深澤学級の「総合的な学習の時間」授業参観記
布石を敷く教師の指導力こそ重要である
奈良・土作 彰
1・深澤先生の「挑戦心」
2月8日、今年度2度目の深澤学級取材のため、高崎を訪れた。その晩、深澤先生と酒席をともにさせていただき、9日の「総学」(「総合的な学習の時間」)の授業について話を伺った。
もっとも印象的だったのが深澤氏の授業構造に対する「挑戦心」である。
深澤先生は従来の「福祉」の授業でよく見られた授業構造として次の型を示す。
A型・目が見えない「不便」を知る→優しい心配りの発見
この型を深澤先生は否定しない。「すばらしい流れ」と評している。しかし、あえて深澤氏は次の授業構造に挑戦するという。
B型・優しい心配りの発見→「不便」を知る
深澤先生はB型に挑戦する理由を「いろいろやってみて、教師としての財産をふやしたい」からだとしているが、実際B型で授業を行った結果、A型とは違った子どもの反応が認められたという。また、この型が実際に有効かどうかは、「教師のファシリテーター&ディレクターとしての戦術にかかっている」という。
興味津々で授業を参観した。粗っぽいが思いつくままに参観記(2/9)をまとめる。
2・授業の実際
子どもたちは、家などから「優しい心配り」を発見して持ってきている。これを「発表したい子」から発表させるのだが、単に発表させておわりということはしない。
黒板に次のように書き、発表の際の「心構え」を確認した。それは
「どんな(ふうに)役立つか」、「発見した日」、「発見した場所」、「いつつくられたか」、「メーカー」
の以上5点である。これらは子どもに挙手させ、指名して確認していった。
また、「人の発表を聞くとき」の「心構え」として、
「(発表した人が)思ったこと(を聞き漏らさない)」、「(その情報が)本当かどうか」
の以上2点を予め確認した。もちろんこれらも子どもたちに挙手させ、指名して確認していった。
さて、こうして発表が始まった。子どもたちは先ほどの「心構え」を踏まえて発表を行う。
例えば次のようにである。
「これはソニーのカセットテープです。A面Aという字が盛り上がっています。Bという字は平らです。発見したのは2月4日です。父にこういう勉強をしているんだと言うと、教えてくれました。目の見えない人がすぐに聞きたい曲が聴けるからAという字が盛り上がっているのだと思います。」
質問者もまた先ほどの「心構え」を踏まえて質問する。
例えば次の様にである。
「(カセットデッキの)再生ボタンにはついてないのですか?」
「いつからついてるのですか」
これらの質問に対して、発表者は極力自分の言葉で回答するが、決して「知ったかぶり」はしない。分からなければ、「調べてこなかったので分かりません。」と潔い。(昨年9月に取材した時も「一人一研究」の発表を参観したが、質問、応答の的確さに大きな成長が伺える。)
このあと教師は様々な働きかけを行う。例えば次の様にである。
「へえ、実際に聞いてきたんでしょ?(口で)やってみて。」
「どうすれば、もっと聞いている人に分かりやすい発表になったでしょうか。」(9月からこのような布石の連続だったのだろうと推測する。)
ここまでが「優しい心配りを発見」して発表する段階。次に「これらのモノは本当に目の不自由な人々への優しい心配りになっているのか?」という「ゆさぶり」をかける段階である。
深澤先生は、次の方法で「ゆさぶり」を行った。
@テレフォンカードや紙幣の度数を識別させる。
A識別の難しさを確認する。
そして次のように投げかけた。いわば「ゆさぶりのまとめ」である。
「みんなが目の不自由な人のためにやさしい心配りだと思ったものの中には、実は役に立ってないものがあるか知れないね。」
これで、「ふーん、そうだなあ。」「じゃあ、実際に体験して確かめてみよう。」と(B型の授業構造通り)流れるのかなと思ってみていると、次のような意見が出た。
「目の不自由な人たちは特別の教育や訓練を受けて、感触がぼくたちよりも敏感になっているから、識別できると思う。だから、『役に立ってない』とはいえないのではないか。」
発表した子をN君としておこう。なかなか鋭い意見である。
深澤先生もこの意見は「予期していなかった」という。これは「緊急事態」である。
いったい深澤先生はどう収拾をつけるのか?
ここで深澤先生はつぎのような対応をした。
@N君のいうことに反対か賛成か聞く。(賛成3分の1、反対3分の2くらいに分かれた。)
A賛成派の意見を聞く。
B反対派の意見を聞く。
C「これら(心配り)が全て目の不自由な人のための優しい心配りになっている」と思うか、「いや、そうじゃないものもある・ありそうだと思う」と思うか、尋ねる。(ほぼ半々に別れた。)
D「では、どうすれば、役に立っているのかどうか分かりますか。」と発問し、発表させる。
E子どもたちからでた「目の見えない状態になってやってみる」という意見を板書する。
F「やってみよう」という人を立たせる。(ほぼ全員立つ。)
G具体的にどんなことをするのか、意見を発表させる。(「目をつぶって、洗濯機を使う。」、「携帯電話をかけてみる。」「教室から児童会室まで歩いてみる。」などが出された。)
H「明日から3連休だ。実際にやってみよう。」となげかける。ここでも留意点を挙げる。(「やろうとしたこと」と「結果」と「やってみて思ったこと」の3点を報告できるようにしておくこと?を告げる。)
I「どうすれば目が見えない状態にできるか」と投げかける。(「目をつぶる」という意見には、危ないときに反射的に目を開けてしまうかもしれないことを指摘する。「タオルを巻く」、「アイマスクをつける」などの意見を出させ、実際にこうすればよいというところまで確認しておく。)
J「やる気のある人はやってみる。そして、ノートまたは後ろにある紙に書いてくる」と指示する。
3・参観して
この授業を参観し、感じたことがある。それは、「子どもたちが『動く』かどうかは、布石を敷く教師の指導力にかかっている」ということである。また、「授業が予期せぬ方向へ流れたときに臨機応変に対応できる教師の指導力が重要である」ということである。
「総合的な学習の時間」こそ教師の指導力が問われる時間はないだろう。
深澤先生のいう「ファシリテーター&ディレクター」としての教師の戦術の奥の深さを実感できた1日であった。