幸せの国々が。みんなが幸せに仲良く暮らしている国々が。人を憎んだり、陥しめたり、いじめたりすることなんて全然ない国々がそこに在る、と僕は思う。

 

 

 

 

 

 

         (もしも私に足があったなら)

 

 もしも私に足があったなら、

 そうしたら私、カメ太郎さんと海辺を歩いてみたいわ。

 手をとり合って歩いていて私たち夕陽で赫くなった水平線を見つめながら話をするの。

 私たち、夕方5時にその浜辺で会うことに約束をしているの。

 カメ太郎さん、学校が終わるとすぐにランニング姿でやってくるの。

 私、薄くお化粧して自慢の白いドレスを着てくるの。

 私、いつも約束の5分ぐらい前までには約束の場所に来るのに、

 カメ太郎さん、いつも5分ぐらい遅れて来るの。

 そしていつも走ってきて肩で息をしているの。

 風がピューッと海から吹いて来るの。

 カメ太郎さんの髪もブタ子の髪もその風になびくの。

 髪が目に掛かって私たち髪を手で払って、

 ふたたび、さっきの話を始めるの。

 「遠くに三味線島が見えるだろ、

  俺、そこまでこのまえ泳いで行こうとしたんだ。

  友だちの水泳部のカートンという奴と。

  でもみんなが止めろ止めろと言うし、

  僕らもなんだかやる気がなくなってきて止めたけど、

  もしそれを実行してたら今日こうやって二人でここを散歩することなんてできなかったかもしれない。

  実行しないで良かったのかな。」

 私たち、そして抱き合うの。

 カメ太郎さんの躰、いつも熱いの。

 そしてとっても力が強くて私、身じろぎもできないの。

 カメ太郎さんの胸、汗でちょっと濡れていて、私の頬、その胸に思いっきり押しつけられるの。息ができないくらい。

 でも私たち倒れ伏すの。私たち世間の荒波に揉まれて倒れ伏すの。私たち、足がなくっても倒れ伏す運命だったの、私たち。

 

 

 

 

 

 

 

 私はくるくると空中を飛んでました。母の悲鳴が聞えてきます。空が青くてとても綺麗だわ。小鳥が私と同じ高さのところを飛んでいるわ。それに車や家の屋根が見下ろせるわ。私、鳥になったのかしら。

 私、鳥になったんだわ。躰がふーっと空中を飛んでいるもん。気持いいわ。とっても気持がいい。私、天使になったみたい。羽が生えて私、飛んでいるのかな。私、鳥みたい。躰が軽くなってふわふわと飛んでいるんだわ。

 さっき腰のところが急に痛くなって、そして『どすんっ』とものすごい音がしたと思ったらこうなっちゃった。私、どうしたのかな。私、どうしたのかしら。

 私、道の向こうで立ち話をしている母のところへよちよちと走りだしたの。すると急に目の前が真っ暗になって私は空中に飛んでたの。真っ青な空と大きな白い雲がすぐ近くに見えたわ。

 私、何処に行くのかしら? 私、天国に行くのかしら。

 とっても気持ちが良くて私、神さまの手の平に乗って空を飛んでたみたい。小鳥が私を不思議そうに見つめていたわ。

 やがて私はふわりと落ちてゆき始めました。私の羽、何処に行ったのかしら? 私、落ちてゆこうとしているわ。

『ばきゅんっ』、私の頭と手足は叩きつけられて波のように跳ねました。私は意識が遠くなって目の前がとてもまっ暗になり何も見えなくなりました。

 

 

 

 

 

 

(ブタ子さんへ)

 るるる、と朝早く電話のベルが鳴ったから誰からだろう?と耳を澄ましていたら担任の00先生からでした。父が出て、熱が39℃も出ていることを話していました。僕はそっとベッドに戻り再び『熱よ上がれ。熱よ上がれ。』と念じ始めました。

 

 僕が死ぬと天国へ行くのか地獄へ行くのか解んないな。たぶん両方の中間ぐらいのところに行くと思うよ。窓から見える網場の海の上空と海の中間辺りに漂うようになるんじゃないかな?

 

 僕はこういう日(こういう悲しい日)ふとブタ子さんの胸に抱かれることを思います。ブタ子さんの胸の中、温かいだろうなあ、そうして心配でこの浜辺にゴロと震えながら佇む僕の心をきっと癒してくれるだろうな、と思ってしまいます。

 ブタ子さんは今ごろ学校なんだろうな、と思います。純心のポプラの木の向こうで、明るく楽しそうに授業を受けてるんだろうなと思うと、そんなに楽しい授業なんて受けたことのない僕には、(苦しい苦しい授業ばかりを受けてきた僕には、)ちょっと妬ましいほどです。

                        

 本当は僕はこの浜辺に悲しげに佇まなくてはいけないのだけど、夏の残り火と言うか、夏の青い輝く海面が僕の目を幻惑し出し、僕はいつか幸せな心地に浸っていました。ゴロも辺りを呑気そうに歩き回っています。とても幸せそうです。

 この浜辺は、本当は悲しみの浜辺のはずなのに、僕の心は、何故か慰められて、磯の香りかな、それとも細波の音かな、それともブタ子さんが車椅子にぽつんと座って寂しげに背中を見せて海を見つめている幻影が浮かんでくるからかな、僕はいつか元気になっていて、僕の心は晴れ晴れとしてきます。まるでこの青空や海のように。

『死なないで、カメ太郎さん。』

 十日ほど、熱に呻されていた。その間、ずっと心の中で題目をあげ続けていた。調子がいいときには仏壇の前へ行って唱題したり勤行したりしていた。

 厳しい冬の十日間はそうして過ぎていった。僕の布団の下は熱でカビだらけになっていた。十日後、僕はまっ白な顔で学校へ出て行った。

 

 美しい湖の底に僕らは抱き合いながら沈んでいって、そうしてそこは白い砂に覆われていて、そこで僕らは始めてキスをするのだろう。僕らは森の中のその湖で始めて抱き合い、そして始めて会話を交わすのだろう。

 僕らはそこでいつまでも抱き合いつづけるだろう。

 白い砂に埋まってしまうまで、

 僕らはいつまでもいつまでも抱き合いつづけるだろう。

(幸せなそんな日が僕らにも来たらいいのだけど、きっと来ないだろう。僕らはずっと孤独で、きっとそんな幸せな日は来ないだろう。)

 

 窓辺を見ていると悲しげな星が一つ、また一つ、と流れていっていた。僕やブタ子さんの涙のようだった。愛し合っているけれど会えない僕らの悲しみの涙のようだった。

 

 窓辺から君の家が見えるけど、悲しい。僕の頬には涙が溢れてきそうだ。ずっと学校を休みつづけている僕。喉の病気のため大きな声が出なくて文化祭の劇の先生役をできないから。

 僕は悲しく窓の外を眺めつづけている。熱が自然に39℃まで出て、家の人に学校を休む理由ができてるけど、夕方にはこの熱も平熱になるし、このまえ病院に行ったときも平熱になっていました。

 ブタ子さん、お元気ですか。僕はこのように学校を休みつづけていますけど、ブタ子さんは元気でしょう。僕は苦しんでいます。病気は熱が出るだけで全然苦しくもなんともありませんけど。

 ブタ子さん、本当にお元気ですか。僕は午前中はいつも熱が39℃まで出ています。母が心配して店を父に任せて昼には水枕やタオルなどを替えたり、リンゴを擦ったのを食べさせたりしてますけど。

 

 

 

 

 

 

 

 燃える 燃える 地球が燃える そして僕の心も灰になる

 

 ブタ子さんの家を眺める風景は前面が海 そして後面が立ち並ぶ家並み その家並みの間に潜むある苦悩の魂

 

