雑記帖2001年11月分
| ここでは、21世紀を記念して、このWebの管理人「にん2」の身の回りに起こったことを不定期更新お気楽日記風に書いていこうと思います。 |
| やりかけた仕事
2001年11月30日
Y市教育委員会から依頼された、小中学校教諭への「ネットワーク基礎研修」講師としての仕事の最後の日だった。 I am(アイ・アム)を読んだせいかどうか解らないが、本来なら来年の3月まで続くはずのこの仕事を、続けたいと思いながらも途中で降りることに、ふと、人の一生というものを感じてしまった。 死が、自分の中で予定されている人生というのは、おそらくそう多くは無い。特攻隊のまかり通った戦中ならいざ知らず、現代においては、粘着質の自殺者か、はたまた自爆テロの実行者か、おそらくそんなものだろう。死刑囚だって、刑の執行日は知らないのだ。だから、きっと誰もが、やり掛けの仕事(糧を得るためだけではない)に気を残しながら、そこから去らねばならない。 にん2は、今日という日をちょっと寂しく迎えた。けれど、人生において、それを不幸と言うべきかどうか、少々の疑念を抱かずにおれない。仕事があるうち、言うなれば、自分にとって生きる意義があるうちに死ねることは、もしかしたら、とても幸福なことかもしれない。誰かに必要とされる生。誰かに生きていて欲しいと思われる生。矛盾しているようだが、現世に心残りがある人生こそが、死に行く心を満たしてくれるのではないか、そう思えてならない。 八王子の駅を出ると、駅前ロータリーの歩道橋の下に警察官が2〜3人。地面に横たわる何かを取り囲んで話しをしている。家へ向かうタクシーの中から、ちらりと、その何かを見ることができた。痩せこけた、ホームレスの老人の横顔。「この時期、多いんですよね。」とは運転手さんの言葉。訪れる寒気に凍えたものか、はたまた病を抱えていたのか、それは解らないが、ひとりの老人の生が、こんな場所で終わってしまったらしい。 彼には、やり掛けた仕事はあったのだろうか? 生の終焉の縁で、足下に広がる闇に光を見出せたのだろうか? それは誰にもわからない。だから、彼の人生と死を、不幸の一言で片付けてしまうことも、誰にもできはしない。 走り去るリアウインドゥの光景に想いを残しつつ、顔を前に向ける。明日から、新しい仕事が始まる。例え、その最中に人生を終えることがあろうとも、不幸を感じない・・・そんな日々でありますように。そう、静かに願った。 |
| 浅草橋オフ
2001年11月29日
ケマ兄の実家である中華料理店、浅草橋は「水新菜館」で、まみちゃんの22歳(ウソ)のお誕生日会兼、カネボウ食品のカップラーメン「広東麺・浅草橋水新菜館」発売記念オフ会を行った。 箱根から駆けつけたでんでん、新人でMSCC初参加の岸波さんを交えた、総勢12人の大宴会。山の出会い系サイトと異名を持つMSCCらしく、山行の回数よりも、オフ会の参加の方が多いというメンバーがちらほら見受けられる昨今ではあるが、そんなことには目もくれず、美味しい水新菜館の料理の数々に舌鼓を打つ、とても楽しいひと時であった。 山なんか、登ろうと言う意思があればひとりだって登れる。だけど、我々が望むのは、多分そんなことではない。人との出会い、そこから得られる楽しい語らいの時間の喜び、山なんか言い訳でしかないと言えば言い過ぎだろうが、そう言ってしまっても、何ら心に呵責を来たさないほど、にん2もそれを望んでいる。我々の日常の接点、それが”山”なのだと思えば、こんの日々のあることも、一向に構いはしないのだ。 お誕生日会などと銘打つと、今後もその度に宴会を開かなければならにかもしれないが、それもまた良し。人生は楽しんだ者勝ち。きらめく思い出が多いほど、今際の際に浮かぶ後悔もまた少ない。それを知ってか知らずか、集まったメンバーの顔は、どれも輝いて見えて仕方無かった。 2次会はすぐ近くでカラオケ。終電の時間が気になることを差し引けば、これもまた楽しい。今が楽しければそれでいいなんて、小娘みたいなことは言わないが、多分彼らとの出会いは、にん2にとって掛け替えの無いものになるだろう。そんな風に考えられるようになっただけ、人間が円くなったということかな。 ともあれ、まみちゃん。お誕生日おめでとう。次の1年も、まみちゃんにとって、実り多いものでありますように。 |
