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 もらっぷフライヤー4号「本屋スペシャル」1998-9&10 No.04
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「本屋スペシャル 」


MF-4号



書店員が語る本屋の内側、
街をぶらついて見つけた素敵な書店…
なぜか「本屋」勤務経験率の高い本誌スタッフの贈る、
本屋をめぐるショートエッセイ5編。

「H本までの130マイル」        青木 敬士

「報償券はバーコードの夢を見るか?」 若林 紀久子

「四年目郊外書店員のささやかな哲学」 大塚 真祐子

「気に入った書店」            寳 洋平

「本屋のコンチクショウ。」       木村 友祐

(各コラム末尾のプロフィールは1998年当時のものです)

←ペーパー版の表紙です(190×68ミリ)



H本までの130マイル
青木 敬士


「ありがたみ」ってコトバ、日本語にはありますね。「価格破壊」ってコトバが多分その天敵なんじゃないかとワタシはにらんでおります。たやすく手に入るものに心はあんまりはやらない。毛が露出しているような写真集を「はやりもの」にしちゃあいけないのでございます。せっかく「毛はダメ」というタブーをお上がでっち上げてくれていたのですから、せめて「あんなものを買うやつは女にもてないブ男だけよ」というようなコンセンサスを世に広めておかなくては、本屋におけるドキドキの攻防戦が消滅してしまうではありませんか。

 えろほんを眺めて一人こそこそ頁をめくることよりも、それを買いに行くときのドキドキ感のほうがやはり胸高まるものがあって、後ろめたさとエロティシズムの絶妙な関係を、多くのガキはそこで学習することになります。「声かける前にあきらめて、順序が違うとこが純情」と所ジョージさんの歌にもありますが、遠回りこそ純情の基本であり、純情はその駆動エネルギーがエロである矛盾をかかえるがゆえに、はかなく美しくまたミットモナイのでございます。

 ところで本屋のレジではスリップ(報償券)抜きという作業を行いますが、近頃のえっちな写真集はシュリンクラップがかけてあるので、上をちょいとカッターで切ってスリップを抜かなくてはなりません。ところがラップのせいでページが圧着されているので、摩擦でなかなか抜けないことがあるのです。せっかく客が途切れたところを見計らってレジにきていただいたというのに、ワタシがそんな作業に手間取っているあいだに「egg」をかかえた女子高生グループが後ろに並びだすという、男性客にとって最悪の事態がおとずれたりします。それを憂慮してか、最近ではラップの外に小さなビニールの封筒をつけて、そこにスリップを入れる出版社も増えてきました。が、そんな、エロを去勢するような配慮は大きなお世話だとワタシは思うのです。

 この夏北海道をバイクで旅した時の話ですが、大雨に降られて札幌の友人宅に身を寄せた日、クルマならということで、その友人の運転で200km以上離れた帯広までドライブというはこびになりました。雨の夜の峠越えなんてことをしながら彼が目指したのは、帯広にある某ビニ本屋なのでした。裏手の駐車場から直接裏口にアクセスできる店の造りは、とてもその手の気分です。土地に余裕のある北海道の地方都市のなせる技でしょう。ビニ本屋なら札幌市内にだっていくらでもあるのですが、その買いに走る距離のケタ違いの遠さに、彼の後ろめたさとともにあるエロスの健全さ?をかいま見て、彼との友情が中学の頃からずっと続いているワケがわかったような気がいたしました。

青木敬士/本誌編集長。近所のお気に入りの書店ではバイトをしないことをお薦めします。辞めた後に立ち読みしずらくなるから(経験者は語る)

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報償券はバーコードの夢を見るか?
若林 紀久子


 本屋においてある本にはぴらぴらした紙がはさまってます。立ち読みするときに邪魔なあの紙です。紙には『報償券』という名前がついています。版元によって、さらには文庫や書籍、コミックといった本の種類によって、報償券の色や形は千差万別です。万引き、もしくは書店員の抜き忘れなどでうっかりと本屋以外の場所にたどり着くと、まず真っ先に捨てられる運命をたどる紙です。