 僕が始めてブタ子さんを見たのは夕暮れ、2階の窓辺に腰かけて口を開けボンヤリと涼んでいるときだった。(つまり僕たち一家が現在の家に引っ越す前の借家でのことだ。) 

 目の前を車椅子に乗った女の子が通りかかった。乗っているのはちっちゃな女の子で、その女の子が両手で必死に車輪を回していた。

 車輪が回るとグルグルとどっちの方向に回っているのか解らなくなる。まるで車椅子の上の女の子は魔法使い。回る車輪を見つめる僕はキラキラと輝く車輪に窓辺から落っこちそうになったほどだった。まるでブタ子さんは魔法使い、テレビで見る西洋のサーカスに出てくる女の人のようだ。

 でも魔法を使うのは小さな五歳ぐらいの女の子。必死に車椅子の車輪を回す女の子。

 車椅子の上で必死に車輪を回す女の子は西洋人のような容貌をしているんだなあと思った。

 道は僅かながらも上り坂だったためか女の子の表情は真剣だった。

 夜、僕は考えた。昼間見たその女の子のことが気になって眠れなかった。必死に車椅子を漕いでいたあのコ。異国人めいてとても美しかった。目がとても大きくて色が白くて。

 あの女の子は何処の女の子なんだろう。

 そう思って僕はブタ子さんを始めて見てから数日して偶然、道で擦れ違ったあと彼女のあとをつけていった。

 その女の子はこのまえと同じように僕の家の裏側から見える少し登りになった道を車椅子を動かして登って行き始めた。

 やがてその女の子はその道を登り終えると大きな道を右に曲がってそのすぐの所にある家へ入っていった。表札は『野口』と書いてあった。

 

 

 

 

 

 僕がブタ子さんを愛し始めたのはいつの頃からだろうか。あれは赤い夕陽が沈もうとしている夕暮れのときだった。たしかにあの頃の夕暮れのことだった。

 あれは僕が中一の春、僕が魚釣りから帰りながら浜辺をゴロ(僕の家の犬)と歩いていると浜辺に佇む車椅子の少女が海を見つめていた。僕はゴロと大きな瞳のその少女の僕らを意識したような横顔を見つめた。

(ブタ子さん。あのとき僕らを意識してたんだろう。僕とゴロを横顔で。僕ちゃんと解ったんだ。とても意識して微笑みかけているその横顔を。)

 僕ちゃんと解ってたんだ。僕に話し掛けたがっているその様子を。でもごめんね。僕そのまま通り過ぎて。いつものように下を向いて足早にすごすごと通り過ぎて。ごめんね。

 赤い夕陽が僕らを照らしていた。僕の足元からサクッサクッと砂を踏んでいる音がしていて僕のうしろからゴロの息が聞こえていた。そして黙って俯いてブタ子さんのうしろを通り過ぎてゆく僕らをまあるい背中で見送るブタ子さん。ごめんね、ブタ子さん。

 僕とゴロはあの日、夕陽を浴びて微笑みながら帰った。もう陽は沈もうとしていて、さっき見た車椅子の女の子の美しい横顔が僕とゴロの瞳にまだありありと映っていた。僕らは幸せ一杯に歩いていた。家まで幸せ一杯に帰っていった。

 赤い赤い夕陽だった。僕らを結びつけていたその夕陽は。今までに見たこともないような大きな赤い夕陽だった。そうしてユラユラと揺れながら沈んでいっていた。僕らに手を振って別れを告げるように。

 

 

 

 

 

 

 淋しい流れ星が、風邪でずっと寝込んでいる僕の目に誰かの涙のように見えました。母の涙なのかなあ、誰の涙なのかなあ、と思います。もう九日も寝込んでいる僕の目に始めて見た流れ星は何かを僕に告げるように見えました。

(僕はこの流れ星を見た翌々日から熱も下がり学校へ行き始めた。クラスのみんなは色がまっ白になり痩せた僕をとても不思議そうに見て、でも喜んでくれてました。先生は『ハブ、色の白うなって良か男になったな。』と言っていました。)

 

 

 

 

 

 

 朝、僕はいつも後悔の念と自分の長い長い風邪に疲れ果てたようにして床を出ます。外は寒く、小雪が舞っています。もう4ヶ月にもなる僕の風邪はこの頃は咳が止まらなくて食べていたものを咳とともに吐いてしまうほどになっています。

 でも具合いは何処も悪くなく、熱が7゜台と喉がとても蒸せていることぐらいで学校にはちゃんと行けます。でも授業の後半になると痰がたくさん喉の奥にたまって早くトイレに行って吐きたくて苦しくなります。

 こんなのが3ヶ月近く続いています。僕は幼稚園の頃は病弱でハシカとか三日バシカとかいろんな病気に次々と罹って半分も幼稚園に行きませんでした。でも小学生になると途端に元気になってほとんど病気はしなくなりました。(でもよく風邪をひいたらすぐに休んでましたけど。)

 幼稚園の頃、僕は呪われていて、(それに僕の家も本河地から日見に引っ越してきて今までサラリーマンだったのに店を開いて、そうして経済的にとても苦しく、家の中も貧乏なため父と母の喧嘩が絶えず、僕は病気にばかりなるしそれにとても泣き虫で毎日一回1時間くらい泣いていました。)

 あの頃は地獄のような毎日でした。今も苦しいけどあの頃の苦しさに比べると今は天国のようなくらいです。

 窓を開けると冷たい外の空気が僕を哀しげに包み込みます。ブタ子さんの家を見ようとしてもあまり長く窓を開けていると部屋が寒くなるからほんの少しの間しか開けていられません。今日も学校を休んでしまった罪悪感と母や家族の人に心配かけている罪悪感に僕は落ち込んでしまいます。

 僕の喉の病気は気管支炎なのだと思います。「家庭の医学」という本を読んでいてそう気づきました。

 この頃はゴロの散歩は姉や父が行っています。ブタ子さんも冬なので寒いから浜辺に出ていることはないと思っていたけど、土曜や日曜には出ていると書いてあったのでびっくりしました。寒くないですか。僕はずっと風邪をひいてるし、当分の間あの浜辺に行くこともないと思います。

 

 

 

 

 

 僕は一度、ブタ子さんの家に電話したことがある。中学二年の10月頃のことだった。その日、僕は学校を休んでいた。学校で文化祭があるのだが僕は劇で先生役になっていた。僕はみんなに人気があったからどうしてもそんな役をするようになってしまったのだった。

 ふとメロデイーが止み、一瞬打ち震えるような沈黙が訪れた。ブタ子さんが受話器を取ったのだろう。そしてやっぱりブタ子さんの声が聞こえてきた。

『はい。変わりました。』

 その声はあまりにも事務的だった。少しの色気も感じさせないものだった。でも電話の向こうで実は僕以上に打ち震えている様子がいじらしいほどに感じられた。

 僕も受話器を強く握り締めたまま顔をこわばらせて震えていた。僕は熱に浮かれたように、偽りの熱に浮かれたように、して電話をかけたのだったが、ブタ子さんの声が現実に聞こえてきて、あまりにも容易く僕が苦しんで苦しんで求めていたものが出てきているという不思議さとともに倒れました。こんなはずはあってはいけないことだとさえ思いました。あまりにも容易すぎる。僕がよく日暮れどき見渡しているブタ子さんの家への光景のあの神秘に満ちた神聖さはここにはなかった。失望みたいなものが僕を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 ブタ子さんへ

 僕はさっき不思議な夢を見ました。巨大な蟹のお化けのようなのが僕の部屋に入ってきて寝ている僕を心配げに見つめて、そしてやっぱり横の方向に歩いて壁の中へとすっと消えてゆきました。肩幅のとても大きい、人間と蟹を合わせたようなお化けでした。そして何故か顔が僕にそっくりでした。そう言えば僕も肩幅がとても大きいけど。

