雑記帖2001年1月分
| ここでは、21世紀を記念して、このWebの管理人「にん2」の身の回りに起こったことを不定期更新お気楽日記風に書いていこうと思います。 |
| 文章を書くということ
2001年1月31日
”吉田とし”という作家を知っているだろうか? 児童文学の作家で、中学時代、にん2は太宰治と共にかなり嵌っていた。少年、少女向けの所謂青春小説というものも多く手がけていて、出身地が隣町だったこともあり、物語の舞台が身近に感じられたのもその要因だった気がする。今日、ふとこの人のことが気になり、インターネットで調べてみると、既に故人となっていることを知った。思えば、にん2が日常的に文章を書くようになったのは、かなりこの人の影響を受けている。言わば青春の恩人であるこの人ことを、どうして今まで忘れていたのだろう・・・と、感傷的な気持ちにならずにいられなかった。 若者は今、文章を書きたがらない。それでいながら、自分の存在に戸惑ったりしている。生の証を欲している。他者を傷つけることで、それを確認しようとしたりする。だが、その前にまず、文章を書いてみることだ。 自分が死を迎えた時、その人の姿形は、写真やビデオや、そんなもので残しておける。だが、その人のストレートな想いだけは、文章でなければ残せない。絵画や彫刻?それは、その人の想いではなくて見る人の想いでしょ。騙されてはいけない。芸術が自己表現などというのは眉唾ものだ。確かに、見る人や聴く人に感動は与えるかもしれないが、こしらえた人間そのもののことなど、誰もわかってはくれやしない。 詩でも歌詞でも日記でも、形は何でもかまわない。自分の想いを伝えたければ、若者よ、まず文章を書きなさい。 |
| 歩いて帰る
2001年1月29日
車が帰って来た。請求書と一緒に。〆て8万円成り。こういうイレギュラーな出費は一番痛い。にん2の小遣いは、だいたい月5万円位。位というのは、それで済んだ例が無いのであくまでも希望的制限額ということで、大きな山行がある時はあれやこれやで倍にもなり兼ねない。こういうわけだから、月々嵩んでいくマイナス分は、ボーナスで補填というようなことになる。従って、”一部の人”には、我が社にはボーナスは無いということになっている。倹じきものは宮仕え。ああ、8万円どうしよう・・・というわけだ。 それはさておき、昨夜は車が帰ってこなかったので久しぶりに歩いて帰った。家までは5Km程なので大したことはない。時間が午前1時ということを除いては・・・。それでも、この28日に開通したばかりの駅に通じる有料道路を歩いてみる。道は山をひとつ断ち割って、高速道路のICをまるごとくぐり、我が家の建つ山の下をトンネルで抜けている。見えないところで何時の間にこんな大規模な工事をしたものか、道路公団と言おうか、行政と言おうか、いずれにしてもその圧倒的なパワーには驚嘆するばかりだ。深夜とは言え、人っ子一人、車一台通らない明るい真新しいトンネルを歩きながら、思っていたより長くて、なかなか出口が見えないことへの苛立ちと、得体の知れない力への恐怖を感じたのだった。午前2時。我が家の真下、100mでのことである。 |
| ショック!!
