多摩川の東京側を走っていていつも思うのは,とにかく坂が多いことだ.きっと多摩川が長い時間をかけて大地を侵食していった,河岸段丘の上に人が街を作ったということなのだろう.今までこのコーナーでもどりこの坂,桜坂,おいと坂を紹介してきたが,おもしろい由来の坂,登りがいのある坂(笑)を探して,ある夏の暑い日に多摩川沿いを走った.
中原街道,丸子橋のたもとから少し入ったところに見えるのが「富士見坂」.大正末期ころからの耕地整理によりできたとのこと.ここからはどりこの坂も近い.
今は建物も建ち並んでいるし,夏で空気も霞んでいるしで当然富士山は見えないんだが,真冬の空気の澄んでいるときなら,あるいは,という期待は持てる.
どりこの坂に比べて道が広くて,自動車の心配をする必要がないので助かるが,上りのキツさはどりこの坂に負けてない.
富士見坂を上りきったら,どりこの坂をちょっと冷やかしながら高台の道を世田谷方面に走る.しばらく行くと今度は「急坂」に出会う.いや冗談ではなく本当にこういう名前がついているのだ.「五丁目の急坂」とも呼ばれ,配達等の目印になるくらいだったそうだ.

なんかミもフタもないというかそのまんまな名前ではありますが,坂のてっぺんに立つと,本当にその名に恥じぬ立派な(なんのこっちゃ)急坂なことがわかる.正確な傾斜度はわからないが,20度近くはあるんじゃないだろうか.20度といってバカにしてはいけない.ホントに見下ろすような感じになるのだ.ここをサドルの高いスポーツ・タイプの自転車で下るのはけっこう度胸がいると思う.しかもこの界隈の坂は滑り止めのためか道にデコボコがつけてあって,それにタイヤをとられそうでコワさは倍増する.
けっきょくせっかくの坂道を,モールトンをおりて歩いて下るというなさけないハメになってしまったのでした.
このあたりはこの「急坂」を始めとしてずいぶんと急な坂が多い.名前はついていないが斜度22度なんていう坂もあって,ダウンヒルファンにはたまらないスポットかもしれない.とはいえ車もくるし何が飛び出してくるかもわからないこんな所を爆走するなんざ正気の沙汰とも思えないが.
坂を下りたら,今度は多摩川支流の丸子川沿いを走ることにする.丸子川と言っても両岸をコンクリートで固められた小さな川である.とりたてて風情はないが,それでも田園調布という高級住宅地の常として,立派な庭の緑があったり花が植えてあったりして,それなりには楽しめるようになっている.
さて川沿いをしばらく走ると「馬坂」.大正のころまでは,馬が引く荷車で高台に上がる唯一の坂だったとのこと.寺坂と呼ばれたこともある.その名の通り坂の下には寺がある.
ここの坂は傾斜そのものはたいしたことはないのだが,上りきるまでが長い.気力を削いでいくような,「急坂」タイプのものよりもかえってイヤらしいと感じさせる坂だ.
今までのは道がカーブしていて,下から坂のてっぺんを見ることはできなかった.だから写真のように,真っ直ぐにのびて上まで見通せる坂というのはなんかいい.ヒルクライマーの挑戦を待っているようにさえ見えてくる(ないない).
もっともこの程度の坂はこの辺りにあってはもうどうってことないレベルなのだが.
丸子川沿いを二子玉川の方へずうっと走り,東急大井町線をくぐって瀬田まで出ると,渋沢栄一ゆかりの誠之堂という古い建物がある.右写真はそこに向かう途中の坂.坂を延々上ってきて右に折れたこの道がまた坂(しかもこれが急なんだ)というのは,なかなか楽しい趣向ではある.
とはいえこの坂,樹々に覆われていて鬱蒼としており,しかも道が珍しく石畳になっていてけっこういい雰囲気だ.ここは体力勝負で上りきるような無粋なことはやめて,自転車を降りて息を整えながらゆっくりと緑の回廊を上るのがよいというものだ.
今回紹介したこの他にも名前こそついていないが,急な坂,長い坂,いい坂はまだまだたくさんある.田園調布から瀬田にかけての多摩川沿いは,まさに坂の宝庫(宝なのか!)といってもいいほどなのである.
(1997年8月記)
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