ショートコラム:「小説仕立てのビジネス書」
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最近、一見企業小説のような形を取りながらその中に経営的エッセンスを盛り込んだ「小説仕立てのビジネス書」という新しい本のジャンルが生まれてきつつあるように思います。

おそらくこういったジャンルのビジネス書を生み出して最初に成功を収めたのは、TOC(Theory of Constraint:制約条件理論)を唱えるゴールドラット博士でしょう。TOC理論には、生産改善手法、思考プロセス、プロジェクト管理という3つの分野がありますが、その中心となるのは生産改善の手法です。TOCの生産改善理論は、新しい理論ではありませんが、数々のアメリカ企業でめざましい成果を上げたことから、アカデミックな場でも認められるようになりこのところ日米両国で一躍注目度を増しています。

ゴールドラット博士はTOC理論を構成する生産改善手法・思考プロセス・プロジェクト管理のそれぞれを説明する次の3冊の小説を書き、そのどれもが世界中でベストセラーとなっています。

(1)『The Goal: 2nd revised edition』E.M.Goldratt, North River Press

TOCの生産改善手法TOC普及の原典となった「小説」。初版は1984年で、この2nd revised edition(第3版)が1992年。13ヶ国語以上に翻訳されており世界での初版からの延べ販売数は250万部を超す大ベストセラー。

(2)『It's not Luck』E.M.Goldratt, North River Press

TOCの思考プロセスを描いた小説。

(3)『Critical Chain』E.M.Goldratt, North River Press

TOCのプロジェクト管理手法を描いた小説。

(注)
残念ながら、ここで紹介したTOCに関する3冊の小説はいずれも日本語版が出版されていません(注:2001年5月、ついに『The Goal』の日本語翻訳本が刊行されました)。TOCに興味を持たれる方は以下の2冊の入門書があります。これらの稲垣氏の本もゴールドラット博士にならって、小説風の解説を盛り込む工夫がなされています。

(1)『TOC革命』稲垣公夫著、日本能率協会マネジメントセンター、1997
     TOCの概要(生産改善手法と思考プロセス)を紹介した読みやすい本。

(2)『TOCクリティカル・チェーン革命』稲垣公夫著、日本能率協会マネジメントセンター、1998
     TOCのプロジェクト管理手法を紹介した本。

TOCの元祖、ゴールドラット博士はTOCの生産改善手法(当事はOPTと呼ばれていた)を生み出した当時、その改善手法をソフトウェアに盛り込んで、ソフト会社から販売・提供していました。そのアルゴリズムは公開されず、企業秘密として扱われていたのです。ソフトウェアは高価なものでしたが、よく売れ、利用した企業では改善手法の効果が現れました。しかし、その後その基礎的な考え方だけを「The Goal」で公開したとたんに、それを読んだ製造業がそのソフトウェアを使わずに使った企業以上の効果を上げてしまったのです。

これなどは、高度なツールよりも、その基礎となる考え方を理解することがいかに重要なのかを物語っていると思います。おそらく、会社のような共同体では個々の構成員がどれだけ仕事の本質的な目的とそれに対する自分の役割を認識しているかによって、大きく成果が変わるものなのでしょう。コンサルティングを本業とされている診断士の先生が、よく経営者には何回も何回も同じことを言わないといけないとおっしゃっていたのが耳に残っています。それとて、たとえ最初は経営者1人であったとしても、本質的に物事を理解すればそこから出てくる行動は説得力があるということなのではないでしょうか。

日本では、組織風土改革に関するコンサルティングをされている柴田氏が書かれた以下の小説仕立てのビジネス書がベストセラーになっています。

 「なぜ会社は変われないのか−危機突破の企業風土改革−」柴田昌治著、日本経済新聞社、1998

今まで常識や当たり前だった組織風土を変えるとなると、容易にできないことは明らかでしょう。個々人の常識感覚や意識を変えていくなど、1時間や2時間のミーティングで済む問題だとは思えません。柴田氏は「なぜ会社は変われないのか」の中で、組織風土変革のための手法として氏の前著である「コアネットワーク・変革する哲学 −自主性・自発性を組織する日本的改革の方法−」を「オフラインミーティング」の出席予定者にあらかじめ読んでおいてもらうという手法を紹介されています。おそらく、今なら「なぜ会社は変われないのか」の方を読んでもらうことになるのでしょう。

TOCのコンサルティングでも、たとえばある会社が全社的にTOCを取りいれることを決めた場合には、アメリカの某企業では全社員に「The Goal」を読んでもらったようです。また「The Goal」にせよ「なぜ会社は変われないのか」にせよ、こうしなさいよという説明に留まらず、そのプロセスとそこに生まれる数々の疑問点を小説仕立てで語りかけるところに、工夫があり感心します。柴田氏が著書の中で述べておられますが、指導をするというスタイルのコンサルティングではなく、クライアントと一緒に悩みながら解決方法を考え、共に改善を進めていくコンサルティング・スタイルを取られているそうです。そういえば、先日滋賀県の中小企業振興課の方とお話していたら、中小企業の診断も以前のコンサルタントの先生からの一方的な提言という形から、経営者の意見を聞きながら改善項目を作っていく方向に変わりつつあるということを言われていました。

教育の手法として、またコンサルティングの手法として「小説を使い、わかりやすくそのプロセスを語る」というのは、1つの新しい手法として注目すべきものではないでしょうか。TOCを日本で紹介している稲垣氏の2冊の本も、この手法を本の中で取りいれています。私は、柴田氏も「The Goal」を知っていて「なぜ会社は変われないのか」を書かれたのではないかと想定していますが、本当のところはどうなのでしょうか?

ところで、ゴールドラット博士の本は一流のサスペンスといえるレベルの本格小説として仕上がっていますが、ここで紹介した和書はどちらかというと経営書を小説仕立てにしたという経営書よりの仕上がりになっています。たとえば「なぜ会社は変われないのか」は読んでいると「こんなにうまく行くはずないや」的なフィクションですが、「The Goal」の方はそういう感覚を持たせず、純粋に小説としても楽しませてくれます。本来は物理学者で今は企業のコンサルタントであるゴールドラット博士は、この本を書くために本物の小説家の力を借りたのだそうです。

(注)ここに出てくる本は、私の好きな本のページでも紹介しています。

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