 あれは僕だったのかなあ、と思います。僕の家に住んでいる何かの霊だったのかなあ、と思います。でもちょっと寂しげな表情をして心配そうに風邪をひいて寝込んでいる僕を見下ろして壁の中へ消えてゆきました。

                                                  (中二・12月)

 

 

 

 

 

 ブタ子さんへ

 今、国語の授業中です。でも僕には今朝(夢の中で)見た顔が僕にそっくりのそしてものすごく肩幅の広かったお化けの僕を心配げに見下ろしていた姿とその表情が今も忘れられないでいます。

 蟹のようだった、と書きましたけど、手はやはり人間の手で、蟹のようにはさみではありませんでした。そして腕はものすごく長かったです。

 でもとても可哀相な幽霊のようでした。歳は僕と同じくらいで、そして格好というか姿がとても醜くて。

 でも相撲を取らせたら肩幅がものすごく広くて強そうだったな、あいつ、と思って僕はちょっと微笑んでます。お相撲さんになったら大関ぐらいになるんじゃないかな、と思って。

 

 

 

 

 

 

 

          ----私はスフィンクス----

 

 私はスフィンクス。

 胴体と顔だけ人間で下半身はライオンのスフィンクス。

 私は近代化されたスフィンクス。実はスフィンクスも車椅子に乗っていたんです。あるとき夢の中で見ました。自分も実は車椅子に乗っていたんですって。王子で身分の高い人だったんです。とってもハンサムな。カメ太郎さんとどっちがハンサムかわからないくらい。

 あるとき彼は手術されそうになったんですって。当時エジプトで流行っていた移植手術を親から(つまり王様から)強制的に受けさせられそうになったんですって。下半身をライオンにするっていう。

 それで何百頭ものライオンが殺されて王子に合うライオンの下半身が捜されました。そしてやっと王子に合う若いライオンの下半身が見つかりました。でも王子は山のように積み重ねられた若いライオンの死体の山を目にして涙ぐみました。

 王子は手術を受ける決意を為されました。自分のために死んだたくさんの若いライオンの魂を慰めるために。

 やがて王子は死にました。手術後、敗血症を起こして間もなく亡くなったのです。 そして王子の死ぬ前の姿、下半身がライオンで上半身が人間という像ができあがったのです。

 やがて王子は天国で王子のために供されたたくさんのライオンの魂と会いました。悪いのは王子の親、そして当時権勢を振るっていた外科医たちです。

 王子は一つ一つのライオンの魂に詫びを言ってゆきました。とぼとぼと歩いて王子を恨めしそうに見ている若いライオンの魂の前を歩いてゆかれました。何百と続くライオンの魂の群れの中を。

 そして今、私はスフュンクス。鋼鉄のスフィンクス。誰もが仰ぎ見る砂漠のスフィンクス。

                    (中二・12月)

 

 

 

 

(夢の中で 1)

 君がスフィンクスのようにペロポネソスの浜辺に立っていた。車椅子に乗ってスフィンクスのように立っていた。君が浜辺に車椅子のまま出ていた。

 

(夢の中で 2)

  君は赤い太陽に向かって飛んでいた。お星さまでなくて、赤い太陽に向かって、何故か君は飛んでいっていた。

 

 

 

 

 

 

 

         もしも私に肢があったなら

              (パート2)

 

 もしも私に肢があったなら、

 そうしたらカメ太郎さんと春の野山を思い切って駆けてみたいわ。

 綺麗な黄色い花などが咲いていて、

 太陽が一杯で、

 虫さんたちも盛んに歌を歌っていて、

 私たち、その中を手を繋いでお弁当持って思い切って駆けているの。

 野いちごがあって、湧き水があって、

 カメ太郎さん、食いしん坊だから私が持ってきたお弁当だけでは足りなくて、

 (たった10分間でカメ太郎さんすべて食べちゃったのよ。

  私が朝早く起きて2時間かけて一生懸命つくったお弁当を、

  私に優しそうな声もかけてくれず、一人でぱくぱくと食べちゃったのよ。)

 カメ太郎さん、まっ赤な野いちごを次から次に見つけ出しては口に入れているの。

 私もカメ太郎さんの真似して野いちごを食べてゆくの。

 私、カメ太郎さんが面白い話をしてくれないかなと期待してたくさんお弁当つくってきたつもりだったのに。

 カメ太郎さん、暗いのね。頬を頬張らせて景色を眺めながら食べつづけるだけなの。

 カメ太郎さん、翌フ子の心が解ってないのね。

 でも私、そんなカメ太郎さんが大好き。

 素朴で暢気なカメ太郎さんが大好き。

 夕方になって足がくたくたになって山を降りてたら、

 突然、カメ太郎さんが抱きついてきたの。

 カメ太郎さん、痩せてるのに力がとっても強くて、

 私、少しも抵抗できずに、

 野原の上に押し倒されちゃった。

 そして私たち、キスしたの。

 熱い熱い草の上で私たち燃えるようなキスをしたの。

 

 

 

 

 

※(カメ太郎、書きかけの手紙)

 ブタ子さんへ

 もう2月も半ばを過ぎて冬も早く終わればいいのにまだとっても寒いですね。夕方、ゴロの散歩に行くのにも根性が要るくらいです。今日なんか心のなかで“南無妙法蓮華経”と題目を唱えながら玄関を出たくらいです。

 真冬で寒いから寒がりやのブタ子さんはやっぱり浜辺には出てきていませんね。それともまだ学校から帰ってきてないのかな。僕は今日もゴロと二人っきりであの浜辺を散歩しました。北風が東望から吹いてきていてとても寒かったです。

 帰り際、ブタ子さんの家の前を通りました。するとテレビの声が聞えていました。今日は金曜日だからブタ子さんはまだ学校なのではないのかな、と思いながらも、もしかしたらブタ子さん、もう帰ってきているかな、それともブタ子さんのお母さんがテレビを付けっ放しにして夕食の準備をしているかな、と考えました。

 ブタ子さんはいつも何時ごろ帰ってきているのですか? それにいつもお父さんと帰ってきている訳でもなさそうだし。僕はなんだか従兄のお兄さんのことを考えると少し心配になってきてしまいます。僕はブタ子さんにとって夢の中の存在だけど、従兄のお兄さんは現実の存在だから。僕は儚い儚い夢の中だけの王子さまで(そして本当は言語障害でノドの病気で大きな声が出ないのに)僕はそのことを考えると胸の張り裂けるような思いにとらわれてしまいます。

 僕は冬の夜空に輝く儚い儚い存在で、もう一年半も文通だけを僕らは続けているけれど、僕はとても残念というか、もし僕がノドの病気でさえなかったら寒いけどあの浜辺で土曜日や日曜日にでもデートできるのにと思うと悔しくて悔しくてたまりません。

 僕は冬の夜空にブタ子さんの家の上に輝く寂しがりやのお星さまで、きっと喋ったらブタ子さんから幻滅されて嫌われる悲しい悲しい存在なのです。

 

 

 

 

 

 

※(下書きの手紙)

 返事がまだなのにまた書いてゴメンネ。この頃、ずっと風邪ひいて学校を休んでいるので暇だからまた書きます。父は今日一人で魚釣りに行きました。○○電器の人と釣り船で行くそうです。そして僕もゴロも家で日曜日なのにボケーツ、としています。もちろん僕は一週間近く(5日)学校を休んでいる訳だから魚釣りには行けないけれど。

 ゴロは久しぶりにポカポカとした暖かい日なので小屋の外で日なたぼっこをしています。僕はときどき窓から顔を出して外の景色を眺めています。もう冬は終わって春がすぐそこまで来ているのかもしれません。春になると11月からずっと続いている僕の風邪も治るのかもしれません。そしてノドの病気もそのときには治っていて僕はブタ子さんと喋れるようになっているのかもしれないなあと想像しています。

 

 

 

 

 

(中二の2月)

