[トップページ]

村津和正歯科医師


 KOS九州口腔健康科学センター所長
 医療法人むらつ歯科クリニック理事長

矢山利彦医師


 佐賀県立病院好生館 外科医長
 東洋医学診療部長


現代人を苦しめる不定愁訴

私の金属除去大作戦

緩慢なる毒殺

患者の証言

金属除去途中経過報告

矢山利彦医師の意見

噛み合わせ

「金属除去大作戦」その後

「金属除去」雑感

村津青年の臨死体験


 金属除去に関して貴重な情報を教えてくれた方がいましたのでその内容を紹介したいと思います。
 その方は「アレルギー治療」をキーワードにしてインターネットで検索をかけ、歯医者を探してみたそうです。すると通えそうなところが1つ見つかり問い合わせをしたそうです。
 それと並行して2ちゃんねるBBSの「歯科金属とアトピー」というスレッドで他の人々の体験などを読んだそうです。それによるとセラミックは高価なうえ割れやすいし、歯との接着に樹脂を使う場合が多く、環境ホルモンの心配も無きにしも非ずということがわかったそうです。そこで前述の歯医者さんにそのことを質問したそうですが、「接着に使う樹脂系のものが環境ホルモンの影響があるかないかという確たる実験データがあるわけではないが、心配ならやめたほうがよい」と言われたそうです(なかなか良心的な歯医者さんです)。
 歯の金属除去をしないとこと決められたわけですが、金属の心配があるので「毛髪ミネラル検査」を受けてられたそうです。結果は鉛と砒素、カドミウムの値がやや高めでしたが一般に健康を害するほどではないということでした。必須ミネラルをじゅうぶんに摂取すれば、有害なミネラルは排出されるということで、しばらくは必須ミネラルの摂取を心がけていくそうです。
 金属除去を考えておられる方は、参考にされたらと思います。(2003年8月22日)


 * * * * * * * * * * * *


・ 読者の方からいただいたメールで非常に感心させられたものがあるので紹介します。
 歯の有害金属除去ですが、その方は皮膚科に行ってご自身に金属アレルギーがあるかどうか調べたそうです。金属アレルギーがあれば、高いお金と時間を掛けてでも金属除去をやる予定で、アレルギーがなければ様子をみるという方針だったそうです。結果は金属アレルギーはなしとの診断で様子をみることに決められたそうです。
 金属アレルギーはなくても、有害金属が歯にあれば体内に常に一定量の金属が蓄積していくわけで何はともあれ取ったほうがいいという考えもあるとは思います。ですが、その為には相当なお金と時間(あるいは痛い思い)がかかるわけで、この方の判断は実に合理的です。金属除去を考えておられる方で、迷っておられる方がおられましたらまず皮膚科へ行って金属アレルギーの有無を調べるという選択肢もあることをお知らせしたいと思います。(2003年8月3日)


 * * * * * * * * * * * *


・ 名古屋近辺で金属除去を考えておられる方に朗報です。
 歯の有害金属問題に極めて熱心に取り組んでおられる歯医者さんを紹介します。

http://www.oshimura-dc.com/

 この歯科医院の特徴は、単に歯から有害金属を取り去るだけでなく、体に溜まった金属を体外に排出するといった問題にも取り組んでおられます(微力ながら私も協力させていただいたことがあります)。さらに歯科金属とともに歯性病巣感染と言った事も考えて治療をしておられるそうです。
 歯の治療に有害金属を使わないようにする活動も精力的にされており、元厚生大臣の管直人衆議院議員や現厚生大臣の坂口議員とも面会され、有害金属の害を訴えられておられるそうです。(2003年8月3日)


 * * * * * * * * * * * *


・私が通った都内の歯科クリニックを問い合わせた方から以下のようなメールを頂きました。興味深い情報だと思い、御本人の許可を得て紹介させて頂きます。

 ・・・・・・

 **クリニック歯科の件、ありがとうございました。
早速、予約の電話をしたところ、なんと、来年の3月まで予約がいっぱいで、来年の4月以降になるそうです。約半年待ちですが、予約をお願いしました。

 歯の金属除去治療をしてもらえる歯医者さんは、ほかにもありますが、なにより魅力だったのは、ブリオキレートです。私が、アマルガムなどの重金属中毒を知るきっかけとなった、ブラウンスタイン氏の本の中に、「水銀含有のアマルガム除去作業を行う一時間程前に水銀キレート剤を取ると。水銀含蓄料を低く抑えるのに効果的だった。」とありました。そこで、水銀キレート剤を出してもらえる歯医者さんを探していたのです。なかなか解毒まで考えてくれる歯医者さんは見つけられませんでした。実際にアマルガム除去治療の説明を受けにいった歯医者さんでは、キレート剤はなく、「治療中、どうしても体内に金属がはいってしまうので、治療後、一時的に症状が悪化するでしょう」と言われました。
 治療中に体内に入ってしまうのはしかたないにしても、治療後、本山さんがキレート剤をだしてもらったというので、ぜひとも、その歯医者さんにお願いしたかったのです。(キレ−ト剤って、処方せんが必要なのかは、わかりませんが。)

 また、身体が自力で水銀などの毒物を取り除くためにお薦めのサプリメントリストを紹介します。

・ビタミンC 一日3000ミリグラム
・ビタミンE 一日800IU
・にんにく 一日500ミリグラム
・コリアンダーエキス 一日4滴
・L体グルタミン 一日3〜6グラム
・セレン 一日400マイクログラム
・マルチビタミン、ミネラル複合体

 その他、やはり、食事の内容を改め、たっぷり水を飲み、汗をかくようにすることだそうです。

(2002年11月25日)

 ・・・(略)・・・


 * * * * * * * * * * * *


・ 大阪で歯医者を開業されている方から以下のようなメールを頂きました。

  前略

 始めまして、私は大阪府貝塚市で歯科医院を開業しています仙崎昭憲と申します。本山様の金属除去大作戦読ませていただきました。
 実は、私も脇浜診療所の濱田先生より、歯科金属アレルギーの患者様を紹介していただき現在その治療を行っています。以前より銀合金を使用した治療には疑問を持っておりました。歯肉への着色が見られることが多々ありました。しかし、保険治療という物が我が国では前提となっており全ての人に理解していただくのは非常に困難です。また、歯科医師の中にも否定的な考えの先生もいらっしゃいます。ドクターヒーラーの会にも参加させていただき、矢山先生の講演も聴かせていただきました。改めてその恐ろしさを痛感しています。そして現在自信を持って金属は良くないと患者様にも説明し日々診療を行っています。
・・・(略)・・・
  敬具

〒597-0015
 貝塚市堀3−21−17
  仙崎歯科医院 
   仙崎昭憲
TEL&FAX 0724-31-1884
http://www.senzaki-dc.com

 当ホームページの「金属除去大作戦」を読まれた方々で、治療したいが東京や九州に通うのは無理と思われた大阪近郊にお住まいの方がいらっしゃるかもしれません。そんな方は仙崎歯科医院に相談されたらと思います(ここで紹介することを仙崎様には了解して頂きました)。 (2002年11月4日)


 * * * * * * * * * * * *


・ 「金属除去」雑感で触れましたが、九州にある村津歯科クリニックに全国から治療希望者が殺到しているようです。私に問い合わせをした方からの情報ですと、6月に申し込んださいに、治療は来年の10月になると言われたそうです。現在1年4ケ月待ちのようです。
 これは驚くべき状況で、全国に村津医師と志を同じくする医師がいかに少ないかを示しています。村津医師の”歯臓理論”が社会的認知を受ける日が一日も早く来ることが望まれます。(2002年秋))

  はじめに

 高校時代に習った漢文で、「白桃翁になるを悲しむ」という一節があった。若かりし頃は紅顔の美少年であったのに、今は老いさらばえて醜くなったと嘆いている意味だったと思う。精神世界の観点からいえば、老いは人生の必然であり、それを受け入れられない情けないメンタリティーということになるだろう。だが、老いさらばえていく自分の姿を喜ぶ人はいないに違いない。
 思えば私は、昔は紅顔の美少年であった(こんなもん、書いたもの勝ち!)。だが今は、誰が見ても金も地位も名誉もない、ただのみっともないうらぶれおじさんである。それでもしばらく前までは、体だけは健康と言えた。それがここ数年相当あやしくなってきている。
 私は今人生の岐路に立っている気がする。新しい展開をする時期がきているような気がしてならない。それは事業かもしれないし、なんらかの社会活動かもしれないし、場合によっては創作活動かもしれない。新たな行動を起こすときに、金や地位や名誉は必須ではない。事業資金が必要なら、コツコツ働いて貯めればいい。だが絶対に必要なものがある。健康だ。健康でなければ、どんなに有望なビジネスモデルを考えても、志高い社会活動の理念を掲げても実現できるはずがない。私にとって緊急の課題は、健康回復なのである・・・、だがこれは現代に生きる誰もが必要としていることなのではないだろうか。

 現代人を苦しめる不定愁訴

 読者の皆さんは以下のような症状がないだろうか。

 疲れやすい、花粉症、アトピー性皮膚炎、肩こり、腰痛、不整脈、頭痛、いびき(無呼吸症候群)、不眠症、耳鳴り・・・

 人によって程度の違いがあっても、現代人はこれらの症状のいくつかをもっているのではないだろうか。病院に行くほどではないが、最近疲れやすいとか、肩がこるとか、花粉症の症状が出てきたとか、体を動かすと時々腰痛になるとか、なんらかの不調があるのがむしろ普通ではないだろうか。もしこれらの症状が全くないという人がいたら、むしろ極めて珍しい超健康体だと言える。そして多くの人は、そんな不調を抱えながらも、最近仕事がきついからとか、年をとったからとか、仕事や人間関係のストレスとか考える程度で、お茶をにごすというのが実状ではないだろうか。このようにはっきりとした原因がわからない上記のような症状を不定愁訴と呼ぶという。
 ここでは、そんなどことなく不調のある人々にある話題を紹介したいと思う。まず船井幸雄氏著書「本物の時代の到来」(ビジネス社)から抜粋する。

 ・・・
 ある41歳の女性の話です。その方は7−8年前からひどく体を壊して憂うつな毎日を送っていました。まずは腰痛の手術、続いて胆のう除去手術と続き、体は弱る一方。4年前からは血液の循環が悪くなり、頭痛、めまい、吐き気がひどく、足は痺れっ放しとなり、内科ではメニエール病のひどいものだと言われていたそうです。
 一日のうち13〜14時間は休まないと起きられないし、起きても体は重く気も重いばかりで、まだ41歳なのに老衰してしまったように生きるのが辛い。脳神経外科、口腔外科、耳鼻科、内科と毎週いろいろな治療を受けに通い、入退院を繰り返す日々が続いていたのですが、どの病院でも原因不明の重病と首をかしげるばかりなのです。彼女は、もうこのまま死んでいくのだな、と思っていました。
 ところが、ある医師と出会ったことで、彼女の身に奇跡(としか思えないこと)が起きたのです。
 治療は朝の9時にスタートしました。そして、その日の夕刻には終わったのです。彼女はそのとき思わず泣き出しました。鉛のように重かった体が、嘘のように軽いのです。体の芯に力が甦った手ごたえを感じたといいます。その治療をしてくれた医師の手を取り、「先生は救世主です。奇跡というのは本当にあるのですね。先生の手は神様の手」と彼女は涙の流れるままに、何度も何度も感謝の言葉を繰り返していたそうです。
 たった一日の治療で、苦しみからすべて解放されたのですから、その気持ちは痛いくらいによくわかります。
 垂れていたまぶたもパッチリと開き、顔には血色が甦って、本当に久しぶりの笑顔が広がっていきました。もちろんこれは一時的な現象ではなく、その後に再来院したときも病気の再発はありませんでした。彼女はいま、健康であることの喜びを人の何倍も強く感じながら、日々を生きています。
 これは実話であり、ほんの最近の出来事です。それに奇跡でも何でもありません。その医師が駆使した本物の治療技術によって、治癒すべくして治癒したといっていいのです。
 その治療法を「歯臓治療」といいます。
 そう、しかも神様の手と感謝されたこの医師は歯科医、いわゆる歯医者さんなのです。
 ・・・

