(1)

 

 

 

 

 

 

 

           (黄緑色のロードマン)

 

 3月8日のことだったろう。たしか九大の合格発表のあった次の日のことだった。そしてカメ太郎は予想通り落ちていた。数学ができず(しかし今年の九大の数学は例年になくかなり難しかったそうなのでもしかしたら、という期待も抱いていたが、友だちの所へと福岡に行っていた姉からの午前10時過ぎ頃かかってきた電話は悲しみに満ちていた。カメ太郎と一緒にカメ太郎の高校からもう一人受けた○というのは上がっていた。そしてカメ太郎はその日一階で悶々と横になって寝ていると急に思い立って黄緑色のロードマンを中学校の下のカメ太郎の店のお得意さんだという同じ創価学会員である人の自転車屋さんからフレームにちょっと傷が付いているので一万円引きで店頭に並べてあったのを買った。

 昨日から毛に病気があるのかとても汚い小犬がカメ太郎の家の玄関に住みついていた。カメ太郎の姉や母はそれを不吉な犬だと言っていた。また父は『中場のじいちゃんの霊がのりうつっている犬』と言って母をからかっていた。

 その犬がカメ太郎が九医不合格の発表の前日の朝からカメ太郎の家の玄関に住みついていたので姉や母はそれを不吉だと言って嫌った。でもとてもおとなしく人なつっこい犬で、なんだか九医に失敗し浪人することになったカメ太郎を慰めるために本当に父が言っているように中場のじいちゃんの霊が乗り移っているようにも思えた。

 カメ太郎はその黄緑色のロードマンを三万二千円で買うと早速東望へと出かけていった。ロードマンはツーツーととても気持ちよく走り、春の風をいっぱいに浴びてカメ太郎は浪人することになった自分の心が慰められるのを感じていた。

 カメ太郎は自転車競技でオリンピックに出よう、と思ってその自転車を買ったのだった。自分に最も向いているスポーツは…自分でもオリンピックに出れるスポーツは…運動神経は悪いけど力は強いボクに向いているスポーツは…足は短いけど力は強いボクに向いているスポーツは…と考えた挙げ句、ボクは自転車が最適だと思ったのだった。

 そしてその日からボクは主に東望で自転車の鍛錬を始めたのだった。青果市場周辺のほとんどクルマの通らない綺麗な道で…そして東望山公園に登る坂道で…ボクは桃子さんのことを思い浮かべて悔しさで心をいっぱいにしながら練習を始めた。

 ノドの病気でなかったら…ノドの病気でなかったら…輝いていたはずのカメ太郎の中学・高校時代だったと思えて悔しくてたまらなかったから。またカメ太郎が九医に合格してたらノドの病気ゆへにまっ暗にさせられたカメ太郎の中学・高校時代の悔しさも慰められたのかもしれないのだった。

 すずめの囀りが東望山公園の坂を満たし、カメ太郎は苦しい息の中、必死に桃子さんの笑顔を思い浮かべて自転車の練習に励んだ。カメ太郎は勉強で頂点に立つだけでなくスポーツでも頂点に立ってそして桃子さんとつき合える資格のある男になろうと懸命だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

                 白い天使さま

 

 カメ太郎は福岡の大濠公園で黄緑色のロードマンを横に一人寂しく池の水面を見つめていた。カメ太郎には失意とやるせなさと言いようもない倦怠感があった。空を見上げても長崎ではいつも飛んでいたトンビの姿は見えなかった。

 するとカメ太郎はとても美しい少女が(高校生か中学生だろう、学校の制服を着ていたから)自転車で通りかかったのを見た。とても美しい女の子だった。学校帰りだろう。時計を見ると午後3時50分だった。

 

 次の日、3時頃、寮を出て昨日の大濠公園の岸辺へ向かった。ちょっと遅かったかなあ、と悔やんでいた。公園に着いたのは3時45分ごろだった。

 朝からトイレに行くぐらいしかせず(そして布団の中で昨日買っていたパンをかじっただけのカメ太郎には)自転車で行く博多の町がとても爽やかに感じられた。

 もう夕暮れに近いのにカメ太郎にとっては朝のような景色だった。スズメの囀りが聞こえてくる。ツバメかな? スズメでなくってツバメかもしれない。

 カメ太郎は公園の中をゆっくりと自転車のりーっという音をたてさせながら進んだ。昨日はちょうど今ぐらいだったから出会わないかな、と思っていた。そして出会ったら自転車で彼女のあとをつけてゆこう、そして喋りかけよう、と思っていた。

 今吹いているのは福岡の風だなあ、とゆっくりと大濠公園の中を自転車で行きながら思ってきていた。風は天神の方、東の方から吹いてきていた。

 

 それからカメ太郎は、西公園の傍の岸壁へと向かった。やはり彼女と会えなかったため寂しさが自転車の上のカメ太郎を覆っていた。そして過ぎゆく青春への焦燥感めいたものも。

 カメ太郎は自転車を岸壁のコンクリートの壁に立てかけると、孤独な思いを胸いっぱいに秘めて、堤防の上へ上がった。見渡すと、もう赤みがかっている空だった。そして小さな漁船が川口を登っていっていた。

 太陽は西の方に…ああちょうど長崎の方に沈んでいっていた。○○さんや○○さんは今頃どうしているのかなあ、と思った。今、クラブを(テニスを)しているのかな。それとも諏訪神社のバス停でバスを待っているのかな。それとももうぎゅうぎゅう詰めのバスの中に乗っているのかな?

 やっぱり夕暮れ時って寂しいなあ…と堤防の上で膝を抱え込みながら思っていた。3時まで布団のなかでモヤモヤとしていたときには感じなかったのに。何故こんなに悲しいのだろう。

 

 河口からずっと奥の方を眺めて見渡される福岡の町並みはなんだか死の町のように思えた。彼女はきっとあの町の中のどこかの家に住んでいるんだろうけど。そして町全体がピンク色に輝いてくるのを覚えた。さっき見遣ったばかりの時は灰色の死の町に見えたのに彼女のことを思い描くと急にその町の色が灰色からピンク色に変わるなんて。不思議だった。

 彼女は何処に住んでいるんだろう。すると町のある所が濃いピンク色に変わってUFOが飛び立つようにそのピンク色の輝きが増したように思った。彼女が住んでいるらしいその地点が。

 

 

 カメ太郎は寂しくって、岸壁に膝を立てて座り込み続けていた。

 思えば不思議だなあ、と思っていた。あの女の子はカメ太郎が中二や高三のとき松山で見た白い妖精のような天使さまにとってもよく似ていて、その天使さまが福岡までカメ太郎を追ってきてくれたようにもカメ太郎には錯覚された。

 思えば不思議だなあ、とカメ太郎は依然として堤防の上で膝をついて考えていた。福岡にも長崎の松山で見た白い妖精のような天使さまがいるんだなあ。天使さまはカメ太郎の周りにたくさんたくさんいるようだなあ。

 

 

 カメ太郎は突然立ち上がってさっきの自転車の少女か長崎の松山での少女に向かって叫びだしたい衝動に駆られて夕陽を背にして立ちつくしていた。

 カメ太郎に中二の頃から、そして高三と、そして一年たった浪人の今、カメ太郎の心を照らしてくれた天使さまのような白い妖精の姿。

 

 

 天使さまの姿を真夏になりかけた紅い夕陽を背中に浴びて瞼にありありと想像していたカメ太郎は堤防の上でなんとなく自分のちっぽけな存在というものがとても不思議というか、自分は王子さまのように、夕陽にきらきらときらめきわたる王子さまのようにも錯覚された。

 カメ太郎は王子様で、でも寂しさに打ち震えていて、そして王女さまが現れてカメ太郎の胸に飛び込んでくるのを涙をたたえながら堤防の上に立ちつくして待ち続けているんだ。寂しさで胸いっぱいになりながら待ちつくしているんだ…と思っていた。

 

 

 ○○さんへ

 カメ太郎は夕陽を浴びながら心配のあまり胸の中が溶けていってしまいそうです。もしもあなたが優しく抱き締めて下さったらカメ太郎の孤独な心も癒されて…そしてカメ太郎の今までの少年期の苦悩もすべて灰となって消えて行き…カメ太郎はこれから幸せいっぱいに毎日を送れるようになるはずなのに…と思うとカメ太郎はとても残念です。

 

 なんだかカメ太郎の胸の中は心配と孤独感で今にも溶けていってしまいそうです。カメ太郎の胸は夕陽を浴びながら今にも孤独感のため溶けていってしまいそうです。

 

(でも振り返って夕陽を見つめるとカメ太郎の目は更に幻惑し出し、本当にすぐ近くに白い○○さんが現れて…そしてカメ太郎の胸にポッカリと空洞の空いた一人ぼっちのカメ太郎をその優しい白い胸に抱きしめて下さって…そしてカメ太郎の苦悩も病気も孤独感も癒されるような気がしてカメ太郎はなんだかとても幸せな気分に浸った。

(○○さんが現れてカメ太郎を救ってくれる。夕陽にポッカリと浮かび出てカメ太郎をそのとても美しい微笑みでこっちに来るように誘って下さっている。とてもとても美しい白い○○さんが。

 

 

 

 

 カメ太郎は狂いかけていた。二段ベットの上の方にカメ太郎は一日じゅう横たわり続けていた。頭を窓辺の方に向けて寝ていた。そしてこのままズルズルと窓から地下のコンクリートまで落ちられたら。カメ太郎の部屋は最上階の507号室だった。

 ふと湧いてくる“このままズルズルと布団を這っていって窓から飛び降りよう…”という誘惑とカメ太郎は必死になって戦っていた。そしてもう夕陽なのだろうか? 太陽は紅く染まっていたしかなり傾いていた。

 どっちが北でどっちが西なのかな?…とカメ太郎は混乱し始めていた。今まではカメ太郎の足先の方が北で、眠っているカメ太郎の右手の方が東だとばかり思っていたのに。カメ太郎は何がなんだかちょっと解らなくなり始めていた。

 

 

 

 

 

 

     

          二〇歳

 

 カメ太郎が仲間とカメ太郎の黄色いセルボに乗って

 山の上の純心短大の文化祭に行ったとき

 あなたは駐車場の整理係をしていた

 カメ太郎は始めあなたが誰だか解らなかった

 とても可愛い白い襟をした女の子が駐車場の係をしているなあと思っただけでした

 なぜだか微笑みかけるあなたを

 カメ太郎は全然気付きませんでした

 無視してすみませんでした

 

 カメ太郎があなたに気づいたのは

 カメ太郎があなたの名前が書かれたロッカーを前にしているときでした

 ロッカーに書かれた名前を見て

 カメ太郎は自分の目を疑いました

 そして駐車場でカメ太郎に微笑みかけた白い襟の服を着たとても可愛かった女のコのことが不審だったけど

 あれがあなただったってことを始めて知りました

 

 

 

 

                     地獄谷

 

 生きようかな。生きようかな、やっぱり。

(そうしてカメ太郎は半分眠りかけた目を必死に覚まして目をこすりつつトイレへと向かった。階段が揺れているようでカメ太郎は何度も階段の壁を叩いていた。) 

  そしてカメ太郎は倒れるようにしてトイレへ辿り着きそして必死に吐いた。黒い液体がたくさん流れ出ていた。そしてカメ太郎の意識は次第になくなっていった。

 

 次の日、目が醒めると自分がちゃんと生きているのをスズメの囀りとともに知った。昨夜、トイレで吐いたあと、たしかカメ太郎は階段を上がっていった。そして布団の上に倒れ込んだのだった。

 父や母は眠っている真夜中のことだった。午前1時のことだったと思う。

 

 カメ太郎は涙を込めて出発した。カメ太郎は哀しくギアをニュートラルへ入れるとエンジンをかけた。カメ太郎の小さな軽のクルマが泣くように唸りをあげた。

  そしてカメ太郎は出発した。雲仙へと向かっていた。『お父さん、お母さん、さようなら。』とカメ太郎は家に向かって心のなかで呟いていた。クルマはゆっくりと家の前の細い道を進んでいっていた。

 

 カメ太郎は今朝、地獄のなかから起きたようだった。そして頭のなかはいつもと違っているようだった。いつもは酒に酔って寝ていた。しかし昨夜はタバコをコーヒーのようにして飲んで寝た。

 

 クルマは諌早を過ぎ、愛野へと向かっていた。小さい頃、父に連れられてこの道を通って父の実家の加津佐まで休みの度に行っていたのを思い出していた。小学校6年までずっと続いたと思う。カメ太郎が大学に入学してすぐに喪くなったじいちゃんがカメ太郎をよく可愛がってくれていたから。

 じいちゃんが喪くなってから1年半が経とうとしている。その間カメ太郎は創価学会をやめた。あれほど小学生の頃から一生懸命にやってきた創価学会だったけど。

 じいちゃんがなくなってから加津佐へ行く事も少なくなった。まだばあちゃんとおばばちゃんがいたけど、父の姉妹も行くのを控えるようになっていた。あとを嗣いだ父の弟の嫁が今一家をとり仕切っていた。

 

 カメ太郎はふらふらと歩いていた。地獄谷の肖気がカメ太郎の鼻元をくすぐっていた。

 岩肌は肖気で黄色くただれ柔らかくなっていた。霜か何かで濡れた道をどんどんと森の方へ森の中へそして森の奥へと進んで行っていた。観光客が少しいてなんだかみんな霊界の人のような気がしていた。そして霞んで見えていた。

 

 ここは地獄谷

 カメ太郎の現世の最後の明るい所の地獄谷

 黄色く変色した岩肌が眩しく

 今から森のなかへ入るカメ太郎の目を幻惑した。

 ここは地獄谷

 カメ太郎の最後の地獄谷

 そしてカメ太郎はこの地獄谷を奥へ奥へと進んで行っていた

 やがて地獄谷はカメ太郎の背中の真後ろへ深く深く消えて行った

 カメ太郎は現世を本当に旅立ち死界へ死界へと吸い込まれて行っているようだった

 森へ入る道は死界へ通じる道のようだった。

 

 カメ太郎はつかつかとなおも濡れた道や黄色く変色した岩肌を踏みしめながら地獄谷の奥へ奥へと進んでいった。

 

 椎の木の枝に吊られた柔道の帯を前にしてカメ太郎はもう一歩のところで躊躇していた。カメ太郎は死ねないようだった。褐色の太い椎の木の枝はそして微かにうごめいた。白い柔道の帯もそして揺れていた。

 

 カメ太郎は心のなかで過去に手を振っていた。笑みをいっぱい湛えて振っていた。

 さようなら、カメ太郎の少年時代。さようなら、カメ太郎の青春。さようなら、カメ太郎の過去。カメ太郎は自分の今までの過去に決別して生きる決意をしていた。薄氷がカメ太郎の足元でさくっ、差くっ、と音をたてて崩れていっていた。大きな桟橋を見降ろす天草を周囲に散らばめた夕陽が紅く染まって桃子さんの肌のようだった。でもカメ太郎はその幻想をすぐに打ち消しふたたび目のまえの雄大な景観に浸った。カメ太郎の命を溶かし込んだような紅い夕陽だった。すでに薄暗くなりかけた周囲はカメ太郎を霊界へ溶かし込んでゆくようだった。

 

 カメ太郎はゆっくりとセルボに戻ると久しぶりにタバコに火を付け始めた。大きな夕暮れの眺めは車窓からもよく見えていた。溶けるようにして落ちてゆく夕陽。まるでカメ太郎の魂のようだった。

 カメ太郎の過去は呪われており今もやはり呪われていた。カメ太郎はタバコを半ば吸い終わっていた。カメ太郎を象徴するかのような今のこの周囲。道端には残り雪が積もっていた。

 

 

 

 

       「地獄谷2」      

                               (2月始め)

 死ぬことばかりを考えていた。カメ太郎は雲仙の地獄谷を歩いていた。玉子の匂いがしていた。見渡す限りのこの光景はカメ太郎の死の光景のようだった。

 カメ太郎は十字架に架けられた哀しいかかしのようだった。いやカメ太郎はかかしだった。雲仙の地獄谷の湯煙にあぶられにふたたびやってきたかかしだった。思えば2週間近く前もカメ太郎はセルボに乗って雲仙にやって来たのだった。でも死ななかった。カメ太郎はあの日雲仙からの雄大な夕陽を見ていて生きることを決意したのだった。

 でもあの日から十日余りカメ太郎の心はふたたび荒んでいった。カメ太郎はふたたび死を決意してこの谷にやって来たのだった。カメ太郎は今度は本気だった。カメ太郎は地獄の樟気にこのまえとちがってすぐ近くまで近づいてそれに当たっていた。

 思えばカメ太郎は今朝、自分はいったい何のために生きているんだろう、と思って家を出たのだった。その思いはあのクリスマスイブの夜からのものだった。

 

 カメ太郎の多感な青春時代は 君とともに始まった。

 そしてクリスマスイブの夜 何年かぶりに君に出会った。

 そしてカメ太郎はいま死のうとしている。

 君の思い出とともに死のうとしている。

 

