カイヨウジパング
地元所属の馬が他地区の強豪と刃を交える。そのレースを目の前で見るために、わざわざ遠征する。こういう楽しみも地方競馬にはあるのではないかと思います。そういう楽しみを教えてくれたのが、カイヨウジパングでした。
カイヨウジパングは1998年1月に4歳時デビューしました。その世代は金の鞍賞を買ったセクチオや前年4歳世代のイージースマイルと同じ冠を持つイージープリンスなど期待できる馬が揃っていました。その世代で少し遅れてきたカイヨウジパングを初めて見るまで、僕はかなり軽視していたように思います。
高知競馬でデビューする馬はお世辞にも良血といえる馬は少ないと思います。しかし、カイヨウジパングは父がジェイドロバリーという事で、高知競馬デビュー馬としてはかなりの良血。パドックで初めて見たときになにか風格というかそういう物を感じてしまいました。まあ栗毛という所も僕の好きなポイントをついていたというのもあるかもしれませんが。
カイヨウジパングはデビューしてスピードの違いを見せる戦法で、5戦5勝。準重賞の黒潮皐月賞TR若葉特別も2着に1秒差をつける圧勝で、高知競馬4歳3冠第1戦黒潮皐月賞へと駒を進めました。
ここまで、5戦5勝とはいえ金の鞍賞1・2着のセクチオ・イージープリンスとの対戦は1度も無く、ここが今後の試金石となるレースでした。
このレースで後方からへと脚質転換をし、ゴール前でセクチオをイージープリンスが交わし9割9分決まったレースを大外から一気に差し切る豪快なレースでまず1冠。今後カイヨウジパングの走りはこの豪快な末脚を武器とするレースに変わったのでした。
その後初の一般選では7着と終わりましたが、2冠目の高知優駿も1冠目と同じように後方一気の末脚で難なく勝利し、いよいよ全国交流戦へと向かう事となりました。
カイヨウジパングの出走するレースは前年よりGIIIとなった名古屋優駿(東海ダービー)。
すでにこの頃から中央競馬の情報に疎くなりつつあった僕は”中央ではサラトガビューティーかな。なんか菖蒲S勝った馬とか居るけどたいしたこと無いだろう・・・。地方ではチェリーラスターとかフジノモンスターとかが強いだろうなあ”などと思っていました。
勝つとは思ってないけど、せっかく交流重賞へ出走することだしと思い夜行バスやJRを使い、初めて高知競馬場以外の競馬場へと向かう事としました。思えばこの頃から”競馬を見にちょっとした旅をする”という事を始めるようになったのかもしれませんね。
このレースではカイヨウジパングは後方のままで8着と終わりました。このレースを豪快に勝った馬は、菖蒲Sを勝った馬で名前はウイングアロー。その後の活躍を見るとたいしたこと無いとか思ってしまったことが今でも恥ずかしくなってしまいます。
名古屋優駿では見せ場は無かったですが、地元へ帰ると当然のように敵無し。当時県外デビュー馬にも開放されていたRKC杯を勝つと、休養に入り秋へと備えることとなりました。
9月となり、休養明け最初のレースに選んだのは、金沢競馬場で行われる当時地方限定の交流レースサラブレッドチャレンジカップ。このレースでは成長をうかがわせる中団から4着と大健闘をしました。その時”全国でもそこそこなんじゃないかな”と嬉しく思いましたね。
想像以上に長くなりそうなので後編へ・・・
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