 これらは驚くべきことに本当のことだという。ではどんなことをしたのだろうか。まず先生とは、村津和正歯科医師であり、その治療とは、通常の歯科治療で使われる金属材料(アマルガム、パラジウム合金等々)をすべて取り外し、村津医師の考案した特殊な金の合金に置き換えたものだ(さらに噛み合わせの調整も行っていると思われる)。では、なぜその治療でこのような劇的な効果が現れたのだろうか。
 (以前紹介したが)2001年10月19日付けの日経新聞夕刊から再度抜粋する。

 <歯の治療で使う水銀合金:アトピー要因に。京都市の開業医ら発表>

 歯の治療で充てん材として利用される水銀合金のアマルガムがアトピー性皮膚炎などの要因になっているとの調査結果を十九日、京都市の開業医島津恒敏さん(アレルギー科)らが熊本県水俣市で開催中の水銀国際会議で発表した。
 島津さんは「アマルガムの使用は禁止するか、使う場合でも危険性を患者に説明すべきだ」と訴えた。
 島津さんは大阪市の歯科医高永和さんと共同で、1991−98年、アマルガムが充てん材として使われ、アトピーなどアレルギー性皮膚炎のひどい京阪神や岡山の患者計300人を対象に調査。歯からアマルガムを取り除き、代わりに他の金属やプラスチックを詰めて経過を観察すると、一年後には約70%の患者で皮膚炎が改善、うち半数以上の約58%は完全に治癒した。
 また同じ300人のリンパ球について、試験管で水銀など重金属に対するアレルギー反応を調べたところ、約98%が水銀に陽性を示した。
 この調査とは別に島津さんが97年、京都市内の小学生約250人を調べると、約38%がアマルガムの歯科治療を受けており、その中で皮膚炎がある率は約48%なのに対し、アマルガムが使用されなかった児童は約8%と明らかな差があった。
 これらの結果からアマルガムの水銀がアレルギー性皮膚炎の発症に重要な役割を果たしていると結論。微量に溶け出す水銀が、汗や血液を通じて皮膚を刺激するためとみている。

 つまり歯の治療で通常使われる、さまざまな有害な金属合金が、長い年月とともに口のなかで少しずつ溶けだし、我々の体を蝕んでいるようなのだ。もし、読者の中で、今まで歯の治療を行ったことがあり、冒頭に揚げた様々な不調がある人はその原因が、有害な金属である可能性は相当高いと言える。
 特に1960,70年代にさかんに使われたアマルガムは、水銀が50%含有されており残り錫や亜鉛などの合金である。よく知られているが、昔水俣病やイタイイタイ病は有機水銀が原因であった。水銀は人間にとって猛毒だという。そんなものを人間の歯に詰めているなんて、冷静に考えれば信じられない話ではないか。

私の金属除去大作戦

 村津歯科クリニックは、九州は福岡にあるという。さすがに私は考え込んでしまった。わざわざ歯の治療のために、毎回毎回飛行機に乗って九州まで通うのか・・・。歯科治療費だけでなく、交通費が相当なものになることは間違いない。いっそのこと九州に住んだほうが安上がりかもしれない、福岡でアパートを探すか・・・などと考えていた。だが東京に住む我々にとって、東京で村津歯科と同じ治療が受けられるなら、こんな有り難いことはない。そこで探してみた。ある歯科クリニックに電話してみると、幸運なことにたまたま電話した金曜日がそのクリニックの定休日だったとのことで、直接歯科の先生が電話に出てくれた。そこで村津歯科との違いを質問してみた。先生の答えは、基本的コンセプトは村津歯科と同じだという。ただ違いが一つあって、それは村津歯科では、金(キン)の合金を歯に詰めている。だがそのクリニックは、金属は一切使用しないという。陶器の素材を使うという。私は内心喜んだ。金属を使わないのならもっといいではないか。さっそく予約を入れてもらった。
 初診では、私の歯に使われている金属による電位を数値化したものを示された。通常では2〜3が普通だが、私の場合は、17〜18の数値を示したものが2箇所あるという。歯科助手の方から、ちょっとひどいですねえ、と言われてしまった。私はとにかく歯が悪く、バケツ(歯全体を金属で覆ったもの)が2本あり、その他に金属を詰めた歯が11本もあったのだ。先生が診断しているときに、アマルガムという言葉が数回使われ、ぞっとする思いだった。こんな毒物が20年間も歯に詰められていたのだ! 助手の方から、金属を全部取ると、だいぶ楽になりますよ、という言葉を有り難く聞いた。
 だが一般庶民(特に私のような貧乏人)には、気になる問題があった。そのクリニックの治療には保険が利かないのである。説明によるとバケツの場合は、陶器を使用した素材で、一本10万円だという。その他は、陶器なら6万円、ハイブリッド(プラスティック)を使用した素材なら3万円だという。ハイブリッドでも私の場合総計で、消費税を含め60万程かかることになる。貧乏人の私でも、爪に火を灯してコツコツ貯めたわずかな貯金があった。だから60万円出せないことはない。だが普通の歯医者にかかる費用の10倍にも達する金額だろうと思う。だが私は即座に答えた。「全部お願いします!」と。考えてみれば、これで将来癌のような病気にかかって苦しむ可能性を減らせれば、あるいは現在の花粉症や、不定愁訴の苦しみが少しでも和らげられるなら、こんなもの安いものだ。さらに最近食事のとき、歯が時々痛む程ではないが、違和感があって、歯の再治療すべきときがきているなと感じていた。それを裏付けるように、つい2週間ほど前だが左下の奥歯に詰めてあった金属が食事中にポロッと取れてしまった。さらに左上の奥歯に詰めてあったプラスティックのようなものが取れてしまった。歯の治療をしろと天が言っていると勝手に解釈することにした。
 読者の中には、この文章を読んで、自分の歯からも金属を取り去ってしまいたいと思われる方もおられるかもしれない。実際この一連の話を実家に帰ったときにしたら、母や兄も歯から金属を取り去りたいということで、その歯科クリニックに予約を入れることになった。これには私のアドバイスが効いたかもしれない。今後このクリニックには、人が増えることはあっても減ることはない。今のうちに直さないと後では時間がかかることになると言ったのだ。事実そのクリニックでも、一つの予約を取るのに場合によっては、2週間は待たされるのだ。村津歯科では、初診の予約をして実際に診てもらうまでに一ケ月待たされるのである。人が殺到しているのだ。口コミか本かは知らないが、本当に良いものは、人々に秘かに、そして着実に伝わるのだろう。
 その歯科クリニックでは、歯を上下左右の四つに分けて金属除去を行うという。歯の型取りをして、詰め物は1週間でできるので、仮に1週間に一度予約を取れたら4×2週間、2ケ月で終わることになる。だが1週間に一度は難しそうである。3,4ケ月は覚悟した方がいいかもしれない。現在私はその最中だが、金属を全部取り終わった後の経過報告を、(もしその時期までこのホームページが続いていればの話だが)したいと思う。乞うご期待。

 船井幸雄氏は村津歯科クリニックで1日で全部金属を外してしまったという。東京に帰った翌日は、鼻がスースーとおりすっきりとした気分だったという。実は私はこの点にこだわっている。私が初めて歯に金属を詰めたのが今から20年程前である。その時期から鼻のとおりが悪くなり、耳鼻科の病院に行って診てもらった。すると医者から肥厚性鼻炎と言われた。鼻の内側の粘膜が炎症でもしたのか腫れて、空気のとおりが悪くなっているのだ。当時はもちろん原因不明であった。だが今ならわかる。金属を外したら鼻のとおりがよくなることを大いに期待している。私は現在、無呼吸症候群の気がある。テニスの合宿に行ったとき、いびきをかいていると指摘された。いびきは鼻で呼吸せず口で呼吸するのでかくのだ。それで最近は口呼吸ではなく、鼻呼吸を試みている。だがいっこうに上手くいかない。なにしろ肥厚性鼻炎で鼻が通じないのだ。
 現時点で3分の1程度の金属を外してもらった。そして少しだが鼻のとおりはよくなってきている。最近特に鼻呼吸に注意を払っているので、この現象が気のせいではない自信がある。全部外す日が楽しみでならない。下手すると本当に健康になっちゃうよ・・・。
 矢山医師によると、歯から有害な金属を外して噛み合わせをちゃんとすると人間としての性能が3割アップするという。3割アップなんて、まるで鳥山明氏の漫画ドラゴンボールの変身のようだ。普通のサイヤ人がスーパーサイヤ人になるというわけだ(すみません、ローカルな喩えでした)。
 自分の人間としての能力が3割もアップするなんて、想像するだけで楽しいではないか。暗かった私の人生も、最近は明日への希望が湧いてきている(下手すると彼女が出来たりなんかして・・・、いや止めとこう。いくらなんでもそれはないだろう・・・)。

 ・・・

 読者の中には本当に、自分の歯に詰められている有害な金属を取り去りたいと思う方もおられるかもしれない。ここでは私が現在通っている都内の歯医者さんの連絡先は、書いていない。それは、ホームページに載せる以上は、本人の了解が必要だと思うからである。それゆえ特にその歯科クリニックで治療をしたいと思われる方は、私にメールを下さい。個人的にお教えするのは問題ないと思いますので・・・。

  緩慢なる毒殺

歯に詰められたアマルガム

 水銀50%、銀30%、銅6.5%、スズ3.5%の合金。水俣病やイタイイタイ病は有機水銀が原因であった。人体には猛毒である。歯に詰めたものが無機水銀だからといって、いつ口の中でイオン化して有機化するかわからないと村津医師は警告する。