 僕はこのごろ土曜日にはいつも夜2時ごろまでテレビの映画を見ている。ブタ子さんの家も土曜日にはいつも遅くまで灯がついている。ブタ子さんも映画を見ているのだろうか。いや灯りがついているのは居間だし、たぶんブタ子さんのお父さんが見ているのだろう。 

 冬の真夜中の凍てつくような闇の下に僕はブタ子さんの家の灯を眺めながらこのごろよくボンヤリと時を過ごしている。部屋を出て階段の上の小さな窓から凍てつく寒気など忘れて橙色に照っているブタ子さんの家の灯りだけを見ている僕の心の中はいろんな空想で一杯だ。

 でも外は凍えるような寒さなのである。まるで拷問のような、明治の初期、浦上のキリシタンたちが今の長野県に連れていかれ、5歳くらいの子供まで雪の降る戸外に裸で置かれたという話がまた浮かんでくる。

 その子がブタ子さんであったり、ブタ子さんはそのために足が不自由になったのだと思ったり、そしてそのことの周りに浮遊する浮かばれない霊たちが僕とブタ子さんの間に立ってそうして僕たちを苦しめているのだと思ったりする。

 でもたしかに僕らの間に何かの霊が居て僕らを引っつけようとしたり、引っつけるまいとしているように僕には思える。そして僕の思念もその霊は筒抜けに読み取っているようにも思える。

 明治の初期、信州(今の長野県)で小さな子供がクリスチャン故に今のような寒い戸外で真裸でさらされている、という話がまた浮かんでくる。僕はどうもそれがブタ子さんの前世の姿ではないのかと思って仕方がない。苦しむブタ子さんの姿がそれに似ているようだ。また僕の喋り方やノドの病気もその呪いの故なのだと思えたりする。

 僕は黙然としてまるで僧のように、凍てつく夜に祈る僧のように、雪の降る戸外を見つめるのであった。 

 

 

 

 

(外は猛烈な吹雪だった。ストーブが赫々と照っていた。僕はおもむろに起き上がって便箋と万年筆とインク瓶を取り出して吹雪の向こうに埋もれようとしているブタ子さんに手紙を書き始めた。)

 僕はよくうたた寝をしながら『生きること』を考え耽っています。

 外は猛烈な吹雪です。窓を開けたら吹雪でブタ子さんの家の灯りが見えません。いつもは見えるのに。

 なんだかブタ子さんの家、吹雪に埋もれて海の中に沈んでしまうのではないかなあ、と心配です。

 そして僕はそっと窓を閉めました。そして赫々と輝くストーブを背にこの手紙を書き始めた訳です。                              

                           (中二・2月)

 

 

 

 

 

 

『明るく朗らかに、みんなの犠牲になって生きよ。』

 みんなが厭がることを自分から進んで引き受け、そして自分だけ苦しみ、それでも微笑み続けて、みんなが楽をしていても、自分だけ苦しみの中に居て、それでも心のなかは朗らかで、自分の心のなかには太陽があって、どんな寒さや苦しさにも耐えて、人のために喜んで苦しみ続け、何の代償も求めないで、

 

 僕はハッと目を覚ました。朝だった。もうスズメやツバメたちが僕の家の桜の木にやって来て鳴いていた。僕は急いで布団から出た。

 

 ブタ子さんの足の上に、神さまは鉄杭を打ち下ろしになって、そしてブタ子さんは足が不自由になった。僕も中一の冬にノドが悪くなった。

 

 僕はこの頃よく日見峠を自転車に乗ったり、歩いたりして通っている。もちろんあそこからは日見も網場もみんな見えて、ブタ子さんの家の屋根もちっぽけだけどよく見える。

 日見峠からブタ子さんの家は夢の島のように浮かんで見える。いつも日見峠から網場や日見の方を見るときは夕暮れどきだけど、いつも夕陽に映えて海の中に浮かんでいるように見える。

 悲しげに家の中に居る君の姿も。廊下に転がしてある車椅子も。

 

 いつも塀に足を乗せて僕が帰って来るのを待っているゴロ。僕が夜の散歩に連れて行くのをいつも心待ちにしているゴロ。とても走るのが速いゴロ。

 

 いつも散歩は15分ぐらいだ。散歩の終わり頃になるともっと散歩を続けたいのか僕に噛みついてきたりして困らせるゴロ。一日じゅう桜の木につながれたきりで(2mぐらいの長さのロープに)そして夜まで小便を耐えているゴロ。散歩に連れて行ってくれないととても悲しい声を挙げて泣くゴロ。僕が疲れきって散歩に行きたくないとき

 

 

 

 

 

 

      ※(ブタ子、書きかけの手紙)

 お盆の海に大きなゴカイみたいなのが中場の港にいたってカメ太郎さん言ってましたけど、私もこのまえ見ました。桟橋の近くから親戚の人たちと海を眺めていて、私の従弟が見つけました。本当に大きな大きなゴカイのような不思議な魚でした。私の従弟はそれを採ろうと家まで網を取りに行きましたが従弟が帰って来たときにはもういませんでした。

 長さが10cmぐらいで幅が3cmぐらいなのにとてもとても太ったゴカイでした。

 

 バスケットをしているカメ太郎さん。テニスをしていたカメ太郎さん。とっても頭が良くて二枚目だからとてもモテると思うのに。とっても素敵なカメ太郎さんなのに。

 夏の体育館はとても暑いのでしょう。純心の体育館もとても暑いみたいです。そしてみんな汗一杯になって練習しています。私もそんなに汗一杯になってスポーツしたいなあ、って思ったりしますけど。     

 

 夜になると唸されます。なぜ私の足がこんなになったのかって。そしてそのためにカメ太郎さんと同じ日見中学に通うことができないことができなくて。

 そんな思いばかりをしているからだと思います。このごろ毎日のように悪い夢に唸されるようになったの。

 でも目を覚ますと波の音が聞えてきて私を慰めてくれます。悪い夢に悩まされた私の心を波の音が慰めてくれます。

                 8月7日 p.m.11:27 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブタ子さんへ

 僕は今日、○○と牧島で魚つりをしていて遥かに水平線の上にブタ子さんの家の屋根が眺め渡されました。青い水平線の上にポッカリと浮かんでいるブタ子さんの家の橙色の屋根、とっても綺麗でした。青い水平線ととてもよくマッチしていて。

 ○○は相変わらず三味線島の岩の上から魚釣りをしていましたが、僕は釣れないため三味線島の根元の岩のごろごろした所に寝そべって蟹と戯れていました、と言うのはウソで紫色のアメフラシを突っついたりして遊んでいました。今年はアメフラシが異常繁殖していて一つの水たまりに十匹もいたり、大きな水たまりには五十匹ほどもいるのじゃないかな、食べられないのかなあ、それともこれを餌に使ったらでっかい石鯛というかサンバソウが釣れないかなあ、と僕は考えました。

 大きな水たまりには10cmぐらいのちっちゃなサンバソウがいました。それでも釣れたらいいのですが今釣れているのは8cmぐらいのハグロばかりです。だから僕は面白くなくて魚つりするのをやめて泳ごうかなと三味線島の根っこの方にやって来ていました。

 紫色のアメフラシの肌ってとっても柔かくてブタ子さんの頬もこんなのかな、と思っていました。

                                                     (カメ太郎・中三・8月)

 

 

 

 君が眠っている。浜辺に眠っている。幸せそうに眠っている。でも僕は苦し紛れに今日もこのペロポネソスの浜辺に走ってきた。辛い学校生活のやるせなさと、自分の宿命への苦しみと、人間の生き方と、僕はとても迷っている。これではいけないんだ、と思いつつ、僕はどうすることもできないでいる。僕の呪いは強くて、君も、誰も、僕の呪いを解いてはくれない。毎日毎日、朝と夜に二時間ぐらいお題目をあげたりしているけれど、僕の苦しみは、立山の青い空の中に、虚しく、とても虚しく消えてゆく。絶望の思いとともに消えてゆく。