 最近はバーコードで本の売れゆきをチェックし、在庫の管理をしているようで、報償券の存在というのが今ではどうなっているかわかりませんが、私が大学生時代に本屋でアルバイトをしていた頃は、その紙をレジで回収し、何枚か集めて(だいたい100枚単位で受け付けるところが多かったな)、版元、すなわちその報償券を挟んでいた本を出版した会社へ送り返します。すると、『そなたの書店は、よく我が社の本を販売してくれているようだな! あんたはエライ!!』ということで、いろんな品物がプレゼントされるようでしたが、その品物がなんだったのか残念ながら覚えていません。もしかしたら本を入れる紙袋のような、本屋ではごくごく当たり前に消費されて無くなるような品物だったのか、さもなくば全国の書店員がかけているエプロンのようなものだったのかもしれません。

 報償券は、そのような『報償』だけにつかわれるのではなく、販売された本の再注文ができる、という役割も持っています。報償券が『報償券』の役割を果たすのはあの二つ折りになっている半分だけで、あとの半分は、日販や東販といった本を版元から書店へ流通させている会社に送ると、また同じ本が注文できるという仕組みになっています。あなたの家の近所の本屋、最近どうですか?
 売れる本ばかりが重宝されているようで、本棚にはあまり読みたくなるような本がない。
 もしくは自分が読みたくなるような本が少ない。そんなこんなで大都市の大本屋に本の買い出しに出るという人も多いのではないでしょうか? この、同じ本が注文できるというシステム。活用しない手はありません。まず、欲しい本があったら、その場でぐっとこらえつつも、出版社と書名をチェック! そして近所の本屋から注文を出す! 当然、あなたの手元にその本が届くのが少々遅れます。しかし、その本が売れたという実績と、そして『報償券』がその本屋には残ります。そして少々の売り上げも…。その本屋が、その報償券を使って再注文をするかどうかはわかりません。でも、もしまた同じ本がその本屋にやってきて、あなたと同じ本を誰かが手にする時がきたらどうでしょうか。学校の図書室で、本についている図書カードをひっくりかえして、初恋の人が読んだ本を探す気持ちとどこかでつながっているような気がしませんか? 

 そんなこんなで、近所のフツーの本屋をあなた好みに仕立て上げることも不可能ではないし、そうやってローカルな本屋を、万人の愛読書ばかりのラインナップから、自分の読みたい本のある本屋へと“鍛える”ことは、流通の末端にいる我々消費者兼読者の責任ではなかろうか!!!!!
 ※ちなみに、書店では売れ残った本を版元に送り返せる「返品」というシステムもあります。

若林紀久子/神奈川県葉山町在住。大学時代に東京都東久留米市の書店「黒目書房」でアルバイト経験あり。好きだったオシゴトは、レジ打ち、文庫のカバー掛け、返品の本を段ボールに詰める、ふがふが言ってるおじいちゃんの注文判断、販促グッズの大盤振る舞いなど。

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四年目郊外書店員のささやかな哲学
大塚 真祐子


 お客様は自分の読む本は皆知っていると思って本屋に来る。だから本のプロであるはずの書店員がお客様の捜している本にはて、と首をかしげたらお客様はこの本屋は使えないと即判断し、女性ならフンと鼻を鳴らして、ああもういいわ自分で捜すから、と靴音高く去り、男性なら、それくらい勉強しとけっ、と、語気荒く店を出る。

 そういう情報は特に郊外では広がりやすいので確実に五人は客が減り、仕打ちとしては当然であると書店員は反省しなければならないが、なにしろ毎日膨大な数の本が発行されている今、正直言ってこんなものどこから見つけてきたんだという本を捜しにくるお客様は、書店員の勉強量を遥かに越えて多い。

 そこでお客様が捜している本に首をかしげる前にすべきこと三つ。

 まずその本がありそうな場所を二か所以上捜すこと。例えば夏坂健のゴルフエッセイを文芸書の棚に置く人、スポーツ誌の棚に置く人、実用書のスポーツコーナーに置く人と、書店員にも様々な人がいるから複数箇所を捜す。

 二つ目は必ずその本があると思って捜すこと。ないよこんな本ないないと思うと本が隠れるのでたどっても見つけられず、お客様が帰った後でひょっこり出てくる。この本はここにあると信じて捜すと本の方から出てきてくれる。