 今までに歯の治療をしたことがある方は、もし手元に鏡があるなら、口を開けて中を眺めてほしい。歯に灰色や銀色をした詰め物があれば、それは金属である。そしてほとんどの人は知らないが、その金属は毒にも等しい極めて体に悪いものなのだ。多くの人がそれに気付かない理由は、それが日々極々微量に口の中に溶け出すため、気付かれないということだ。そして体内(特に生殖器が多いという)の各所に沈殿し、その人間の健康を徐々に奪っていくのである。これこそ”緩慢なる毒殺”ではないか。
 歯に詰めた金属は、金(キン)を除いて一様に体に悪いが、その中でも一番悪いと言われているのが、水銀を50%含んでいるアマルガムだ。その毒性は、水俣病公害でよく知られている。熊本県の水俣湾にチッソ株式会社水俣工場から排出された有機水銀を含んだ工場廃液が流され、その付近の貝や魚を汚染したのである。それを食べた住人が手足の感覚の麻痺や、目や耳に障害を訴えながら次々と死んでいったのだ。その水銀があなたの口の中にあるのである。それでも安全と主張する人はいるだろうか。
 何故こんな毒物が、人間の歯に詰められるようになったのだろう。矢山医師によると、人間の生体に対する配慮は全くされていないという。つまり人体に危険かどうかなど考慮されたことがないのである。低温で固まりやすく、加工しやすいという工学的な見地から採用されているのである。アマルガムは、1960,70年代に歯科治療でさかんに使われたという。そして驚くべきことに現在も禁止されておらず、今でも使っている歯医者はいるのである。歯に金属の詰め物がある読者は覚悟したほうがいい。必ずと言っていいほど使われているはずだ。
 読者の中には、疑問に思う方もおられるかもしれない。それほど危険なら何故、国が禁止しないのかと。それに対する私の答えはこうだ。エイズで問題となった血液製剤での厚生省の態度を見よ。BSE(狂牛病)問題での農水省の態度を見よ。国の保健行政を信じた人間は、次々と死んで(殺されて)いるではないか。アマルガムが危険なことは、厚生省の役人は百も承知である。何故ならその危険性ゆえにスウェーデンなどでは、すでに使用禁止になっているからだ。だがもちろん今すぐに厚生省は禁止したりはしない。血液製剤でも、狂牛病問題でも、役人は常に業者の利益を優先し、国民の利益を第一に考えない。アマルガムを含め有害金属の廃止は、なにより歯医者が反対するだろうし、それによって大量の患者を生み出している恩恵を一番預かっている医学界が反対するだろう。遠い将来、この危険性が、広く世間に知られ社会問題となったとき、やっと使用禁止を検討するだろう。そして今までと同じように、”当時は危険性を認識するのは無理であった。我々に責任はない”とうそぶくに違いない。
 自分の身は自分で守るしかない。金属の詰め物が歯にある人は、一刻も早く取り除くことをお勧めしたい。健康を害した後に役人を恨んでも仕方ないではないか。

 矢山医師が指摘しているように、現代社会において有害金属は歯の詰め物だけでなく、飲食物からも入ってくる。都会の水道の水には、水銀、アルミニウム等々が微量だが含まれているという。もちろん日本の54万世帯が利用している鉛の配管は、間違いなく水道に鉛を日々供給している。では、その危険性は、歯の不適合金属と比べてどの程度のものだろうか。もちろんそんな研究結果は現時点で発表されていない。そこで私が、勝手に推測してみよう。
 「歯は臓器だった」村津和正著書、(九州口腔健康科学センター)によると、同センターに来院した花粉症で歯に有害金属を詰めた患者49人から、金属を取ってみると、11人(22%)が著しく改善したという。そして27人(55%)が完治とまではいかないが、花粉症の症状が軽減したという。計80%に改善がみられたのである。これらの事実から、むちゃくちゃ乱暴だが、80%の影響力があったと考え、現代人に供給される有害金属の80%は、歯の詰め物から、残り20%は飲食物からとの推測も成り立つ。もちろん人々にこの問題が広く知られていけば、学者によるちゃんとした研究結果が発表されることになるだろう。

 では、何故その危険性が今まで社会問題化しなかったのだろうか。その最大の原因は人間の体を歯の歯学と、それ以外の医学に人為的に分けたことであるという。村津歯科医師の”歯臓理論”とは、歯も胃や肝臓、腎臓と同じように臓器であり、体の各所と密接な関わり合いを持つと主張する。それゆえ歯の噛み合わせや、不適合金属が原因となるアトピーや花粉症、疲労、肩こりのような様々な症状を、医学の分野で原因が解明出来なかったのである。医学が担当する分野に原因がないのだから、原因がわからなかったのだ。それゆえ不定愁訴(原因不明の症状)なる言葉が生まれたのである。さらに近年の急速な環境悪化が、それに拍車をかけたと私は考える。水道の水には、大量の塩素や発癌物質のトリハロメタン、それに有害とされる重金属が含まれている。大気汚染もすさまじく、自動車の排ガスのNOx類やその他の工場の排煙やゴミ消却場からのダイオキシン。食品の汚染も目を覆うばかりで、様々な防腐剤、着色剤。農作物には残留農薬や除草剤。調味料は99%NaClの塩(海水のミネラルを含まないこれらの塩は、食品ではなく、薬品である。体に極めて悪いもの)。調理器具には、猛毒のフッ素を使用した鍋や、アルミニウムの鍋である。
 これほどの劣悪な環境にいるのだから、現代人は自分の体の調子がおかしいのは、無理からぬことと諦めているのではないか。さらにオフィスはコンピューター化され、携帯電話の普及とともに電磁波に常時されられているし、仕事のストレスも相当なものだ。これに40代、50代ともなれば若い頃の体力もない。自分の体が少々おかしくなっても仕方がないと思えてしまう環境である。だが、体の不調の最大の原因が歯の有害金属とわかった今、打つ手はある。とにかく金属の除去である。多くの人は、これに躊躇するだろう。なにしろ歯の治療は、時間と金がかかるし、さらに苦痛に耐えなければならない。歯の治療で、ウィーンとうなるあの独特の歯を削る音を聞いただけで寒気がする読者は多いだろう。かくいう私もその一人である。それに金属を取り除き、セラミックのような素材の詰め物をするとなると、保険が利かないので相当な金もかかる。だからこれは本人の考え方次第である。私は春になると、きまって襲われる憂鬱極まりない花粉症から解放されるだけでも、その価値はあると思っている。さらにここ数年の急速なおじさん化現象も解消出来ると目論んでいる(ここ数年歯の治療を行い、歯に金属が新たに埋め込めれた。それと時を同じくしておじさん化したのだ)。私の歯の有害金属除去は順調にいけば、6月末頃に終わる。そのときが楽しみでならない。「白桃、翁になるを悲しむ」じゃなくて「翁、白桃に戻るを喜ぶ」だ。ウッシッシ。

  患者の証言

 ここでは、「歯は臓器だった」九州口腔科学センター刊、村津和正著から村津医師の治療を受けた患者さんからの手紙を紹介したいと思うが、その前に、冒頭の”はじめに”から村津医師の意見の一部を紹介しよう。

 ・・・(略)・・・
 また、歯に関する医学の盲点は、それが余りに重大で影響性が大きいために、その盲点が是正され、全国的に広く常識化するには、相当時間がかかると思います。否、貴方を含めた人間の選択いかんでは、そのまま是正されずに、この気づきは暗闇の中へ葬り去られ、人類はあるいは日本人は劣化しつづけ、終には滅びていくかもしれません。そのため社会全体の変革を期待するだけではなく、まず貴方自身が家族と共に自己防衛しておくことが大切です。
 知らないということは、こと命や健康については、時として人生の中で取り返しがつかないことを引き起こします。何の疑いもなく毎日食べ続けた魚に含まれていた有機水銀等によって、水俣病やイタイイタイ病が発症し、地獄のような生涯を送らざるを得なくなり、遂には無念の死を迎えたり、医療行政や医者を信じていたにもかかわらず、血友病の非加熱製剤を注射され、エイズに身体が冒されたりすることなどが、事実これまで起こっているのです。その意味で貴方と貴方の家族のための貴重な情報となれば幸いです。
 ・・・(略)・・・


 【前編プロローグ】より患者さんからの村津医師宛の感謝の手紙を紹介しよう。

◆ 生命の喜びを取り戻した還暦直前の女性

 「こんな身体で埼玉から、よくひとりで来られましたね。僕のクリニックに一年に一人か二人位あなたのような方が来られます。すべての機能が低下しています」と、村津先生の第一声でした。
 「原因がわからず、治療法もなく、ベッドの生活になるところでしたね。僕を訪ねてきてよかったね。もう大丈夫、元気になりますよ」
 治療台のチェアーに力なく座っていましたわたしの耳に、村津先生の大きな明るい元気な声が治療台を次々と駆けめぐり、大変なパワーに驚いてしまいました。職場で椅子から立ち上がる時、輪ゴムを踏んで滑り、ドンとお尻をついてしまった時から痛みが始まり、三週間後から背中に激痛が走り寝返りができなくなり、両手両足の痺れと痛み、首、肩にも激痛、枕に頭をつけられない、夜半に何度も主人を起こしては、擦ったり、操んだり、押したりしてもらってはウトウトする、そのくり返しで夜明けを迎える日々でした。
 アレルギー体質でお薬をいただけない私には労災をうけても整骨医の治療しかありませんでした。その治療もその時は気分がよくなりましたが、寝床に就くと痛みが襲ってきましたし、一生懸命通院すれば先生方も力を入れてくださるので、揉みすぎて足に力が入らなくなり、歩行も困難になり、治療を断念するしかありませんでした。
車に乗るとハンドルに手をかけるだけで腕が痛み、指がつって痺れがきて激痛がはしる。さらに頭痛、肩こり、背中もパンパンに硬く腫れて、腰は針を刺すような痛み・・・、足の指は通風の痛み、食事の量が多すぎるとお腹を下し、数回のトイレ通いで苦しい思いをしているうちに、みるみる体重は減り、私の衰えを見て、声を掛けられない知人もいたようです。年老いた両親に心配をかけないように、痛みをこらえて笑っている私に、母は余計に胸が痛んだようでした。
 そんな中、福岡に居ました時からお世話になっていた恩師とお話ししているうちに、「歯は悪くないか」と聞かれて、「歯医者さんと親戚づきあいをするくらい家族中で歯の治療をしてきましたし、評判のよい歯医者さんを次々と尋ねて治療をしてきましたが、十年も痛みが続いている歯が数カ所あります」と答えました。
 すると恩師は「身体全体が健康になる歯の治療をしてくださる先生がおられる。僕は健康だが将来の為に今治療に通っている、すぐに来てみないか」生言われて予約をしていただきました。
 頚椎と背骨二ヶ所と骨盤のずれは、第一回目の咬み合わせ治療で正常にもどりました。そして微熱もとれて痛みの箇所がやわらぎ回数を重ねる度に、残っていた痛みと仲よくなり、喘息のように続いていた咳もすっかりとれて、痛みで上に挙げることも背中に回すこともできなかった腕は、最後の金属を取っていただいて、三ヶ月後には右の頬にありました十円硬貨大の黒いシミとともに一点の痛みも残さず完治いたしました。今は以前の健康体よりも元気で、身体が柔軟になっています。
 何よりも嬉しいことは、治療中に生まれた孫を、この腕でしっかりと抱くことができたことです。
 最初は三人の子供達に理解してもらえませんでしたが、娘は頑張ってね! と応援してくれるようになり、息子は先日「ウチの母は、日本でも最高の技術の先生に歯の再植手術や永年続いていた神経の痛みの原因もとり除いていただいたばかりか、身体に悪い金属を取って、金やセラミックを入れてもらって、何よりも咬み合わせで骨のずれまで治ったんですよ、整骨医では正常にならなかったのに…不思議です。歯は臓器だそうですよ」と嫁の両親に話しかけているのを聞いて、胸があつくなりました。
 又私だけではなく不整脈、肺炎で痴呆になりかけておりました主人も、おかげさまで元気に自転車で走り廻っております。八十五才の母は斜めに入っていました入れ歯をまっすぐにしていただきましてから、転ぶこともなくなり、元気に過ごしております。身体の不調は職業病と諦めていた友人、リュウマチで歩くこともままならず日常生活が困難になっていた方等も、各々健康体にしていただき、明るく朗らかになり感謝しております。
 今後はわくわく歯みがきの励行と、村津先生、大井様スタッフの皆様にお逢いできるのを楽しみに、一回でも多くケアーにうかがえるよう頑張りたいと思います。本当に有難うございました。