 カメ太郎は十日ほど前のように地獄谷の森を上がっていっていた。さくさくと氷った森の木の葉の折れる音がしていた。カメ太郎はさくさくと木の葉を踏みしめながら山を登っていっていた。すべてすべて十日ほど前のようだった。

 

 カメ太郎はまたここに来た。十日ほど前、再生の決意を固めてこの雲仙岳を夕陽を見つめながらセルボに乗って降りたあと、ふたたび来た。カメ太郎はすべてに敗れ去り、もう生きる資格がないようで、ふたたび雲仙の山に来た。

 カメ太郎はやはりどうしようかとても迷っていた。ふたたび来た地獄谷のこの森のなかで

 

 カメ太郎はクルマから降りて黄色い大きな柔らかい石の上に腰かけて夕陽を見ていた。カメ太郎の存在ってあの沈みゆく夕陽のようだと思った。カメ太郎はそう何度も何度もくり返し思った。

 カメ太郎はすごすごとクルマにひきかえし始めていた。カメ太郎は夕陽として生きてゆこう、と心のなかで何度も繰り返していた。カメ太郎は敗者として生きてゆこう。敗者として周囲に関心を払わずに生きてゆこう。カメ太郎は孤独だ。カメ太郎は幽霊のように生きてゆこう。浮遊霊のように地縛霊のように生きてゆこう。誰の関心も集めず、誰にも頓着せずに生きてゆこう。カメ太郎は生きる屍として生きてゆこう。もうカメ太郎は死んだんだ。現実のカメ太郎はもう死んだんだ。この夕暮れの雄大な景観の中に吸い込まれて行ったんだ。ちょうど一年半ほど前、この雲仙岳の麓の病院で死んでいったカメ太郎を可愛がってくれた祖父が胃ガンで死んでいったようにカメ太郎もここで死んだんだ。そして今ここにいるのは再生したカメ太郎なんだ。カメ太郎は再生したんだ。

 

 そしてギアをニ[トラルに入れるとエンジンをかけ雲仙の坂道をふたたび降りてゆき始めた。コンコンと2サイクルのエンジンが音をたてていた。

 

 

 

 

 

                     焦燥

 

 何かが足りない、何かが足りない、と思いながらもそれが何なのか解らない。それは青春の何かであることはたしかなのだけどそれがいったい何なのかわからない。カメ太郎は昨夜それがいったい何なのかわからなくて一晩じゅうビデオやテレビを見ながら考えていた。そして今日、朝から後輩の下宿の炬燵の中に埋ずくもりながら考えていた。

 カメ太郎に足りないのはいったい何なのだろう。

 それは恋人なのだろうか。それとも宗教かマルクス主義かの信念なのだろうか。

 

 何かが足りない、何かが足りない、と思いながらも心焦るカメ太郎は昨日は浦上川の川縁を旅してきたものだ。カメ太郎に足りないのはきっと恋人なのだろうと思って。

 カメ太郎は夕陽に照らされながらずっと前の高校時代の思い出の女の子を捜し求めてさまよった。川縁を歩いているときっと向こうからその女の子が思い出のなかの微笑みを浮かべながら歩いてくると思って。

 

 でもカメ太郎はほとんど日の暮れかかった頃、三菱の前からバスに乗って後輩の下宿にうなだれながら帰ってきてそしてバイクに揺られながら家へと帰ってきた。そうして晩御飯と風呂を済ませたあとずっと夜一時までビデオとテレビを自分の部屋で見づづけたのだった。親に隠している留年生活の重苦しさと窒息感がカメ太郎にはあった。そして毎日ほとんど誰とも口をきかない日々の羅列にカメ太郎は窒息しかけていた。

 寂しい毎日だなあ、とカメ太郎はこの頃ようやく気づきかけていた。そうして足りないのは宗教でも信念でもなくって恋人なんだなあとカメ太郎はようやく気づきかけていた。

 

 カメ太郎はこの頃恐ろしい倦怠感に陥っていた。22歳を迎えようとしていた。四年生の大学に行っている他の人たちは順調に行ってたらもう卒業だった。でもカメ太郎は再び九医を受け直そうかと思ったりまったくまだ卒業なんて遠い先のことだった。カメ太郎は自分の倦怠感はそこから来ているのだろうと思っていた。

 ルドンの絵の中の幻の女性がカメ太郎の前に現れてカメ太郎を救ってくれる…カメ太郎はそんなことを思い始めていた。

 カメ太郎は今日も来ていた。この松山の川縁に。でもカメ太郎には昨日のように秋月町目ざして歩いてゆく気力は湧いて来なかった。後輩の下宿からここまで歩いてくるのがやっとだった。

 そして今日もまた暮れてゆこうとしていた。そしてカメ太郎は自分はいったい何のために生きているんだろうかという思いに囚われてきていた。留年していることやバイトをできないことでカメ太郎は親への罪悪感で胸がいっぱいになっていた。

 “いったいカメ太郎は何のために生きてるんだろう”

 朝はそんなに感じないその疑問も昼になり夕方になるにつれてだんだんと強くなってくるのだった。そしてカメ太郎はいつも夕方頃強い焦燥感に襲われて後輩の下宿を出る。

 今年の春の合宿のとき知り合った高校生の女の子と夏頃から文通を始めたのだがカメ太郎が2回目の手紙を出したあとぷつりと手紙が来なくなっていた。その寂しさもあったのだろう。カメ太郎の胸のなかの焦燥感は22才の誕生日を前にして日に日に強くなっていた。

 

 

 

 

 

          (五島灘)

 

 打ち寄せる五島灘の白波。いやこれは東シナ海の白波なのだろうか。遠く煙って見える水平線の向こうにきっとある中国からの波なのだろうか。そこには十億も人が居るという。なんだかその大きな大陸は天国のようにも思える。白い白い雲に覆われて煙って見えるから。

 

 でもそこでも人々はみんな苦しんでいるんだなあと思う。幸せな人はごく僅かで、みんなみんな苦しい毎日を送っているんだなあ、と思える。

 

 天国って何処にあるのかな、とカメ太郎は思った。本当に天国って何処にあるのだろう。白い白い雲の上にあるのだろうか。

 

 雲の下はみんな普通の世の中で、苦しんでいる人たちがいっぱいいる。でも空の上には、青い青い空の上にはきっと天国があるのだろう。

 

 そこにはきっと、白い白いとても美しい天使さまがいてカメ太郎を迎えてくれるのだろう。 中二の頃、松山のあの通りで見た活水のチャペルの方から歩いてきていた白いとても美しかった女の子のように。

 

 夢のような白く煙った思い出がなぜ今こうやって佇んでいる時に涌いてくるのだろう。あの元気だった中学・高校時代を今自分は知らず知らずに必死になって思い出そうとしているのだろうか。

 

 中二の頃…あのテニスの試合の合間にカメ太郎は友だちとアイスクリームを食べに行ってたときにその少女を見たのだった。あれはたしか九月だった。そしてカメ太郎を見て微笑んだその女の子の姿は九月の眩しい太陽に照らされていて、今もカメ太郎の瞼の中に夢の中での出来事のように焼きついている。

 

 

 ブタ子さんへ

 ここはカメ太郎らの思い出の浜辺とちがって、中国大陸を遥かに望む浜辺だけど、カメ太郎らが眺めていた浜辺には雲仙岳がいつも白く煙っていてそして天草やそれに阿蘇山だと思われるちょうどここからの中国大陸の眺めが思い出されてきます。

 カメ太郎はこの頃めっきりブタ子さんとの思い出の浜辺へ行かなくなりました。そしていつも250ccのバイクであてもなく…そしていつもたった一人でぼんやりといろいろな処へ行っています。

 

 愛子

 カメ太郎には怖しい生きることへの懐疑感がある。そうしてカメ太郎は生きてゆく価値のない人間なんだと…。

 愛子はのほほんと暢気でいいなあと思います。でもカメ太郎はこの東支那海というか五島灘を見つめていると“自分が崩壊する、自分が粉々になる…”といったような恐怖感にとらわれてしまう。

 この夏、愛子と遊びたかったです。でも夏休みは過ぎ去り、愛子たちは忙しくなったんでしょう。でもカメ太郎は孤独で暇をもて余しています。

 

――カメ太郎は次々と心の中のカメ太郎の恋人に胸の中で静かに手紙を書いていっていた。カメ太郎の心の中の不安や焦りはそうして自然に癒されていっているようだった。遠くの遥かに霞んで見える中国大陸の風景と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

           (五島灘2)

 

 いつもいつも一人ぼっちのカメ太郎。いつもいつも人から遠ざかってきたカメ太郎

 カメ太郎は『おーい!』と西の海に向かって叫んだ。足元から崩れてゆく土。まるでカメ太郎の心のように崩れてゆく土。

 寂しさで満ち溢れた日曜日のカメ太郎の心。

 

 カメ太郎はバイクの所へ帰ってバイクのシートにうっ伏してしまった。このままでは崖から飛び降りて自殺してしまいそうにも思えたから。それにこの高さならたぶん死ねず不具者として一生生きてゆかねばならないようだったから。

 カメ太郎の胸のなかは寂しさで満ち溢れ、今にも破裂してしまいそうだった。カメ太郎の胸は今にも割れそうな赤い風船のようだった。

 五島灘を前にしてカメ太郎の胸は張り裂けて、そしてカメ太郎の苦しかった今までの人生は終わって、そして霊界での一人ぼっちの人生が、暗闇の中に膝を抱えて一人うずくまっている寂しげな自分の姿が瞼に描き出されていた。

 

 生きることの意味が掴めなくてカメ太郎は倒れ伏したまま青く生い茂っている雑草をぎゅっ、と掴んだ。いつもいつも一人ぼっちで寂しいからこうなのかもしれない。でもカメ太郎は喋れないから…。言語障害でしかもノドの病気のカメ太郎は…。

 カメ太郎はアルバイトをできないから。カメ太郎はそれに頭が締めつけられるから…。人と一緒にいると緊張して頭が締めつけられてとても疲れて、そして教室に30分もいたらもう頭が混乱してしまうから。

 青い海と空はそうしてバイクの横に倒れ伏したカメ太郎を眩しく包み込んでいた。カメ太郎はこのまま太陽に照らされながら消えてしまいたかった。どこか四次元の世界へと。  

 

 

 

 

 

 

           「夏の日の幻視」      

 

 死のうと、思ってバイクを買った。友だちから400ccのセバハンのバックステップの昔の赤いカタナを車検一年付きでぼろぼろの白いフルフェイスのヘルメットと手袋つきで8万5千円で譲り受けた。そして留年の決まった2日後の今日、カメ太郎は雲仙にやって来たのだった。たしかもう何年も前になるだろう。桃子さんとクリスマスイブの夜に合コンで偶然出会い虚しくふられたときも、そのときも一人でふらふらと雲仙にやってきたのだった。あのときは黄色いセルボだった。そしてあのときはヒーターも入っていて寒くはなかった。そしてクルマの中で辞世の詩をたくさん造った。あの書いた紙は今頃どうなっているのだろう。うす高く積もるほど書かれた辞世の詩の束は。

 そしてカメ太郎は何年後かの今日、今度は失恋でなくて吃りゆえに留年させられた絶望感ゆえに白いぼろぼろの(でも買ったときは3万円した白いショウエイの)ヘルメットを被ってここまでやって来た。寒かった。でも久しぶりだな、と思っていた。

 道端にはところどころに雪が積もっていた。カメ太郎は何年かぶりにここに今度は赤いカタナでやってきた。バイクのうしろに縛り付けられた黒い布製のバックには白い柔道の帯が入れられていた。

 もうこの白い帯は何度カメ太郎から死出の旅に連れられて来られただろう。でもそれもすべて使われずに(あるときは手に握られて森の中をさまよったり、あるときは胸の中に隠し持たれて森の中をさまよったりするだけだった。)

 雲仙の道端からの光景はカメ太郎の死後の世界のようだった。

 遠くに煙って見える天草の島、そしてカメ太郎が住んでる日見も見える。以前、南串山の母の実家の近くの釣り場から夏の暑いある晴れた日に日見が望遠鏡を使って見たようにありありと見えたことがあった。真夏の磯辺で魚釣りをしているときだった。中学3年か高校一年ぐらいのときだったろう。そうして大きな目をした桃子さんの美しいスカート姿がありありと見えたのだった。

 あれは少年の頃に特有の幻視だったのかもしれない。いま日見は煙って何処にあるのかもよく解らない。いくら夏の真昼だって南串山の海岸から日見の手塚金物店などの建物がありありと見えて、そして桃子さんがミニスカート姿で美しく遊んでいる姿が見えてくるなんて。カメ太郎があの頃視力が2.0だったにしても。

 真夏の青い海の向こうに桃子さんの姿が見えたあのころはすばらしかった。今思えば輝いていた季節だった。そして今、雪混じりの風が吹くこの雲仙の谷の上に立っている自分。自分はもう21になった。あの美しい幻視を見たあの中学3年か高校一年の夏は遠く過ぎ去っている。

 でもカメ太郎の目にはさっき思い出していた少年の頃の懐かしい夏の日の幻視が蘇ってくる。まぶしい少年の頃の夏の日差しが暗い森の中の道を歩くカメ太郎を照らしたように思えた。

 目の前には少年の頃に見た夏の日の青い海が揺れている。小波の音と遥か彼方に幻視される少年の頃に見た日見の光景とミニスカート姿の桃子さんの中学生の頃の姿。

 それらがいま、枯れはてようとする森の木を前にして思い出されていた。

 

 カメ太郎はさくさくと森の中に入りつつあった。枯れ葉が凍り付いてカメ太郎の靴の下で音をたてて砕け散っていた。まるでカメ太郎の魂を吸い取るような木の葉の砕け散る音だった。もう、カメ太郎の魂は少しづつ少しづつその木の葉の砕け散る音に吸い取られつつあるようだった。そして首吊るときのカメ太郎はもうずいぶん軽くなっていて、木の枝もあまりたわわないだろうと思えた。

 カメ太郎は静かに中学高校時代の思い出を思い出していた。あの苦しかったけど明るかった中学高校時代を。

 死神がカメ太郎が首を吊ろうと目をつけた木に浮かんでいるようだった。でもカメ太郎を背中から引っ張るものはカメ太郎の中学高校時代の思い出だった。苦しかったけど輝いている中学高校時代の思い出だった。

 夏の日に見たあの青い海の輝きと幻覚が死神にとりつかれていたカメ太郎の目を覚まさせたようだった。美しい幻覚は、あの夏の日の眩しさの中に見た幻覚はカメ太郎を“生”へと引き止めてくれたようだった。

 カメ太郎は静かに背中を引かれるようにその木に背を向けて歩き始めた。カメ太郎は生きる決意が付いているようだった。知らず知らずにあの少年の日に見た幻覚がカメ太郎を生の世界へと引き留めてくれたようだった。

 

 

 

                                         (12月25日)

 悲しみの夜が明けたとき、カメ太郎は一時間ぐらいしか眠ってなかった。枕元にカミソリを置いていたし、これから西海橋へ行って死のう、とも半分考えていた

 

 

 

                                        (クリスマスイブの次の日の夜)

 カメ太郎は君を見たくなかった。君はもう永遠に長崎の空のなかへ溶けていってカメ太郎の前に現れてほしくなかった。

 そしてカメ太郎の心のなかに少年時代の綺麗な夢として永遠に残っておいてほしかった。

 

 

 人はみんな争っているようだ

 テレビをつけるとボクシングがあっている、野球があっている、

 みんなみんな争って生きているようだ

 

 生きることは何なのだろうかと思いを巡らせたとき

 カメ太郎には何だか解らなかった

 

 

 

 でも風にそよぐ稲の穂と

 見えてくる海の波が

 カメ太郎に生きていることを実感させてくれた。

                          (加津佐にて)

 

 

 

 鏡にボーッ、と映っているカメ太郎の顔は、もう死人の顔だった。          

 

 カメ太郎は淋しさに打ちひしがれて久しぶりにこの浜辺に来ている。もうブタ子さんはいないしゴロも居ない。懐かしい幸せだったあの頃はもう遠い過去のものとなっている。

 桃子さんとの合コンでの劇的な出会いは失恋に終わり桃子さんはカメ太郎の友人に走った。そしてカメ太郎は正月明けのこの日、一人でバイクに乗ってこの浜辺にやってきた。久しぶりのこの浜辺だった。

 

 

 

                             (1月4日)

 青い海も 青い空も 見えてくる。眠くなって 疲れきって横たわったとき カメ太郎の目に 十数年も前のことが蘇ってくる。まるで夢のように。ゴロの声と一緒に。カメ太郎に向かって走ってくるゴロの姿と一緒に。そしてもう亡くなったブタ子さんの幻のような姿と一緒に。

 

 

 

                                                          (1月)

