Home
 もらっぷフライヤー6号「走る」1998-12
About Flier Library Review LINK BBS BAKA-Box



「走る」

今月のMORAPPU FLIERは、
師走にちなんで「走る」をテーマにお送りいたします。
【〈師走〉】(しわす)陰暦12月の別称。極月(ごくげつ)。しはす。(参)太陽暦の12月にも言う。【師走油】師走に油をこぼすこと。火にたたられるとして、こぼした油に水を浴びせる習慣があった。【師走坊主】(盂蘭盆と違い、歳末には布施もないことから) 落ちぶれ、やつれている坊主。また、みすぼらしいものを例えて言う言葉。
▼メニュー
■ 疾走の青いリリック 大塚真祐子
――私こんなところまで来てしまった、と思う。
■ 疾駆する風のバイブル 青木敬士
――「キリン」がライダーのバイブルとして読まれる理由
■「走る」とその実践 寳 洋平
――走ることを実践に移していった中上健次の姿
■ 彼女の言い分 木村友祐
――走る現代作家たちと、プライベートな「走る理由」
■ 走る飛行機 若林紀久子
――世界一速い「助走」につきあう雑感。旅の始まりと終わり。

疾走の青いリリック
大塚 真祐子

 

 走ると、懐かしい気持ちがする。

 毎晩、飼い犬と家の門から芝生の広場のある一つ目の角まで、よーいスタートで走る。犬は私の合図でぽーんとはちきれたように走りだし、アスファルトを柔らかく蹴って、手綱を持つ私の腕をぐんぐん引っ張る。芝に戯れる犬の横で大きく息を吸うと、ほてった体の中でしんと冷えた空気がくるくるまわる。

 私こんなところまで来てしまった、と思う。 風をかきわけて空白になった私をかすめてゆく三つ編みにひっかかる紅白帽や、指の形に汚れたハイソックスの鮮やかさを懐かしさと名づける私のこころが、こんなところまで来てしまっている。風の冷たさに慣れたらそのこころも遠くなる。土曜日の子供のようによぎるすべてを伝えたい。正午の黄色い日溜を突っ切るお腹を空かせた子供のように、切りすぎた髪のこと、落としたボタンのこと、犬の首の白い毛の温かさを息もつかずに話したいと思うけれど、私はきっと話さないのだ。隠したことが多すぎて、土曜日の子供は遠くなった。

犬の毛は温かく、私の指をつるつる撫でて流れる。

走るととりとめもなく考える。朝がくると私はきまった時刻に、信号のない横断歩道と釣り堀のある坂道を抜けて、働く本屋へ自転車を走らせる。スピードをあげると、乾いた空気の固まりが喉にひっかかってきんと痛む。私は本当はもう走れないのかもしれない。けれど、立ち止まることも歩くことも知らないのでもっと速く走ろうとする。もっともっと速く走ろうとしている。

「走る」特集のメニューに戻る



疾駆する風のバイブル  
青木敬士

 

わが名はバイク乗り。82センチ5ミリの空間を見つけては前進している。

 目の前にそれだけの空間があいてなくても、ある角度で82センチ5ミリが収まってしまえばイケる。要は知恵の輪の原理だ。バイクがこんなに好きなのは、インターフェイスが優れた機械だからだと思う。ハンドルを握った左右のこぶしの外側が、そのままマシンの左端と右端になる。クルマじゃこうはいかない。神経がかよった自分と他の全てとの境い目。その距離が82センチ5ミリ。これが今の自分の、ちょっと広めの肩幅だ。渋滞で動かないクルマのドアミラーはちょうどハンドルの高さで、82センチ5ミリの絶対値を侵している。それでも、人間がすき間に肩を差し入れ、体を斜めにして肩幅より狭いゲートを抜けだせるように、ちょっとしたテクを使ってミラーをすり抜ける。風の道があらかじめそこにあったかのように無駄のない動きをすれば、クルマのドライバーにも舌打ちをさせずに済む。そんな動きがキマった時の自分は美しいと思う。

