今さら説明するまでもないほど有名な赤坂の迎賓館だが,もともとは大正天皇(建設当時は皇太子)が結婚したときの住居として建てられたのである.
建物の性格上,原則非公開だが,毎年夏になると抽選で見学者を募り,建物の一部を公開している.

着工は1899(明治32)年,宮内省の宮廷建築家であった片山東熊の手になる.維新から30年経って国力も充実し,ヨーロッパに負けない本格的な宮殿をという気運が盛り上がっていたのだろう,黒田清輝を始めとする国内の一流芸術家や技師たちを総動員し,10年の歳月をかけ,1909(明治42)年に完成した.
ベルサイユ宮やルーブル宮に範をとったバロック様式を基調としている.鳥が翼で被い包むような感じといえばいいだろうか,左右の翼部が柔らかな曲線でもって前方に張りだしているのが美しい.
正門.ふだんはここまでしか見られない.これだけでもバロック様式の華麗さは十分に感じ取れる.
衛兵でも立っていればかなりサマになりそうな感じだ.
建物正面.花崗岩で被われた壁やペディメント,付け柱の列柱はまさにまさにフランスの宮殿建築以外のなにものでもないといった風情だ.緑青の屋根との対比が美しい.その屋根は比較的シンプルな造りだが,玄関上部には日本の鎧兜が飾られ,少し離れた所には孔雀に守られた天球儀の飾りがある.この天球儀はニューヨークの建築家のアドバイスになるものだそうで,全体が純フランス古典調なところに和風,あるいは近代アメリカ風の装飾が突然出てくるというのはいったいどうしたことだろう.
南側の主庭から見た建物.二階がベランダになっており,イオニア式のオーダーを持つ円柱が二本づつ並ぶ.こちらの方が古典的というか,飾りが少なくすっきりとしていて(あくまで相対的にだが)私には好ましく感じる.
主庭の噴水.夏の暑い盛りの見学にはありがたいかぎりだ.四隅をグリフォンが守っている.
建物の公開時には内部も一部見学することができる.彩鸞(さいらん)の間,花鳥の間,中央ホール,朝日の間,羽衣の間の5箇所だが,これがまた外観以上に豪華,壮麗なのである.様式としては16世紀のものから19世紀初頭まで部屋によって差異があるが,大理石の柱や金箔の浮き彫り,天井や壁の絵と,どの装飾を取ってみても,贅の限りをつくしたという感じだ.今までいくつか日本の西洋館は見てきたが,ここの美しさは一段も二段も違うのである.
なお写真撮影が禁止なので,内部のようすは迎賓館写真集を見てほしいと思う.
こうして日本人の西洋建築技術の粋を集めて作り上げたこの建物は,明治維新以来,日本が貪欲に取り入れてきた西洋知識の,一つの到達点であったに違いない.私なんかに言わせれば目まいがしそうなほどの美しさというか,「なにもここまでやらなくても」と思ってしまうほどなのだが.
それは明治天皇にとっても同じだったらしく,完成した宮殿の説明をした時,天皇は「ぜいたくだ」の一言だったそうである.まあこれはこれであんまりなお言葉だとは思うが.
しかもヨーロッパの王宮に倣いすぎたせいか,夫と妻の寝室を長い建物(全長100m以上ある)の両端に置いてしまったこともあり,当の大正天皇は結局ここに移り住むことはなかった.
昭和天皇が即位前後の5年間暮らしているが,この時は日本初の自動空調装置がうまく働かなくて悩まされたらしい.
とまあ王宮としてはさんざんな評価だったこの建物だが,その後1974(昭和49)年に村野藤吾の手で改修が行われ,現在の迎賓館の姿となった.完成後60年以上たって,本来の役割とは微妙に異なるところながらやっと活躍の場所を与えられたわけで,当の建物にしてもやれやれといったところであったろうなあと思うのであった.
(1999年8月記)
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