 

 僕は必死に題目をあげ続けた。ブタ子さんの幸せのため、自分の幸せのため、僕は必死になって題目をあげた。一時間、二時間、と続いた。僕の声はかれ、虫のようなかぼそい声しかもう出なくなっていた。

『御本尊さま、一日も早く、早くブタ子さんと僕をお救い下さい。』と願いつつ僕の声はもうほとんど出ないようになっていた。僕は線香の立ち込める部屋で題目をあげ続けた。

 

 

 寂しさが込みあげてきても、僕はゴロを連れて海へ行けばいいから、あの懐かしいペロポネソスの浜辺へと行けばいいから。

 

                    (ゴロと、夕方)

 ずっと昔、君が生まれる以前から、江戸時代の頃から、この桟橋はあったそうなのだけど、そしてその頃は、木でできていた桟橋だったんだそうだけど、そして今よりもちっちゃな桟橋だったそうなんだけど。

 

                 

 青い海の向こうに、ブタ子さんの顔が透けて見えるようで、僕はこの春の日、ゴロと思い出のペロポネソスの浜辺へやって来て、ノホホン、ノホホンと日曜日を過ごしています。今日は県立図書館は休みだし、市民会館に行くのも億劫だし。

 青い輝く空の向こうに、きっと幸せな生活が待っているんだとブタ子さんは手紙に書いてくる。遠い輝く空の向こうにきっと幸せな世界があるのだと。

 

 

(夢の中で) 

 きっと何処かに幸せな世界があるのだと

 ブタ子さんは僕に呟いたような気がする。

 

                

『カメ太郎さん。カメ太郎さん。』

----海の上から呼んだって無理だ。僕はもう以前の僕ではなくなっている。(僕はそうして浜辺に寝転んでいた。ゴロが辺りを忙しそうに駆け回っていた。いつもの夕暮れの光景だった。寝そべる僕と、蟹や小石と戯れるゴロと。)

 

 君はとても速く走っている。僕がいくら追っても捕まえきれないくらいに、とても速く走っている。信じられないくらいに、春の野山を駆け回っている。

 君は『エイトマン』のように速く走っている。捕まえきれないでいる僕を笑いながら、君はずっとずっと走り続けている。

 

 海面を見渡しても、君の笑顔は見えない。君は、今、暗い顔をしていると思う。

 

 以前、見えていた君の笑顔も、今、見えない。遥か向こうに雲仙岳と天草が、ぼんやりと見えている。

 

 遠く海の向こうに君が煙って見えた幸せな世界は何処に行ったのだろう。遠い遠い海の向こうで僕に微笑みかけていた君の美しい笑顔は、今はいったい何処に行ってしまったんだろう。

                                 

 

 

 

(夢の中で)

 夜空に、ゴロとブタ子さんが、古代ローマのときのような船に乗って浮かんでいた。そうして夜走っている僕を見降ろしていた。ゴロとブタ子さんは船縁から顔だけ出して僕を見ていた。

 ゆっくりと雲のように動いてゆく船。必死にマラソンしている僕。僕は息をハアハアとしながら必死に走っていた。船の上からブタ子さんとゴロが僕に手を振ったようにも思った。

 

 

『君、きついだろ。』

----僕はそう言って天国への長い長い階段を登っていていた女の子に肩を貸しました。『いえ、いいのよ。私、一人で行かなくてはいけないの。ありがとう。でも私、一人で登って行かなくてはいけないの。』

----遠い遠い霞に煙って見えない空の上に天国はあるらしかった。でも少女のか細い足ではそこまで登っていくのはとても無理なようだった。白い白い階段だけれど、女の子一人で登っていくのはとても無理なようだった。途中で落ちて海の中へ落ちてしまうようだった。

 

 

『あれが射手座、あれがカシオペア座、あれがオリオン座』

『そうだよ。ブタ子さん。よく憶えたね。僕の記憶はぼんやりとしかけているこの頃だけど、僕はまだ君に教えた星座のことだけは憶えている。たったそれだけ。すっかり忘れてしまったけど、僕はまだ星座のことだけは憶えている。

 

 

 ペロポネソスの浜辺に潜ったよ。でも、何もなかったよ。サザエもアワビもほとんどなかったよ。ただ藻だけがうっそうと生い茂っていただけだった。

 

 

 幸せになりたければあの星へ向かって走ってゆけばいいんだ。階段も何もないけれど、思いきって走ってゆけばきっと橋ができて、僕らはその星に渡れると思う。

 

 

 もう夕暮れは暮れてゆこうとしていた。すると立石の方からゴロが駆けてきて、その後ろに恥ずかしそうにブタ子さんが車椅子をゆっくりと押しながら来ていた。ブタ子さんの頬は赤くなっていた。ゴロは元気いっぱいだった。恥ずかしがる僕とブタ子さんは二人とも頬はまっ赤だった。

 

 

 ゴロ、耳を澄ましてごらん。この浜辺の、たしか何処かに、ブタ子さんがいるだろう。かすかなブタ子さんの声が、聞こえてくるだろう。

 

 

『何が燃えてるの。あの光、何なの。もしかするとカメ太郎さんの魂なの。カメ太郎さんの心なの。』

『あれは不知火海の火だ。僕の心ではない。僕の魂でもない。あれは不知火海の火だ。夏になると現れてくる幻の火だ。僕の心でも魂でもない。』

 

 

 

 カメ太郎さんは今まで苦悩に満ちた人生を歩んで来られました。カメ太郎さん、エドガー・ケーシーでなくってほかの人の生まれ変わりだったのだと思います。カメ太郎さん、声が涸れているからエドガー・ケーシーの生まれ変わりかもしれないと言ってましたけどAきっとほかの別のひとの生まれ変わりなのだと思います。

 

 

 

 砂の中に君が居てゴロが居てそして僕も居て、そして僕らは何を話し合うのだろう。ペロポネソスの砂の中のまっ暗なところで、僕らは何を話し合うのだろう。

 将来のこと、未来のこと、生きること、人生のこと、

 やがて湧き水が湧いてきて、僕らは岩場に流される。ゴツゴツとした岩場で、僕らは語り合うだろう。

 

 砂の中から君が現れ出ても君は変わっていて

 

 

 

 

 

 僕は中国語を勉強しています。英語が苦手だし、英語のほかにも外国語を勉強しよう、と思って、毎晩夜12時から2時か3時まで中国語の勉強をしています。このまえ『聖教新聞』で中国語のコーナーを見て手紙を出した。すると日中友好のバッジと手紙が来た。そうして一生懸命、中国語を勉強しています。将来、中国と日本の架け橋の役目を果たそうと、必死になって中国語を勉強しています。眠たい目をこすりこすり毎晩勉強しています。

 

 

 

 

 

 真夏の太陽が照っていた。僕は草の上に倒れていた。ゴロが僕の周りを周っていた。遠くに波の音が聞こえる。大きな草っぱには僕とゴロだけで誰もいない。

 過ぎてゆく夏への悔しさにいたたまれなくなってゴロと家を飛び出してきた。自分には青春がないような、もう僕には楽しい日々は訪れないような気がした。このノドの病気のために僕は今からもずっと苦しまされていくのかと思うとたまらなかった。

                         (カメ太郎・中三・夏)

 

 

 僕らは悲しい恋人どうし

 海を見つめる恋人どうし

 やがて夕暮れが僕らを優しく包んでくれて

 無言の僕らを慰めてくれる

 

 

 

 

