イチヤ


 初めて競馬場へ行った理由。人それぞれ色々あると思いますが、僕の場合は「高知競馬で強い馬が走るから見に行こう。」と誘われて行ったのがきっかけで、その時の”強い馬”というのがイチヤでした。

 高知競馬所属時に全ての手綱を握った花本正三騎手は千何百勝かの記念表彰の際に、高知競馬実況・橋口さんの「今までに思い出に残っている馬は?」との問いに「思いでの馬はイチヤです。」と答えていました。そのイチヤという馬はどのような馬だったのでしょうか。

 イチヤは1994年にデビューしました。成績を見ると、3才時は善戦はするが、そこまでという感じの成績でした。
 しかし、明け4歳で古馬編入となってからの成績はそれまでとは違ったものとなっていました。

 古馬相手に5戦4勝と十分すぎるほどの結果を出し、当時の4歳重賞の南国ダービー・長尾鶏賞を勝ち、園田競馬場での楠賞へと向かいました。
 さすがに全国相手では厳しかったのか12頭たての11着と大敗をしてしまいましたが、地元の同世代相手では、やはり力が違いKUTV杯を2着に2秒差という大差をつけて圧勝しました。

 その後、地元でA級戦を一度戦い福山の西日本アラブダービーへ遠征しタッチアップの3着。
 そして迎えた高知競馬アラブ最高のレース第23回高知市長賞。今まで4歳でこのレースを制した馬はいませんでした。
 イチヤはスタート直後から2番手につけ、2周目の向正面から先頭にたち後続を引き離して2着トモエスターに1.1差でゴール。高知競馬初の4歳生え抜き馬による南国王冠制覇となりました。

 その後、佐賀で行われた西日本地区アラブ大賞典に登録するも、疾病により回避してしまいました。”もしここへ出走していたらどうなっていたのだろう”とも今となっては思ってしまいます。

 そして4月になり、イチヤの名前を競馬新聞で見た時は馬柱にではなく「イチヤは上山へ移籍」という記事のようなものでした。
 上山へ移籍後も、重賞を3勝の立派な成績でしたが、残念ながら屈腱炎を発症し復帰後はかつての強さは影を潜め、岩手、高崎と移籍し登録を抹消しました。

 イチヤが上山へ移籍した時は、今のようにインターネットは普及していなく移籍してからの事はさっぱりわからなくなってしまいました。
 それから1年半ほどたち、インターネットに繋ぐ環境となり検索等で上山での活躍を知った時は本当に嬉しい気持ちでした。
 思わずそのサイトの管理者の方にメールを送り、2枚のイチヤの写真をいただきました。その時思ったのが「他所の競馬場では個人がホームページを作ってるのに、何で高知競馬にはそういうページが無いのだろう・・・?」という事でした。
 それから何週間か経って「無いのなら作るかな」と思ったのが僕が"高知競馬へようこそ”というホームページを立ち上げるきっかけとなったのです。

 いわばイチヤは僕にとっては”高知競馬へはまらせるきっかけとなり、ホームページ立ち上げでずぶずぶにはまらせてくれた恩人・・・?”という馬という訳です。

 
イチヤ
(アア)ホーエイパレード (アア)スマノダイドウ
(アア)ミスアサハタ
(アア)トサノシユーホー (アア)エビタカラ
(アア)ロングチドリ

生涯成績:46戦22勝2着9回3着4回
主な重賞勝ち鞍:南国ダービー・長尾鶏賞、KUTV杯、南国王冠・高知市長賞(高知)
           紅花賞、月山大賞典、上山グランプリ日本海記念(上山)

※南国王冠・高知市長賞については、高知競馬公式ホームページRyomaDerbyのLIVE中継→重賞&名勝負の"ファンが選んだ名勝負”で見ることができます。

写真はcoltさんからお借りしています。
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