 中三の頃からカメ太郎は君を思ってきた。一年間の浪人のあと大学へ入ってからもカメ太郎は君のことを忘れてはいなかった。少しずつ少しずつ忘れかけていたけれど でもカメ太郎には恋人もできなかったし やはり君のことをずっと思っていた。君を最後に見たのは浪人のときの十月のことだった。ちょうどおくんちがあっていて10月の8日だったことを憶えている。カメ太郎は急行のバスに乗っていて諏訪神社前のバス停に立っている君をカーテン越しにそっと見続けた。

 そしてそれから2年一ヶ月余り経って君と出会うなんて。カメ太郎はほとんど君のことを忘れかけていた。いや、ちょうど君のことがカメ太郎の少年時代の思い出になろうとしている頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

(天使さまへ。底抜けに明るい天使さまへ。)

                  一九八七・七・十八

 

 天使さま。憂欝に沈むカメ太郎を救ってくれる天使さま。カメ太郎を救って下さる天使さま。ポッチャリとしていて目が大きくて弾けるような天使さま。透き通る肌をした天使さま。とても明るい天使さま。悩みを知らない天使さま。カメ太郎に生きる勇気と力を与えて下さる天使さま。

 天使さま。カメ太郎は死ぬことばかりを考えています。なぜ最近こう沈み込んでばかりいるようになったのでしょう。

 

 その天使さまはカメ太郎が大学一年のとき小学○年生だった○○子にもなぞらえられるし、カメ太郎が大学4年目のときの木村さんにもなぞらえられる。また愛子にもなぞらえられるだろう。

 

 いつかカメ太郎の目の前に本当の天使さまが現れて、カメ太郎を救ってくれるであろう。今まで3人の天使さまとちがってカメ太郎の青春時代に確固とした思い出として残って下さる天使さまが。再びカメ太郎の胸をときめかしてくれる天使さまが。久しくときめくことを忘れてしまっているカメ太郎にかつての生きる意欲と力を与えて下さる天使さまが。

 

 それからカメ太郎が大学一年目の12月ごろ(今から6年近く前になりますけど)天本さんがいたころ、夜の7時半ぐらいに浜ノ町を一人で映画を見に行こうと歩いていたら高橋(?)さんという総科大の人から誘われて料理教室のビルの4階へ連れてこられてそこで天本さんの奥さんかどうか知らないけどおなかが大きくて赤ちゃんを身ごもっていた女の人がいて、そのひとが賛美歌を歌いながら炊事場で茶碗を洗っている光景を見てカメ太郎はとても衝撃を受けたことがあります。とっても神聖な感じでそれに綺麗で。あれもしかすると○○さんだったんですか? とてもよく似ていたようですけど。それとも○○さんのお姉さんだったんですか。それとも全く別の人だったんですか? 今でもそのときの光景はカメ太郎の瞼にしっかりと焼きついています。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

佐賀市愛敬町6-7

 

世界基督教統一神霊教会内

 

  ○○京子様

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ○○  

 

 ○○さんへ

 お元気ですか? もう2年3ヶ月も会ってないと思います。今頃こんな手紙を書くのはおかしいようですけどカメ太郎の心を救ってくれる天使さまの姿は…(カメ太郎の瞼に浮かんでくる天使さまの姿は…)どうしてでもあの赤レンガのカルチャーセンターにいた木村さんの姿ばかりが思い描かれてきて、あの頃の懐かしい記憶とともに…(そしてあの頃の元気だった自分の姿を懐かしく思い出して…)なんだか涙がにじんでくるような気がします。

 2年前の4月、○○さんがいなくなってから、カメ太郎はカルチャーセンターに行くのをやめました。カメ太郎は○○さんに会いたいためにそこに行ってたような気もします。(いや半分は宗教への好奇心でした。)そしてそれから2年3ヶ月ほどたちますけどカメ太郎の人生に於いてこの2年3ヶ月ほど暗かった時期はないようです。カメ太郎はあれから胸のときめきをほとんど何にも感じることができなくなりました。カルチャーセンターに通っていたあの半年ほどの月日はカメ太郎の青春時代の一つの分岐点だったようです。

  よく考えてみると○○さんカメ太郎のこと憶えているでしょうか? あのおかしい医学生です。

 カメ太郎は○○さんが佐賀に行ってからすぐ手紙を書こうとしたのですけど書いただけで出しませんでした。あの頃すぐに出していれば良かったととても後悔しています。

 ○○さんの美しい姿は今でもカメ太郎の瞼のなかで揺れています。そのためカメ太郎はどんな女の子を見たって“可愛いなあ”などと思わなくなってしまいました。それがこの2年3ヶ月の空白をつくったようです。

 時の過ぎるのがあまりに早くて、自分がこのままダメになってゆくようで、この頃よく悲嘆に暮れてしまいます。カメ太郎は燃えつきた薪なのでしょうか。以前のように何事にも情熱を覚えることはできません。今日も老人のように何もなく暮れてゆこうとしています。世間が何だか牢獄のように感じられて…大きい大きい檻のように感じられてしまいます。カメ太郎は神さまから飼われているペットなのでしょうか。カメ太郎は最近、霊界や死後の世界の存在は間違いなく信じていますが神さまの存在に疑問を持ってきました。本当に神さまはいるのでしょうか? 世の中が矛盾だらけのように思えますし何故世の中の不幸はなくならないのでしょう。世の中はたしかに霊界から操られていますがその操っているものの正体は神ではなく精霊というかあまり良くない霊の方が多くて良い霊は少ないんじゃないでしょうか。神さまはあんまり悪い霊を野放しにしすぎじゃないでしょうか。

 ○○さん、まだ佐賀にいるんですか? もしかしたら長崎に帰ってきているかもしれない、とも期待しています。でもカメ太郎はこのごろ家に閉じ込もりがちで全然外で遊んだりとかせず、学校でもほとんど誰とも喋らず、最近切実に孤独感を覚えています。消えてしまいたい、このまま誰にも気づかれずに消えてしまいたい、などとも考えます。天使さまがカメ太郎の目の前にパッと現れてカメ太郎を天国に連れていってくれないかなあと考えたりしています。その天使さまの姿は○○さんのように目がパッチリとしていてとても明るい女の人で窓辺にうずくまって孤独に打ちひしがれているカメ太郎を天国へと手を取って連れていってくれるのです。底には何も苦しいことなんてなくて楽しいこと楽なことばかりで、そしてすこしも苦労なんてしなくていいのです。たぶんそこはカメ太郎らの魂の故郷であって、カメ太郎らはたぶん生まれるときそこから出てきたんです。この世で修行しなくちゃダメだ、と神さまから言われて。この世はやっぱり修行の場なんだから苦しいことが多いんですね。

 やっぱり神さまはいるんだと思います。この頃よくカメ太郎の頭を支配する“神さまはいない。霊界はあるけれど。”といった考えは間違いのような気がしてきました。

 自殺は絶対にしてはいけないんですね。この手紙を書いていて“やっぱり人生に勝利するんだ。この世に生まれてきた使命を果たすまで自分の命を粗末にしちゃいけないんだ。”と思うようになってきました。

 でも天使さまが現れて、この世での生活を少しでも楽にしたいという気持ちはやはり強くあります。目が大きくてちょっとポッチャリしていて可愛い天使さまが窓辺に現れてきてカメ太郎を勇気づけてくれたらいいのになあとやっぱり思ってしまいます。

      (違う紙ですみません。こんなに書くつもりじゃなかったので。)

 もし良かったら○○さんの写真を下さいませんか? カメ太郎はその写真を綺麗に机の上に置いてそれを励みに生きてゆこうと思います。なるべく大きく写っている写真がいいなあ、もし良ければ一枚だけでなくって違う写真を何枚か欲しいなあ、と考えています。できれば○○さんの若い頃のがいいなあ、などとも考えています。ネガだけでいいです。ネガを送って下さったら大きく拡大して天使さまの姿として毎日眺めていこう、そうしてこれから明るく生きていこう、などと考えています。

 でももう眠くなりましたのでこの辺で。

                       8月4日 AM00:03

 

 PS  カメ太郎は何か変なことを書いたでしょうか?

 

                 カメ太郎の幻の天使さまへ

 

 

          〒851-01

                長崎市界2丁目31番20号

            三船カメ太郎   

            áп@0958-39-4557

 

 

 

------------------------------------------------------------------------

 

  ○○桃子さんへ

 

 もうあなたは結婚されているのかもしれません。またカメ太郎のような男のこととっくの昔に忘れておられるような気がします。でもカメ太郎は今までの長かった青春時代を振り返ってみてあなたほどカメ太郎の思い描くマリア様の像に近い女性はおりません。窓辺に天使さまが現れて打ち沈んでいるカメ太郎を天国へと手を引いて連れていってくれるという幻想も湧いてきます。またその天使さまはカメ太郎を勇気づけてくれてカメ太郎のような病気で苦しんでいる人たちを助けてゆくべきだと励ましてくれるような気もします。生きなくっちゃいけないんだ…今までこのような病気で苦しんできたカメ太郎はそれ故に誰よりも生きなくっちゃいけないんだ…負けちゃいけないんだ。

 でもカメ太郎を覆う孤独と憂愁の思いは重く、とても気が弱くなって、ふたたび窓辺を…天使さまが現れて…目が大きくてとても優しくて明るい天使さまが…カメ太郎を幸せな天国へと連れていってくれないかな…とよく考え込んでしまいます。

 カメ太郎の病気は小さい頃から極度に筋肉の緊張が強くて、それ故に言語障害や音声衰弱症らしきノドの病気やそして高校3年生からの対人圧迫感というのがあります。人と接するときに表情がとても緊張してしまうのを高3の頃から自覚するようになってそれから対人圧迫感というものが始まりました。また音声衰弱症は中2の頃からです。言語障害は小さい頃からです。

 カメ太郎は腹筋がとても固くて、どんなに人が力いっぱい叩いても、また100kgの人が乗ってその上で飛び跳ねても何ともないぐらいです。もしかすると軽い小児マヒかなにかじゃないのかなとも思いますけど。どうやら小さい頃カメ太郎はとても怖い経験をしていてそれが筋肉の異常緊張を招いているようです。先生たちもそう言います。カメ太郎はこのまえまで自分のようなのは研究所に行くしかないと思っていましたが、今まで苦しんできた自分の病気のためもあって精神科へ進もうと考えてきました。(高校の頃は耳鼻科になろうと考えていました)

 カメ太郎は高校一年の頃とくにノドの病気で苦しんでいて、高校をやめようかな…そしてブラジルの密林へ行って農地を切り開くかそれともその頃の現国の教科書に載っていた『○○のジプシー』という小舟で何日も一人でタイなどを釣るりょうしになろうかなと考えていた時期がありました(10月ごろでした)。でもその頃、“医者になるんだ。自分と同じ病気で苦しんでいる人たちを救うため耳鼻科の医者になるんだ。”と決意しそれまで落ちこぼれで勉強もほとんどしたことのなかったカメ太郎はそれから別人になったように勉強のみに賭けるようになりました。

 でも勉強し過ぎたせいか成績が良くなりすぎて現役のとき九医を受けて落ちてしまいそれから一浪ののちに失意のうちに長医に入ってこれで7年目になります。高一の頃はうしろから数えた方が早かったのですが小学校の頃は算数の天才と言われていたほどなので高二や高三の頃適当に遊んでやっていれば現役で長医に入って落胆することもなくスムーズに卒業できて今頃とっくに医者になっていたのにと考えていたたまれなくなります。また対人圧迫感も高三の2月ごろからなのであと一と月罹るのが遅かったら現役で九医に入っていたのにと思ってとても憂欝になります。

 カメ太郎はいま5年生です。あとうまく行けば一年半で医者になれます。そしてカメ太郎はいろんな心身症や神経症に悩んでいる人たちを本当に救ってゆける医者になろうとも考えています。思えばカメ太郎は合コンにも何回か行きましたがあなた以上に理想の女性に近い女性はいませんでした。カメ太郎を救ってくれるのは優しい恋人しかいないことを最近カメ太郎はつくづく考えてしまいます。

 

 カメ太郎は8月27日の6時ごろ新大工の好文堂で立ち読みするつもりです。カメ太郎は立ち読みは趣味でどうせその日県立図書館での勉強の気晴らしにそこで立ち読みするつもりですから来られなくても少しも気になさる必要はありません。また電話でも手紙でも結構です(電話はやっぱり苦手ですけど…)

 もし良ければ○○さんの写真を一つ下さい。カメ太郎は机の上に花のようにそれを飾って置いて励みにして勉強するつもりです。

 本当にご迷惑ばかりかけてすみません。

 

                                    851-01

                               長崎市星空9の2

                     三船カメ太郎

                    TEL 39-4557

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

----------------------------------------------------------

                                                           |

 福岡県筑後市前津2559                                 |

                                                          |

        ○○香春様                                         |

                                                           |

                                                           |

                                                           |

                                                           |

-----------------------------------------------------------|

  香春さんへ

 

 今頃こんな手紙を書くなんてカメ太郎はどうかしているのかもしれません。でもカメ太郎は今夜どうしてでも眠れずふと布団から起き出してあなたに手紙を書くことにしました。

 思えばカメ太郎はあなたに手紙を書こうと半年ほども前から思いついていました。でも大分は遠いし。そう思ってカメ太郎は手紙を書くのを渋っていました。

 今、外では激しく雨が降っています。ノアの洪水のようになって長崎のカメ太郎と大分の香春さんが大洪水のなかをくるくる流されてカメ太郎たち手をつなげるんじゃないかな、と夢想したりしています。

 

 カメ太郎は以前香春さんにそっくりの女の子と出会ったことがあります。カメ太郎が高校3年生のとき高総体のとき松山の国際体育館でのことでした。カメ太郎はうす暗い観客席に友人と2人でみんなから離れてポツンと座っていると活水のとても綺麗な女の子がカメ太郎の前に現れました。今思うと香春さんにそっくりの女の子でした。

 カメ太郎はしかし彼女を無視してバスケットの試合ばかりを見るしかありませんでした。彼女はとても大きな目ととても美しい笑顔でカメ太郎を何分見続けていたことでしょう。でもカメ太郎は喋れなかったのです。カメ太郎は中二の頃ノドを悪くし大きな声が出なくなりました。小さなもぞもぞとした声しか出なくなりました。観客席は喧しくカメ太郎は無視するしかありませんでした。おかしいノドの病気のため幻滅され冷たくされることが目に見えていたからです。

 

 カメ太郎はあまりにも神経質な故に、ノドの病気だけでなく、そのほかの病気にも小さい頃から悩まされてきました。カメ太郎は小さい頃から言語障害です。言葉があまりはっきりとしません。それに吃ります。そして高校3年生の頃からは人がいるところに入ると頭が締めつけられるという神経症にも罹っています。

 

 うす暗い壁を背景にあなたの姿はいまもカメ太郎の瞼の中で揺れています。でもそれももうすでに4年近く前になります。時の経つのがあまりに早くてカメ太郎は悲しくていたたまれなくなります。

 カメ太郎の言語障害も何もかもカメ太郎の緊張があまりに強すぎるために起こっています。このごろ精神安定剤を飲んで一時しのぎをしています。でも近いうちにきっと天使さまが現れてカメ太郎を救ってくださるという期待と確信みたいなものがこの頃あります。きっと近いうちに現れてくださる。それは香春さんでないかもしれません。でももう一月もしないうちに現れて下さる…そしてカメ太郎を救ってくださるという幻想じみた確信はカメ太郎の胸にいま静かに横たわっています。

 

 すみません。こんなご迷惑な手紙を書いてしまって。すみませんでした。

 

 

          〒851-01

                長崎市界2丁目31番20号

            三船カメ太郎   

            áп@0958-39-4557

 

 

 ついこのまえ以前の写真を幾枚か現像しましたのでそれを添えます。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 カメ太郎にはでも高校の頃のあのまっ白い少女の姿が今も陽炎のように焼きついています。白くてちょっとポッチャリしていてとても目の大きかったあの女の子。活水高校の方から活水高校の服を着て歩いてきたあのコ。あの幻想は今でも消えません。カメ太郎に微笑みながら歩いてきたあのコ。

 でもカメ太郎には一度口をきけば崩れ去ってゆくであろう彼女のカメ太郎に対する期待の崩壊が怖かった。だからカメ太郎、いつものように俯いて通り過ぎた。高校三年の春の日の熱い太陽が照っていた。松山のあの付近で出会ったカメ太郎らを祝福するように照っていた。

 

 

 

 あっ、薬品棚の向こうにブタ子さんの顔が…

 まるでお月さまのようについて回っている。

 そして薬の瓶の間々からカメ太郎に微笑みかけている。

 でも薬なかったよ。

 カメ太郎がブタ子さんと同じところに旅立てるような薬なかったよ。

 カメ太郎は麻酔薬を捜していたのに

 みんな死ぬとき苦しまなければならないものばかりだった。

 

  いいんだ。カメ太郎、もういいんだ。寂しくってもいいんだ。一人ぼっちでもいいんだ。

 

 

 

 カメ太郎は一人で霊界へ入ってゆく。紫色の暗い霊界へ。

 

 誰も見送ってくれないけど、カメ太郎、いいんだ。カメ太郎、淋しくっていいんだ。

 