 ときどき僕もふと思う。

 ゴロと一緒に夕暮れ海を見つめながらふと思う。

 僕らの存在って何なのか?って。

 そして木や岩や草の存在って何なのか?って。

 すると風がビュンビュン吹いてくる。

 僕らの髪をなびかせてビュンビュン吹いてくる。

 ゴロの黄土色の毛も波打っている。

 まるでモンゴル地方の草原のように。

 僕がそっと手で触ると、ゴロは不意に僕を見返る。何事が起こったのか訝しむように。

(ペロポネソスの丘の夕暮れはそうして暮れていっていた。ペロポネソスの丘は赤く夕陽に染まっていて、僕とゴロはそこに寝転んでいた。)

                                                               s51.10,3 

 

 

 

 

 

 

 僕はこのまえ友人と東望の海岸の新しく出来上がったばかりの道を自転車で行っていた。すると対岸のブタ子さんのいつもいる浜辺にブタ子さんの車椅子に乗っている姿が見えた。僕は友人に『俺、やっぱり帰る。』と言って急にスピードを上げてブタ子さんの居る浜辺へと向かった。どうせいつものように裏のみかん畑からこっそりと眺めるだけなんだけど。

 僕は友人と別れて寂しくその浜辺へ自転車を走らせていた。頬に打ち寄せてくる風が涙のようで友人と急に別れてきた悲しさがあった。そしてどうせ口もきかず隠れて黙ってブタ子さんのうしろ姿を見つめているだけである虚しさと悲しみと。

 

 もう浜辺も、足を入れると冷たくて、もう秋になったことを、もう冬になろうとしていることを、僕に感じさせてくれます。でもブタ子さんはこのごろ風邪をひいていてもうずっと浜辺に出ていませんね。僕とゴロはだからとても寂しいです。

 

 

 

 

 

 

(カメ太郎、中三の12月11日)

 カメ太郎さんが泣いていたわ。今日パパと帰り掛けにちょっとパパの友だちの家に寄る用事があって日見中学校の前を通っていたら私、まさかと思ったけど、ちょうどカメ太郎さんが中学校の入り口の坂を降りてきてたわ。あっ、カメ太郎さん! 私、とっても嬉しくてとっても幸せな気持ちになりました。でもカメ太郎さん、泣いていました。目をまっ赤にして何故か泣いていたみたい。

 カメ太郎さん、どうしたの?。どうしてカメ太郎さん、泣いてるの。

 私はパパに『ちょっと止まって。』と言って俯いて広い肩を震わせながら歩いてゆくカメ太郎さんを見つめました。『どうしたの? カメ太郎さん。』ブタ子は車の窓越しにそう呟いていました。12月なのに春のような暖かい日でした。そして周りには何人か帰っている人と十人ほど箒を手にした掃除中の人たちがいました。

 なぜ泣いてるの?カメ太郎さん? あっ、カメ太郎さんはいま級長で、そして喉の病気で大きな声が出なくて。あっ、きっとそうだわ。そのために泣いているんだわ。

 大きな声が出なかったの? でもブタ子はもっとひどい障害があるのよ。泣くなんてカメ太郎さんらしくないわ。

 泣かないで、カメ太郎さん。カメ太郎さんが泣くならブタ子はどうなるの? ブタ子の苦しみとカメ太郎さんの苦しみは全く種類が違うけど。

 

 僕はあの日、大きな声が出なかったんだ。6時間目の授業が終わって掃除が始まったとき突然先生から呼び出されて職員室へ行くと先生が伝言をくれた。今頃になって、今頃になってなぜ伝言くれるんだい、先生。僕はそう言いたかった。椅子に大きく腰かけて呑気そうにそう言う先生に向かって。

 僕は教室へ戻った。そして僕は力一杯伝言を伝えようとした。

 でも僕の声、教室のみんなの喧騒に虚しく消されていった。僕の声、誰にも聞かれなかった。僕はただ口に両手を当てて、もぐもぐと教室の前で口を動かしているだけだった。みんな、クラスのみんな、楽しそうに放課後わいわい騒いでいるだけだった。僕はそうして伝言を伝えきれないまま哀しく一人で教室を出ていったんだ。

 校門を出るとき学校の裏の山に夕陽が懸かっていた。ブタ子さんには夢中だったため全く気づかなかった。でも視界の端に見覚えのある車が停まっていてその中にいたいけな生命がガラスの向こうで必死にもがいているらしく感じたような気もする。

                  

 

 

 

 

 僕は浜辺で海に向かって発声練習をしていた。

 でも大きな声は出なかった。

 いくら大声を出そうとしても僕の声は波の音そして風の音に消されていっていた。

 どんなに力いっぱい声を出そうとしても、大きな声は出なかった。

 ただ声が枯れ、ガラガラとした声になっただけだった。

 絶望感が僕を覆っただけだった。

 

 そして僕はゴロと家路に就いた。

 絶望の闇が僕を覆っただけだった。

 そして冷たい北風が走る僕に吹きつけていた。

 

 僕は学級委員になって、大きな声が出ないことでとても苦しんでいた。

 冬で波は荒く、僕はペロポネソスの浜辺の先の立石の岩場で発声練習をした。大声を張り上げようとする僕を訝しげに見るゴロ。冷たい北風。口に手を当てて海に向かって叫ぶ僕。でも僕の声はとても小さくて、僕がどんなに大声で叫んだって普通の人の話し声ぐらいの声しか出ない。僕は落胆し打ちひしがれ、痛くなった喉を我慢しながら家路に着いていた。

 立石から僕の家までの道は長かった。でも僕の躰は燃えていた。僕はあまり寒くなかった。北風も僕には何でもなかった。授業の始めと終わりの号令をもしかするとまた友達に頼まなくてはいけないかもしれない悲しみが僕を襲っていた。それは大きな大きな苦しみだった。

                  (中三・1月)

 

 

 

 

 

 

 私、もう一ヶ月以上も前のことになるかな、学校をお昼ごろ抜け出してすぐ近くの産婦人科の病院に行ったことがあるの。車椅子の私がそんな所に来たものだから病院の看護婦さんたちも目を白黒させていたわ。でも私、必死だったから。あとで校長先生たちからどんなに叱られるか覚悟して来たんだから。

 私、カメ太郎さんと結婚できるのかどうか悩んでいました。私、子供を産めないなら、もうどうしてもカメ太郎さんと結婚できそうにありませんものね。両肢が悪くて、それに子供を産めない私なんかと、誰が結婚してくれるでしょうね。          『先生、私、子供産めるんですか。産めないんですか。はっきり言って下さい。』

 私、怖かった。先生の返事を聞くのが怖かった。たぶん『産めない』って言われると思えてたから私、耳を抑えて頭を下げて蹲りました。   

                    (ブタ子、中二 4月)

 

 

 

 

 

 

 

 

 カメ太郎さんへ

 草陰に不思議な花がありました。コスモスの花みたいで、でも秋に咲くコスモスの花がなぜ今こんなところに咲いているの。

 私、体育の時間になるといつも一人で運動場の隅っこをうろちょろするんですけど、このまえ(おととい)とても不思議な花を見つけました。花壇のブロックのすぐ外に咲いていてちょうどみんなから一人離れ離れになって体育の時間を過ごしている私みたいでした。みんなが咲いている花壇の中に咲いてなくて、なぜこんなところに咲いているの。どうしてなの。寂しいでしょう。寂しくないの。可哀想。私とっても不思議でした。

 でも綺麗。とっても綺麗。

 その花は花びらが紫色をしていて普通のコスモスの花とは違っていたのよ。コスモスの花は黄色い花びらをしているのよ。それにいつも秋に咲くものなのよ。

 私、とっても不思議で茎を手に取って折り取りました。やっぱりコスモスの花みたいでした。形はやっぱりコスモスの花で、でも不思議な色。

 私、その花を先生に見つからないようにそっと胸の中に隠しました。まるでこの花、私みたい。私、胸がジンッときちゃって、この花を家に持って帰って花瓶に生えよう、と思いました。