2001年1月28日
仕事が長引き、一時は危ぶまれた「マラスキー」に行って来た。金曜日(土曜日?)、午前様で仕事を終え、家に帰って大急ぎで出発準備。ボードのベースワックスを剥がしていなかったことに気がついて、深夜の玄関でスクレーバーをふるったり、あれやこれやで、出発したのは午前3時近く。なんとか猪苗代までと思うも、敢え無く佐野SAでダウン。おりからの大雪の影響もあり、集合予定のアルツ磐梯到着は土曜日の午後2時になってしまった。子供をソリで遊ばせなきゃだし、宿に入る時間も迫っているし、皆には会えないし・・・で、この日は結局3本を滑ったのみ。翌日に期待をかけたのだった。 で、今日だ。天気も持ち直し、一日楽しく滑れそうだと、朝食もそこそこに着替えを済ませてハイエースに乗り込んだ。狭い宿の駐車場からバックで出そうと後ろ左右を確認。新雪を踏み越えるためにグッとアクセルを踏んだ刹那「バキッ」と破壊音。ミラーの死角に入っていた宿の低い軒に後ろのドア上部をぶつけてしまったようだ。「あ〜あ、また傷つけちゃった。まあいいか。」と、軽い気持ちで後ろに回ってビックリ!! リアガラスが粉々だ〜。内側からフィルムを貼ってあるので、辛うじて窓は塞がれているが、両側は崩れてボロボロ。取り敢えず家までもてばと、ガムテープをそーっと貼って応急処置を済まし、はたと気がついた。「ボードが取り出せない!!」 ガラスがドアの開け閉めに耐えられずに崩れてしまったら・・・・・ウウ〜・・・ガクッ。 というわけで、今日も滑れず。それにしても、たった3本滑るために、苦労して出発し、行き帰りの交通費に宿代、それから・・・ああ〜多分修理に5〜7万円。「あのまま今日も滑っていたら、また骨折で入院してたかもな。」と、負け惜しみでも言うしかないじゃないですか。まったくトホホな「マラスキー」でした。 |
| 泣ける話し
2001年1月27日
夜のうちに猪苗代に行こうと思ったのに、仕事が終わらない。いつものことと言いながら、つくづく試作屋というのは因果な商売だと思う。設計者自身が形にできるかどうかも解っていないものを、納期までにあれこれ頭を捻りながら、試行錯誤して実体にするのだ。当然徹夜あり、休日出勤あり。山という大事な仕事があるにん2は、山行の前や帰ってきてから次の日の朝まで働くなどはざらである。今まで一番ひどかったのは、忘れもしないマラスキーの、そうグランデコで骨折し、磐梯熱海病院で仮ギブスをしてもらったその足(正にその足)で、家にも帰らず朝まで仕事をし、夜があけてから市内の病院へ。治療が終わってから、また会社に帰って仕事、なんてこともあった。イヤと言えない意気地なしと言われればそれまでだが、仕事はともかく、自分のそんなところは嫌いではない。 それはそうと、今日仕事をしながら爆風スランプの「大きなタマネギの下で」を口ずさんでいたら、なぜか「澄んだ空に光るタマネギ〜」のところで泣きそうになった。続いて2番を歌ったら、やっぱり同じところで・・・。いったいどうしてなんだろう。最近どうもこういうことが多い。今日のは極端な例だが、どうも泣けるキーワードみたいなものがあって、それが胸に響くらしい。些細なことで涙脆くなる、これも歳をとった証拠なのだろうか? そう思うと、それもちょっと泣ける話かもしれない。 |
| マラスキーへ
2001年1月26日
今夜からマラスキのイベントで猪苗代方面にスノーボードに行く。イベントと言っても、別に何かあるわけではない。ただ、皆で民宿に泊まり、日中は各自好き勝手に滑り、夜は宴会、というだけの話だ。元来貧乏キャンパーだった我々には、年に1回でも民宿に泊まるなどということは実に画期的なことで、その感動を引きずり今日まで連綿と続いているのだが、平均年齢30半ばを越え、民宿に泊まることに一大決心が必要などということも、さすがにもうないだろう。 そもそもこのイベントは「マラスキー」という名前だったのだが、このところはスノボ人口の方が圧倒的に多くなってしまい、もはやスキーの名前を冠するのは不自然な感さえ受ける。まあしかし、どうしたってスノボ人口の方が多いのに、未だに「○×スキー場」というゲレンデだっていっぱいあるのだから昔の名残?として郷愁に浸りながら遊ぶのも悪くはないだろう。もっとも、カービングスキーの登場でスキー人口も盛り返しつつはあるようだが・・・。 猪苗代方面で最近の1番人気はグランデコらしいが、にん2にとってはグランデコはできれば近づきたくない鬼門(過去2回行って2回とも磐梯熱海の病院送り。最初は足の骨折、去年は集中治療室泊りだった。)なので、皆の意見がそろっても、声を大にして反対するからね。 それにしても、今週も低気圧の通過ということで八王子も10cm位の積雪となりそうだ。雪が降るの好きだから良いのだが、再来週までに、釜の沢の氷が総べて埋まってしまう、なんてことにならなければ良いのだけれど。 |