                 (一九八七・十一・二十四)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

(笑顔がとても美しかった、カメ太郎があのとき靴を拾ってあげた、カメ太郎好みのちょっとポッチャリした女の子へ)

 

 カメ太郎は25日の留年発表まであと一週間の命です。22日には試験が終わります。今は土曜日の朝です。土、日、月、火とこの4日間の勝負なのですね。そしてあとまる3日間の。

 25日、ボク留年してたら死ぬつもりです。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    (カメ太郎の心も凧となって)

 カメ太郎は凧になって飛んでゆきたい。冬の空に浮かぶ凧になって、遠く遠く雲仙岳の彼方へと、飛んでゆきたい。

 カメ太郎の困った顔をした凧が、正月の風に吹かれて上がっている。大空高く舞い上がっている。

 三度目の留年を迎え、孤独のうちに正月を迎えつつあるカメ太郎の心は、凧となって、この大空高く舞い上がってゆきたい。

 そしてカメ太郎は凧になって正月の冷たい北風に吹かれながら考えるんだ。『人間は何のために生きるのか?』って。困った顔をして考え続けるんだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 カメ太郎は凧でそれが正月の冷たい北風に吹かれながら寒さに堪え忍んで考えている。人間は何のために生きるのか?って。そしてカメ太郎の存在って何なのか?って。

 カメ太郎は凧で孤独な凧で3度目の留年をたった一人で迎えた孤独な凧でカメ太郎は寂しげな凧で。

 カメ太郎は凧で。北風に吹かれながら困った顔をして考え続ける凧で。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 カメ太郎は迷える凧。カメ太郎は悩める凧。

 飛んでゆきたい。この海を渡って。遥か雲仙岳へ登って、そして雲仙岳の森の中に落っこちて、そこで死んでしまいたい。

 三度目の留年の試練は厳しくて、カメ太郎は孤独と挫折感にさいなまれつつ正月を送っている。楽しいはずの正月を孤独と憂欝のうちに送っている。

 そしてカメ太郎は赤い400ccのバイクに乗って海まで来た。カモメが飛んでいる。白い白いカモメが幾羽も幾羽も飛んでいる。カモメが飛んでいる。まるでカメ太郎の孤独の心のように、淋しい魂のように、飛んでいる。白い白い身体を北風に乗せて飛んでいる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

      (そしてカメ太郎の心も凧になる)

 

 カメ太郎は孤独のうちに冷たい北風の中を突き抜けて赤いバイクに乗って家まで帰ってきたけど、カメ太郎の心はやはり凧になって空を飛んでるみたいだった。カメ太郎の心が、カメ太郎の悩める孤独な心が凧となって空に舞い上がって飛んでいる。

 カメ太郎は飛んでいる。孤独のうちに飛んでいる。家に帰ってきて自分の部屋に閉じ篭ったきりでテレビを見ながら心は空を飛んでいる。さっき見てきた灰色い孤独そうな冷たい空を飛んでいる。糸が切れた凧として、困った表情をした凧として。

 

 そしてそのうちカメ太郎の困った表情をした凧を木村さんのような目が大きくて色白で ちょっとポッチャリしていてとても明るい天使さまが白いカモメとなってカメ太郎をくわえてくれないかな、と願っている。そしてカメ太郎の孤独が魔法のように癒されないかなと願っている。

 

 そしてカメ太郎は迷っている。海の上を冷たい北風に吹かれて飛んでいきながら早く天使さまのような白いカモメがカメ太郎を(孤独のうちに舞っているカメ太郎を)くわえて捕まえてくれないかなと孤独のうちにひらひらと舞っている。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

         (カメ太郎の理想境)

 

 みんなの心が平和で、みんなが平等で、いろんな障害を持った人も平等に暮らせて、みんなみんな幸せで、競争なんてなくて、貧乏な人なんてなくて、みんなみんな平等な社会が実現するなら、カメ太郎は命を捧げて、すべてを捧げて、その活動に命を賭けるんだけど。

 

 でもみんなが平等でも幸せでなければ何にもならないと思う。平等でなくてもみんなが幸せだったらそれでいいと思う。偽りの平等よりも、少し不平等があって、でもみんなが幸せな方がずっとずっといいと思う。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 留年者と進級者を貼り出した表を前にしてカメ太郎は白いヘルメットの中で失意に打ちひしがれていました。これで3度目の留年でした。対人恐怖症のカメ太郎は診断学の実習試験ですっかりあがってしまい全くできなかったのです。

 そしてカメ太郎は柔道場の裏の森へと、柔道場の裏の森へと、歩いて行き始めました。夜の6時ごろでした。カメ太郎のジャンバーの袂には柔道の帯が隠し持たれていました。

 カメ太郎はふらふらとその森を登って行き始めました。12月25日の夜のことでした。

 カメ太郎は丘を登りつめてそしてどこかに首吊りをするのにいい木がないかな、と辺りを見回しました。でもカメ太郎の目に映ったのは自殺のための木の枝ではなく夜の闇に輝き渡る丘の上から見下ろせる家々の灯りでした。

 

 その家々に灯りがとても綺麗だった。ああ、父や母がカメ太郎の帰りをケーキを買ってきて待っているんだな、と思いました。カメ太郎は昨日クリスマスケーキを食べなかったのでした。

 そうして親の愛情が家々の灯りを見ていてとても懐かしくなってカメ太郎は泣けてきていました。そしてカメ太郎は親のために生きよう、と思いました。

 カメ太郎は袂の柔道の帯を草叢の中に投げ捨てました。その柔道の帯は今も夜露に濡れて寒くて震えているでしょう。カメ太郎の身代わりとして。あのまっ暗な森の中で。

 そしてカメ太郎は今も生きています。○○研究室に亡霊のように座り続けています。

 

                         三船カメ太郎

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー[ーーーーーーーー

                      (失望)

 

 すべては失望となって消え去り、カメ太郎は昨夜どうやって帰ってきたのだろう。カバンは。カメ太郎の大切なカバンは何処にあるのだろう。そしてカメ太郎は変なことを言わなかっただろうか。

 最後にダンスパーティーがあったけど、カメ太郎はそこで○○さんと踊ったっけ。カメ太郎は島田さんと踊ったろうか。またそのとき変なことを言わなかっただろうか。

 

 すべてはあぶくとなって消え去り、今は失望だけがカメ太郎を覆っている。昨夜たしかに智恵子のクルマの後ろの座席に乗った。そして気がついたら午前5時の自分の部屋の布団のなかだった。

 

 たしかに誰かと踊った。カメ太郎は燥状態にあったのではなかろうか。たしかに誰かを誘って踊った。

 今もまだ頭がぼんやりとしている。飲み過ぎた。そして後悔だけがカメ太郎を覆っている。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 カメ太郎はあなたを見たことがあります。高校三年のとき、高校三年の高総体のとき、うす暗い体育館で。

 カメ太郎は君と喋りながらそう言った。             

  夢のような話、夢のような。もうすぐ9年にもなる話じゃないの。夢のような話。夢のような話だわ。

 

 そして君はカメ太郎の手を振り解いて席に帰った。音楽がガンガンと鳴り渡っていた。酒に酔っているカメ太郎はそしてホールの中央に倒れ込んでしまった。みんなが心配していて駆け寄ってきてくれた。カメ太郎は顔を青白くして倒れつづけていた。全く身動きもせずに。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 君はカメ太郎の瞼の中の女性にそっくりだった。ああ、でも君がもう結婚しているなんて。そしてもう4歳の子供がいるなんて。そしてカメ太郎は今の夫と以前はカメ太郎のバイクのようにバイクのうしろに乗ってツーリングに行ってたと昨日愛宕の町並みを見下ろしながらカメ太郎に言った。

 カメ太郎の憂愁はそれから更に強まった。君が結婚していてもう4歳の子供がいると知ったときより更に。

 カメ太郎は再び亡霊になり、また“死”を考え始めてきた。でも一ヶ月間楽しかった。君が結婚していると知る時まで。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 もうすぐ春ですね。----カメ太郎はポツリと愛宕の町並みを見下ろしながら隣りの○○さんに言った。

 ----ええ、今は寒いですけど。

 ----○○さんはチラッと大きな瞳をカメ太郎に向けて覗き込むようにそう答えた。

 

 カメ太郎の心はあまりにも小さい器で、すぐ溢れてしまうんだ。すぐ水浸しになってしまうんだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

       (涙で曇った青い空)

 

 あのときのあのコは何処に居るのだろう。この青い青い空の下の何処かに居るにちがいないけど、いったい何処にいるのだろう。

 もうすぐ9年も前になるあのコ。目がとてもパッチリとしていて大きくて、ちょっとポッチャリしていたあのコ。

 高三の高総体のときカメ太郎に微笑みかけてきてくれたあのコ。何分間も、何分間も。

 

 ああ、あのコは何処に居るのだろう。きっとこの青い空の何処かに居るにちがいないけれど。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 君の居る処は涙でかき曇って見えない。きっとこの星空のどこかに居るのだろうけれど。カメ太郎の目には涙で書き曇って見えない。

 

 

 この手の指の数だけ、十人の人を救えるだけでいい。この手の指の数だけ人を救えるだけでいい。もう超能力者になろうなんて考えないようにしよう。信仰も共産主義も棄てよう。十人の人を救えればいい。この手の指の数だけ人を救えればいい。

 

 

 

 

         (カメ太郎は駆ける) 

 

 カメ太郎は西に困っている人がいれば西へ駆けつけ、東に困っている人がいればトンボ返りにオートバイで駆けつける。いじめやいろんなことで悩んで苦しんでいる人たちを助けるために。

 

 カメ太郎は自分の身を犠牲にして苦しんでいる人たちのために働く。いじめられっ子には柔道を教え、吃りの人にはトランキライザーを勧める。幻聴で悩んでいる人には幻聴を気にすんなと言い、カメ太郎のような対人恐怖症や言語障害などで苦しむよりかマシじゃないかと励ます。

 

 カメ太郎は北に悩んでいる人がいればクルマで駆けつけ、暴れ回る亭主に酒をやめろ、それとも人生観を改めろと言い、自分のことばかり考えるな、と言う。

 そしてカメ太郎は南に困っている人がいれば、自殺したら地獄へ行くんだぞ。天国へなんか自殺したら永遠に行けないんだぞ。自殺したらずっと地獄で苦しむことになり、そして子孫や兄弟に憑渭して子孫や兄弟をどん底の苦しみに陥れることになるんだ。自分が地獄の苦しみから救われたがって必死に自分の子孫や兄弟に憑渭して厄を起こすことになるんだ、自殺だけはやめろ、と言う。

 カメ太郎もこのまえまで自殺のことばかり考えてきたんだ。自分の生きている価値が見出せなくて毎日死ぬことばかり考えていたんだ。でも人のために生きようと決意して今もこうやって生きているんだ。死ぬのはやめろよ、と叫ぶだろう。

 

 

 

 

        (痴人の愛)

 

 君がくれた大きなチョコレートには、中にウイスキーがたくさんたくさん詰まっていた。とってもとっても大きなチョコレートで、振ってみて、と言う君の言葉にカメ太郎は昨日振り返ってみたとき、本当にチャップンチャップンと音がしていた。あなた(先生)の好きなウイスキーよ、と君は言っていた。ああそれが君が、そしてカメ太郎が現在呪われているようにバイクの後部座席から落ちていった。カメ太郎がそれを芒塚の坂道を下っていて気づいたとき、もうそれは踏まれていたのだろうか? トラックか何かから。カメ太郎が必死にアクセルを吹かして舞い戻ったとき、すでに君のカメ太郎へくれたバレンタインデーのチョコレートを入れてたカメ太郎の布製の黒いバックは、濡れて道端に転がっていた。君が瓶一本分入れたと言っていたフランス製の高級なウイスキーは、そうしてすべてすべて流れ出していた。そしてカメ太郎の布製の黒いバックの上には、トラックのものと思われる大きな大きなタイヤの跡が付いていた。君のプレゼントしたチョコレートはそうしてぺっちゃんこに潰れていた。君の魂は死んでいた。カメ太郎の帰ってくるのが遅かったんだ。カメ太郎の気付くのが遅かったんだ。そして君のプレゼントを曵いたトラックは悪魔で、君やカメ太郎を呪っている悪魔と同じ奴だったんだ。きっと同じ奴だったんだ。

 

 カメ太郎は呪われていた。カメ太郎は呪われていた。カメ太郎には11年ぶりのバレンタインデーのチョコレートだったのに、無惨にトラックに曵かれて死んでいた。トラックに曵かれて道端に横たわっていた。

 

 

 

 

        (痴人との別れ)

 

 カメ太郎は結婚していても○○さんが好きだ。11年ぶりに貰ったバレンタインデーのチョコレートだったけど、虚しくトラックに曵かれて死んじまった。カメ太郎が死んでしまったと思ってくれ。あのウイスキーがいっぱい詰まった重たい重たいチョコレートはカメ太郎の身代わりにトラックに曵かれて死んでくれたんだ。カメ太郎は死んだと思ってくれ。そしてもう二度とカメ太郎の研究室へ来ないでくれ、頼む。

 痴女は泣いて去っていった。コンクリートの廊下を泣き声を挙げながら走っていった。もう二度と来ることはないだろう。

 カメ太郎は冷たい男だ。氷のように冷たい男だ。そして再び誰も居ない冷たい研究室の椅子の上に腰掛けた。

 カメ太郎は鬼だ。そうだ。カメ太郎は鬼だ。

 

 そしてカメ太郎には小さな○○さんから貰った義理チョコがある。小さな小さな手作りの義理チョコが。

 それはカメ太郎の机の上に飾ってある。カメ太郎はいつまでもそれを食べないだろう。小さな小さな木の篭に入れられたそのチョコレートを。

 

 

 

 

                  (恋をしてみたい)

 

 恋をしてみたい。カメ太郎も恋をしてみたい。

 白い蝶々のように恋をしてみたい。もう春になってきたから。

 黄色い花が一面に咲いている野原で、思いっきり恋をしてみたい。

 カメ太郎も春になったら、恋をしてみたい。

 

 

 カメ太郎も春になったら、○○さんのような女のコと恋をしてみたい。今はまだ冬で寒いけど、春になったら、病気が治ったら、恋をしてみたい。

 

 

 

 

 お父さん お母さん すみません。カメ太郎は先に死んでゆくことにします。26年間も大事に育てられてきて何の報いもしないまま勝手に死んでゆくことお許し下さい。

 

 

 

 

 眠るように死んでゆきたい。苦しいのは厭だ。寒いのも厭だ。このクルマの中のように、暖かくて、美しいメロディーの流れているところで、カメ太郎は死んでゆきたい。

 

 

 どこにもいい木はなかった。それに寒くって、そしてとっても見晴らしが良くって、とても死ねそうになかった。

 カメ太郎はすごすごと来た道を引き返し始めた。カメ太郎は寒さに震えながら、すごすごと来た道を引き返し始めた。

 でも絶望の闇はカメ太郎を覆い続けている。どうして死のうかな、どうして死のうかな、とカメ太郎はずっと考え続けていた。

 

 カメ太郎は生きてゆこうかな。暢気に、せせら笑いながら生きてゆこうかな。

 

 

 

 

 カメ太郎の魂は飛んでゆく。小浜を経て母の故郷の南串山へ、そして父の故郷の加津佐へと飛んでゆく。カメ太郎はすでに死に果てて(現実にはまだ死んではいないけど)カメ太郎の魂はどんどんと飛んでいっている。カメ太郎の魂は死に果てて、どんどんと飛んでいっている。寂しさをいっぱい胸に秘めて。

 

 

 

 カメ太郎の魂は飛んでゆく。あの橘湾を、青く横たわっている橘湾を越えて飛んでゆく。カメ太郎の魂は飛んでゆく。寂しさと悲しみをいっぱいに秘めて、カメ太郎の魂は静かに飛んでゆく。

 カメ太郎は週末ごとに落ち込むようになった。そして分裂病者へ分裂病者へと進みつつあるらしい。それとも自殺へ。カメ太郎が何度も自殺しようと思いながらも行わないでいる自殺へ…と今日の夕方にでも中学校か小学校の裏に柔道の帯を持って行って死のうか、と思っている。そしてカメ太郎は何気なくテレビのスイッチを付けた。するとびわ湖まわそんがあっていて瀬古が走っていた。カメ太郎もあんなになりたいな、と思った。カメ太郎もあんなに華やかな人生を送りたいな、と。カメ太郎も人生の勝利者になりたいな、と。でも現実のカメ太郎は今泥沼で、明日から夜間の清掃のアルバイトにでも行こうか、と考えている。または明日季節工の面接に行こうか、と考えている。現実のカメ太郎はもう死んでいる。敗残者としてただ生き残っている。

 

 

 

 

                 (学3留・4月)

『もう終わりなのね。』

----カメ太郎はカメ太郎の傍に寄り添っている斉藤由貴なのか斉藤由貴にそっくりの美しい天使さまからそう言われた。カメ太郎は黙ってうなずいた。

 