 でもその花、私の胸のなかで私とカメ太郎さんの間に生れた赤ちゃんみたいに動いたわ。私、子供産めないからこの花を子供にしようかな、て思ったほど。

 辺りの花壇には一面にチューリップやヒヤシンスの花が赤や青や紫色に咲いていてとても綺麗。目がクラクラとするみたいなほど。でも私、胸のなかに隠したこの花の方がもっと好き。まるで私みたいだもん。それにもしかしたら私とカメ太郎さんの間にできる赤ちゃんみたいだもん。

 私、でも小学校の頃もよくこんなことしていました。私、なんだか小学校の頃を思い出してきてちょっぴり感傷的になって涙が出てきました。

 この花を胸に抱えて目を潰ると私の悲しい小学校時代のことが夢の中のことのように思い返されてきます。

 それはとっても悲しい思い出で私この頃、2年近く忘れていたことなのに。私、小学校の頃も体育の時間にはいつも運動場の隅っこで見学していたんです。

 私、その頃もよく運動場の片隅の花壇の傍で時間を潰していました。誰も話相手がいなくて何もすることがないからいつもそこへ行ってたのです。

 そうして私、運動場の隅っこでヒマワリの花やヒヤシンスの花やコスモスの花などと戯れていました。

 私、目に涙を浮かべながら、嗚咽を漏らすのを必死に堪えながら、みんなと戯れていました。

 みんな、私の友だちで、私、笑いながら、みんなと戯れていました。とっても綺麗。みんな、とっても綺麗。黄色や青色や紫色が織り交ざっていて、とっても綺麗。みんなみんな、とっても綺麗。一生懸命に咲いていて、とっても綺麗。 

 

 

 

 

 君が僕に言い寄って来たって、僕には君を無視することしかできない。僕には哀しい喉の病気があるのだから。だから僕は君とは喋られない。

 僕の周りには重い鉛の扉があって僕と外界とを分け隔てている。とくに女の子とは分け隔てている。

 

 

 

 

             (浜辺での夜の会話)

 

 細波の音が僕らを包んでいる。それにブタ子さんの家の方からか電線に止まった雀の鳴き声が聞こえてくる。そして白いカモメが飛行機のように黒い大気の中を海面目がけて垂直に降ちて来ようとしている。

『カメ太郎さん。黒い大きい不安ってなあに。黒い大きい不安って。』

『それは僕を包み込もうとする巨大な津波のようなもので僕は毎日の学校生活の苦しさについ負けそうになったときそう思ってしまうんだ。教室の中や学校からの帰り道のときなんかによく。

 でも僕はそれを跳ねのけて生きなければいけない。どんなに辛くたって明るい振りをして頑張って毎日を送らなくっちゃいけない。

 僕らは、本当に僕らはとても辛い境遇にあるけれど決して負けたり挫けたりしないで生きてゆかなくっちゃいけない。僕らは決して負けないで。』

(カモメはやがて魚を銜えて海面を飛び立ったようだった。赤い窖に小さな可哀想な魚を銜えて。)

 

 

 

 

 ブタ子さんへ

 今、ポツポツと雨が降っています。まるで僕の心のようです。明日もまた学校か、と思うと。

 早く日曜日が来ないかなあ、って思います。

 日曜日になるとそれに魚釣りに行けるから。またこのまえのような大きなチヌを釣りたいなあ、と考えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 3日前、僕はブタ子さんとすれ違った。クルマの中から身を乗り出して僕を見つめた君と、バス停でぼんやりと立ち尽くしていた僕と。

 ブタ子さんは全然変わってなかった。僕も全然変わってなかっただろう。僕は中三の頃から全然身長も伸びてないし(でも体重は中三の冬の受験期間中に57Kから62Kへ5K太ったけど。もう痩せていることをあまり気にしなくていいようになったのだけど。遊べなくて、アッという間に5K太ったけれど。でも僕は

 君の目は寂しげだった。クルマから身を乗り出した君の目はやっぱりほかの誰のよりも大きくて美しくて、もしも君が両足が不自由でなかったら、僕は恋焦がれて、きっと今のようにお互い手紙を一週間に一度ずつ出しあうようなことはしなかったと思う。僕はきっと君と会っていたと思う。でも君が見た僕は現実には、クラスのある女の子を好きになったり、中学の頃のあるクラスメートのことを思い出して感傷的になったりしている僕だ。でも僕は君を幸せにしたくて、一生懸命、中学の頃の僕のままであり続けるつもりで君に手紙を書いてるけど、君も薄々気づいているだろう。僕の手紙が短くなっていることを。君は僕が高校へ入ってからクラブや勉強で忙しくて中学の頃のようにあんまり手紙を書くのに費やす時間がなくなったのでしょう、と君から書いてきたけれど、実は本当はそうではないんだ。僕の心は君から少しづつ離れていってるようなんだ。少しづつ、でも確かに君への情熱が薄れつつあるのを自覚している。でも君を悲しませたくないから、僕は今も一生懸命、週に二回ぐらい夜を費やして手紙を書いてるけど、本当は僕の心は君から少しづつ離れていっている。何故か情熱が湧いて来なくて、僕はこの前のような薄っぺらな手紙を書いてしまう。本当にもう夜、手紙を書いてても以前のような情熱が湧いて来なくて、僕は君が可哀想なため、ただそれだけのために、僕は君に手紙を書いているように思う。君が美しくて、いつも僕を愛してくれてるなんて、それは僕の心のわだかまり。君は

                      (高一・6月)

 

 

 

 

 

 

 

 

(ブタ子、出されなかった手紙)

 今、津波が襲ってきて私やカメ太郎さんを呑み込んでゆく夢を見ました。カメ太郎さんの家、小学校の近くだからとてもカメ太郎さんの家まで津波はやって来ないと思いますけど、夢の中で私もカメ太郎さんも大きな波の中に居ました。

 今、救急車のサイレンの音がしています。何台も何台も走っているみたい。私、きっとその音で目を覚ましたのだと思います。今、夜の1時45分です。今日は疲れていて9時半ごろ寝ました。よく考えるともう四時間寝ています。私、この手紙をベットの上で書いています。この頃、よく夢を見るから。不思議な不思議な夢ばっかり。でもいつもすぐ忘れてしまうから。だから日記に書いておこうとして枕元にボールペンと日記帳を置いてたんですけど寂しいから、だから私、手紙を書き始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

(結局、出されなかった手紙。ブタ子さんが中二の6月頃に書いたものと思う。)

 今日はずっと雨が降っていました。僕は授業中、教室の窓から、純心中学校で授業を受けている君のことをずっと考えていました。

 なぜ人には幸不幸の別があるのだろうと考えていました。外はどしゃ降りの雨でした。

 人は不公平になるように生まれてきているのだろうかとも思いました。幸せな人は幸せなことが続いて、不幸な人には不幸なことが続くという。

 これではいけない、こんなことであってはいけない、と雨を見ながら僕は思っていました。

 どうすればみんなが公平で、幸せな社会が出来るのかな、と考えていました。不公平のない世の中は、と考えていました。

 たとえ物質や金銭的に平等になったって、僕やブタ子さんのような病気や身体障害を持った人はどうなるんだ、と思っていました。

 たとえ、お金がみんな平等になったって、その人の持って生まれた宿命(カルマ)が良くなる訳ではないのに、と思っていました。

 

 

 

 

 

 

 

     (たしかその手紙を書いた夜の3日後の夜に書いたと思う。)

 ブタ子さん

 僕はあの日、一人で学校から帰りながらつくづくと考えました。僕ら、恵まれない運命を持って生まれてきた者は一生不幸なんじゃないかって。そう思って僕はとても悲しかった。なぜ世の中はこんなに不公平があるんだろう、と思って。