| 仮想対談
2001年1月25日
訪れる人の質の高さか、掲示板に書き込まれる内容の含蓄の深さにただただ肯くばかり。どの意見をとっても、その人の沢や山や自然に正面から取り組む姿が伺え、みんなしっかり考えて遊んでいるのだなぁ、と、我が身を振り返り恥ずかしくなってしまいます。 それにしても、どの方の考え方も、ひとつひとつが充分人を納得させる重みを持っているのに、このまま掲示板の過去ログとして埋もれさせてしまうのは甚だ惜しい気がします。そこで、掲示板のご意見を編集して、仮想対談という形でひとつのコンテンツにしてみようと思います。できる限り、発言の形態を崩さないよう編集するつもりですが、自分が言った主旨と違っている! とお感じになったら、そのおりはご指摘下さい。 ちょっとここのところ忙しくていつになるかわかりませんが・・・。気長に待っていて下さいね。「そんなの待てねいや!」というせっかちな方は、掲示板を直接ご訪問下さいませ。 |
| 生還
2001年1月24日
羽根田治著「生還(山岳遭難からの救出)」(山と渓谷社刊)読了。 取りたてて目新しい内容ではないが、この本の遭難者の多くが単独で入山していることから、比較的単独行の多いにん2としてはそれなりに教訓は得られた。登山の常識として解りきっていることでありながら、「面倒くさいからいいや。」の一言で省略してしまうようなことが、有事には生死を分ける可能性があるというのはママあることだ。そう考えて振り返れば、「もしあの時・・・」と考えさせられないこともない。だが、深山跋渉を標榜する身にガチガチの計画登山の重要性を説かれても、しょせん「馬の耳に念仏」だろう。要はリスクマネージメントの問題のような気がする。自分がどれ位危険なことをしているのかを常に認識し、それに対してどれだけの投資(用具だけでなく、気構えとか訓練も)がなされているかに係っているのではないだろうか? この本に出て来る遭難者が、それらの一環として、ザイルワークを身につけ、ザイルを携行していたら・・・無線機、携帯電話を持つ習慣を持っていたら・・・かなりの確立で山中での彷徨を防げたような気がする。問題は「どうせハイキングしかやらないんだから岩登りなんて覚えなくていいよ。」というように、自分の行動や装備を限定してしまう”甘え”にあるのではないだろうか。 そういう意味で、深入りしなくともオールラウンドの技術を齧っておくことは、ハイキング主体の登山者にも充分必要なことと言える。多分、沢登り(冬季も含む)を覚えることは、そんな登山者になるためにもっとも近道なんじゃないかな? ある意味、疑似遭難体験とも言えるしね。 |
| 八つは大雪
2001年1月21日
八ヶ岳から帰って来ました。前回に続いて今回も低気圧の通過です。いやぁ、よく降りました。一晩で1m!。夜半息苦しさに目を覚ましたら天井が50cm角の四角形に見えます。「あれ〜どういうこと?」とよく見たら、ゴアライト(3人用テント)の換気口の上まで雪に埋まっています。もう少し酔っ払っていたら、3人枕を並べて窒息、圧死の憂き目にあっていたかもしれません。雪山で泥酔はやっぱり危険。カヌ沈の面々はくれぐれもご用心を。 体当たりで入り口を押し広げ、なんとか這い出して夜中の除雪。幸い粉雪で軽かったので助かりました。しんちゃんにとっては初めてのテント山行。それも冬山。でもビクともしません。ん〜、やっぱりタダのOLじゃあないな!! 行者小屋からの下山は、所によっては胸までのラッセル。どのパーティーが先陣を切って下山するか、水面下の葛藤があったりして・・・。 |
| ペミカンをつくる
2001年1月18日
明日夜からまた八ヶ岳だ。今回はしんちゃんの雪山体験ツアーなのでバリエーションは無いと思うのだが・・・ハバラもいるし・・・へへへっ、どうかなぁ。 それはともかく、食料担当のにん2、軽量化のために本当はジフィーズにしたいところだが、買いに行っている暇がなかった。そこで今回は「ペミカン」をベースに計画することにした。ペミカン(ペリカンじゃないよ)なんて、今使う人あんまりいないんだろうなぁ。子どもが寝てから台所に立って、豚肉、タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、コーンを塩コショウを強めにバターで炒め、更に溶かしバターで固めた。色んな料理に手軽に使えて便利なんだけど、ジフィーズに比べればやっぱり重い。まあ、今回はハイキングに近いお気楽山行だからいいか。こっちの方が、絶対おいしいしネ。 それにしても、こんなに塩分たっぷりでハイカロリーなもの、普段の生活じゃあ絶対口にできないね。と、最近体重が気になるにん2でした。 |
| ま・く・ら
2001年1月17日