 

 

--------------------------------------------------------

                                                       

                                                       

 

  長崎市上町1ー35

   NBC長崎放送

    プレゼントアワー

      伝言板のコーナー宛

 

--------------------------------------------------------

 由貴姉さんへ

 

 もうあれから9年が経とうとしています。それなのに今ごろこんな手紙を差し上げるなんて。自分でもちょっと気ちがいじみている…と感じています。でもカメ太郎の胸の中にわだかまるこの思いは九年近くもカメ太郎を悩ませ…またあるときには勇気づけさせてきてくれました。カメ太郎の心は九年間、浦上川の流れのように、黒く澱んで流れていました。苦しかった9年間でした。

 あれは昭和54年6月始めの高総体での出来事でした。カメ太郎は友人と2人で人影少ない松山の越す国際体育館の観客席でバスケットボールを観戦していました。カメ太郎たちの周りには人は居なくてカメ太郎たちは2人だけみんなから離れて観戦していました。そのときカメ太郎の前に一人のとても美しいとても目の大きい少女が現れてカメ太郎に微笑みかけてきました。横顔で2分間…まっすぐ向いて2分間ぐらいだったでしょうか。カメ太郎には解っていましたけどでもどうすることもできませんでした。無視するより他に手がなかったのです。

 彼女には2人の女にコがついてきていました。カメ太郎はそのとき彼女がどこの高校の女のコか解りませんでしたが大学になってやっと彼女が活水高校の女のコだったということをその制服で知りました。白い丸っこい肩に活水高校のあの刺繍がしてあったのをはっきりと憶えていましたから。

 カメ太郎は…自分と同じような病気で苦しんでいる人たちを救うのだ…と思って医学部へ来ましたけど、吃りなど強度の対人恐怖症であるカメ太郎は、進級できないでいて、今3度目の留年生活を送りつつあります。カメ太郎は…浦上川の川底に沈んでしまいたい…とよくこの頃思ってしまいます。あのコの思い出を胸に…あのコの天使さまのように美しかった思い出を胸に秘めながら…

 カメ太郎は…吃りなど言語障害だけでなく人と接していると非常に緊張してしまって顔がこわばってしまいます。そのためカメ太郎は家庭教師や塾の講師など楽なアルバイトをできず、毎日きつい肉体労働に励んでいます。辛いです。吃りなどさえでなければと思い、カメ太郎は必死で辛い厳しい肉体労働に励んでますけど、疲れきったというか…なぜカメ太郎だけこんなに苦しまなければならないんだ…なぜカメ太郎だけこんな孤独感にさいなまけ続けなければならないんだ…と夕暮れどき疲れきった体でバイクに乗りヘルメットの中で泣き被りながら、夕陽に赤く染められながら、浦上川に架かる橋を渡っている今日この頃です。

 カメ太郎はあの頃勉強ばかりしていてプレゼントアワーのこと知りませんでした。大学になって始めてこういう番組があることを知りませんでしたけどもう遅いような気がして出しませんでした。バカなカメ太郎でした。

 今頃もう彼女は結婚しているのかもしれません。今頃になってこんなことを言いだすなんて。カメ太郎は九年近くもの間、このことを自分だけの胸にしまいこみつづけてきました。カメ太郎の暗く辛かった少年時代の最高に美しい少女の思い出として。彼女は天使さまのように美しかったから…

 どうか捜して下さい。一目だけでももう一度会えれば…ただそれだけで結構です。一目だけでももう一度会えれば。

 

                       26歳・元東高のboyより

 

            市内星空9の2

                三船カメ太郎

               39-4557

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ゴメンネ。こっちが返事を書く番か○○さんが返事を書く番かこんがらがってしまっているけど、ゴメンネ。

 カメ太郎は今、お酒を飲んでて、何が何だか� んまり解らないけど、寂しいというか、孤独感に襲われていたたまれないから手紙を書き始めたけどごめんね。

 カメ太郎は今、アルバイト先で人間関係に悩んでいて、やっぱりカメ太郎のような内向的な人間は駄目だなあ、と思っている毎日です。

 毎日が辛いです。でもカメ太郎がアルバイトしている精神病院に入院している人はみんなカメ太郎より苦しい人生や境遇にある人ばかりです。だからカメ太郎の悩みって贅沢なんだ…と自分で自分を叱吠しているというか、自省しています。

 カメ太郎はこれでもまだ恵まれた境遇なんだ、と思って必死に耐えていく決意です。

 

 カメ太郎は熊本の○○病院(精神科)の奨学金を受けようかな、と迷っています。カメ太郎は何のために生きているんだろうか、とこの頃思い悩む毎日です。だから一るの生きる道を…、と。でもカメ太郎は唯心論者だから。

 バイクに乗っていて、ときどき「死んでしまいたいな。向かってくる大きなトラックに正面衝突して死んでしまおうかな、と思ったりする毎日です。自分でも、これではいけない、とは思ってはいますけど。

 26年間も生きてきて疲れきった、かというふうな感じです。とても疲れきった、というふうな。

 

 でもカメ太郎には親が居るし(カメ太郎は姉一人しかいないし)とても死ねません。親のため、どんなに辛くても生きてゆかなければならないと、思っている毎日です。

 カメ太郎は“生きなくてはいけないな”と思っているこの頃です。毎日が孤独で辛いけど。生きなくてはいけない、と思うこの頃です。

 

 

 

          (カメ太郎のクルマ)

 カメ太郎のクルマは動かなくなった。カメ太郎の赤いクルマは動かなくなった。そしてカメ太郎は今クルマの中でJAFが来るのを待っている。小さな道にクルマを止めて、まるでカメ太郎のクルマは小さな道に咲いた赤い花のようだ。まるで赤い花のようだ。

 

 

 

 なぜカメ太郎は赤い色が好きなんだろう。それは血の色をしているからだろうか。カメ太郎のクルマも赤、ヘルメットも赤、バイクもこの前まで赤だった。(今バイクは黒と赤のツートンだけど)

 そしてカメ太郎は気が付いたけど、今カメ太郎の履いている単パンも赤だ。赤は明るいちょっとポッチャリしたとても性格の活発な女の子を連想させる。松山でのあのコのような。

 だからカメ太郎は赤が好きなのだろう。カメ太郎はとても赤が好きだ。

 

                           6月9日

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

                   (カメ太郎の日曜日)

 生きる力が湧かなくて、カメ太郎はこの日曜日、ずっと家に横たわり続ける。元気が出て来なくって、生きる力が湧いて来なくって。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

          (カメ太郎はずっと天井を見つづける)

 カメ太郎の日曜日は、ずっと天井を見つづける一日。死んでしまいたい、もう生きていたくない、と思いつつ、カメ太郎はずっと天井を見つづける。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 院長へ そして○○先生へ そしてほかのいろいろな人へ

 

 

 この一年近くの間本当に有り難うございました。思えば一年前のあの頃、カメ太郎は本当に死にかけていました。今日死のうか明日死のうかとばかり考えていたカメ太郎でした。そしてあの日、赤い400ccのバイクに乗ってゆらゆらと幽霊のようにやって来たカメ太郎を救って下さって有り難うございました。そしてここで働いているにつれて自分よりももっともっと苦しんでいる人たちがたくさんいることを知って、そうして自分の甘い浅はかな考えを間違っていたと気付いて反省し続けてきた日々でした。

 12月の試験はカメ太郎にとってとても厳しいものになります。そのため早めにアルバイトをやめることにしました。12月の試験のことを思うとカメ太郎にはとても強い焦燥感と不安が湧いてきます。

 今も、カメ太郎には強い希死念慮があります。でも、カメ太郎にはカメ太郎のような病気のために苦しんでいる人たちを救っていくのだと決意した高校一年の頃の決意を決して忘れないで、将来必ずこの病気の本性を解き明かし治療法を確立するまでは、カメ太郎は決して死なないつもりです。高校一年の頃、自殺する代わりに決意したそのことをやり遂げるまでは。

                           三船カメ太郎

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 OT室長殿

 こんな手紙を差し上げるのは少し狂気じみているのかもしれません。しかし自分はヒューマニストでもありまたロマンチストでもあります。それ故にカメ太郎がこういう手紙を書くことになったこと御推察下さい。そして自分が決して分裂病者でなくて(分裂病という病名自体現在でも混沌としていますが)ただロマンチストでヒューマニストな医学生であることをご理解下さい。

 自分は7月の終わりの実習に参加した長崎からの医学生の三船といいます。OT室で少し話をした女の子がカメ太郎の思い出の中の女の子にそっくりだったためその女の子と文通したいと思いこの手紙を書き始めました。そのコは23、4歳ぐらいで外見はほとんどnormalで自分は看護婦さんだとカン違いしていました。でも話をしていると少しおかしな所がありましたし水飲み脅迫のようなことをしていました。OT作業の終わりのときそのコはカセットをかけました。少しぽっちゃりタイプの可愛い女のコでした。

 向こうから話しかけてきましたし性格は活発な感じでした。もしカメ太郎がそのコの心の支えになってあげることができるならば文通したく思っています。そのコはカメ太郎の少年の頃の思い出の女の子にうり二つでしたからカメ太郎は決していい加クな文通はしません。そのコが立ち直れるよう、正しい道を歩んでゆけるよう真剣に文通するつもりです。

 

                                    長崎市星空9の2

                      三船カメ太郎

                       0958-39-4557

 

                                        きたない字ですみませんでした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 名前も知らないあなたにただ少しお話をしただけのあなたにこういう手紙を書くことはおかしいかもしれません。もうあれから1ヶ月10日あまり経とうとしています。カメ太郎があなたと出会って少し話をした7月終わりのあの日から。

 カメ太郎たちはOT室で話をしました。OTの終わり頃カメ太郎たちは話をしました。カメ太郎はステレオの前に腰掛けてうつむいていた長崎から来た医学生です。憶えておいででしょうか? 少し顔の痩せたOT時間の大半をステレオの前に腰掛けてうつむいていたカメ太郎を。

 あなたのことは今でも忘れていません。何故ならあなたはカメ太郎の少年時代の思い出の少女にそっくりだったからです。カメ太郎はあなたの美しい笑顔に自分の少年時代を垣間見たような気持ちになり少し夢見心地にあなたに受け答えしたように思います。

 どうか文通して下さい。カメ太郎はあのときあなたの名前を聞いていればよかったとあとでものすごく後悔しました。

 カメ太郎は今、長崎大学の医学部の5年生です。もしかしたら卒業したら熊本へ行くことになるかもしれません。いえ、カメ太郎はあなた次第で熊本に行くことにしようかとも考えています。本当に9年ぶりに出会ったカメ太郎の瞼のなかの思い出の少女にあなたはそっくりでしたから。カメ太郎は今でも夢見心地でこれを書いているようです。

 もう秋になってきました。カメ太郎も2学期からは勉強に頑張らなければならないな、と思っています。でもカメ太郎には心の支えがほしいし、それでなければ落ち込みがちのカメ太郎は2学期の厳しい試練に耐えてゆけるかあまり自信がありません。

 カメ太郎の部屋からは雲仙岳の向こうに阿蘇岳や天草の島々などが見えます。菊陽あたりも見えているのかもしれません。でも霞に煙ってしか見えません。でもカメ太郎らの気持ちは文通することによって必ずお互いすぐ近くで見つめられるようなそんな関係になると思います。

 汚い字ですみませんでした。ついでにカメ太郎が中二の頃水前寺公園でとった写真を送ります。今のカメ太郎とほとんど変わっていないと思います。できれば今度あなたの写真を送って下さればと思っています。

 

   〒851-01

        長崎市星空9の2

         三船カメ太郎

 

                            カメ太郎の瞼のなかの

                 名前も知らないあなたへ

 

---------------------------------------------------------

 

     白い鳩を片手に泊まらせている

    水前寺公園での中二の頃の元気なカメ太郎の写真

 

---------------------------------------------------------

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 お手紙ありがとうございました。叔母さんも元気そうで安心しました。

 この件のことについてですが自分はお見合いという堅苦しい形式はとりたくありません。自分はロマンチストです。しかし自分は写真を拝見してから麻喜恵さんは自分好みの(カメ太郎の思い出のなかの)女性に非常に似ていることを知って驚きました。懐かしい元気だった少年の頃の自分を麻喜恵さんの写真を見て久しぶりに憶い出した感慨にカメ太郎は打たれました。

 今と違って元気で明るかった中学・高校時代…それに比べて暗い陰鬱とした大学時代。自分は大学に入って孤独と戦いまた失意や絶望感、それらに打ちのめされてきたような長い…もう9年近くにもなる年月を送ってきました。

 現実の厳しさは今も自分を重く覆っています。このまえ留年が決まり卒業はうまくいっても一年半後となりました。孤独癖で友人を造らないそして吃りのカメ太郎にとって進級は国家試験よりも何倍も何倍も難しいものです。

 でも自分が今アルバイトに行っている精神病院は自分より苦しんでいる人たちがたくさんいます。自分は恵まれた方です。ただ自分の孤独癖と言おうか吃りが自分をこんなに孤独にさせ苦しめさせているだけだろうとも思います。

 自分の吃りは体の筋肉が非常に固いという先天的なものから来ているようです。“気”の乱れというか現在のかがくでは把握できないものから吃りを始め自分のいろいろな病気が出来てきているように思います。

 自分は将来、どこかの研究所に勤め、吃りを始めそういうことの研究を行っていこうと思っています。いや、自分の場合吃りはクスリを飲んでいる間は劇的に陰を潜めます。自分は今、吃りよりも高校3年の頃からの強い対人緊張(顔のこわばりなど)に悩まされています。そしてカメ太郎のような病気に悩まされている人は非常に多いのです。だからカメ太郎はその方面の研究を大学かどこかの研究所で行ってゆくつもりです。

 自分はだから今のところ開業とかは考えていません。ただ研究に没頭していても充分に恵まれた生活が出来る環境と落ち込みがちになりやすい自分を支えてくれる優しく明るい妻がいれば…と思うだけです。写真はこんな自分ですから最近のはほとんどありません。ただ白黒のは一年ほど前友人とバイクで雲仙岳まで行ったとき撮ったものだと記憶しています。鳩の写真は中二の修学旅行のもので父と写っているのは中一の頃のものです。(小六の頃のものかもしれません 最近焼き直したものです)

 自分は中二の頃からほとんど変わってないと思います。だから鳩の写真を今のカメ太郎の写真と思って差しつかえないと思います。

 自分は始め麻喜恵さんと文通してそしてそれからお会いしたいと思っています。

 そのこと先方にお伝え下さい。勝手ですけどすみません。

 また自分が留年したこと、そして特に絶対に自分が思い悩んでいることはカメ太郎の親には内緒にしておいて下さい。そうしないと親がとても心配しますから。

 お手数かけてすみません。この手紙は先方に直接ゥせても結構です。その方がこちらの真意をよく理解して下さると思いますから。

 それでは叔母さんお元気で。

 

                  〒851-01  長崎市星空9の2

                            三船カメ太郎

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

                  学三留 八月

 

 もしもカメ太郎が死んだら青い海の見える丘に埋めて下さい。お父さん、お母さん。カメ太郎はもうすぐ死ぬかもしれません。そうしたら青い海の見える丘にカメ太郎の墓を造って下さい。ごめんなさい。

 

 カメ太郎は青い海の中に消えてゆくのだろう。26歳のカメ太郎は、ときどき猛烈に死にたくなるから。もうすぐ、青い海の中に沈んでゆくんだと思う。3年ぶりに入る海の中で。

 

 疲れ果ててカメ太郎は海の中に沈んでゆくんだと思う。みんな元気に車に乗ったりバイクに乗ったり歩いたりしているけど、吃りのカメ太郎は、対人緊張症のカメ太郎は、それにノドも悪いカメ太郎は、もうどうしようもないから死んでゆくんだと思う。誰にも見送られずに、ただ赤いプレリュードを道端に置いて。

 

 疲れ果てたカメ太郎を救ってくれる誰も居ないし、カメ太郎は全く一人だし、

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 たしかどこかに海があった。もう十何年前のことだろう。たしかどこかに白い浜辺が、美しい女の子と歩いた浜辺があったことを、カメ太郎はかすかに憶えている。カメ太郎はかすかに…

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 たしかどこかに海があった。可愛い女の子と手を繋いで歩いた白い浜辺が

 たしかどこかにあった。カメ太郎の十数年前になる少年時代に、元気だった少年時代に 

 でもカメ太郎はそれが何処だったか、カメ太郎は思い出せない。でもたしかにそんな浜辺があったことを腐りかけたカメ太郎の頭はかすかに憶えている。アルコールで犯されつつあるカメ太郎の頭はかすかに、ほんのかすかに

 

----------------------------------------------------------------------  

         母の洗濯気

 