 僕ら、運命に流され弄ばされてきた僕らは、経済的に平等になったって、どうしたらいいんだろう。僕らは、お金よりももっと、健康な体が欲しい。お金よりも病気を治したい。                           

 夜、僕は起き上がるとブタ子さんへ手紙を書き始めた。夜の12時だった。今日は7月1日で外は雨上がりの夜景だった。悲しみの涙の雨が辺り一杯に滲んで濡れているようだった。そして明日の学校への不安と一緒に。

 窓辺から雨に濡れた夜空を眺めながら、僕の心のなかは不安で一杯だった。夏になりかけているのに僕の心の中は寂しかった。1月の氷の日のような夜景に僕の目には映った。

 

 

 

 海を見ていると

 自然と微笑みが湧いて来る

 7月になった真夏の海が

 僕らを微笑ませてくれる

 

 

 

 君の悲しさと僕の悲しさとどっちが悲しいだろうかと僕は思う。きっと僕の方が、毎日の学校がとても辛いから、僕の方が悲しいと思う。

 

 

 

 

 ゴロが泳いでいる。 

 ペロポネソスの浜辺で、

 ゴロが気持ち良さそうに泳いでいる。

    ※(ゴロはまるで首を潜水艦のOOOのようにして楽しそうに泳いでいた。)

 

 

 

 

 

 

                                                   (カメ太郎・高一・8月)

 冬の間、あれだけ悲しかったこの浜辺も、もう夏になると悲しみをあまり感じさせないのは何故なんだろう、と思います。

 冬の間、あれだけ悲しかったこの浜辺も、もう夏になると悲しみをあまり感じさせないような、そんな浜辺に変わっています。以前と全然変わらないのに。

 

 

 真夏の赤い陽炎が

 僕の心を楽しくしてくれているのかもしれない

 吹いてくる風は熱く

 僕を夢見心地にさせてくれる

 

 

 

 

                                                 (カメ太郎・高一・8月)

 僕はずっと来ていなかった。ずっと夏休みの補習や柔道の練習なんかで、ずっと、もう何ヵ月も来ていなかった。

 でも全然変わっていない。ただ風が熱くなって、砂が熱くなって、それだけが冬の頃の浜辺と変わっているけれど。

 

 

 

                                                        (高一・8月)

 窓を開けて海を見回しても、もう誰もいない。

 真夏の海が輝いていて、駆けてくるゴロの姿と、微笑んでいるブタ子さんの姿が、哀しく思い描かれるだけだ。

 とても哀しく、とても寂しそうに。

 

 

 

 

 

 淋しいとき、淋しくてたまらネいとき、僕はよく海を見ます。すると青い海が僕を慰めてくれます。真夏の8月の眩しい海が。

 

 真夏の青い海ってとても綺麗。でもブタ子はいつも一人でしか眺められないの。ベットの上からや、車椅子の上からしか眺められないの。

 

 僕も一人だ。僕も一人でしか眺められない。ゴロが居るけれど。ゴロがちょっぴり僕の孤独を慰めてくれるけれど。

 

 私は一人なの。私には誰もいないの。パパやママがいるだけなの。いつもカメ太郎さんの家を涙で曇らせて見るの。いつも少しカメ太郎さんを恨みながら。喋ってくれないカメ太郎さんを恨みながら。

 高台にあるカメ太郎さんの家をいつも見るの。いつも夕方、悲しくて寂しくてたまらなくなりながら見るの。

 私、夕方になると悲しくなるの。昼間は元気なのに、パパと夕方、クルマに乗って帰りながら、私、必死に悲しみを堪えているの。助手席で涙がこぼれてくるのを必死で耐えてるの。

 私、悲しいの。自然と涙がこぼれてくるの。クラスのみんなは幸せなのに、なぜ私だけ不幸なの。私も幸せになりたいの。

 

 僕も同じだ。僕も一人だ。僕も毎日一人で立山の坂を降りながら、泣きたくなってくる。淋しさと惨めさと、僕の喋り方や病気のことで。

  もう夏も終わろうとしているのに、僕は一度もこの浜辺に来ていなかった。もう夏も終わろうとしているのに。

                                            (カメ太郎・高一・8月・夏の浜辺にて)

 

 

 

 

 君の微笑みは、僕に哀しい思いしか起こさせなかった。君の微笑みは、赤い薔薇のようだった。哀しい哀しい薔薇のようだった。

 

 赤い気球に君とゴロが乗って、盛んに僕に手を振っている。

 僕は浜辺で君たちを見上げている。

 君たちは気球の上で、でも寂しそうで、その寂しげな雰囲気が僕には解る。

 熱い熱い太陽の光が僕らを照らしているけれど、僕らは笑っているけれど、

 心の中はとても寂しい。

 

 カメ太郎さん、虹が見えるわ。私たちの未来のようなの。七色のように綺麗に輝いてはいないけど、でも私たちの未来のような虹なの。美しい虹なの。

 

 海の上を君が歩んでいる、君が動いている。いつも一人ぼっちの君が、海の上を漂っている。まるで幽霊船のように、夕暮れの海の上を漂っている。

 立ち上がった僕の目にはもう、ブタ子さんが天国を僕へ手を振りながら駆けてゆく姿が見えていた。そして何故かゴロが、一年後ゴロが死んでいくことを予知するかのように、ブタ子さんの傍についていた。

 孤独な僕の目に映った錯覚に違いなかった。もう夏も終わろうとしているのに僕の心は孤独だった。

 

 僕が夢見ていた浜辺はこんなものではなかった。僕が夢見ていた浜辺は、僕がブタ子さんの車椅子を押して、ゴロが傍に付き添っていて、ブタ子さんがいつまでもいつまでも喋っていて、僕はときどきただ『うん。』とうなづくだけで、ブタ子さんが一人でずっと喋っていて。

 僕は深い悲しみに沈みながらこの浜辺に佇んでいる。もしもブタ子さんがいてくれたら、もしも僕がちゃんと喋れたら、と思いつつ。

 そうしたら僕は明るくこの浜辺に佇むことができるのに。

 恥ずかしがる君と、息をひそめる僕と、どちらが苦しいだろう。君はどうしても僕の前には現れたがらなくて、僕は息をこらえながら海面へ海面へと何回往復しただろう。

 君の方が苦しいのかもしれない。夏の終わりの夕方の海はもう、少し薄暗くなっていて僕を少し不安にさせたし、君をも心細くさせていたと思う。

 潜っててとても寒かった。30分も潜ってたら寒くて寒くてたまらないようになってきた。もう秋になってきた。寂しい秋になってきた。

 大きな海のなかに溶けていって、何も考えなくていいようになって、のんびりと毎日を、全然時間を気にせずに過ごせたら、どんなに幸せだろう。

 

 

 

 

 カメ太郎さん。元気にしてますか。もう夏も終わりに近づいています。もう8月も20日を過ぎてしまって、あと一週間余りでまた学校が始まるのかと思うと少し憂欝になります。カメ太郎さんたちはもう補習が始まっているのでしょう。それにカメ太郎さん、毎日柔道の練習があっているのでしょう。

 もしも私が元気な躰をしていたら、カメ太郎さんたちの柔道部のマネージャーをしてあげるのにね、と思っています。

 私、この夏も海へ行きませんでした。いいえ、毎日のように夕方頃、浜辺に出ていました。カメ太郎さんがゴロを連れて来ないかな、とも思いました。でもカメ太郎さん、この夏一回も来ませんでしたね。やっぱり中学の頃と違ってそんな暇ないんでしょうね。去年まではよくカメ太郎さんの姿を浜辺でときどき(いつも遠くからでしたけど。それにいつもカメ太郎さん、すぐ走って去っていってしまわれていましたけど。)見ていられたのに。

 この夏も何事もなかったように過ぎてゆきます。お盆も終わって、このまえ台風が来て、そして夏も終わりに近づいてきました。夜もあんまり暑くなくなりました。

                                                (ブタ子・中二・夏)

 

 

 

 

 

 

 

 

          

         ブタ子の日記