 そして三つ目はお客様ときちんと向かい合うこと逃げ腰になるとそれだけで疑われるのでとにかく自信を引っ張り出して対応する。その本自体を知らなくても関連する知識を二つ三つ喋れば客はのってくるので捜すほうは余裕が出て柔軟な対応ができる……なんていうわたしのささやかな書店員哲学をマニュアルのないのどかな郊外の書店では述べる機会があまりないのでこの紙面を借りて一部まとめさせて頂きました。そして今日も明日も四年目郊外書店員はお客様が捜しにきそうな面白い本たちをどうやって目立たせようかと胸弾ませて悩むのです。

大塚真祐子 / バイト歴3.5年、社員歴0.5年の四年目郊外書店員。書店の品ぞろえは日々変化しているので、皆さん毎日書店に足を運んで下さい。

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気に入った書店
寳 洋平


 この夏、妙な癖が付いた。目覚ましに外へ出るかと歩いていて、駅前のバス・ターミナルまで来ると、心が離れ、目に付いたバスに乗ってしまう。終点までゆらり揺られている事もあるし、老婆同士の交わす、近所でよりはやや取り繕った挨拶を聞いているうち、何となく途中で降りてしまうこともある。いずれにせよそれでふらふら歩いている。いつの間にか焼鳥を一本追加するかどうか考えていたり、ぼんやり途方に暮れたように坐っているのに気付いて、ハッとする。そんな齢ではない、と叱るように言い聞かせる。

 ふらつくうち、気に入った書店を見つけた。悪癖の中にはっきりした愉しみが生まれたというわけだ。よくない兆候である。加速し、転がり落ちてゆくのは案外こんな所が入り口なのでは、と思いながら、既に止められなくなっている。気付くとバスに乗っている。

 書店は阿佐ケ谷にあり、名を書原という。店の中全体に、気の触れた天才のような匂いが漂っている。本の揃いが偏執的である。といっても特殊な本を扱う意図がある店ではない。ごく普通の書店にある本を元に、そこから塗り上げるように本を収集していった、という感じか。歩いているだけでこの過程を追体験させられ、頭がクラクラしてくる。

 昼過ぎに行った時、女の店員が電話をかけていた。注文した本の届いた旨を客へ告げるためらしい。この応対にまた感心した。忙しいのだろう、丁寧ではないし、要件を済ませば相手の返事も聞かずに切りそうな勢いではある。しかし力の抜き具合なのか、不思議とやさしく、不快にならぬトーンを心得ているようだ。私はカウンターの側の棚をじっくり見るような恰好でその実、客の不在や注文違いなどにも応変に、次々とこなしていくその女の声を聞きながらうっとりと立っていた。

寳 洋平 / 1974年神奈川県横浜市生まれ。現在日大芸術学部文芸学科四年に在籍中。

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本屋のコンチクショウ。
木村友祐


 文化の発信源を謳う本屋でも、その意匠を一皮剥いでみれば、何のことはない、一本の交通標識が突っ立っているだけだ。売れる本こそが善であり正義である、という。(つまらないけれど、)商いを続ける、そして拡大させるためには、当り前のことだ。店員も、特に本に思い入れがなくても全く問題はない。標識に忠実に、本を客を、テキパキ捌けるのがデキル店員。所詮どことも変わりはしない。それが一流かどうかは、また別だけど。
 でも、それでも人は本と"出会う"。買う側にとっては、時として手に取ったその一冊が、特別なものなのだ。もしかすれば、今後一生付き合う出会いになるかもしれない。人との出会いに似て、なぜかたまたま、その本だったのだ。誰が何と言おうと、どうしてもその本でしかありえなかったのだ。まるで、自分が結局は、自分でしかいられなかったように。
 いかに本屋が商売の倫理に支配されていようと、本屋とはそういう、相対性と絶対性、理想と現実がせめぎ合う最前線とししてあるのに変わりはないだろう。売れるから優先して置く、売れてるからちょっと買ってみる、そうした本の環境の中では、幸福な出会いなど実際は殆どないかもしれない。しかし、少ないけれどきっとあると信じているからこそ、ぼく達物作りする輩は、キビシサを前にあれこれ心を砕くのだ。目には目を、それも一つの方法としながら。

木村友祐 / 神保町一の某大型書店に八か月勤務。今年の運を全て奪われたと、爆破を夢見ている?

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