 (五十九歳、女性、埼玉県)


◆ 死を考えるほどの苦しみから救われた五十代の主婦

 「痛みがスーッととれる、噛み合わせの改善で…、福岡の歯科医…、」そんな夕刊の中の文字が目に飛び込んで来たのは、平成十年も終わる頃のことでした。
 その数年前から、右腕がしびれ、首や肩が固く痛くなり、症状が進むと、ペンやお箸を持つこと、料理することもやっとの思いでした。頭痛がひどくなると嘔吐が止まらず、トイレで吐きながら、「こんなに苦しいのなら、死んだ方が楽かもしれない」等という考えが頭を過ぎったこともありました。
 MRIの検査を受けたり、内科医では「メヌエール氏病と正常のギリギリの数値です」と言われました。原因が分からないまま、整骨院で時々、首や肩をマッサージして貰いながら、どうにか、家業の手伝いと家事をこなしている頃のことだったのです。
 不安ではありましたが、平成十一年二月に村津歯科を訪れますと、先生は「あなた自身が治すのです。私達がするのはお手伝いです」という意味のことを言われました。金属をはずす三月六日は、ふとカレンダーを見ると、啓蟄の日でしたので、きっと全てうまくいくだろうと思えました。その日、はずし終えてJR博多駅に向かっている時、駅前の信号の所で、あれ程長い間しびれていた右腕にしびれが全くないのに気づきました。又、頭痛は次の日の午後から失くなりました。魔法にかかった様で、先生のされた勉強、研究に救われたのだと思いました。それ以来ずっと体調が良く、頭痛、嘔吐も忘れていましたが、六月十六日に突然以前の症状が激しく出ました。七月の診察日に先生にそのことを告げますと、診察され、前歯の不正咬合が原因です、と鏡を見ながら説明されました(最初の診察時に、これに関しては様子を見て行きましょう、と言われていました)。その場で、補てつ矯正の治療を受け、帰宅した時には症状は消えていました。
 九月に下の奥歯のインプラント治療を受けました。私は血圧が低く、上が九十でした。十二月初めに風邪で、内科に行き、血圧を測ったら、上が百二十もありました。村津先生の講演会で、或る歯(正確には覚えていないのですが)には血圧を上げる作用があると言われたのを思い出しました。他に何もしていませんので、インプラントの為としか思えません。
 十二月二十五日に治療が終わり、体も頭も軽く、スッキリしています。新聞で村津先生を知り、治療を受けることが出来た幸運を感謝し、これからの人生を大切にしたいと思っています。
 先生御自身も健康に注意され、これからも多くの人々を救って下さることを願っています。親切にして戴いたスタッフの皆様にも感謝しています。ありがとうございました。

 (五十二歳、女性、八女市)


◆ 生きているのが辛い日々が、楽しいくらい自分の好きなことに集中できる毎日に変わった四十代の女性

 歯を治療前、元来疲れやすい体質でしたが、四年前に事故にあってから、毎日、朝起きた瞬間から、頭痛がひどく、首が痛かったり、だるかったり、生きているのが辛い毎日でした。食べ物をかんで食べているという事さえも実感がなく、味がしませんでした。考え方も悲観的で、自分の世界に陥っている為、家族に対する考え方も、以前の様に優しさやちょっとした心づかいなど、忘れてしまったかの様に全く考えられず、かえって、皆から「何もしなくていいよ。お母さんは病気だから、じっと安静にしていてね」と声をかけられる毎日でした。このままでは、自分でもどうしていいかわからない日々を送っている時に、KOSを紹介していただきました。
 治療を受ける度に、頭痛、肩こり等の不快さもなくなり、食物も味がわかる様になり、「おいしいな」と感じることができました。同時に、目もハッキリみえる様になり、考え方も、物忘れしやすかったのが、しなくなり、積極的になりました。毎日、生きているのが楽しいくらい白分の好きな事に集中しています。
 毎朝、目ざめる度に、Dr.むらつ先生に感謝しています。言葉につくせないくらいです。今後も一人でも多くの方を助けてあげて下さい。心からむらつ歯科クリニックのますますのご発展をお祈り申し上げます。
 Dr.むらつ先生バンザーイ。

 (四十四歳、女性、福岡県遠賀郡)

  金属除去途中経過報告

 私が初めて歯の治療に行ったのは、今から20年程前の大学生の時だった。その歯医者に、「君ぃ、歯悪いねえ〜」と言われたのを覚えている。そのとき奥歯を中心にバケツ(金属全体で歯を覆うもの)2本と、それ以外の歯7本にはアマルガムやパラジウム合金のような有毒金属が埋め込まれた。そして2,3年後に以下の症状が出てくるようになった。

・花粉症
・側湾症(背骨が歪むこと)
・肥厚性鼻炎

 当時は、花粉症という言葉すらなかった。だが春になるときまって微熱と、風邪に似たような鼻水や目のかゆみに襲われていた。そのときは、自分は春になると非常に長期の風邪をひくのだと考えていた。これは前にも書いたが鼻が通じなくなったので、病院に行ったら肥厚性鼻炎と診断された。側湾症とは背骨が歪むことである。私の場合右側に歪んでいる。これは当時の歯医者が”噛み合わせ”の調節をまったくしなかった結果だと思う。私は右側の歯で噛む習慣があり、そのとき虫歯の治療は右側に集中していた。バケツを入れたのも右側の2本の歯だ。それで決定的に噛み合わせが狂わせられたのだろう。就職のとき健康診断を受けたが、私のレントゲン写真を見た医者は、「背骨が曲がっているね」と言った。私もその写真をみて自分の背骨が右側に曲がっているのを確認している。私は正直悲しかった。それまでは背骨は歪んでなかったのに・・・。

 その後10数年は相変わらず歯は悪くなる一方で、歯医者との付き合いは絶えなかった。だが、その後の歯の治療は、奥の方から前のほうに移ってきた。前の歯では、虫歯の部分を削って、その後にセメントのような材料を詰めるのが主で金属が使われることは少なかった。その為だろうか、上記の症状の他には特にめだったところはなかった。もちろん上記の症状が決して良くなることはなく、花粉症の症状などは年々悪くなる一方だった。
 だが3,4年ほど前のことだが、近所の歯医者に歯石を取りに行ったとき、痛みはなかったが、虫歯が出来ていると指摘された。治療した方がいいという歯医者の悪魔のささやきが見抜けず、「お願いします」と答えてしまった。そして新たに2本金属が埋め込まれたが、それから急速に身体の調子がおかしくなっていったのだ。次のような症状が新たにでてきた。

・耳鳴りするようになった(最初は小さかったが、徐々に大きくなっている)。
・疲労感が常につきまとうようになった。身体が鉛のように重く、長時間寝ても疲労感がなかなか取れないようになった(微熱があるような感覚が常にある)。
・身体が急速に老けていった(髪の毛がどんどん抜け落ちる。顔がおじさん化する)。
・身体の生理的な変調(手で髪の毛をとかすと、雪が降るようにフケが落ちる。手の甲に1,2mmの茶色のシミが多数できる)。
・運動能力の急速な低下(テニスが明らかに下手になった<注1>。又テニスの後は腰痛に悩まされるようになった。二日酔いの日には言葉が上手くしゃべれないような言語障害まで起きる始末)。
・無呼吸症候群(いびきをかくようになり、夜中に無呼吸で、苦しくて目が覚めるようになった)。
・不整脈

 <注1> こういうことを書くと、「テニスが下手になったのではなく、もともと下手で、やっとそれに気付いただけだ」という輩が必ずいる。それに反論できない自分が悲しい・・・

 このような症状が起きる前は、あと2,30年は生きられるなどとたかをくくっていたが、夜中に無呼吸で息が苦しくて、がばっと起き出す事態に至り、このままだとあと数年で死ぬんじゃないかなあ、と考えるようになった。突然死という言葉が、にわかに現実味をおびてきた。
 このホームページで、塩その他の健康の話を取り上げているが、こういった事情があったのである。趣味や道楽や時間潰しで、健康問題を取り上げているのではなく、私の場合必要性があった(それもかなり緊急性もあった)からだ。だが自然塩や玄米が良いと言っても、それを取らなければ意味がない。仕事や生活の忙しさにかまけていっこうに実行していなかった。そして上記の症状は、時間と共に確実に悪くなっていたが、実行しないせいだと勝手に思っていた。
 そんなときに、村津和正歯科医師の著書に出会ったのである。私は頭をガンとやられる思いだった。身体の不調の本当の原因が書いてあったからである。考えてみれば、私は病気にならなければならないほどの悪いことは、あまりしていないのだ。少々ビールの量が多い位である。食事に関して言えば、ハチャメチャだった以前と比べ、ここ2,3年は気を使うようになった。店屋もんの食事だが、肉はほとんど食べないし(牛肉と豚肉は食べない、鶏肉は食べる)脂っこいものは極力避けている(コロッケのように油で揚げたものは食べない)。また卵やチーズや牛乳のような乳製品は極力食べないようにしている。夜の晩酌では、ビールのつまみは、山芋をすったり、刺身や納豆や豆腐が中心である(たまに魚を焼いたり、かぼちゃやひじきのようなお総菜が加わる)。洋食化がすすんでいる現代日本の一般庶民の食事より、日本の伝統的な食生活に近い。ある意味では、むしろ健康的とすら言えないこともない(と思うんだけど・・・)。だから(個人的見地から言うと)上記のような不定愁訴に私だけ悩まされるなんて、理不尽な話なのだ。
 これは私の推測だが、3,4年前に新たに埋め込まれた金属によって、身体の中の有害金属の量がある臨界点を越えたのではないかと思う。ある臨界点とは、科学の分野では”敷位値”、工学の分野では、”スレッシュホールド値”といったりするが、その値を越えるとある現象が始まる境界線のことである。身体自身にも自浄作用があり、ある程度の金属の量なら体外に排泄されるという。ところが私の場合、大量の有害金属が歯にあって、20年間もコンスタントに身体に供給されてきたので、身体の各所にずっと溜まっていったのだと思う。それが臨界点のすぐそばまで達していたのだろうが、それが今回新たに金属が歯に埋め込まれたので越えてしまったのだろう。もう一つは40を越えて、身体の自浄作用が衰え始めたとも考えられる。こうして一気に体調がおかしくなっていったと考えられる。