柳家小三治著「ま・く・ら」(講談社文庫刊)読了。 当代の落語家で誰が一番好きかと問われれば、にん2はやはり小三治が好き。噺もうまいが、やはり人柄でしょうか。齢60を過ぎて、以前の厳し過ぎる芸への取り組みが払拭されて、なんとも言えない「軽るみ」が出てきました。本人もそう言っているので、間違いないでしょう。「まくら」といのは、噺の導入部で客の反応を試すために語られる小話や世間話なのですが、小三治のまくらは、時として本題の噺より長く、CDになる程愉快で聞き応えがあります。この本は、それらだけを集めた集大成です。 うれしかったのは、以前「府中の森劇場」で聞いた独演会の時のまくらが収録されていたことでした。リアルタイムで聞いた話が本になって、落語史に刻まれている! 落語ファンにとって、これほどうれしいことはございません。今後の活躍に期待大です。もっとCDも出して欲しいな。 |
| 顔を出す
2001年1月16日
メンバー紹介のコーナーに顔写真を載せることにした。匿名性が売りのインターネットとは言いながら、こういうことをやっていて、全く顔を出さないのもズルイような気がしたからだ。それに、顔がわかっていれば山で出会った知らない人が声をかけてくれるかもしれない。いつも同行者を切望している我々にとっては、そんな淡い期待も持てる。まあ、それ程悪いことをしているわけではないから、これで足がついて捕まることもないだろう。でも、さすがにカラーだとシミ、ソバカス(老人斑?)が目立つので、今回はモノクロ。それくらい許してね! ということで、山で見かけて気が付いたら声をかけてみて下さい。今後も、了解してくれたメンバーから順次顔を出して行きましょう。 |
| ボーイ無念のリタイヤ
2001年1月15日
あの「パリダカールラリー」に出ていた、マラスキの仲間”ボーイ”こと大瀬清隆クンが、14日目にしてリタイヤとなってしった。転倒による捻挫だそうだ。以下は日刊スポーツに掲載されたボーイのコメント。 「絶対にゴール出来ると思ってました。コースは本当に凄かった。こんな厳しいパリダカは久しぶりと聞いて、こんな年に出られて良かったと思います。資金的に来年は無理ですが、再来年には絶対にお金を貯めて出ます。ネバー・ギブアップです」 もうひとり。レースで何度かお世話になった三橋クン。ゴールはもうすぐだ。ガンバレ!! |
| シュラフのコンプレッション
2001年1月14日
モンベルの羽毛シュラフ「ダウンハガー#0」が、あまりに嵩張る(60Lザックの3分の1を占有)ので、ISUKAのコンプレッションバッグを買った(1800円)。Lサイズが無くて、仕方なくMサイズを買ったのだけれども、これが大当たり。かなり無理矢理だけど、どうにか詰め込んで夏用羽毛シュラフ程の大きさにすることができた。だけど、ものすごい羽毛密度?で、シュラフなのに人が殺せる程の硬さになった。取り出す時の膨らみ方がスゴイ! まるで「ヘビ花火」みたい。 |
| マットを新調
2001年1月14日
ついでに、マットを新しくした。カスケードデザインのライト全身用から、ウルトラライトの3/4に。ハバラとケマ兄が所属する、某老舗有名山岳会では、全身用を使っていると怒られるそうだが、家に帰って比べてみると、重さも大きさも、それ程違わなくてちょっとガッカリ(確実に小さく軽くはなったが、−180g、−φ3cm)。まあ、いいか。足は冷えそうだけど・・・。 |
| アイゼンを研ぐ
2001年1月13日
同じ会社にいる、ギュウちゃん、カイちゃんのアイゼンを借りようとして見たらビックリ。まるで人の爪のように丸まっている。聞けば、買ってから一度も研いだことが無いそうだ。これを、氷の上でも使えるように研ぐのはハンパでなく大変。仕事の合間にやって1日2本として、10日以上かかる計算でないの。電動グラインダーで一気に研いじゃえば〜と思ったけど、それってヘーキなの? 焼き鈍っちゃうとかあるのかなぁ。だいたい、アイゼンの爪って、もともと焼きが入っているのでしょうか? そもそも、こんなこと考えるのは日本人だからだろうなぁ。アメリカ人だったきっとグラインダーでチャーと削って、「ノー プロブレム」と笑うに違いない。「ノー プロブレム」はいいけど、爪・・・だいぶ短くなるね。こういうのも「深爪」って言うのかしら。 |
| プールの悲劇
2001年1月9日
プールよりメールあり。1月5日に野沢温泉でカービングスキーで滑走中、新雪に突き刺さって前転。左けい骨剥離で全治3ヶ月とのこと。以下、プールに送った慰めの言葉(慰めになってない?)。 「多分3月末までスポーツはできないと思うけど、実家でじっくり養生して、今後の人生を考えるのも良いのではないかと思います。いい機会だから、仕事なんて辞めちゃえば? 散々働いて、もう未練もないでしょ?