 カメ太郎は姉と、母に洗濯機を買ってあげた。全自動の洗濯機を買ってあげた。2槽式では母がとてもきつそうだったから、カメ太郎と姉は相談して、ずっと前々から思っていたことだけれども、母に全自動の洗濯機を買ってあげた。夜中にもゴロンゴロンと静かな音をたてて回っている洗濯機。母は本当に楽になったと喜んでいる。カメ太郎と姉は、そんな母の姿を見ていて、思わず嬉しくなってしまう。ちょっぴりもっと早く買ってあげておくべきだったなあと反省しつつ、カメ太郎と姉は顔を見合わせて、思わず微笑んでしまう。

 

-----------------------------------------------------------------------

        カメ太郎を呼んでいる

 

 カメ太郎には聞こえてくる。落ちぶれ果てたカメ太郎の耳にかすかに聞こえてくる。白い少女の声が、ずっと前、松山で見た白い少女の姿と声が、カメ太郎を呼んでいる。落ちぶれ果てたカメ太郎を呼んでいる。

 カメ太郎は後悔ばかりしてきた。今も後悔して口惜しくて、泣きそうになっていた。そして死のうとも思ってきていた。この口惜しさから逃れるためには死ぬしか方法がないのだと思えて、カメ太郎は首吊り自殺のことを、また本気で考え始めていた。でもたしかにそれが一番いい方法であるような気がして、今実行しようかな、するまいかなと、カメ太郎は迷っている。でもこの口惜しさから逃れるためには、この口惜しさを忘れるためには、それしか方法がない。たしかにそれしか方法がないような気がする。

 それにカメ太郎は呪われていた。いつもついてなかった。不運ばかりがカメ太郎を覆っていた。

 

 

 

 少女がいた。たしかに少女がいた。カメ太郎はかすかに憶えている。白い手をした可憐な少女がいたことを。今日もお酒で頭がとても重たいけれども、少女がいた。カメ太郎を好きだった少女がいた。

 白い頬と柔らかい手をカメ太郎が大好きだったことを、カメ太郎はかすかに憶えている。

 

 

 

 真実は何処にある。

 カメ太郎はそれを探して今日の日曜日も本を読んだり煩悶し続けた。何が人々を救えるのか? 本当の宗教って、真実の生き方って何処にあるのかカメ太郎にはよく解らなかった。

 

 カメ太郎は今日一日また迷い通して気が狂うほどまでになっていた。カメ太郎は本をいろいろ読みそして悩み通した。外では大学祭が賑やかに行われていたけどカメ太郎は病院の一室に篭もって文献を漁り尽くしていた。

 

(カメ太郎は大学祭の行われている景色を眺めて立ちつくしながらまた一人ぼっちの日曜日の夕暮れを迎えようとしていた。真実は何処に…

 

 

 

 

 カメ太郎は3度目の留年をしてからというもの『創価学会をやめなければ良かった。創価学会の信仰を疑わずに続けてきたら良かった。』と後悔するようになりました。そして精神病院で出会う患者さんの中に創価学会員を見い出すとカメ太郎は彼らにとても親近感を抱いていました。

 留年してから一年近くカメ太郎は何度自殺の危機に晒されたことでしょう。でもその度に心の中で題目を唱えると落ち込み果てていたカメ太郎の心もスーッ、と闇が晴れるようになるのでした。そうして何度も何度も今年カメ太郎は自殺から救われきました。

 カメ太郎の心にとり憑いていた死神がカメ太郎が題目を唱えると消えてゆくのでしょう。そうして題目を唱えると落ち込み果てていたカメ太郎の心は劇的に元気になるのを何度も何度も今年繰り返していました。

 カメ太郎の場合、題目を唱えなくても『創価学会に戻るんだ。』と思うだけでどうしようもない落ち込みから救われるのでした。これは2年近く前、カメ太郎が抑欝状態に陥ってから何度も何度もその現象に気づいていました。モヤモヤとしたカメ太郎の頭がそう思うだけでスーッ、と晴れ渡ることを。

 カメ太郎の場合、小さい頃から大学一年まで一生懸命に信心をしてきましたからそう思うだけで御本尊様につながるのだと思います。でも最近だんだんとあまりつながらないと言うか…あるときカメ太郎がそう思いながらも創価学会のお祈りや活動に使う時間的損失を考えると家に帰って勤行するよりもこの帰りがけ浜ノ町の好文堂に寄って心霊学の本を読もうと思って実際その帰りがけステラの好文堂で心霊学の本を2時間ぐらい読んでからというもの、あまりつながらなくなりました。

 

 

 

 

 誰だろう。カメ太郎を本当に愛している誰かの声のようだけれど誰だろう。

 3年前に亡くなった祖父だろうか?… それともカメ太郎の母なのだろうか?…

 

 カメ太郎は死ねなかった。青い木に柔道の帯がぶら下がっていて、冬の風に揺られていた。冷たい冷たい冬の風が吹いていた。

 

 

 

 

       (カメ太郎は死なないんだから…。)

 カメ太郎は大丈夫なんだから。暗く暗くしているようだけれども、カメ太郎は大丈夫なんだから。カメ太郎は決して死にはしないんだから。カメ太郎は今度また留年しても、カメ太郎は死にはしないんだから。カメ太郎は死にはしないんだから。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 ○○先生へ

 カメ太郎は昨日も激しく落ち込みました。心配していた進級のことで本当なら争状態であって当然だったのですけど、昨日パソコンをしながら今までの自分の人生のこと、幼い頃からの自分の人生のことなどを思って激しく劣等感なんかに駆られてしまって落ち込みました。

 昨日まで進級のことで頭がいっぱいでこういうこと考える余裕がなかったからだと思います。

 第一内科の助教授からいじけていることを激しく指摘されたこと。そうして自分の生きる目的というか『何を目標として生きるか』とかいうことで悩みました。

 自分は“世のため人のために生きるんだ”といつも思ってきましたが、いったい何をやったら世のため人のためになるのかという煩悶…そして劣等感…。

 友達も少なく、恋人もいない淋しさからだと思います。キリスト教の洗礼を受けようか創価学会に戻ろうか激しく悩みました。もう宗教に頼るしかないように思えましたから。

 病院から帰るとき『創価学会に戻ろう。』と決意していました。でもそれも2時間も続きませんでした。カメ太郎にはもう宗教をする情熱も持てないのでしょうか。今はただ助教授の言ったとおりひたすら勉強しようと思っています。

 ただひたすら勉強して、卒業したらアフリカの難民キャンプかどこかに行こうか、などとも考えています。

 

 

 

 もうダメだ、と思ったとき、カメ太郎の目に映ってきたのは懐かしい中学・高校時代の思い出だった。ゴロと夕方いつも一緒に駆けた砂浜や、寂しげなブタ子さんの車椅子の姿。それが波の音と一緒にカメ太郎の胸に憶い出されてくる。

 

 

 

 

 

 ブタ子さん。真冬の海だ。今、カメ太郎の心はこの真冬の海のように冷たい。心配や寂しさ、悔しさ、劣等感や焦り、カメ太郎は坊主になろうとまで思った。坊主になるのがカメ太郎に向いてて----親は悲しむだろうけれど----カメ太郎はそうしようと思った。

 もう寒くなってきてバイクの上でも寒いです。来る頃、カメ太郎はカメ太郎たちの思い出の浜辺がこんなに荒涼として真冬の海の相を呈しているなんて考えていませんでした。カメ太郎はただ久しぶりにこの海へやって来た。

 今日も市民会館で勉強しました。いつものように閉館間際まで残っていたときやはりうしろの席の女の子2人が(カメ太郎らだけ3人になってしまうのだけど)ゆっくりと後片付けをしていました。カメ太郎はそそくさと本などをバックに入れて部屋を出ました。喋りきれなかったから。喋って嫌われたり笑われたりしたくなかった。このまえもこのまえも、この頃よく続いています。

                  1990・11・12

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                            (1988・5・19)

 10年後も川縁はちっとも変わっていない

 悲しい高総体の思い出を

 26歳になったカメ太郎に思い出させてくれる

 君はきっと2つ年下だったと思うけど…

 あの10年前の高総体の日のことを…

 

 

 

 

 

 

 

                      5月24日

 

 十年前のあの日が近づいて来る。カメ太郎の少年時代の最高に美しかった…そして今でも一番美しい…女性の姿が松山の川縁のしだれ柳の下に腰を降ろしているカメ太郎の目に蘇ってくる。本当に懐かしいです。

 もうすぐ長大祭です。カメ太郎は7年ぶりに創価学会にカムバックし、そして長大祭に出るかもしれません。入学した頃の元気だったカメ太郎…。そのカメ太郎に今戻ろうとしつつあるような気がする…題目の響きとともに…同志の題目の響きとともに…

 カメ太郎は19の頃の元気だった自分に戻るのかもしれない。夢と希望で一杯だったあの頃のカメ太郎に…

 カメ太郎は元気になって再びあの頃の自分に戻るのかなあと思うととても懐かしくてたまらない。元気だった…とても元気だったあの頃の自分に…

 

 

 

 

       カメ太郎は変わった

 

 

 

 

 死を夢見て柔道の帯を片手に森をさまよった自分では今はない。今、自分は高校、中学の頃、心の支えにしてきた創価学会の信仰を再び始めている。カメ太郎は強くなった。もう、死を夢見る自分ではなくなった。以前の、苦しかったけど強かった自分に戻りつつある。

 苦しかった。でも自分は強かった。あの中学・高校時代に自分は戻りつつあるんだ。毎日、題目を一時間はあげていた。勤行と合わせると2時間近くになっていた。

 カメ太郎は元気だった。苦しみにも負けず元気だった。

 

 

 

 

 

 命賭けで戦っていた日々があった。それが本当に真実なんだと…これが不幸せな人を必ず救えるんだと…信じきっていた日々があった。あの頃は苦しかったけど幸せだった。同志がたくさんいたし、ちっとも寂しくなかった。

 

 

 

 

 

 

                       (5月27日 AM 11:10

 カメ太郎は一昨日の夕暮れ時、母によく似た女の人が重い荷物を手に持って階段を登っていっていた光景が忘れられない。カメ太郎はそのときクルマの中で勉強をしていた。

 カメ太郎は早く卒業して医者になって母や父を喜ばせてあげたいし、安心させてあげたい。でも現実は厳しく、教授会で自分はまた留年させられそうな気がする。

 でも自分は落ち込むことなく必死になって勉強しなければならない。そのためにも創価学会に戻ろう、と思っている。でも勤行がたしかに辛いし、もう少し思いきれないでいる。

 でもカメ太郎は父のため母のため信仰と勉強に励むべきだろう。また美人で気立てがよくてできれば金持ちの女の子を見つけて婚約か結婚でもして父や母を喜ばせてあげたい。

 

 

 カメ太郎は君に十年ぶりに会いたくて書いた手紙も結局出さなかった。カメ太郎は最終学年で卒業試験が控えていて、そしてカメ太郎は精神科に通っていた学生としてマークされているらしかった。カメ太郎はもし君のことを書いた手紙を大学に知られたらヤバイと思ったし、それに君はもう結婚しているような気がしていたし、それに自分には自信がなくなっていた。

 一年近く前もカメ太郎は君と九年ぶりに会いたいとNBCのプレゼントアワー宛に出した。でも読まれなかった。どうせまたそうなるような(気の狂いかけた医学生の出した手紙として相手にされないような)気がしていたし、カメ太郎の書く手紙はいつも悲しみに満ちていて、明るい番組向きではないようだったし…

 十年間カメ太郎は苦しんできたのかもしれない。この十年間、始めの2年半は創価学会に燃えていて充実していたし苦しかったけど楽しかったのかもしれない。でも残りの7年半は孤独との戦いだった。本当の友人はできなかった。そしてカメ太郎は後半は精神科に通う患者と変わり果てていた。

 

 

 十年前のあの日に戻りたい。

 十年前のあの日…高総体のバスケットのあっていたあの日に。

 薄暗い観客席のあの思い出の日々にカメ太郎は戻りたい。

 そしてあの子と再会したい。

 

 十年前のあの子は今どうしているのだろう。

 もしもまだ結婚していなかったら

 もし今結婚する相手を捜しているのなら

 

 

 カメ太郎は夕陽を背にして浦上川の畔にたてられた池田平和記念会館を前にして立っていた。小さい頃から大学一年まで命賭けでやってきた信心をカメ太郎は7年半前やめたのだった。でも半年ぐらい前から少しづつまたやり始めてきていた。一日やってもう次の日にはしないというのを何十回も繰り返してきていた。

 カメ太郎は昨日も『世俗的幸福か、それとも宗教的献身か』と激しく悩み、そして前者の方をとろうっ』と決意しました。昨夜はそして12時間も眠りました。張りつめていた緊張の糸がプツンと切れて起き上がることもできないままに12時間もうとうとと眠りつづけていました。

 そして起き上がれない気の弱くなった自分に気がついてこれではいけない、と思って布団の中で激しく後悔し、題目を唱えながら起き上がったのでした。

 

 

 昨日、夕暮れどき、マルキョウの駐車場にクルマを停めてクルマの中で勉強していると母によく似た女の人が階段を登っていっている姿が見えた。カメ太郎はその姿を見て----苦労してきた母のことを思って----自分は宗教を取るか世俗的成功を取るかと迷った。宗教をやめてひたすら勉強に励むかそれとも…

 世の中にはカメ太郎の母だけではなくて他にもたくさんの苦労してきた親の姿がある。そのことを思い、そして正義を思い、また正義は…真理は何かと思いカメ太郎の心はとても迷ってしまった。

 

 

 小さい頃、苦しんでいた時、カメ太郎には宗教しかなかった。だからカメ太郎は自分から勤行をするようになった。カメ太郎が小学三年のときだった。

 通信簿の全体の成績が(その頃は1から5までの5段階評価だった)いっぺんに5あがった。2が3に、3が4に、4が5にというふうに7科目か8科目あったうち5つ上がった。

 カメ太郎は学校で鼻の病気のことでとても苦しんでいたし、家でもその頃貧乏で夫婦喧嘩が絶えなく苦しんでいた。カメ太郎に心休まる暇はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ○○先生 長いこと顔を見せないことお許し下さい。みんなと会うのが恥ずかしいですし時間に追われている毎日でもありますのですみません。

 自分は決して〇〇先生の御恩は忘れません。絶対に〇〇先生の恩には報います。自分は決して先生の恩は裏切りません。仏法者である前に人間として失格であればいけない、と自分は考えています。自分は今、創価学会に戻りつつあります。自分にはどうしてもこの信心が必要な気がします。昨日もやっぱり創価学会をやめようと決意しました。でも一日経ってやっぱり創価学会をやめるのはよそうと想いました。こんな日々が半年ぐらい続いています。真理が何か、人を救えるのは…不幸な人を救えるのは…と煩悶しつづけています。

 半年ほど前はときどきしか創価学会に戻ろう、とは思っていませんでしたでも今は創価学会に戻ろうという決意を固めつつあります。

 でもこんなカメ太郎ですから、いつまた創価学会をやめるか解りませんし、以前のように純真に信仰することができないでいます。

 小さい頃から大学一年の11月までカメ太郎は一生懸命に創価学会をやってきました。でももうやめてから7年半が経ちます。今、戻るか戻るまいか非常に煩悶しているところです。…でも戻りつつあるような気がします。

 3月の中ごろでした。カメ太郎は7年4ヶ月ぶりに創価学会のところに行きました。春休みで激しくカメ太郎は哲学的に苦しんでいました。

 7年半ぶりに行った創価学会はすっかり変わっていました。でも昔からの同志もいてカメ太郎のことをちゃんと憶えていてくれました。

 自分は淋しかったから…自分は単なる友情だけでは満足できない人間なのだろうと思います…淋しかったからだから創価学会に戻るのだと思います。淋しさに耐えきれませんでした。大学での見せかけだけの友情に自分は虚しさを覚えていました。

 カメ太郎はたぶん、創価学会に戻ると思います。でも真理は何か、真実が何か、ということをカメ太郎は今も考えあぐねています。

 もうこの手紙が着いている頃には再びカメ太郎は創価学会をやめているかもしれません。でもとにかくカメ太郎は先生への恩と義理には絶対に裏切りません。

 

  でも今、創価学会に戻るのやめよう、という気が強くしています。

 

 先生 お元気で。自分も勉強に励んでいきます。

                          三船カメ太郎

                                                  TEL 39-4557

 

 

 

 

 

 

 カメ太郎は中学・高校の頃、今より遥かに苦しい境遇にあったように思います。でもカメ太郎はあの頃とても元気でした。まだ若くて未来への希望に燃えていたからかもしれません。でもカメ太郎はあの頃元気だったのは創価学会の信心をしていたからだと思えます。今も頭がもやもやしたり希死念慮に駆られたりしているとき創価学会のことを思うとサーッ、とそれらの邪霊が去っていって頭が冴えるのが解ります。今カメ太郎は創価学会に戻ろうか戻るまいかとても迷っています。

 カメ太郎が創価学会に戻ろうと真剣に考え始めたのは文学を捨てようと考えた2、3週間前からのことでした。

 

 

 

 

 

 

 