 5月9日(木)に下側の金属を全部はずしてもらった。これで全体の4分の3は外した。残り4分の1である。歯科助手の方に、私の歯にアマルガムやパラジウム合金が使われているかと聞いたら、これがそうですよとその箇所を教えてくれた。そのアマルガムの大きかったこと。それを外し、心底ほっとする思いだった。
 まだ金属を全部はずしていないので結果を言うのは早いが、最初に金属を外してから1ヶ月弱になる現在、明らかな変化がある部分があるので報告しよう。これは船井幸雄氏も指摘したことだが、鼻がすーと通る感じがある。かなり鼻呼吸できるようになってきた(まだ完全ではない)。そして身体全体が軽くなってきた感覚がある。頭のふけは目に見えて少なくなったし、手にできていた茶色のシミは急速に薄くなってきた。今では、ぱっと見ただけでは気づかない。よーくみると、ああシミだなとわかる位である。
 矢山医師が指摘していることだが、長期にわたり金属の害にさらされた場合は、金属を外したからといってすぐに効果が出るわけではないという。私の場合20年間も、身体に金属を供給してきたのだ。身体の各所にたっぷり溜まっていることだろう。効果が出るのは、数ヶ月後か、もしかしたら1,2年後かもしれない。このまま順調に行けば、6月末ころに金属除去は終わる。それから3,4ヶ月経ったら耳鼻咽喉科に行って、自分が肥厚性鼻炎かどうか確認しに行こうと思っている。
 また今後、明らかな変化があったら報告します。

 

  矢山利彦医師の意見

 矢山利彦氏。佐賀県立病院好生館 外科医長。東洋医学診療部長。
 「成功も健康も思いのまま」(ビジネス社)から抜粋します。

 ・・・

 ここで、医者からみた「歯臓病」について話をしましょう。歯の中の不適合金属とは何でしょうか。みなさんの中には、ご自分の歯に使われている金属は不適合金属ではないと思う方が多いことでしょう。
 ところが非常に勉強した歯科医で治さない限りは、ほとんどが不適合金属を使用しているのです。
 歯の中で使う金属で一番悪いのは、アマルガムといいます。これには水銀が入っています。1960年代から70年代にものすごく盛んに使われ、その後だんだん使われなくなってきましたが、今でも使っている歯科医はいるのです。
 それから、銀色の歯にはパラジウム合金が使われていますが、これがものすごく悪いのです。私がこのことに気づいたのは、今から三年くらい前です。
 気功をしていると、自分の体の中に気が流れているという自覚が始まります。ところが、どうしても重たい気の流れの悪い個所がある、おかしいなと思いました。
 あるとき、時間があったので、体の中をゆっくり見てみました。そうやって見てみると、どうも歯のところで流れが悪いなと感じました。人間の気は縦に流れています。しかし、歯のところでいつもブロックがかかってしまうのです。おかしいなと思いました。自分の口の中の詰め物を見て、これはアマルガムが悪いのだと思いました。アマルガムが悪いということは、諸外国でも自然療法を勉強している人は、よく知っています。そこで、さっそくアマルガムを取ったら、少しよくなりました。
 でもまだ、すっきりしていません。それで再び口の中をよく見てみると、今度は、パラジウムが目につきました。それもすぐに外してもらったら、スーッと気が流れていくのを感じました。

 頭痛の原因はアマルガム

 私は、村津和正先生に慌てて電話をして、「パラジウムが悪いような気がしますが、どうでしようか?」と尋ねると、即座に村津先生は肯定しました。自分でも納得がいきました。
 それから患者さんが来る度に、歯を診るようにしています。そのために歯の勉強もしました。いろいろと調べていくうちに、恐ろしいことがわかってきました。
 例を出してお話ししましょう12歳の女の子が、頭が痛いといつて私のところにやつて来ました。何の検査をしても原因がわからないというのです。CT、MRI、脳波、髄液検査までやったのに、悪いところは何もないと言われたそうです。
 しかし、頭が痛くて学校に行けない、というのです。その頃すでに私は、金属が悪い、ということがだいたいわかっていました。12歳の女の子は、つい最近歯の治療をしたばかりということなので、私が歯を診てみると、思ったとおり、治療した歯にアマルガムを詰めていました。
 お母さんに、この詰め物を外しましょう、と言いました。お母さんは「えーっ!?」と言いましたが、とにかく外しましょうと提案し、すぐに、私の病院の先生にアマルガムを取り除いてもらいました。すると女の子は、その場で、もう頭が痛くない、と言ったのです。2週間ほど、薬も何もなしで経過をみましたが、それで終わりでした。このような例は、一つや二つではありません。こうしてスパッと治る人もいるのです。このような例は、アマルガムを詰めてから間もなかったからです。
 別の例をお話しすると、小学校6年生の少年がやって来ました。見るからにしょげています。どうしたのかと聞くと、最近、元気がない、朝起きたときにため息をつく、というのです。
 この子は以前は、剣道をしていてものすごく元気だったそうです。元気がなくなってから、元気をつけさせるためにおいしいものを作っても、途中で食欲がなくなってしまう、ということでした。
 さっそく歯を診てみると、やはりアマルガムが詰めてありました。歯科医は、「どうせ子供の歯だから」といってアマルガムを詰めてしまったのでしょう。その少年は、歯を治療して三ヶ月目くらいから、体がおかしくなったといいます。
 すぐにアマルガムを外しましたが、体調はすぐには治りませんでした。そこで、私がやっと考え出した、金属を洗い流す漢方薬を飲んでもらうことにしたところ、治っていきました。
 重病ではないといっても、これらの子供にとっては、歯を治さない限り、体が悪くなることはあっても、良くなることはないでしょう。歯に原因があるのですから、これから先、体の検査をくりかえしても原因はわかりません。
 しかし頭が痛かったり、やる気がなかったりして、家族は心配し、その子供たちの人生は、本当に暗いものになってきます。そのまま大きくなって、自分は駄目な人間だと思い、社会生活ができなくなってしまった、というような人も、ときどき私のところに来るのです。
 怖いのは、歯の不適合金属を放っておくと、それが溶けて、脳にたまってしまうことがあることです。若くて元気のあるはずの人でも、どうにもならないほど気力が落ちてしまうのには、頭に金属がたまっている可能性もあるのです。歯を見ても金属はそんなに減っていないと思うかもしれません。しかし、ほんの微量の金属が明らかに大きな影響を与えるのです。
 例えば環境ホルモンの話をご存知ですか?
 これはもう明らかになった事実ですが、一つ例をあげると、海の中に棲んでいる貝で、ほんのわずかのホルモン様物質を摂取することで、オスがメスになるというようなとんでもないことが実際に起きているのです。つまり遺伝子が狂っているわけです。なぜそういった現象が起きたのかを研究してみたら、船の底に塗っている塗料、有機スズが原因だと判明しました。船底の有機スズが海に溶けるということですが、いったいどれくらいの量だと思いますか?
 海に溶けたスズなんて、測れないくらいものすごく微量なんです。そんな微量で遺伝子が狂うのですから、歯の金属だって遺伝子を変異させる原因となるわけです。しかも歯は四六時中、口の中にあるのですから、その影響の大きさは計り知れません。

 頭に沈着した不適合金属は、まだらポケの原因

 アルツハイマーの初期で、「まだらボケ」という状態があります。電気が点いたり消えたりするような状態で、わかっているかと思ったらわかっていないという状態です。
 このようなときには、今聞いたことでも、すぐにぽろっと忘れてしまうことがあります。短期的な記憶すなわちワーキングメモリーは、電気回路のようになっており、一方長期の記憶は物質として蓄えられているとされています。ですから、このような人は、古い記憶は残つているのですが、今聞いた記憶は忘れてしまったりします。例えば数字の逆読み。誰かに四桁の数字を言ってもらい、それをパッと後ろから言えたら、ワーキングメモリーはOKです。「えーっ?」と言ったら危険信号だと思って下さい。
 あるとき、70歳代の女性をご主人が連れて来られました。この女性を「ZERO SEARCH」を使って調べてみると、頭部にパラジウムとアルミニアムがものすごく沈着していました。話を聞くと、家でアルミニウムの鍋釜を使っていたというのです。さらに、歯は銀歯だらけで、20本以上が銀歯でした。これはもう大変です。他に方法はないので、どうにか説得をして、アルミニウムの鍋釜を使用することを止めてもらい、歯を治しました。そして、漢方でたまっている金属を洗い流したのです。
 治療して三ヶ月くらい経つと、顔が明るくなってきました。一番初めに会ったときは、暗い顔をしていましたが、三ヶ月したら、数字の逆読みもできるようになり、その女性は喜んで泣いていました。
 そのとき、私は理解したのです。人間は、自分の脳が崩れていくことを自覚しているときほど、辛いことはないのだろうと。完全にボケてしまえば、また違うかもしれません。しかしボケは、まだらボケの状態から始まるのです。
 なんだか自分はおかしい、自分の脳が壊れていってしまうという自覚の時期があります。それは人間にとってものすごく辛い時期でしょう。しかし、ほとんどの人はその予備軍としか言いようがないのです。なぜならば、多くの人々の体内に、アマルガムや、パラジウムが入っているからです。
 歯を治した人に、どのくらい自分の能力が上がっているかと聞くと、体も頭も、最低、3割くらいは性能アップしたと答える患者が多いものです。読書をしても、持続力がついて長い間集中できるようになったと言います。
 ということは、治した人はいいけれど、冶さない人は、正常な人と比べて3割くらいダウンしたままでずっと働いているわけです。それで自分には能力がないとか、集中力がないということで悩んでいることが多いのです。
 一番怖いのは、不適合金属がたまっているという自覚症状がないことです。もう一つは、脳に不適合金属がたまるとアルツハイマーに、皮膚にたまるとアトピー性皮膚炎に、というように、起きる病気が体のどの場所か決まっていないことです。
 湿疹ができている赤ちゃんを診てみたら、湿疹の部位にパラジウムの強い反応があります。これは、お母さんの子宮からきていたのでしょう。今、子宮内膜症や子宮筋腫がものすごく増えています。生理痛のない人がいないくらい、子宮が悪い人が多いのです。それは、歯のパラジウムが溶けて子宮に沈着しているからなのです。
 そして子宮の内膜に金属がたまると、赤ちゃんが流産してしまったりもします。男性は、前立腺や睾丸にたまります。したがって、精子の力が落ちてしまいます。体の中に、『沈黙の春』が起きているのです。
 これだけいろいろな症例があるのにもかかわらず、歯の不適合金属のことは大きな声では言われていません。しかし、歯をきっちり治してあげれば、ピカピカの赤ちゃんが生まれてくることは間違いありません。赤ちゃんって、こんなにピカピカだったのかと、改めて気づかされることでしょう。