ペンション経営とか、ケーキ屋さんとか、プールにできることはいっぱいありますよ。いっそのこと、入院して、看護婦さんとラブラブになれば? とハスミちゃんは言ってます。まったく〜人事だと思って〜。」 プールさん、早く帰って来てね。合掌。 |
| スゴイ!!
2001年1月6日
久々に山の話題以外のWebページにはまった。急に昔付き合っていた人の消息が知りたくなって、名前検索でヒットしたものをたまたま見たのだが、スゴイ!! 特に日記に圧倒された。思わず3年分一気に読んでしまいました。まるで良くできた小説のようです。 確かにアングラだし、普通の感覚の人には理解し難い内容かもしれないけど、本人には不本意でしょうが、優柔不断でウジウジ悩んでいる男どもの多い昨今にあって、何ごとにも囚われず、自由に自分を貫く姿にものすごく「男らしさ」を感じました。「もしかして我々は、彼等?をひどく誤解しているのかもしれない。」そう、思わずにいられませんでした。勇気のある方は覗いてみて下さい。あなたの人間としての懐の深さが試されます。 |
| 童人トマの風年報7号
2001年1月5日
「童人トマの風年報7号」(2300円)を買った。飯田氏の「一の倉沢南稜」は笑えます。同会のWebページの「焚き火のそばのひとりごと」コーナー「アイスクライミングは道具だぜ」にも笑わされたけど、今回もすっかり騙されました。こういう文章が何気なく年報に掲載される姿勢って、とっても好きです。やはり手嶋会長はじめ、皆さんの懐の深さなのでしょうかね。飯田氏にはこの乗りをずっと続けて欲しいと思います。 http://www03.u-page.so-net.ne.jp/ca2/furuno/public/Ice-Baby.html |
| 久しぶりに映画を見る
2001年1月4日
3年振りに映画館で映画を見た。話題の「バーティカル・リミット」と「バトル・ロワイアル」の2本立て。 「バーティカル・リミット」の方は、期待が大きかっただけに、完全に拍子抜け。「クリフハンガー」のような、山岳アクションならまだ許せるけど、純粋に山を扱った内容にしては、無防備な行動(7000mの高所で顔出しっぱなし、アルミ水筒で水のガブ飲み、高度馴化無しでヘリでショートカット登山、ひとり助けるのに7人もの犠牲者、なんでニトロなの?手榴弾1っコで充分なのに・・・etc)が多すぎて、リアリティ不足なのがその原因。やはりアメリカ映画だね。 「バトル・ロワイアル」は、原作を読んでいただけに見たかった1本。多少ストーリーは変わっていたけれども、個人的には許せた。逆に深作映画と割り切って見れば、結構感動ものかもしれない。実は、少し泣けました。特に主人公の父親がトレペに「秋也ガンバレ」と遺書を残して自殺するシーン(歳をとった証拠か?)。多くが指摘するように、暴力映画として見ればドギツイかもしれないけど、全篇に流れる「人を信じることの大切さ」というテーマはしっかり受け継がれているように感じた。やはり、R15指定は間違っているかもしれない。中学生の間で話題を集めていて、その多くがこの映画の「人を信じることの大切さ」というテーマを理解していることが何よりの証拠だろう。大人達の「臭いものには蓋」という考え方が、無軌道な17歳を作り出した要因の一つであることに、そろそろ我々は気付くべきかもしれない。見ても絶対損はない。少なくとも「バーティカル・リミット」を見るよりは・・・。原作は更にお勧め。 |
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