 十年前のあの日がやって来ようとしているけれど、lは書いた手紙もそのままに十年目の高総体の日を迎えようとしている。カメ太郎はもうすぐ卒業試験だし国家試験が間近に控えている。それなのにカメ太郎は共産党に睨まれているのにその手紙を出してそれが教授会で取り上げられたらカメ太郎の身の破滅と言うか、今まで一生懸命に努力してきたことが無駄になるようでポストに投函するのを控えている。

 それに出したって無駄な気もするし…あのコはもう結婚しているような気もするし…カメ太郎はただ勉強のみに明け暮れるべきだ、と思っている。

 浦上川は10年前とちっとも変わらないように流れているだろう。それに松山の国際体育館だって10年前とそのままであるようだ。10年ぶりに再会するのはやっぱり不可能

 

 

 創価学会に戻ろう。カメ太郎は10年前のこの日の思い出ゆえに創価学会に戻るのをためらってきた。でも創価学会をやってた頃のカメ太郎は元気だったし決して泣き言なんて言ったことがなかった。…ただ一度、予備校の寮の学会の用務員さん夫婦に泣きながら中二の頃からのノドの病気のために滅茶苦茶にされた年月のことを語ったことがあるけれど…

 

 

 

 

 

 

 

 落ち込み果てていた去年、本当にF1だけがカメ太郎の友達だった。カメ太郎には恋人はもちろんいなかった。友達もほとんど卒業していっていた。三度目の留年のときだった。

 カメ太郎は毎日精神病院へアルバイトに行っていた。そこでもカメ太郎はほとんど一人で部屋に閉じ篭りっきりで誰とも喋らずひたすらパソコンで心理検査の資料統計なんかをやっていた。

 学校にもときどき行かなければいけなかった。そして試験もあった。小説の完成にも没頭していた。そんなカメ太郎にテレビを見る余裕はほとんどなかった。でもカメ太郎はF1だけは見ていた。ビデオに録画して後の日に見ることもあった。そんなときはレースの結果を知りたくないためにますます誰とも喋らないようにしていた。

 F1のレーサーになりたいとも思った。神経質すぎて対人恐怖症となり留年ばかりしていたカメ太郎はもしかしたらF1のレーサーに向いているのかもしれないと思った。阿蘇または鈴鹿でクルマのテストドライバーを募集している求人広告を見たとき大学を休学して応募しようか、と思った。またカメ太郎はこれ以上、親に経済的負担をかけることをとても心苦しく思っていた。

 モナコグランプリの特派員を募集している記事を見たとき、カメ太郎は応募しようか、と思った。でもその頃のカメ太郎は無我夢中で勉強に没頭していなければならなかった。もうこれ以上留年して親を悲しませることがカメ太郎には耐えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

                 1990・夏

 

 ブタ子さん。また夏がやってこようとしている。もう27になった夏の海だ。でもカメ太郎の心はやはり焦燥感に包まれている。でも今のカメ太郎は以前のカメ太郎ではない。今のカメ太郎には創価学会の信仰がある。苦しみに負けない強いカメ太郎にカメ太郎は変わってきている。

 今のカメ太郎には創価学会がある。カメ太郎は負けない。苦しみに負けない。

 

 カメ太郎は以前のカメ太郎ではない。カメ太郎は強い自分に変わってきている。毎日3時間ぐらい題目をあげてカメ太郎は強くなってきている。カメ太郎は変わってきている。

 

 もうめそめそしたカメ太郎ではない。今もまだとても苦しい。でもカメ太郎は強くなっている。苦しさはそのままだけどカメ太郎は強くなってきている。

 

 

 

 

 

 

 

 

          セルフヘルプ・グループ

                                       ----『言友会』----

                  副題:(吃音者としてのカメ太郎の煩悶)

 

 自分がこのことを題材にしようと思いついたのは自分が今までそのことで苦しんできて、その孤独・苦しみを長年味わわせられてきたからです。カメ太郎たちは恵まれた医学生という集団の中に居て、他の人たちの苦しみを忘れ、そして将来も恵まれた医者という地位に着き、社会的に高い地位と収入を楽々と得られるようになっています。

 しかし世の中にはたくさんの苦しんでいる人…恵まれない人たちがいる。そして現代医学でもどうしようもない病気で苦しんでいる人たちは最近はセルフヘルプ・グループを造り、そして同じ病気で悩む者どうし慰め合い励まし合っている。(もちろん、セルフヘルプグループには様々なものがあって、断酒会・登校拒否児の会などがある。)

 

 カメ太郎は物心がついた頃から言語障害でした。だから学校へ行くのが大嫌いでした。少しでも熱が出ると“カゼ”だと言って休んでいました。幼な心にも地獄を感じていました。そしてカメ太郎は小学三年のとき自ら宗教をし始めました。

 いじけていて暗かったカメ太郎はそれから明るくなりました。苦しさはそのままだったけど苦しさに負けないようになりました。昔は今と違って“いじめ”とかはなくクラスのみんなもカメ太郎のことを同情的に見てくれていました。それにカメ太郎は勉強ができていました。カメ太郎は言語障害ながらもクラスの人気者になっていました。カメ太郎が最も幸せだったのは小学四年から中学一年にかけてだったでしょう。でもカメ太郎は中二の頃にお祈りのしすぎでノドを悪くしてしまいました。それからカメ太郎はまた暗くなりました。

 大きな声が出なくなりました。休み時間なんか友達と喋ることもあまりできないようになりました。いろいろと耳鼻科へ行きましたがどこでも『なにも悪くない。』と言われました。

 もしも言語障害だけだったらカメ太郎はそんなに苦しい少年時代や青春時代を送ってはいなかったでしょう。でもノドの病気はカメ太郎に暗い青春と孤独な日々をそれから送らせるようになりました。

 高校一年の終わり頃、カメ太郎は登校拒否に陥っていました。ブラジルか何処か何も喋らないでいい所で農園を拓いてみよう、と思っていました。“死ぬ”ことはその頃も宗教を続けていたため決して考えはしませんでした。カメ太郎は“大検”のことをほとんど知りませんでした。一度、『高一コース』かなにかの雑誌で見かけたことはありましたが、とても難しい、と書かれてあったようなのでアマゾンで農園を切り拓くことばかり考えていました。自分にはそれしかないように思えてたからです。

 でもカメ太郎は『自分のような病気で苦しんでいる人たちのために医者になるんだ』と思って今までほとんど家では勉強をしたことのなかったけれどそれからひたすら勉強に没頭するようになりました。

  学校はやはり地獄でした。でもカメ太郎はひたすら勉強に励むことで苦しさを忘れるように努めました。

 大学一年の頃カメ太郎は小さい頃からあれだけ熱心にやっていた宗教をやめました。この宗教をしなかったらこんなノドの病気には懸からなかったと思えて二年以上もそのことで苦しんでいたからです。

 それからカメ太郎はほとんど一人でした。何かのサークルに入ろうとも思いました。ヨガや断食などもやってみました。いろんな宗教を転々としました。

 高校の頃までの日々の方が良かったような気がしてきていました。高校の頃までたしかに毎日とても苦しかったけど淋しくはありませんでした。三度目の留年のときはとくに苦しかった。死ぬしかないように思えたことも何度もありました。一緒に入学した人たちは次々と卒業してしまいどうしようもない抑鬱と孤独感にさいなまれていました。

 あるときカメ太郎は吃りの人の集まりである『言友会』というのを新聞で知ってそれに行きました。

 そして吃りでも少しもくよくよしたりすることなく一生懸命に生きている人たちの姿をカメ太郎は見て驚きました。

 でもそこも落ち込んでいたカメ太郎を救ってはくれなかった。自分にはもっと強い心の支えが必要だった。カメ太郎は寂しさに打ちひしがれるようにして宗教の門を叩き続けるのをやめませんでした。カメ太郎の宗教遍歴はつづきました。

 カメ太郎はその頃次のような詩を書いた。森の中へ柔道の帯を持って入ったけれども、寒くてクルマの中に戻ってきたときに書いたのだった。

 

 眠るように死んでゆきたい…

 苦しいのは厭だ…

 寒いのも厭だ…

 このクルマの中のように

 暖かくて…

 美しいメロディーの流れているところで…

 カメ太郎は死んでゆきたい…

 

(でもカメ太郎は、こんなに恨んだりしていたその信心を再び始めようと思っている… この信心しか不幸な人を救えないようにも思えるから… 社会の底辺の人びとに力を与えるのはこの信心しかないと思えるから…

 カメ太郎はこの信心をしたためにノドの病気になってものすごく苦しんできたけれど、カメ太郎が再び立ち上がれるのはこの信仰をするしかないように思えるから… 自分のことだけを考える心の狭い人間でない自分になるにはこの信仰に戻るしか少なくともカメ太郎には方法がないような気がするから…

 そんなにまでも熱心にやっていなかったカメ太郎を、指導して励ましてもっと熱心に信仰をするようにしてくださったIさんのことをカメ太郎は懐かしく思い出している… 十二の頃のことだからもう十五年ぐらい前のことになるだろう。その頃貧乏な長屋の二階に暮らしていた家族でカメ太郎だけがまともに信仰をしていたカメ太郎たち一家のところに足繁く通ってくださって信仰の指導をしてくださったIさん…

 カメ太郎はIさんのことをこの七年間恨みに思ってきたけれど、カメ太郎はもしかしたらノドの病気になったから美しい少年の頃の思い出を残せたのかもしれない。美しいはかない恋の思い出は、もしもカメ太郎がノドの病気でなかったら女のコたちはカメ太郎の喋り方がおかしいのを知って笑って去って行き、そしてカメ太郎は傷付けられたまま残されたのかもしれない。)

 

 

 

                    ----3月13日----

                             (冷たい風の吹き荒ぶ小道にて)

 

 カメ太郎は8年前、この大学に入学したのだった。そしてカメ太郎は半年間、一生懸命創価学会の学生部員として戦ってきた。いやカメ太郎は大学入試が終わった直後から、一日一人の仏法対話を目標にして、2ヶ月ぐらい続いただろう。カメ太郎は自分の宿命との戦いに一生懸命だった。そしてカメ太郎は大学一年の11月に力尽きたように退転してしまった。カメ太郎は自分が描いていた理想と現実のギャップに日々失望を募らせていた。また自分は何故、浪人までして目指していた大学をも捨ててまでこの大学に来たのだろう、という煩悶にもとらわれ始めてきていた。そして自分は半年間、毎晩11時ぐらいまで活動したりしていた創価学会をやめてしまった。

 それから7年以上も経つだろう。3回も留年を繰り返してきた。3度目の留年のときは落ち込み果てて、自殺直前まで行っていた。それが去年のことだった。そして去年ごろから再び創価学会に戻ろうか、という意識を持ち始めていた。落ち込み果ててどうしようもなくなったとき、カメ太郎は思い出したように仏壇の前に座った。でもほとんど一日で終わっていた。自分のノドの病気はこの信心を一生懸命していてこうなったのだと思っていたし、そのことに対するやるせない激しい怒りがあった。

 でも3年も留年しながらも何も怒らず、ひたすらカメ太郎のために働いたり祈ったりして来てくれていた母のうしろ姿を思うと、カメ太郎は死ぬ訳にはどうしてでもいけなかった。そして明るくならなければならなかった。それにもう留年する訳にもいけないのでひたすら勉強に励み始めていたカメ太郎だったけど、卒業試験に合格できるか余り自信がなかった。もうこの宗教を再び始めて母を安心させることしかカメ太郎にはできないようにも思えてきていた。

 死ぬ訳にはいかなかった。死んだ方が楽だ、という意識が2年ぐらい前からカメ太郎の頭にとり付いてしまっていた。このままでは駄目だった。この意識を完全にぬぐい去るにはこの宗教を再びやるしかないようだった。そして明るくなって母を安心させてやりたかった。

 でもカメ太郎はまだ決心がつきかねていた。7年間、キリスト教や真光や密教などをやってきた。どうしても創価学会だけには戻りたくなかった。でも苦しい去年の留年のときに、落ち込んだらこの信心だ、と思ってきていた。小さい頃から大学一年の頃まで一生懸命にやってきたこの宗教にカメ太郎は望郷のような、または母の懐のような思いがすることを感じ始めてきていた。

 8年前、この大学の入試試験が終わった頃、この教養のキャンパスの北門を、カメ太郎は広宣流布への大きな夢を抱きながら部長と一緒に歩「たものだった。あの頃のカメ太郎は元気だった。今のような冷たい北風に吹かれながらもカメ太郎は元気に部長と語り合っていた。でも8年後のこの冷たさは何だろう。やはりカメ太郎には創価学会に戻るしかないようだった。創価学会に戻って元気になってこんな北風にも負けないようになって、母を喜ばせてやりたいな、とふと思った。

 8年前、カメ太郎は小さい頃からの吃りなどの宿命と戦うため、それに正義感のため、一生懸命入学式もまだなのに学生部員として活動始めていた。遊んだり、呑気にしたりしていることが自分には許されないと思っていた。またそれだけカメ太郎は悩みも深かった。

 

 

 

                      ----4月20日----

 

 カメ太郎は一度は言友会をテーマにした研究をやめて、他人数でしているグループに入れてもらっていた。でもカメ太郎は次第次第に罪悪感に苦しめられるようになってきていた。またカメ太郎は今まで何のためにこの病気で苦しんできたのだろうと思ってきていた。またこのハンディを背負って送ってきた苦しく寂しい日々のことを思い返してきていた。カメ太郎は研究発表会で前に出て発表するのが怖かった。カメ太郎の卑怯な心は楽な道を選んでいた。

 カメ太郎は卑怯だった。カメ太郎は長崎や他県の言友会の人にこんなに協力をしてもらったにも拘らず、カメ太郎は無責任にも楽な要領のいい道を選ぼうとしていた。カメ太郎は卑怯な要領のいい人間になろうと思っていた。またこのことに時間をとられて卒業試験に落ちてしまうのが厭だったし、それまでして言友会のことを発表する価値があるのだろうかとも思っていた。またそれよりも早く卒業して医者になって吃りの人を救うために吃りの研究をするべきだと思っていた。

 

 

                      (薬を絶つべきか否か)

 自分はジアゼパムを飲んでいる。ジアゼパムを飲むと吃らなくなる。でもカメ太郎はこの薬を絶とう、と思い悩んでいる。

 ジアゼパムは精神安定剤であり自分が病人(しかも精神科的な…自律神経失調症の病人としての…)であることの証明である。

 自分にとって薬を絶つことは理想論に近く、やはり薬なしにはやってゆけそうもない。

(薬は副作用は全くないが一時的効果しかない)

 薬を絶てば吃ってしまって発表会でとても恥をかいてしまう。発表できるかどうかも解らないくらい吃ってしまうと思える。それにポリクリのアナムネーゼでたいへん困ってしまう。回診のときには何も言えないだろう。しかし薬を飲んでいるというひけ目・罪悪感は強く、“自殺”までも考えてしまう。

 軽度の吃りならいいけれど重度の吃りになると社会生活上とても支障を来してしまう。電話で喋れない。

 薬を絶ち、宗教の道に走るか。宗教的奇跡的治癒を希って再び宗教に血を注ぐように頑張るか、自分は今煩悶しているところです。

 薬を麻酔だと考えてこれからも飲み続けるべきか。それとも吃りは自分の過去世での罪の故であり、その罪を消すために薬は飲まず吃って苦しい思いをしてゆくべきか。みんなから笑われ淋しい思いをしても、薬は飲むべきではないのか。

 

 しかし薬を飲まないと自分が医学部へ来た意味がなくなる。自分は吃りの治療法を見つけ出すために医学部へ来た。やはり今からも薬を飲み続けるべきだろう。

 

 それにベータ・ブロッカーへの期待がある。吃りはベータ・ブロック作用で軽くなるんだという考えがカメ太郎にはある。

 

 補習のとき、カメ太郎のことをあまり知らない先生から英語を読めなくて激しく罵倒された悲しい思い出…。そして泣きながら帰った道…。カメ太郎はでもそのとき心の中で必死に題目をあげていた。宗教を心の支えにしていたあの頃のカメ太郎は強かった。それなのに今夕暮れを見つめるカメ太郎の心はなんて寂しいんだろう。

 あの頃には希望があった。でも27歳になった今、その頃抱いていた希望はことごとく崩れていっていた。失望感かもしれないと思った。もう5時が近かった。クラブを元気いっぱいしている高校生の姿が羨ましかった。

 カメ太郎はバイクの方へと向かっていた。今日も養護の先生に会わずに帰ろう、と思った。会ったって何にもならないことが…早く治療法を見出す方が良いような気がしていたから…。

 

 

 

 

 

                      吃音                          三船カメ太郎

 

 自分がこのことを題材にしようと思いついたのは自分が今までそのことで苦しんできて、その孤独・苦しみを長年味わわせられてきたからです。カメ太郎たちは恵まれた医学生という集団の中に居て、他の人たちの苦しみを忘れ、そして将来も恵まれた医者という地位に着き、社会的に高い地位と収入を楽々と得られるようになっています。