 人間にとっても深刻な問題『沈黙の春』

 1962年だと思いますが、レイチェル・カールソンという先鋭的な人が『沈黙の春』という本を書きました。春になっても鳥が鳴かないというのです。それはなぜでしょうか。環境にまかれた農薬やその他の化学物質が、例えば水に人ればミジンコが食べ、ミジンコを小魚が食べ、子魚を大きな魚が食べて、大きな魚を鳥が食べます。
 それは生物学的な増幅装置として働くのです。だから、ミジンコが食べた化学物質は、10倍、100倍、1000倍、1万倍とどんどん濃くなっていきます。そして最後には、魚を食べた鳥が死んでしまい、その鳥の子供の生殖能力が働かなくなり、春になっても鳥が鳴かない−。沈黙の春。
 有吉佐和子さんの『複合汚染』という本とともに、非常に注目されました。沈黙の春が、人間の体に起きているのだ、と言わざるを得ない状況だと思います。
 実際、精子について調べると、数と活動と、奇形の有無を調べると、満点の人はいないといわれています。もうすでに、人間の体の中が「沈黙の春」化しているんです。そして、外なる環境が汚染されているように、内なる環境までもが汚染されてきているのです。
 このことはものすごく大きな問題です。例えば、炎症を起こす菌が肺に入り、肺炎になったというのなら自覚症状があります。通常、一つのことが原因で一つのことが起きる、こういうシンプルなシステムで病気が起きる場合は、解析しやすいし、自覚があります。
 しかし、体内環境汚染には、ある特定の自覚症状といったものがないのです。環境汚染を起こす物質は、数限りなく存在します。そしてそれが一個ではなく、複合している、まさに複合汚染です。そういう状況なのです。その中でも一番心配なのが、歯の金属なのです。
 歯の金属は恐ろしいのですが、他にもいろいろな金属のサンプルでテストすると、さらに恐ろしいことが判明します。それは、今、水の中に鉛と水銀とアルミニアムがたまっているのです。全部といってもよいでしょう。川の水を浄水しても、鉛と水銀とアルミニアムが検出されます。それだけではなく、カドミウム、クロム、ニッケルなども入っています。飲めるのは、山の麓から汲み出した、天然の濾過装置を通った水だけ。それ以外は飲めないような状態です。簡単な浄水器では、ほとんど金属を取り除くことができません。そういう目的で作っていないからです。しかし、日本の中で54万世帯の家庭は、本管からの引き込み管が鉛でできているのだそうです。
 朝日新聞に掲載されていましたが、朝一番の水は飲んではいけないといわれているのです。鉛が脳にたまると、働きが悪くなるのは常識です。水道水には鉛だけではなく、アルミニウム、水銀と全部あるのです。
 一体どうしたらいいのでしょう? それは、まずは歯を治して、重金属を全部濾過してくれる浄水器をつければ、とりあえず、重金属が体に入ってくるのを減らすことができます。
 最近、私が歯を治したほうがいいですよ、と言うと、みんな嫌がります。せっかく治したのに、去年治療したばかりで何十万円もかかったのにということです。歯を治すにはお金も時間もかかります。でも、歯を治さないと、将来もっとお金がかかることになるでしょう。
 今までずっと漢方を飲んで体がよくなっていた、リウマチを始めとした膠原病のような病気が、最近再び悪化してきてしまいました。原因を探ってみると、電磁波の影響でした。
 体内環境を汚染するものに電磁波、電波の問題があります。今、人類は歴史上、最強の電磁波を被っています。それは、携帯電話とコンピュータの普及が原因です。これらは、強い電磁波を出しています歯の金属がアンテナになって、電磁波を受信してしまうのではないかと私は疑っています。そうすると弱い電流が流れますから、イオン化して溶け出し、体の中を巡ったときに、解毒能力の弱い組織とか、あるいは、代謝の早い組織に入っていくのです。
 例えぱ、女性の子宮内膜症、子官筋腫、子宮ガンのところに、ものすごく歯の金属が沈着しているのは、内膜が頻繁に入れ替わっているからです。それが「ZERO SEARCH」の機械で判定できます。患者にサンプルを持たせて、テストすれば推定されるのです。
 また、メガネの金属のつるは、携帯電話のアンテナと同じです。メガネのつるが、電波をいつも拾っています。メガネをかける部分には、人間の体の大事な気の経絡が通っていますから、メガネをかけるだけで、気の流れが悪くなってしまうのです。

  噛み合わせ

 このところ歯に埋め込まれた有毒金属の話題に触れてきたが、”噛み合わせ”もまた人間の健康に不可欠な要素であることがわかってきた。今回もまた「歯は臓器だった」(九州口腔健康科学センター、村津和正著)からの情報である。
 歯の噛み合わせが狂うと、頭痛、肩こり、不整脈、腰痛、側湾症(背骨が歪む)、耳鳴り等々さまざまな症状がおきるが、なかでも衝撃的なのが、側湾症(背骨が歪み)であろう。以前テレビだったか、書物だったか忘れたが、ある医者が現代人は多かれ少なかれ背骨が歪んでいると発言していた。人によって左右どちらかに歪むか、その程度の違いがあるだけだという。これはちょっと脱線かもしれないが、5月13日の4チャンネルのテレビ番組で、顔の左右が全く対称である人は美しいと紹介していた。芸能人のように顔が商売の人の顔を左顔、右顔だけをもとに合成した顔を作って紹介していたが、左顔、右顔で微妙に違うのが面白かった。これで側湾症となれば当然顔が歪む。現代人の多くは左右対称ではないのだから、この美意識からは、はずれてしまうだろう。
 歯の有害金属と同じように、歯の噛み合わせが背骨を歪めるなどとは現代人のほとんどはしらないであろう。だが村津和正歯科医師によると、原因はずばり噛み合わせの狂いだという。実際他の医師が行った犬を使った実験だが、歯を片側から一本抜いて経過をみると背骨が歪んでいくことが確認されたという(実験の為とはいえ、犬は可哀想だと思う。実験が終わったからといって抜いた歯は元に戻らないのだから)。
 では噛み合わせの狂いによって、実際どのような湾曲が生じるのであろうか。その著書に、実に興味深い実験結果が報告されているので紹介しよう。人間の歯ごとにその高さを変えてどのような感じになるのか紹介したものである。実験では前歯の左側の歯を、個別に高くして行ったという。まず人間の歯の名称を紹介し、個々の歯の影響を紹介する。

 永久歯では8種類の歯が、上下左右合わせて32本ある。
ただし第三大臼歯とは親知らずのことで、これを入れないと
28本となる。


前歯の中切り歯では、顔が少し上を向き、頭が後方に引っ張られ、左側にそして内側に体重がかかる感じがします。そして少し内側に体重がかかる感じがします。そして少し内股になりそうに感じます。

顔が上を向き、全体が後方に引っ張られる感じで、つま先が浮いて、かかとに体重がかかり、胸が出て、後傾姿勢になります。

胸から上が後方に引っ張られ、膝が前に出て、さらに腹部が前方に張り出し、背中が反ったようになります。腰に負担がかかります。

体全体が膝から右にねじられる。頭の軸は真っ直ぐな感じがします。

左肩が下がり、頭は左側に傾きます。

腹部が前方に出て後傾姿勢になります。腰に負担がかかります。

左肩が後方に引かれる感じになり、左全体がねじられます。

体全体が後方に引っ張られる感じがします。

 これらは学会で発表されるようなものではない。というのもあくまでも”どんな感じ”がするといった類のもので、数値化されたデータではないからだ。だが、歯の噛み合わせの狂いが姿勢を狂わせるという”事実”を充分にサポートするものだと思う。
 個人的に気になったことだが、私には2箇所第三大臼歯(親知らず)がない。あるとき歯医者に行ったら、(頼んでもいないのに)親知らずはあっても意味がないから抜きましょうといわれて抜かれてしまったのだ。当時は全く医者の言うことは正しいと信じていたのでそうしたが、今となっては取り返しのつかないことをしてしまったと後悔している。親知らずも又、人間の姿勢に大きな影響を与えているからだ。もしかしたら読者の中にも、歯医者の売り上げに貢献するため、親知らずを抜かれた人もいるかもしれない。
 では今度は村津歯科での実際の症例を紹介しよう。左側の例は頭痛や肩こり、首筋の痛みを訴えていた患者だが、噛み合わせの改善によってそれらの症状は完治し、レントゲン写真でも確認出来るように頸椎の歪みが改善している。右側はヘルニアと診断された患者の例である。この患者は腰痛が激しく、仕事もやめなければならないほどの痛みだったという。通常の整形外科における牽引治療や整体治療でも改善しなかったという。それが噛み合わせを改善するとレントゲン写真にあるように腰椎、骨盤のズレが改善され腰痛もなくなったという。治療後6年経つが、当然再発もないという。

         
治療前(右)は頸椎の異常な湾曲が認められますが、
噛み合わせの治療によって正常に回復しています。
治療前(右)は腰椎が歪み、仙骨の傾きが認められますが。
噛み合わせの改善後、腰椎は真っ直ぐになり、仙骨の傾きも
改善しています。


 最後に村津医師に宛てた患者の手紙を紹介しよう。最初の手紙は長年「側湾症」で悩んでいた人で、初診時、背骨が湾曲し、片方の肩が異常に下がり、体が傾いていたという。

 幼稚園の検診で言われたのが最初でした。5歳の時だし、自覚症状もなかったと思うが、これから成長していく過程で歪みの角度がどこまで進んでいくかというのは不安でした。整形外科で装具を作り、小学校入学当時は体育の時間以外は装具をつけたままの窮屈な毎日でした。
 運動神経は良い方でスポーツは得意でしたので、水泳がいいとのことで水泳をやっていました。平行して整体治療にもずっと通い続けました。整体では成長期の子供に装具を使うのは良くないといわれ、小4からは装具をやめてリハビリの為にバスケットをはじめ、脊柱が伸びればと努力しましたが、中学卒業までに身長は170センチには届きませんでした。幸い歪みの角度はひどくはならなかったけれど、左右の肩の高さ、前かがみになった時の肩甲骨の高さは違っていました。
 高校生になって叔母の紹介で村津先生のことを知りましたが、今まであらゆる治療をしたにもかかわらず不変だったものが、今さらどうにもならないだろうというのが正直な気持ちでした。ところが、村津先生の一回目の治療で肩のラインは左右同じになりました。これまでにも整体治療の後は肩のラインは同じになっていたのですが、一週間で元に戻ることの繰り返しでした。
 村津先生の治療を受けて1年が経ちましたが、今でも肩のラインは左右同じです。背骨の歪みもとれれば身長が10センチは仲びると期待しましたが、僕はすでに17歳、成長は終わりに近い時期です。しかも高校よりラグビーをしており、すっかり筋肉質の体になっています。あと2〜3年早い時期に先生に出会えたなら、身長も伸びることができただろうと悔やまれます。村津先生はかなり画期的な研究をされているので、全国津々浦々で不治の病と思い、苦しんでいる多くの人々に伝われば朗報になると思います。今後のご活躍をお祈り申し上げます。

 (17歳、男子高校生、熊本市)


 腰痛に悩まされ続けた20年位でしたが、噛み合わせの治療のおかげですっかりよくなりました。本当にありがとうございました。
 私がKOSむらつ歯科クリニックを知ったのは、同じ職場に二人もここにかかっている同僚がいたからです。本当にラッキーでした。整体や整骨院通いをくり返していたのですが、その時は良くなった様でもしばらくすると又痛くなるという状態でした。長く立っていることができないし、外出してもすごく疲れてしまうし、ちょっぴりではるけれども老後の心配もしました。こんな腰の状態ではどうやることやらと・・・。
 腰の状態も良くなり、虫歯の治療も終わリ健康体になりました。先生と同僚の二人に感謝。今後もケアーの方を利用させていただきます。これからもよろしくお願いします。