 走ること――「それは5色の風を束にして、27の香りをより分けるような快感だ」などという言葉を平然と使いこなす漫画がある。東本昌平の『キリン』(少年画報社)というコミックスだが、この作品は「なぜバイクで走るのか?」という問いを、過剰なまでに追及している作品だ。「沈黙の武装もポーズとなってしまう時代に、残されたのは行動だった」「口先がうまいのは、速く走れねぇから、あれやこれやと言い訳を考えているからさ」……言葉というモノの役目の半分が「エクスキューズ=言い訳」であるという事実を『キリン』は手厳しく浮かび上がらせる。漫画でありながら、これほど「小説」である作品も珍しいのではないだろうか? ライダーの「バイブル」として読み継がれている理由にもうなずけるものがある。

東本昌平の『キリン』(少年画報社)は1998年現在17巻まで発売中
しかし、主人公の「キリン」と呼ばれる38歳の男は4巻以降姿を見せず…現在、月刊キングダムに連載中の新章では、キリンと名乗る若い男が現れたが、いまだその素性、元祖キリンとの関係は不明である。

「走る」特集のメニューに戻る



「走る」とその実践  
寳 洋平

 

 中上健次の小説、とりわけ初期作品の登場人物はよく走る。「十九歳の地図」では新聞を走って配り、「黄金比の朝」では走りながら英単語カードを見、「一番はじめの出来事」では山小屋に住む輪三郎から逃げ走り。「十八歳」では警官を車で引いてしまった田城らを裏切ったと感じながら走り、「灰色のコカコーラ」ではアイスピックで男を刺した後、ざまあみろと走り、「岬」では安雄が古市を刺したと聞き、姉の家へ走る。また初期エッセイ「鳥のように獣のように」で、シリトーは好きな作家のピカいち、と書いている。

「長距離走者の孤独」を読んだのは中学の頃、マラソン大会が何より嫌でよくサボったが、参加しても後ろには、走るのがいかにも苦手そうな太った奴と、体育教師に追われるようにだらだら走っている不良グループしかいなかった。煙草吸ってるからじゃねえか、うるせえな、教師と不良のへんに親密なやりとりが不快だった。私は煙草など吸わなかった。「走るのが好き」なら推薦で高校に入れるし、不良はただだらだらしていたし、「勝てる不良」は何処にもいなかった。ヒーローになりたくて、一周目を全力で走った後は怪我をしたふりをして足をひきずり、同情を買ってビリでゴールする嫌らしい男は島田雅彦「僕は模造人間」の主人公だが、こちらの方がリアルだったことは確かである。

 さて、初期で「走る」を連呼した中上は、中・後期でそれを実践に移していったように私には見えている。中・後期作品をまだあまり読んでいないのだが、例えば「熊野集」の中の「海神」でテープレコーダーを持って路地へ向かう「私」は、レヴィ・ストロースのユダヤ人認識について考えつつ、ウスノロでトンマだと言われ最近死んだというカンジについて思いをめぐらす。子供の頃カンジ・ケンジとからかわれ、大人になり「私」が小説家になってからカンジと会うが、路地では目上のものであり、関係は変わっていない。「私」は死んだカンジを映画の画面に収めたいと考えている。あるいは死の直前、漫画「南回帰船」の原作を書いていたこと。または熊野大学の設立。映画、人類学、漫画などを横断しながら「走る」ことを実践に移していった、中上健次の姿がある。

「走る」特集のメニューに戻る



彼女の言い分  
木村友祐

 