 しかし世の中にはたくさんの苦しんでいる人…恵まれない人たちがいる。そして現代医学でもどうしようもない病気で苦しんでいる人たちは最近はセルフヘルプ・グループを造り、そして同じ病気で悩む者どうし慰め合い励まし合っている。(もちろん、セルフヘルプグループには様々なものがあって、断酒会・登校拒否児の会などがある。)

                    ----5月1日 東高にて----

 補習のとき、カメ太郎のことをあまり知らない先生から英語を読めなくて激しく罵倒された悲しい思い出…。そして泣きながら帰った道…。カメ太郎はでもそのとき心の中で必死に題目をあげていた。宗教を心の支えにしていたあの頃のカメ太郎は強かった。それなのに今夕暮れを見つめるカメ太郎の心はなんて寂しいんだろう。

 あの頃には希望があった。でも27歳になった今、その頃抱いていた希望はことごとく崩れていっていた。失望感かもしれないと思った。もう5時が近かった。クラブを元気いっぱいしている高校生の姿が羨ましかった。

 カメ太郎はこのレポートを『セルフヘルプグループ・言友会』と題して書き始めた。言友会とは吃音者のセルフヘルプグループで全国的な組織である。長崎では月二回会合が開かれて毎回3、4人ほど集っている。三度目の留年のときだったろう、カメ太郎はそこへ行った。でも3回ほど通ったきりでもう行かなくなった。始めこそ期待して行っていたが、あまりためになることもなかったし、その頃のカメ太郎は焦っていた。でも公衆衛生のレポートとして言友会をやろうとして再び行き始めた。その間、60歳になるとても吃りのひどい小さい頃から学校で本は読まされなかったという可哀想な人がいた。ずっと土方をしていてその頃は失職中だった。でもその人は5回ぐらい来てからもう来なくなった。

 いつも決まった顔触れが言友会の例会には来ている。単なる仲間同士の集まりのような気もしないではない。そのため自分は『セルフヘルプグループ』という題をやめ『吃音』という題に変えた。吃音者が受けている社会的偏見や差別をこっちの方がよく訴えられそうだったし、セルフヘルプグループの価値があまりにも小さいように思えたから。

 いまカメ太郎が見下ろしているこの長崎にも重い吃りの人は500人はいるだろう。でもそのたった3人ぐらいしか例会には集まらない。ほとんどの人は2,3回出席してもう来なくなってしまっている。自分も思ったように忙しいのに時間を割いてまでも行く価値がないと思ってしまうのだろう。

 東高にも現在かつてカメ太郎が苦しんできたのと同じように苦しんでいる者が学年に一人ぐらいはいるだろう。そして長崎県全体やそして世界中の吃りで苦しんでいる青少年のことを思うと辛くてたまらない。今までに何万人の若者が吃り故に自殺していっただろう。吃り故に孤独になってしまっている青年は今世界に何万人いるだろう。カメ太郎は吃りはきっと治せると思っている。一時しのぎでしかないけれども吃りによく効く薬がもうすでに開発されているけどまだほとんど知られていないだけだと思っている。それに外科的療法も考えられないではないと思う。

 カメ太郎は今これを東高のグラウンドの横の芝生の上で書いている。泣きながら帰っていった道が見えていたし、振り向けばカメ太郎が苦しみ抜いた教室が見えている。

 カメ太郎は立ち上がりバイクの方へと歩いていっていた。信仰の道に戻ろうと思っていた。同志を7年半も裏切り続けてきた自分を恥づかしく思っていた。そして立ち直ろうと思っていた。

 

 カメ太郎はバイクの方へと向かっていた。今日も養護の先生に会わずに帰ろう、と思った。会ったって何にもならないことが…早く治療法を見出す方が良いような気がしていたから…。

 

 

 

 

 この鯉はいったい何を考えて生きているのだろう。この泥の中で…

 

 水になれ

  空気になれ

 

 

 

 

 

 

 

 夕方、勉強をたくさんして、能率がとても上がって、幸せいっぱいに帰ったあの坂道。夕陽にカメ太郎は幸せいっぱいに包まれていた。結局あのコと会えなかったけれど、そのことがちょっぴり残念だったけれど、今日6時間以上も一生懸命勉強したから…。 白いあのコの姿をカメ太郎は一目見たかった。10日間カメ太郎は苦しみながらきっと医者になるのだと思って勉強してきた。カメ太郎は10日間、このノドの病気を呪いながらひたすら勉強してきた。幻のようなとても美しかったあのコの姿を思い出しながらカメ太郎は勉強してきた。

 あの日、見えていた南山手や長崎港の光景ももう十年前のものとなろうとしている。カメ太郎はあの頃も孤独だったかもしれない。今、カメ太郎は創価学会に戻りかけていて孤独から脱しようとしている。でもまだカメ太郎の心は揺れている。創価学会をやめようと一日一回は思ってしまう信仰弱いカメ太郎だ。

 

 でもカメ太郎は十年経ってもあの坂道の柳の葉のことを思い出すことができる。坂道の横の家の玄関に揺れていた柳の木と葉をカメ太郎は今でも思い描くことができる。寂しげな長崎港や愛宕の丘がその柳越しに見えていた。テレビ塔や遠足に行った○○山も見えていた。

 もう6月の中旬だったけれどその日は涼しかったと思う。カメ太郎は夕方その坂を両手を組んで寒がりながら駆け降りた。寒かった。

 

 もうカメ太郎が水族館前のバス停に着いたとき日はとっぷりと暮れていた。あのコの瞳のようなまあるいお月様が海の方の空に懸かっていた。

 

 まあるいお月さまはあのコの瞳のようで

 孤独に打ちひしがれていたカメ太郎を慰めてくれた

 カメ太郎は寂しさに耐えながらバス停から家まで帰った

 そうして一時間二時間と夜の勤行と題目をした

 

 

 

 

 

 

 

 カメ太郎はこの頃、十年前のあの思い出のことを思って歩いた道を…浦上川の川沿いの道を…平和記念会館がその川沿いに出来たからよく通っているけれど…もう君は遠い何処かへ行ってしまっているような気がする。カメ太郎の手の届かない遠い何処かへ…。

 

 

 

 

 

 

 

 いつか君とこの海岸へ来て…この澄み通った海岸へ来て…二人だけで泳ぎたかった。もう君とは七年間も会ってないけれど…。君とはまだ口もきいてないけれど…。

 

 

 

 

 

 

 

 カメ太郎はもう駄目かもしれない…と誰かに告げたい。そして暗い闇のなかで永遠に休み続けたい。カメ太郎はもう疲れ果てているのかもしれない。カメ太郎は永遠に横たわり続けたい。静かな所でカメ太郎は横たわり続けたい。…………

 

 

 

 

 

 

        飛行機にて

 

 君は幸せに死んでいった。孤独にうち震えるカメ太郎と、10数年前に死んでいった君と、どちらが幸せだろう。

『寂しいの。カメ太郎さん。寂しいの。自殺したら、とても寂しいの。死ぬ前の方がずっと良かったわ。』

 カメ太郎はブタ子さんのその声を聞いて自分の耳を疑った。自分も死んで楽になりたかった。しかし、あらゆる宗教や、ブタ子さんの声に一致するように自殺したら、もっともっと寂しくて苦しくて辛い境遇に置かれることを思うとカメ太郎は死ねないな、と思った。這いつくばっても生きてゆかなければいけないな、と思った。

 

 

 

 カメ太郎はクロやアラカブやクサビをたくさん釣ったBOXを肩にかついで、白いライトバンの(マツダのルーチェだった。)へ向かって歩いていきながらたくさん鼻水をたらしていた。寒くて、凍るように寒くて、

 家に帰って来たときカメ太郎の顔を見て母はすぐお風呂に入るように言った。鼻水が氷ついていて、でもカメ太郎はあんまり寒さを感じなかった。

 

 

 君は君を置き去りにして去ってゆくカメ太郎を恨しげに見つめながらも、カメ太郎と父とカメ太郎と父のボートを懐かしそうにとても懐かしそうに見つめていた。君は寂しくて、寒くて、

 

 

 岬の下の魚は、人が落ちてくるのを待っている。

 でもブタ子さんはここまで来れないし、

 カメ太郎かゴロが落ちたって、

 カメ太郎もゴロも泳げるからすぐ岸辺にたどり着いてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

                    H2.3.10

(天国のブタ子さんへ、そしてゴロへ。)

 カメ太郎はとても迷っている。毎晩毎晩お酒を飲む習慣を絶とうと愛知県なんかへの出稼ぎに行こうか、それともこの春休み、毎日図書館へ通って勉強しようか、迷っている。

 このままじゃ自分の躰も頭もボロボロになるような気がするし、かと言って季節工として2ヶ月間自分が働けるかとても気の変わりやすいカメ太郎だから解らないし、

 のんびりと勉強をしてこの春休みを過ごそう、と思う。そしてそのうちにカメ太郎の対人緊張や吃り、ノドの病気も綺麗に治ってゆくと思う。やっぱりクリスチャンになろうと思う。クリスチャンになればカメ太郎の病気はすべて治ってしまうと思う。

 カメ太郎からカメ太郎を呪ってきた悪霊が消えていって、あと一つ、でも死神だけは残り続けるような気がする。でもカメ太郎の対人緊張、吃り、ノドの病気が治ればカメ太郎は明るくなって自殺なんて考えないとても明るい自分になれると思う。

 明日、バプテスマのための講習を受けようかどうかとても迷っている。それとも午後一時からの青年会へ行って、まだ吃りで対人緊張もそのままのカメ太郎だけど、そのうちきっと治る、と思ってそれに参加しようか、とも考えている。

 

 

 

 君は海の底で産声を挙げているようだった。

 カメ太郎がそっと海面に耳を近づけるとそう聞こえた。

 でもそれが死んでから十一年経ってもまだ苦しんでいるその苦しみの声だったなんてカメ太郎は思ってもみなかった。

 

  君は海の底ではまだ苦しめられているのだった。

 カメ太郎は死んではいけなかった。カメ太郎は自殺の計画をやめた。君の苦しみの声が帰り際、まだカメ太郎の耳に鼓玉していた。

 

 

 

 

 

 

 

                                      (1990・3・29)

 カメ太郎も幸せになれる日が、いつ来るのだろう。十年前、その日は近いと思っていた。でも十年間、何にもなかった。もう1990年の春なのに何もない。カメ太郎はいつまでも苦しむばかりだ。早く最後の日がやって来ると、今、欲望をむき出しにしてお金や地位を獲得した醜い彼らは、その他人をけ落とした罪の故に、落ちぶれ果て、そして良心に従って、苦しみ抜きながら人のため不幸な人のためにと自分の身をすり減らして涙のにじむような戦いをしてきた人は救われる日が来るのに、と思いながら、カメ太郎は毎日図書館に通い、“対人緊張”と戦いながら勉強している。何が真実か解らなくて煩悶しながら。

 

 

 

 可憐な君が

 天国へ旅だった君が

 いつか帰ってきてくれると信じていた。

 カメ太郎は下界で

 塵埃の立ちこめる下界で

 君が死んでから十二年生きてきた。

 ほとんど一人で

 カメ太郎は孤独に生きてきた。

 

 カメ太郎は二十八になった。

 カメ太郎の前に女の子はほとんど現れなかった。

 ほとんどカメ太郎は一人きりだった。

 とくに最近の五年間は

 とても孤独だった。

 去年、夏ごろ、創価学会に戻って戦い

 久しぶりに青春を謳歌したけれど。

 

 カメ太郎は十二年待っていた。

 君は戻ってきてはくれなかった。

 カメ太郎は十二年孤独だった。

 

 

 

 二人で浜辺に座ったこと

 

 すぐ貝が見えてたけど

  実際はとても深くて取りきれなかったこと

 

 

 

 カメ太郎にとって、

 少年の頃

 幸せな時代はいつのことだったろうか、と思ってしまう。

 みんなぼんやりと

 かすんで見える。

 

 

 

 海が見える。

 君が泳いでいる。

 ゴロと泳いでいる。

 カメ太郎らの思い出のペロポネソスの浜辺の先の

 立石の浜辺で

 君とゴロが泳いでいる。

 

      (人の少ない教室の一角で。1990・4・27 AM10:11)

 

 

 

 

 

 

 

 

                      1月24日 AM11:40

 ブタ子さんへ、ゴロへ、

 カメ太郎は今、空を飛んでいる。もうだいぶ高く飛び上がっていて大村湾が真下に遥かに見える。でも今日は小雨のためか霧でもう見えなくなりました。

 まっ白い霧だけが今見える。…でもここまでクルマで高速道路を使って送ってくれた父…。また留年しそうなカメ太郎。異常にあがる性格が治れば、と大阪の気功法のところへ向かっているカメ太郎。卒業試験でまた呪われたように大失敗してしまったカメ太郎。カメ太郎には悪霊が憑いているんだ、という思いが離れない。あのとき憑渭した死神がまだカメ太郎から離れていっていない。

 明るくなればいいんだなあ、と思いながらも明るくなれない。可愛い彼女でもできたら明るくなれるのになあ、と思いながらもカメ太郎の顔のこわばりのためできない。母や父を安心させ、幸せにしてあげたい。でもいつも失敗ばかり、不運ばかりのカメ太郎。

 霧は晴れてもうずっと雲の上になった。このままカメ太郎もブタ子さんやゴロの待つ天国へと旅立てたらなあ、と思いつつもカメ太郎にはやっぱり父や母がいるから…。父や母を幸せにしてやらなければいけないから。

 幸せが何処からかカメ太郎の処まで飛んでこないかな、と思う。誰か金持ちのお嬢さんと恋人になりたい。

 幸せはカメ太郎にとって本当に何処にあるのだろう

 また留年して最後の在籍できる学年を迎えようとしているカメ太郎。

 あがっているんだ、合格してるんだ、という希望も少しあるけど

 そうしてそう思い込もう。そう強く念じ込もう、と思っているのだけど

 

 カメ太郎の病気が治ればカメ太郎は幸せになってそうして父や母を喜ばせ安心させることができるのに…と思うのだけど

 

 

 

 とおすぎる雲 とおすぎる幸せ

 

 

 

 綿菓子のようなカメ太郎になろう

 浮き雲のようなカメ太郎になろう

 そうしたらカメ太郎の病気(対人緊張)も治ると思う。

 

 

 

 

 今、はやっているtransmeditationのことですけど、カメ太郎も以前、やっていました。でもあまり効果はありませんでした。大阪まで西野式呼吸法を習いに行ったたこともあります。真光教に通っていたときもあります。でも一番なのは法華経です。哲学的にもものすごいです。南無妙法蓮華経と御本尊様の前で全身の力を抜いてゆっくりと静かに唱えると15分もしたら目の前が光輝いてくるようになります。カメ太郎だけでなくほかの人もそう言います。

  たぶん、百倍はmeditationと違います。

                                          GCC01471

 

 

 

 

 

 

 ブタ子さん。また夏がやってこようとしている。もう29になった夏の海だ。でもカメ太郎の心はやはり焦燥感に包まれている。でも今のカメ太郎は以前のカメ太郎ではない。今のカメ太郎には創価学会の信仰がある。苦しみに負けない強いカメ太郎にカメ太郎は変わってきている。

 今のカメ太郎には創価学会がある。カメ太郎は負けない。苦しみに負けない。

 

 カメ太郎は以前のカメ太郎ではない。カメ太郎は強い自分に変わってきている。毎日3時間ぐらい題目をあげてカメ太郎は強くなってきている。カメ太郎は変わってきている。

 

 もうめそめそしたカメ太郎ではない。今もまだとても苦しい。でもカメ太郎は強くなっている。苦しさはそのままだけどカメ太郎は強くなってきている。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 去年の九月、立山のバスがわずかに通る小さな県道でバイクとバスを追い越して対向車線をはみ出していた乗用車が正面衝突した。雨上がりの濡れたアスファルトの道であった。また、雨もまだ少し降りかけていた。

 バスを追い越して向かいの駐車場に入ろうとしていたクルマを避けようとしてバイクを運転していた青年は急ブレーキをかけた。ブレーキはロックし、タイヤは滑ってそのまま転倒した。転倒した自動二輪車(250cc)はそのまま青年を引きずって雨に濡れた路面を滑った。そして対向車線からはみ出していた自家用車の車体の下へとなだれ込んでいった。

 

 

 後頭部から前頭部にかけての長い線状骨折が左右に陥没して走っている。フルフェイスのヘルメットをしっかりと被っていてそれだけの陥没線状骨折が左右対称にできるほど激しく頭部を打っている。

 

 

 

 

 彼が立ち直れるかどうかは分からない。あとは彼の気力次第だろう。また彼をとりまく環境が彼の立ち直りを支えるものであるか、彼が立ち直るのが不可能になるような環境であるかがすべてのような気がするが、彼には強い信仰心がある。彼は信仰を心の支えにしてきっと立ち直ってくれることを祈っている。

 

 

 

 

 

                           

           

http://homepage2.nifty.com/mmm23232/2975.html