 (47歳、男性、福岡市)


 歯の治療をする前は、朝起きあがろうとした時や、いすから立ち上がろうとした時に右側の腰がズキッとうずいていたのが、噛み合わせを治していただき、以前治療で入れていた金属を変えていただいた後は、全く痛まなくなりました。
 治療の前は、よく人から右肩が下がっていると言われましたが、治療を受けた後は、人から”まっすぐになったョ”ということを言われました。前は、横を向いてしか寝れなかったのですが、治療後は毎日あお向けで、まっすぐに寝れる様になりました、、寝つきが良く、熟睡できる。治療後は、ずっと体がらくになった様です。

 (33歳、女性、福岡県宗像郡)

  「金属除去大作戦」その後

 私の有害金属除去は当初6月末頃だろうと思っていたが、1ヶ月早まり5月末で完了することが出来た。先生が6月から仕事が忙しくなる私の状況を斟酌してくれたのかどうかはわからないが、かなり一気にやってもらったのだった。というわけで私の歯の金属は現在ゼロである。だがこれはやっと健康回復の第一歩を踏み出したに過ぎない。私は現在以下のようなテーマを掲げている。

@ 歯に埋め込まれた有害金属の除去と歯の噛み合わせの調整。

A 20年間にわたり身体に蓄積された有害金属の除去。

B 今後飲食物からいかに、有害金属の摂取を減らせるか。

C 本当に身体によい食生活。

D 適度な運動とストレスのない規則正しい生活。

 @とAは健康を手に入れる為の土台作りと言える。歯に虫歯の全くない人や、虫歯の治療に保健を使わず、高価な陶器の素材等を使ってきた人には、@とAの課題はないのだ。@とAは人災である。有害金属を使った治療にのみ保険を利くようにした、腐れ役人の悪魔的行為と言っていい。彼らは、いずれこの事実が社会に一般に認知されるようになると、相当な社会的批判を浴びるに違いない。
 さて私は現在やっと@をクリアーしたばかりである。これからいかにAの課題に取り組むかだ。歯の有害金属を取り去ったと言っても、それは重金属の供給源を断っただけで、依然体の中には、これまでたっぷりと蓄積された有害金属があふれんばかりに溜まっているのだ。以前紹介したが矢山医師は、独自に有害金属除去の薬を開発したという。私は、自分の歯から金属を取り去ったあとは、矢山医師を尋ねてみようと思っていた。ところが金属除去を終えた5月末の診察日に、治療を終えて帰ろうとしたとき、受付である薬を紹介された。先生が私にと勧めてくれたのだという。それがなんと身体から有害金属を除去する薬だという。私は驚くと同時に、さすが本物の医者は違うと関心してしまった。患者が何を望んでいるか、お見通しというところである。その薬(プリオキレート2X)の説明書をもらったので、一部を紹介しよう。

 <特性>

 プリオキレートはイオン金属そして特に水銀、鉛そしてカドミウムなどの重金属をキレート化して分泌する体の能力を刺激することが出来る。それによって有害な遊離基の生産を減少させる。この成分を使った経験でカルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウムそしてセレニウムなどの必須無機塩類は影響を受けることはなく、そして銅と亜鉛は生理的な限界内に留まっていることがわかっている。

 <適応症>

 重金属の負担の軽減

 <治療期間>

 亜鉛、銅、鉛が多い場合は3瓶を使い切るまで。カドミウム、水銀が多い場合は5〜6瓶を使い切るまで。

 <お勧め>

 充分な量の水を飲むことで、プリオキレートと結合して重金属の排出を助ける。実際の重金属の負担度を知るために、プリオキレートは体が「環境の」、即ちイオンの重金属をより良く処理する助けをする。


 私の場合20年間も有害金属を供給されてきたのだ。金属がなくなったからといって、すぐに具合が良くなるはずもないことは覚悟していた。ではどの位の期間で体から金属が除去されるのだろうか。以前は下手すると1,2年はかかるのではないかと思っていたが、この薬の<治療期間>を見て、こりゃあいい、と思った。私の場合アマルガムによる水銀だから5〜6瓶となる。受付で聞いたら、1瓶で1,2ヶ月程度だという。多めに使って1ヶ月だとすると半年で済む計算だ。これなら来年の花粉症の季節に充分間に合うではないか。さらに私が喜んだのは<お勧め>の記述だ。充分な水を飲め、とある。これまでビールの飲み過ぎは体に悪いなあ、と思っていたが、これでお墨付きをもらったも同然だ。医者が飲めと言っているのだから仕方ないではないか。これまで以上にビールによる水分補給を増やさざるを得ないようだ(ウヒヒ)。
 さらに嬉しいことに、この「プリオキレート2X」は1瓶の値段は2千円そこそこである。特殊そうな薬なので、めっちゃ高そうな雰囲気があるが、2千円とは有り難い。なんなら1ケース買って、歯に有害金属をいっぱい詰め込んだ知り合いにプレゼントしてもいいくらいである。

 この前テニスの仲間の一人と雑談となり、この金属除去が話題になった。どうやら彼はこのHPを見たらしい。彼は私より花粉症の症状が重い。それだけにこの話題に大いに関心があるようだった(彼は花粉症が直るなら100万円払ってもいいと言っていた)。そこで私は言った。来年の私を見てくれと。村津歯科での実績では、49人の患者から有害金属を取り除いたところ、11人が完治、27人の症状が改善し、全体の8割が快方に向かったというデータがある。私は”完治組”に入ると決めている。今から来年の春が楽しみでならない。生命の芽吹く春というすばらしい季節に、鼻水じゅるじゅる、痒くてたまらない目なんて最悪だ。
 さわやかで、すばらしい春という季節を、来年は20年ぶりに味わえると確信している。


<付記>

 以前、金属を外すと起きる生理的な変化を書いたが、それとは別の変化があったので紹介しよう。
 私は知り合いに、「汗をかかない人間」として知られていた。真夏の炎天下でも、短パンでなく長いジャージを履いてテニスをしていた。異常に汗をかかない体質だったのだ。ところが、金属を外し始めた4月からそれが急に変わり始めた。それを感じたのは、サウナに入っていたときだった。すっかりビール腹となった体を絞ろうと、時々サウナに出かけているのだ。以前はサウナに入る前と後で、汗を出して体重を1kg絞るのがせいぜいだったが、4月からはがんばったつもりはないのに、1.4kg前後は苦もなく体重が減ってくれるのだ(その後ビールでまた元の体重に戻るのだが)。サウナに入っているとき、ボタボタと汗がこぼれるように吹き出してくるので驚いた。だが、周りの人を見るとそれが普通のようだ。やっと普通の人並みの体質になったと実感した。
 テニスの知り合いだが、私をも越える大量金属人間がいた。ちょっと開けた口の中が真っ黒な人で私の1.5倍の金属はあろうかという人だ。その人がサウナに行ったときの話を思い出した。その人は私を越える汗をかかない人間であった。汗をかくつもりでサウナに入ったが、全く汗をかけないという。これじゃあいけないとがんばりすぎて30分後に、意識がなくなり倒れてしまったという。サウナ室から担ぎだされ救急車を呼ばれる寸前までいったという。この例をみてもわかるように、歯の有害金属と汗をかく体質は、はなんらかの因果関係があるような気がする。

 「金属除去」雑感

 まず報告したいことがあって、この「金属除去大作戦」に対する読者の反応に正直言って驚いています。当初私にメールして、都内の歯医者さんに行って歯から金属を取りたいという人はおそらくいないだろう、仮にいたとしても1,2名だろうと思っていたからだ。
 その大きな理由は、このホームページが多くの人にとってマイナーであり、見る人の絶対数が少ないからだ。さらに前にも触れたが、少なくない(場合によっては相当な)費用と時間がかかる。仕事の忙しい人だと職場をちょっと抜け出して歯医者に行くのも難しいだろう。そして治療の苦痛に耐えなければならないのだ。誰だって二の足を踏むような条件がそろっている。実際テニスの知り合いに、歯の有害な金属で苦しんでいる(と私が思った)人がいたので、勧めてみたが、仕事の関係で時間を取るのが難しいと躊躇されていた。
 それが当ホームページに予想に反して多数(と言っても十数件だが)の問い合わせがきたので、驚いてしまった。この有害金属は今は社会問題化していないが、少しずつ(見識のある?)人々に広がっているということだろうか。私に来た問い合わせのメールで、貴重な情報を教えてくれる人もいた。その方は、九州にある「村津歯科クリニック」に予約されたのだそうだ。そして予約から診察まで現在は9ヶ月待たされるとのことで、これには絶句してしまった。私が以前書いた1ヶ月待たされるという話は、村津歯科医師の著作に載っていたものだ。その本が出版される以前は1ヶ月待ちですんだが、今や9ヶ月になってしまったわけだ。本を読んだ人が日本全国から殺到したのだろう。逆に言えば、それだけこの有害金属の問題を多くの人が気付いてきたのだと言えるかもしれない。

 ・・・

 話は本質とはそれるが、先日兄が私に向かって、

「お前が紹介した、あの○○クリニックの先生、テレビのコマーシャルに出てるぞ」

と言うのだ。私もそのコマーシャルを見ていて、あれえ?あの先生にそっくりな人だなあ、と思っていた。しかもそのコマーシャルは歯磨き粉の宣伝だったと思う。よく似た人だと思っていたが、兄によると”○○クリニック”とまで紹介されていたというから間違いない。私の独断と偏見だが、本物はマスコミのような人目につくような場所にはいない、というものがある。その観点から言うと、あの先生がテレビに出るほどの有名人だったことに複雑な想いがある。
 まあでも、治療する人が有名人か無名人かは本質的な話ではない。問題は有害金属と噛み合わせの重要性を人々が早く気付くということなのだ。

 さらにもう一つ脱線すると、実家に帰ったとき母に教えてもらったが、歯の治療に500万円かけた親戚がいるという話でぶっ飛んでしまった。金属除去で60万円もかかると大騒ぎしていた私の声が、「ごっごっ、ごひゃくまんえん!」と裏返ってしまったのは言うまでもない。
 なんでも青山で開業している超有名な歯医者さんで、芸能人やスポーツ選手がよく通う名医だという。保険を使わないので高くなるのは当然としても、500万円払ったらどんな治療をしてくれるのだろうとかなり気になった(行こうとは思わないが・・・)。私に来た問い合わせのメールの中で、今まで歯の治療に240万円もかけたという女性がいた。私は自分の認識がいかに甘いか知った。
 村津歯科医師が指摘されているように、”歯は臓器”ならちゃんとした治療を受けようと思ったら多少金がかかるのは仕方ないのかもしれない。歯を単なる咀嚼の道具だと理解していたから、虫歯ができたら削って(有害であろうがなかろうが)金属を詰めればいいという治療が横行してきたのだろう。聞いた話だが、昔の歯医者は虫歯の治療で、歯の神経や歯そのものをいとも簡単に抜いていたという。それが昨今歯を抜かないのはもちろん、歯の神経も出来るだけ残すような治療に変わってきているという。どうやら昔に比べて多少は進歩しているようだ。

