イージースマイル


 高知競馬に新しい時代をもたらした馬。それがイージースマイルでした。

 イージースマイルは1996年にデビューしました。デビューした頃から他の馬と比べて大人びて見えたそうです。そのデビュー戦を1秒差で勝ち、その後3歳戦をデビュー戦を含めての5連勝で早々と古馬へと編入されました。
 僕が初めてそのレースを見たのは2戦目でした。そのレースには同じイージーの冠を持つ2戦2勝のイージーマウントが出走していました。
 イージー2頭はどちらも赤岡騎手が手綱を取っていましたが、赤岡騎手が騎乗したのはイージースマイルのほうでした。勝ちタイムが劣っていたイージースマイルを選んだ赤岡騎手には何かがわかっていたのかもしれません。

 古馬編入の最初のレースは4着となってしまいましたが、その次のレース第24回サラ3歳優駿・金の鞍賞は2着イージーマウントに0.5秒差で勝利。同世代に負けることなく1年目を終えました。

 4歳となった最初のレースに選んだのは、佐賀競馬場で行われる花吹雪賞でした。
 このレースはただの交流レースではありません。このレースは九州四国ブロックの桜花賞ステップ競走選定レースで、ここを勝つと、桜花賞トライアルの九州四国ブロック代表馬として出走できるのです。
 そのレースを0.4秒差で勝ち、他地区遠征勝利と共に高知競馬所属馬として初の中央競馬出走権を得ることとなりました。

 桜花賞トライアルとして選んだのは、報知杯4歳牝馬特別。結果としては、16頭立ての15着と見せ場無く終わってしまいましたが、この後高知競馬から中央地方を問わず他地区へ遠征するきっかけとなったレースといっても良いでしょう。
 ちなみにこのレースの勝ち馬はあのキョウエイマーチでした。WINSでモニター越しに見て「ああ強いなあ」と思ったものです。

 中央遠征から帰ってきて最初のレースこそ3着と負けてしまいましたが、この年から制定された高知競馬3冠路線の第1戦黒潮皐月賞、B級戦の瑪瑙特別、高知優駿、RKC杯と重賞3勝を含む4連勝を飾り、同世代に敵は無いことを証明したイージースマイルが選んだのは古馬オープンへの挑戦でした。

 古馬オープン初挑戦の場となったのは、第20回建依別賞。このレースでイージースマイルは果敢に先行し、ゴール前でスーパープレイに差されたものの、ラガーチャンピオンなどを相手に2着となり古馬相手にも互角以上の戦いが出来ることを証明しました。

 しかし、このレース中に骨折していたことがレース後判明し、高知競馬初の三冠や噂されていた他地区への遠征などは白紙となってしまいました。

 その後休養に入り、5歳の春イージースマイルは高知競馬場へ帰ってきました。しかし、かえってきたイージースマイルはかつての4歳時の強さは影をひそめる形となっていました。
 パドックでの気配も良く、3コーナー入り口まではかつてのスピードを見せつけますがそこで止まってしまうレースを続けるようになり、復帰後8戦してイージースマイルは引退。繁殖牝馬として生まれた牧場に帰っていきました。
 ある人によると、「あの走りを見ると調子が悪いんじゃなくて、精神的なものじゃないかな。もしかすると、建依別賞の時に骨折したことを思い出して走るのを止めてるんじゃないかな。」という風に言っていました。

 高知競馬にとってイージースマイルは中央や他地区への扉を開いた馬。僕にとっては、未だ高知競馬の生え抜きサラブレッドで超える馬が出ない偉大な馬です。
 繁殖牝馬となったイージースマイルの初年度産駒は、オースミシャダイの牡馬だそうです。今年生まれたザグレブの牝馬と共に活躍して欲しいものです。出来ることならイージースマイルの子供が高知競馬で走る様ならば最高の気分でしょう。

2002年追記:イージースマイルの初仔は高知競馬でトサモントローズという名前でデビューしました。

 
イージースマイル
マークオブディスティンクション Known Fact
Ghislaine
タイガスマイル ハードツービート
オオノタイガ

生涯成績:22戦11勝2着1回3着1回(うち中央1戦0勝)
主な重賞勝ち鞍:金の鞍賞、黒潮皐月賞、高知優駿、RKC杯(高知)
           花吹雪賞(佐賀)

※高知優駿、建依別賞(2着)については、高知競馬公式ホームページRyomaDerbyのLIVE中継→重賞&名勝負の"ファンが選んだ名勝負"で見ることができます。

上段の写真はキャロットランチさんから
下段の写真は電設の男さんからお借りしています。
下段の写真は左2枚が牧場でのイージースマイル、一番右の写真がイージースマイルの初仔(父オースミシャダイ)です。
クリックすれば大きい写真になります。



 
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