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「最終兵器彼女」
高橋しん
「最終兵器彼女」高橋しん
小学館ビッグコミックス1〜2巻 発売中
text by 青木KC
私が『最終兵器彼女』を手にとるきっかけになったのは、友人の「あんまり大のオトナをぼろぼろ泣かすなってんだよ」という、このコミックに対する感想を耳にしたことだった。そして、少々困ったことに、私も彼の轍を踏むことになる。感情を揺さぶられた理由を整理してみたくなってしまう。
『最終兵器彼女』の世界は、常識的な視点で眺めると、メチャクチャな設定のもとに成り立ち、なっとくできない疑問で満ち満ちている。北海道の一都市に暮らす、ごく普通の高校生シュウ君がつきあいはじめた彼女「ちせ」が、国籍不明の爆撃機による札幌空襲とほぼ時を同じくして、なぜか自衛隊の最終兵器になってしまっていた――というシュールな現実が、物語の柱にすわっている。敵の正体も、戦争の全貌も、なぜ「ちせ」が選ばれてしまったのかも分からない。その疑問は、まだ空襲の来ない街で、それまでと変わらない高校生としての日常を過ごすシュウ君の疑問そのものでもある。彼女は最終兵器として背中から飛翔装置や武器を出現させる時以外は、元通りの少女の姿のままなのだが、彼氏のシュウ君のうかがい知れないところで戦争に使用され、その最終兵器としての圧倒的な力で街をまるごと消滅させるような殺戮を行っている……らしい。
シュウ君のような状況に置かれてしまった者は、一体どう対応したらいいのだろう? 自分の目に見えるものだけを信じられればいいのかもしれない。そうすれば、たとえ飼い主が人間社会的には殺人犯でも、飼い主としての行動がまっとうであれば忠誠を尽くせる犬のように、本能に裏打ちされた揺るぎない関係を築けるだろう。しかし、人間には想像力がある。たとえば自分の目の届かないところで、大切な人が何かに苦しめられているかもしれない、と想像する。そして、それが分からない、何もしてやれない自分にいらだつ。そのいらだちが、大切な人との関係をぎくしゃくさせて、その人を傷つけてしまう。こんなふうに、大切な人を思いやった意図が逆の結果を生むことは、決して珍しいことではない。人間の想像力は、他者との関係において思いもよらぬマイナスを生みがちだ。とくに恋愛の場面においては。
『最終兵器彼女』の巻頭言に「ぼくたちは、恋していく。」とある通り、このコミックの第一の側面は現在進行形の恋愛物語である。そして、もう一つの側面は昔から何度となく言われてきたはずの「兵器に罪はなく、それを使う人間に罪がある」というテーマをねじれさせる「人間のつくった、意識を持つ兵器」としての「ちせ」の存在の「 」である。「 」にどんな言葉を入れるか? 私は一瞬、悲しみ、と書こうとして戸惑い、空欄にした。もちろん『最終兵器彼女』の作中にこんな野暮な問題提起は無い。「ちせ」が最終兵器になってもなお彼氏彼女の関係を続けていく日常の中で、次々と直面する凡百のカップルと同じような問題の中に隠れて、重いテーマは読者の心に浸透していく。たとえば「ちせ」のダイエットは、自分が成長する兵器だと気づいたときの、進行を食い止めようとするささやかな抵抗だったりする。そんな彼女の諸々の葛藤を、彼氏のシュウ君は「つきあうって、いったいどうすればいいのか?」と悩んだ最初の時期に始めた「交換日記」の言葉足らずな記述から読み取っていく。そうして物語が進行するさなか、自分で制御できない殺戮に耐えられなくなった彼女のことが〈「あたしを殺して、ください」ぼくの知らない戦場で。彼女は言った。〉というシュウ君の述懐によって、突然ページに記されたりする。シュウ君は、いつ、何で、このことを知ったのか? そのことを推察した時、否応なく、この物語の語り手たるシュウ君自身が直面するであろう「生き延びて知ることの残酷さ」に思い当たって、涙を禁じえなくなってしまうのだ。そしてまた、シュウ君は口には出さずに自分にこう問いかける。
「いとしいものが、変わらないことを望むのは、愚かなことだろうか?」
当人の意志に関わりなく、異質の存在に変えられてしまう物語の古典に、カフカの『変身』があるが、『最終兵器彼女』とは、かなり事情が異なっている。『変身』で虫になってしまったグレゴール・ザムザ氏には「優しさ」がある。それは、もとの姿をとどめていないことで、妹にさえ「お父さま。あれがグレゴールであるという考えを、まずおすてにならなくちゃいけないのよ。あれが、いったいどうして、グレゴールなんかであるもんですか」と言わせることもやむなしと認めさせる「優しさ」である。対して「ちせ」は、どこまでも残酷だ。最終兵器としての性能を発揮していない時は、不器用で可愛い彼女のままなのだ。「恋していく」とは、どういうことか? そのなかには、必ず、相手のことを少しずつ知っていくということも含まれている。濃密な家族関係の中で長男の全てを知っている(と信じている)ザムザ家の家族と、ちせに恋していくシュウ君の間には、同じ俎上で物言いができないほどのミゾがある。もしかしたら、彼女の兵器としての殺戮の数々すら、自分の彼女として知っていかねばならなかった事、のなかに含まれていたのかもしれない、と、シュウ君は突きつけられてしまう。恋にフェアやアンフェアはない。アンフェアを飲んでなお一緒にいたいと思う自分がいる限り、相手はグレゴール・ザムザ氏に対するような「事実否認による逃げ」を許してはくれないのだ。それが、恋の残酷な性質である。そのリアルな性質を、リアルとは対極にあるようなメチャクチャな設定の中に浮かび上がらせてしまう点で、『最終兵器彼女』には『変身』を超えていくチカラがあることを認めないわけにはいかないだろう。
このコミックは「この星で、いちばん最後のラブ・ストーリー」であると同時に、あなたにとっての最初のラブ・ストーリーの鏡でもある。少なくとも、いまから恋していく人間にとって、21世紀に読むべきは『変身』なんかではない! いまも週刊ビッグコミック・スピリッツで連載中の『最終兵器彼女』は、文字どおり世紀末に出現した20世紀の最終兵器になるのかもしれないのだから。
作者・高橋しんのサイトは……
http://www2.odn.ne.jp/sinpresents/
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