 村津青年の臨死体験

 このコーナーは「金属除去」のコーナーなのだが、今回金属除去とは関係ない話をしたい。ここで紹介するのは村津和正医師の臨死体験の話である。村津医師の唱える”歯臓理論”は、現代歯学、医学にとっては革命的理論である。村津医師の主張は現在、社会に浸透し始めた段階であり、まだ大きなうねりになっていないが、いずれ大きな変化をもたらすと考えられる(少なくとも私はそう思う)。これは私の勝手な思い込みかもしれないが、社会に革命的な大きな変化をもたらす人物には、不思議な話が多い。天から特別な使命をおびている、という表現をしたら、反発する読者もいるかもしれない。だが、これから紹介する話は、村津医師自ら書いたものなのである。
 村津医師は九州大学歯学部の学生だった頃、空手部に所属していた。この空手部の練習がすさまじく、年に4回行われる合宿では、大げさと思われる方もおられると思うが、村津青年は、遺書まで書いて参加したのだという。大学2年のとき、それまで基礎練習だけだった部員に、深夜におよぶ無制限組み手の練習が加わった。村津青年は、このまま空手の練習で死ぬか、空手を止めて無事卒業を目指すか煩悶することになった。無事卒業すれば、両親は喜ぶだろうが、空手で挫折することは村津青年にとって精神的な死を意味していた。
 そこで大学のある福岡から実家の両親の住んでいる鹿児島まで歩いて旅をすることを思いつく。迷ったあげく旅の中で答えを見つけようと考えたのだ。出発したのは12月2日、冬である。佐賀、島原を経て鹿児島への550キロの徒歩の旅である。
 ではその部分を抜粋して紹介しよう。この文章では、村津青年を”彼”と表現している。


 天に命をあずける

 命を処する行き場の答えを失い、しかしこれまで共稼ぎで、深夜まで働き育ててくれた親の姿を思い出すと、とても自殺などできない。一切車などに乗らず厳寒の中を歩き通す。夜は神社の床下の外と内側の境にそのまま横になり、もしこのような自分でも生きる価値があれば、天は彼を生かすだろう。もし生きる価値が無ければ、冬の山の中で凍え死ぬだろう。自分の命を天に、あるいは神に預けたのだ。そうすると彼の気持ちはとても楽になった。以前見たチャプリンの映画「ライムライト」の中で、主人公がつぶやいた「Go you go, go to Wiena, to be a chance. Work hard. Do your best. May be god with you.」(行きなさい、ウイーンに行きなさい、きっとチャンスがある、一生懸命働きなさい、ベストを尽くしなさい、神様はあなたと共にいます)という言葉が何かしら心の中にささやかれ、夜明けから日が沈むまでただ黙々と歩いていった。ふっと後ろを振り向くと、そこに下を向いて一歩いっぽ歩き続ける自分の残像があった。夜は寒くて寒くて、とても寝入ることはできなかった。彼は佐賀市に入ると、県庁前に当時あった喫茶店で、飛び込みで五日間アルバイトをさせてもらい、食費をいくらか貯めて、再び歩き始めた。歩き始めて数日経った頃、彼は思った。「人間って、なかなか死なないものなんだなあ」。
 毎日歩き続けていると色々なことがある。島原市に入ると、夕方頃、自転車に乗ったおまわりさんが、彼にちょっと派出署まで来てくれと声をかけてきた。ついて行くとここに来るまでどこで何をしていたか、詳しく尋ねられた。近くで強盗事件があり、その容疑者に間違えられたのだ。よほど風体も汚く悪かったのだろう。説明すると疑いは晴れたようで、帰してくれることになった。しかし外はもう真っ暗になっていた。そこで、彼はこれから神社を探すのは大変だから、留置場に泊めてくれないかと頼んだ、するとそれはできない、その代わり泊まれる良い所があるから、そこに連れていってあげようと、親切に? 案内してくれた。辺りは真っ暗で、よく分からないが、何やら畑の間を抜けて歩いているようだ。と暫くすると、小さな小屋に辿り着き、ここでゆっくり休みなさいと言って、そのおまわりさんは戻っていった。崩れかかった木の扉を開けると、なにやら柴らしきものが沢山積み上げてあった。布団は木切れの柴の束、彼は久しぶりに土の上ではなくしかも屋根の下で寝ることができた。ただ、虫や蛇が出てきそうで決して”良い所”と言いがたいものだ。朝起きだすと、そこは島原城の空堀の中だった。見上げるばかりの島原城のすぐ下で寝ていたのだ。
 またある時は、寒さの中でも何とか彼がウトウトしていると、夜中の三時か四時頃、突然寝ている土の上の石が飛び跳ねだした。そして耳を劈くような大きな音が上から鳴り響きはじめた。驚いてアッと飛び起き、事態をよく考えると、頭の上の神社の室内で大きな太鼓だろう、それをドンドン打ち鳴らしているのだ。とてもそこには居た堪れず、寒空のまだ暗い中をとぼとぼと歩き始めた。
 ある時、分かれ道に出くわした、地図で見ると左の道は右の道よりも次の町までの距離が数キロは短い、しかも右の道は山道だ。左の道を進めばかなり楽そうである。しかし、彼は不器用な男だ。すんなりと楽な道を選べない。「この旅は鹿児島に早く着くことが目的ではない。自らの命を試すのが目的だ。お前はこの場に及んでも楽をしたいのか」と彼は自問しているのだ。さりとてきつさを身体が覚えているため、身体はきつい方の道を選ぶことに抵抗する。肉体的には楽な方へ行きたい、でも心はそれを喜ばない。暫く考えた挙句、彼は靴を投げることにした。表が出れば右に行く、裏が出れば左の楽な方の道へ行く。そう決めて彼は靴を投げた。表が出た。山道だ。すると彼は「いや、今のは投げ方が偏っていた」と言ってもう一度投げなおした。そしてまた表が出た。するとまた彼は理由をつけて投げなおした。そして今度は晴れて裏が出た。「ああ良かった。神が少しは楽をしていいぞと言っているんだ。」とほっとしつつ、無理に納得して、靴を履きなおして楽な左の道を歩き始めたのだった。しかし、数百メーター歩いて行くうちに、「お前はズルイ、弱い奴だなあ」と彼の心の中で静かな葛藤が起こり始めていた。そして後悔した。自分自身にはやはり嘘はつけない。胃や腸が捻じれるような辛さを体の中に引きずりながら、道を戻り始めた。そして再び分かれ道の起点に着くと唇をぐっと噛み締め、足の痛みや身体の疲れを引きずりながら右の道、山道へと一歩を踏み出していった、彼はそのとき自分自身に嘘のつけない不器用な自らの本性を垣間見た、初めからきつい方を選んでいれば、無駄な歩きをしなくても済んだのだ。一つ彼は学んだ。
 有明海に面した海沿いを歩いているとき、冬の寒空の中霙(みぞれ)が断続的に朝から降り続いていた。そして海からの冷たい風が、容赦なく吹きつけてくる。余りの辛さに「なぜ、そんなにも苦しめるんだ、もう十分だろう、これ以上何を試そうというんだ」。何かしら大きな力を感じ、天に向かって彼は叫び始めた。一日に歩ける距離は約三十キロ。寒風の中、大地の上をとぼとぼと歩き続けていると、天を感じ、地球や自然の大きな運行の中で、生かされ生きている命を彼は感じぜずにはおれなかった。そしてその出来事は起こった。

 死と生とのはざまからの転生

 福岡を出て二十二日目、熊本県の天草を越えて本渡市に着いた彼は、夜、海王神社というお社の床下の縁に身を横たえた。その日はとりわけ寒く、通常の寒さとは何かが違う、全身が凍えていくのが彼にも分かった。その地方一帯は十年に一度の大寒波と大雪の日を迎えていた。テレビも新聞も見る機会のない彼は知る由もなかった。しかし、たとえ知ったとしても彼は同じように地面に身体を横たえていただろう。それも一つの試練であり、定められた機縁なのだ。
 どれだけの時間が過ぎたのだろう、気がつくと、とても安らかに、にっこり微笑みながら体を丸めて横たわってる自分がそこにいるのを彼は斜め上から眺めていた。そこにはあたかも今まで着ていた肉体という服が、脱いで置かれているように見えた。そのとき彼には、もう寒いという苦しみも感覚もなかった。ただ懐かしい自分の顔に安らかに浮かんでいる微笑みにとても、とても安心した…。

 と思った瞬間、「アッ、ルンペンがおる、ルンペンがおる」と大声で囃す声が意識の中に入ってきた。はっと驚いて目を開けると、朝のまぶしい光の中から子供達が彼を覗きこんでいた。彼の体の上には、雪が降り積もっていた。
「おお、寒い」と言って、雪を振り払いながら、彼は起き上がった。その不思議な光景は、今でも生々しく彼の脳裏に刻まれている。と同時に、自分の顔に浮かんでいたその安らかな微笑が忘れられない。この瞬間を想い出し、心を止めると、彼は何かしら涙が止めどなく溢れて止まらなくなる。普段滅多に涙を零(こぼ)すことがないのに、なぜか分からない。その日は牛深までの四十五キロを、雪が降り続く中、三十センチの積雪にズボッ、ズボッと足を踏み入れながら歩いていった。牛深の街中の小さな祠を見つけたのは、夜八時を回る真っ暗な中だった。
 この日以降、彼は死ぬことは、苦しいことではなく、とても安らかなことのように思えるようになった。死をできたら考えたくない、でも逃げることができない恐怖の対象としてではなく、感情を超えて静かに死を直視するようになった。だからと言って、いつ死んでもいいと「生」を軽く感ずるのではない。むしろ「生」の裏側に死後という別の世界があるがゆえに、今、生きているという実感を死後の「生」を対極として、以前より、より深く深く感じるようになったのだ。だから無意味に惰性で生命を生きることが、とてもできなくなった。空海が言ったという「生まれ、生まれ、生まれ、生まれる前は暗く、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死の終わりは暗い」という言葉が時々彼の心に浮かぶ。死の終わりは無ではなく、暗いと表現される、思いを含め五感の感じることのない世界だ。そして生は「暗」ではないが、光が溢れ出て明るいかどうかはその人の生き様にかかっている。
 途中、阿久根で虫垂炎のような激しい腹痛を起こしたが、十二月三十日の夜、彼は鹿児島に何とか辿り着いた。そして自宅に電話をいれた。すると「和か!」と驚いたような父親の声が返ってきた。彼は忘れてしまっていた。黙って旅に出たことで親を心配させまいと、佐賀市で「生きていたら、帰ります」とだけ書いたはがきを投函していたのだ。それは逆効果だったようで、親も空手部員も驚き、顔写真の入ったビラを配って探し回っていたのだ。いくら探しても手がかりがなかったため、彼はすでに他界しているかも知れない、ということになっていたようだ。福岡を発って約一ヵ月後、生きて戻った彼は、生まれ変わった自分を再度、空手部で挑戦させることにした。そして四年間卒業までやり通し、さらに修行を続けコーチ、監督、師範まで務めた。

[トップページ] このページの先頭へ