ラブレター?
『急にこんな手紙を見て驚いているかもしれませんが、
お話したいことがあります。
放課後、屋上で待っています。』
あと二週間で卒業式を迎えるある日の帰り、俺は下駄箱の中にこんな手紙を見つけた。
「……? なんだこれ?」
おそらく……いや間違いなくラブレターなんだろうけど、この携帯でメールのやり取りができる世の中、下駄箱にラブレターとは古風と言うかなんと言うか。いまだにこんなもの貰っているいる奴っているんだろうか? とりあえず俺は今までなかった。まあそれはもてないせいもあるんだろうけど……。
「……放課後、屋上で……ねぇ……」
手紙を読み返す。小さい文字で薄い。その文字から気の弱そうな子じゃないかと思える。
「……まあ、行くだけ行ってみるか」
いたずらってことも頭には少し浮かんだが、俺は屋上に向かってみることにした。
告白
「せ、先輩っ。お待たせしました」
俺が屋上でフェンスに体を預けて、そこから見える風景を眺めながら待っていると、背後から声が聞こえた。
振り返るとうつむいている女がいる。長い髪をみつあみにして、やっぱりいかにもって感じの……。
「……ええっと……」
「突然呼び出してすいませんでした。でも先輩もうすぐ卒業だし、今しかないと思って……」と俺の言葉を遮って、「…………先輩、好きです。……つ、つきあってくださいっ!」
そのままうつむいたままで俺の答えを待っている。恥ずかしさから耳が真っ赤だ。
「あ〜〜……別にいいよ」
その声でやっと女は顔をあげた。その顔には驚きが浮かんでいる。
「……え?」
「いや、だからさ。つきあっていいよって……」
俺は彼女ににっこりと笑ってもう一度言い返す。
「……え、あっ……はい」
彼女は相変わらず驚いた顔をしていたが、小さくそう言った。
気になること
それから一週間。俺と克美は映画を始めとして遊園地、公園と言ったふうにデートで思いつくあらゆるところに行った。場所がありきたりなのは俺がこれまでデートなんてしたことがなかったからだ。それでも観に行った映画は感動的――克美は少し涙を浮かべていた――だったし、遊園地でも楽しんでいるようだった。……にもかかわらず、どうも克美の態度が変なのだ。妙によそよそしいと言うかなんと言うか……。
例えば……。
「映画よかったね? 珍しくテレビが言っている通りに感動的な話だったし」
「うん。そうですね。…………あの……」
「ん? なに?」
「……ううん。なんでもないです」
とこんな感じだ。
何か言いたいことがあればいいのに……と思うのだけど……。まあ普段から多少おどおどして人の顔色を見ているところがあるから、それも性格の一端だと言ってしまえばそうかもしれないけど……。
そう思っても何か引っ掛かる。まるでボタンを掛け違えたような……。
そんな違和感を持ちながらも克美とさまざまなところに行った。そしてまた一週間。俺の卒業式の前日。
告白
ふいに俺の携帯電話が鳴る。克美からだ。
「はい、もしもし? 克美?」
『……はい。こんばんわ』
「どうした? なんか元気ないけど」
『あ…………いえ。…………先輩。明日卒業式ですね』
「そうだな。まあ実感ないけどね」
『……でもおめでとうございます』
「ありがと。……そうだ。式終わってからどっか行こうか? 克美は学校休みだし、少し遠出でも……」
『あのですね。実はお話があるのです』
告白されたときと同じように、克美は俺の言葉を遮った。
「……うん? なに?」
俺はなんとなく『来た』と思った。何が、いったい、来た、のかは分からなかったけど。
『……実は……これ以上先輩とおつきあいするのを……』
途中から克美の声が聞こえなくなった。それは克美が言いよどんだせいなのか、それとも俺が意識的に排除したせいかは分からないけど、克美の言いたいことはそれだけで十分分かった。
「……何で?」
情けないが、やっと出た言葉はそれだった。
『……ごめんなさい』
「……なんかいやになるようなことした? 悪い。俺、心当たりないけど……」
『そんなんじゃないです。全部あたしが悪いんです』受話器越しに克美が首を左右に振っているのが分かる。『……実は手紙、先輩にではなくて隣の西村先輩のところに入れるつもりだったんです』
……西村。俺の苗字は中村で確かに西村は隣の下駄箱だ。そして西村はバスケ部で背も高いし、顔もいいから後輩を含めて女子連中に人気がある。……あははは……なるほどね。間違いね。確かにそりゃそうだ。冷静に考えてみれば、俺がもてたりするわけもないしな。ただでも……。
「でもさ、だったら何で最初に間違いでしたって言わなかったの?」
俺は正直に聞いた。
『……最初は言おうと思ったの。でも先輩があたしに笑って答えてくれた。……それで言えなくなってしまったの』
二週間。一緒にいてそれなりに克美の性格はわかっているつもりだ。できる限り他人に嫌われないように、自分の考えにあってなくても他人に合わせる。デートのときや克美が話すクラスのことからそれは感じ取っていた。
ある意味克美らしいと言えば、克美らしいか。俺はそう納得してしまった。……だから、
「そっか。わかったよ」
まるで世間話しているときのようにあっさりと頷いた。
『……え?』
驚きの色を含んだ声が受話器から聞こえる。たぶん克美は俺が怒り狂うか、そうでなくてもそれに近いような反応をすると予想していたんだろう。
「どうしたよ。そんなに驚いて……。これでもさ、二週間って短い間だったけど、お前の彼氏だったんだぜ。お前の、性格は、それなりに、把握しているよ……」
『彼氏』と言う言葉に微妙に声が震える。
「ただ、でもさ、最後に言わせて貰えるなら……そうゆうの止めたほうがいいぜ。違うなら違うってはっきりと言ったほうが……」
いいよ、と言う言葉が出ない。ただ音が震えるだけで……。目の前がどんどんぼやけてくる。
「……じゃ、じゃぁ……切るよ。じゃあ、お休みな」
俺は受話器の向こうで何かを言おうとしている克美を無視して電話を切った。
電話からトゥー……トゥー……、と音が聞こえると同時に……、
「……あははは……馬鹿みてぇ……」
大粒の涙が零れ落ちた。
別れ
……たった二週間だったのに、克美がいることは俺にとって大きなものになっていたようだ。心にぽっかりと穴が開いたような、そんな気持ちの中での卒業式は俺になにも残らなかった。気がついたらすべて終わっていた。
卒業式が終わってまだ騒がしい雰囲気にはいられず、とは言え家に帰る気もならなかったので、逃げるように屋上に向かった。屋上はまだ寒い冬の風が強く吹いていた。そのせいか誰もここにはいない。
フェンス越し校内が一望できる。……もしかしたら克美もどこかにいるのかもしれない。
左右に頭を振って考えるのをやめた。仮にいたとしてもそれが一体なんなんだと言うんだ。
寒さを少しでもごまかそうとポケットに手を突っ込む。何かが手に当たる。それは克美からの手紙だった。
『急にこんな手紙を見て驚いているかもしれませんが、
お話したいことがあります。
放課後、屋上で待っています。』
俺は手紙を細かく千切り、風に舞わせた。紙たちはあっという間にどこかに飛んでいってしまった。
「……じゃあな」
涙も風に舞い、どこかに飛んでいってしまった。
END
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