ブックレヴューなんていらない!?
とかなんとか言いながらも
「1997年のベスト作品」レヴュー
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▲ペーパー版表紙
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何度も書評にだまされた。ヒマつぶしどころか、
時間の無駄としか思えない本をつかまされた。
他人の書いたものを肴に無責任な暴言を吐く。
そんな批評なんて糞くらえだ。
……それでもたまには入り用に思えることがある。
自分がすでに気に入ってるものを、
思いもよらない言葉でほめちぎっている批評だ。
それには、なんとなく焦りを感じてしまう。
一人の女の子を争っているとき
「おれはあいつとは違う、カラダだけが目当てじゃない」
なんて考える、
その勝手な憶測でしかない敵の視点を、
はっきりと形にして突きつけられるような焦りだ。
――というわけで、今月は悪口の入るスキがない、
スタッフお気に入り作品のブックレヴュー。
この作品を、読みのがしなく!
『イン・ザ・ミソスープ』村上龍
『口唇論――記号と官能のトポス』松浦寿輝
『着ること、生きること』光野桃
『誘惑者』高橋たか子
『イギリス人の患者』M・オンダーチェ
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イン・ザ・ミソスープ 村上 龍(読売新聞社刊 1500円)
恐い。こんな恐い小説を初めて読んだ。その恐さは、自分が話中の殺人者の標的になりえることの恐怖にとどまらず、この殺人者がもつ不自然さが、自分のこととして身に覚えがあるからだ。それは自分が人を殺してしまうかもしれないという恐怖ではない。なにかこの殺人者が、他人とコミュニケートする能力に関して、例えば今にも自分を殺そうとしてる人間と対峙した時、口にする言葉を持っているか、といったような、ただならぬ問題をつきつけてくるからかもしれないが、はっきりと言葉にできない。はっきりしないからこそ、よけい不安に駆られる類の恐さだ。目前で殺戮が行われているなか、主人公ケンジが、殺されるかもしれない恐怖を超えて、護身用ケミカルメスを持っていることを恥じるような心理の流れがあるが、読んでいると、命がかかった緊張時における人間の計算みたいなものの息苦しさが、言葉の限界を超えて自分の中に「入りこんで」きた。分裂病者が、何でもない壁の染みに「あいつは俺を陥れようとしている」というメッセージを読み取ってしまうようなメカニズムに、自分が強制シンクロさせられた気分になる。この種の恐怖を与えてくれる小説は、記憶の限りこれだけだ。/青木敬士
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『口唇論』記号と官能のトポス 松浦寿輝(青土社 2600円)
書くことの本質的な現場は指や視線や性器でなく唇である。そのなまなましさ、激烈さを唇によって記述し尽くしている本書は、書き手たらんとする者にとって素晴らしく啓発的な書物と言えよう。うっとりさせる文章もよい。97年、著者は他に二冊の本(『謎・死・閾』と『ゴダール』、共に筑摩書房)を出しているが、本書の密度が群を抜いている。/寳 洋平
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着ること、生きること 光野桃(講談社)
美しい本だ。自分の大切な人にだけ贈りたい本だ。T装うUということへのこの人の思想が、そのままタイトルに表れている。
装丁がいい。著者の思い出のこもったコレクションの写真がいい。そして何よりも、よく吟味された文章がいい。胸がスッとするような、品の中にも暖かみのある文章。お洒落することへの背伸びや羨望を煽るのではなく、もっと自分が自分であること(=お洒落)を楽しんで、という励ましを与えてくれる。やはり、自分が大好きなものを語る文章は、人への思いに満ちた文章は、とてもいいものだ。
女は年をとるにつれ色褪せていくのではなく、年とともに現れてくる新たな美しさがある、という。ぼくはこの本をお義姉さんに勧めた。二児の母で、以前のように自分のためだけに服を選ぶなんてできなくなったろうと思うのだが、この本を読んで、妻でもなく母でもない、一人の女としての自分にまた気付けばたのしいんじゃない、と。綺麗になって(もともと綺麗な人だけど)、最近安心しきっているぼくの兄貴をおどかしてやれよ、と、そんな意味をこめて。/木村友祐
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誘惑者 高橋たか子
三原山で友人の自殺を幇助する女学生というこの物語設定はある意味人と人との関りの限界であり、高橋たか子はその限界を執拗に突いて見たことのない風景をわたしの前に生み出した。硫黄の匂いのする紫色の煙の中でふわりと揺れる毛糸のマフラーや紺色のオーヴァの背中の向こうに垂直に落ちこむ黒褐色の溶岩の姿を脳裏に描いたことがあるか、そして描くことができるか。その恐ろしいほど壮大な負の力にわたしは身を固くし精神を張り詰めてページを繰りながらいつしか、この女はわたしだなどという危険な夢想に耽っている自分を知る。そんな自分に少し戸惑いながらもこれこそが物語を読むことの幸福だとわたしは実感し、同時に『誘惑者』を経験した自分がますます物語に傾倒していくのを感じるのです。/大塚真祐子
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『イギリス人の患者』M・オンダーチェ著 土屋政雄訳
新潮社・新潮現代世界の文学 ¥1700
『イギリス人の患者』というよりも、アカデミー賞作品賞ほかを受賞した映画『イングリッシュ・ペイシェント』の原作と言った方がわかってもらいやすいのではないでしょうか。アカデミー助演女優賞を取ったジュリエット・ビノシュにひかれて原作を手に取りましたが、読む前までは、映画で主人公的立場にとらえられているTイギリス人患者Uの渡辺淳一的T美しい愛の自慢話Uのオハナシなのかと思っていました。が、その思い込みはみごとに裏切られ、そこには乾いたトスカーナの空気のなか、戦時中にどんな人がどんなことで傷つき、どんなふうにそこから立ち直ったか、あるいは立ち直れなかったか、というオハナシがあったのでした。第二次世界大戦後、人の死の気配がまだ濃厚に立ちこめている場所で、自身と死の両者を携えた人たちが出会い、出会うことでT死Uとどう折りあっていくか。決して乗り越えよう、とか、忘れてしまおう、とか、癒されようとするのではなく、抱えたまま生きていく強さ(それはT死UでもT愛Uでもいいんでしょうが)を強く感じました。一点にとどまるのではなく、そこから流転していく覚悟と強さ。
読み終わったときは、とにかくT乾いているUという印象が強く残りました。高温多湿の国・ニッポンではこのような話が生まれるのは、ちと難しいのではないか。乾いた異国の乾いた情景描写は秀逸です。/若林紀久子
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