 村上龍はスプリンターだったらしい。『コインロッカーベイビーズ』で主人公の一人キクが走る場面があるが、その描写はさすがに秀逸だ。野田秀樹も足が速くて、確か陸上部とサッカー部をかけもちしていたという。丸山健二はまた別に、文章のキレ味をT研ぎ澄ますUために、長野の片田舎を走った。真っ昼間から、通りすがりの人々に犯罪者でも見るような目で怪しまれながら。1600枚の長編を書いていても、常に中編のような読後感の残る彼のその身体のあり方は、ぼくと近いものがある(老成とは程遠い青臭さも?)――そうだ、村上春樹も、長編を書くには体力が要ると言って走っていたんだ。どこかのマラソン大会に出場したり。走った後のビールが最高!ってね。川端や谷崎が、着物に足袋姿で走ってたなんて話は聞いてないけれど。

 ぼくも今まで、何ケ月か腰を据えて小説を書こうというときには、家の近所を走らずにはいられなかった。仕事仕事で馴らされたT日常Uにうずもれた体を、踊りに携わる人の所作のように、フィクションに取り組む者としての体に純化しようとして。巫女になるんだと。ぼくにとりT走るUという行為は、日常を一つ跳び越える儀式のようなものなのだ。

 だけど、最近そのやり方にもためらいがある。例えば女にフラれるというのは、自分を変えたいと願う強烈な引き金になるものだ。日常を忌避して自分を削ぎ落としていく潔癖的なやり方ではなく、物事をT味わえるU人に、いまぼくはなれないかと思っている。なんとなく「おいしいかも」「楽しいかも」じゃなくて、ちゃんと「おいしい!」「楽しい!」と言えるような。

 でもこれは大変なことだよ。慢性的に不感症気味の体を変えていくということだから。でもぼくは――おれは、少しずつでも、内面をリッチにしたいんだ。

「走る」特集のメニューに戻る



走る飛行機
若林 紀久子

 

 飛行機がウィングから離れ、のろのろと滑走路に行くまでの歩いているようなスピードは、それでも普通に車で走っているぐらいのスピードはあるのだろうけど、いまいち機体が大きいせいか遅く感じるし、無論飛び上がってからは前に進んでいるようないないような、眼下に広がる光景もなんだかいまいち現実味がなく、目的地に着いて「やっぱり前進してたんだ!」とびっくりするぐらいなもんで、いまいち飛行機というものに乗り慣れていない私としては、あの離陸寸前に突然出す、なにやらムリヤリめいたスピードと、ハイテクなのになんだかガタピシしている機体のきしみに、恐れを感じずにはいられない。どきどき。「ここで死んだら…」といつも(といってもいままで離陸を体験したのは3×2の6回だけだけど)手に汗握りながら思うのです。「ここで死んだら…」の後ろには、悔いが残るかどうかという問いかけがくるのですが、これまですべての離陸には隣の席にダンナがいたので、毎回「まぁいいや、一人じゃないし。」なんて思いつつも一人で冷や汗をかいています。なんのかんのいって飛行機は飛び立ち、機内サービスのワインおかわりで良い気分になっている私のヨロコビもつかのま、飛行機の車輪が着地した瞬間から、スピードダウンするまでのやはりかなりのスピードは「このまま止まらなかったらどうしよう…」とそれはそれでどきどきしてしまう。私の親不知は変な方向に生えているので歯科医のカルテを見れば遺体と照合するのは楽かなとか、頭が吹っ飛んだ場合に備えてここはいっちょ貴金属なぞを身につけているほうが良いのだろうかとか、肉体は亡びても一冊の本が無傷で残る場合もあるのだろうなとか、そんなことを走る飛行機の中で考えていると、ポーンと音が鳴ってベルト着用のサインが消えて旅が始まったり、旅が終わったりするのです。

若林 紀久子/飛行機の旅3回の内訳はそれぞれフィリピン・マニラ国際空港(リゾート満喫)、愛媛空港(道後温泉入浴)、香港・啓徳空港(中華食い倒れ)という煩悩の旅。初めて飛行機に乗ったときには「ここで靴を脱ぐんだよ」とか、国内線の時は「パスポートは?」とか散々からかわれました。とほほ。

ホーム >> フライヤー >> もらっぷフライヤー6号