| I am(アイ・アム)
2001年11月28日
I am(アイ・アム)「菅浩江」著祥伝社刊、読了。 最近ロボット付いているせいか、偶然書店で手に取ったこの本。買ってから3〜4日忘れていたものを、朝、思い出して持って家を出て、仕事の行き帰りだけで読んでしまった。短編ではないが、長編でもない。この文庫シリーズの紹介文には、ご丁寧に「長すぎず、短すぎない。中篇の楽しみ。」とされていたから、まあ、中篇なのだろう。 ちょと見た目はSFである。話しは全て、看護ロボット「みき」の一人称で進んで行く。だから、ロボットが人格を持ってしまう苦悩、というような、SFによくあるテーマを描いた小説ではない。なぜなら、物語を語るということが既に、ひとつの人格の発露であり、「みき」が最初から「心」を持っているということは、この物語世界では、疑いようの無い事実として容認されているからだ。 にん2が思うにこの小説は、SFの形を借りた自己探求、もっと言えば、人間探求の物語なのかもしれない。人は何故生まれたのか。生きる意義とは何なのか。誰もが一度はそんな疑問を抱くものだが、病院、それもホスピスという生と死の綾なす場所を、生命ではないはずのロボットの視点から描くことによって、よりリアルに、より深く、そのテーマを浮き上がらせて行く手法は見事だと思う。 物語の中盤で、「みき」に隠された真実や、彼女が執拗に生への疑問を追い求める理由が予測できてしまうから、どんでん返しでびっくりということは無い。けれど、SFとしてならともかく、「人が生きる意義」というテーマを描写するためだと考えれば、それなりに納得できることだろう。それよりむしろ、ホスピスという場でしかありえない、日常的な人の死と、それを取り巻く人々の葛藤に、より多く心を動かされた。 ホスピスを舞台にされると、大概はお涙頂戴的な話しの波状攻撃にグラグラさせられるに決まっているのだが、前述したように、失うべき生命が無いはずのロボットという視点からそれを見据える形をとっているので、死に行く者、残される者、という単純な視点に留まらないだけ、「みき」自身の葛藤を含めて、その動揺は大きく深い。やっぱり2度ほど、電車の中で読んだことを後悔してしまった。 「みき」が、「自分の意志を持たない赤ん坊は人間ではない。呆け老人も人間ではない。」と、肉体を持たない自己の存在からそう結論づけずにいられなくなるまでの過程は、脳細胞のプログラムに従って思考しているだけなのかもしれない我々人間の存在意義さえも、まっすぐに問いかけてくることだろう。 ただ流されてひと日を終わってしまった夜。漠然とした不安に襲われることがある。そんな時に読んでみると良いかもしれない。 ps 小説の終盤になって、作者の後書きや解説がむしょうに読みたくなることはままあるが、この書き下ろし文庫にはそれが無い。変わりに空白の原稿用紙?が装丁されている。書評も読者にお任せということらしい。これもちょっと新鮮だった。 |
| 1週間
2001年11月28日
いやぁ、サボったサボった。雑記帖を始めてから、こんなに長くサボったのは、夏の合宿以来だなぁ。ともあれ、良いリフレッシュ休暇になりました。そんな人はいないと思うけど、待っていらした方々に、この1週間にあったイベントや、インスパイアされたあれこれを、日を追ってお送り致しましょう。 11月21日 11月23日 中学校だったのだけれど、なぜかネットワーク大好き娘3人組というのがいて、我々の作業を手伝ってくれると言う。「何でもやりますから言いつけて下さい。」とか、「技術者って感じで憧れちゃう〜。」とか、「こういう仕事をやってみたいなぁ。」とか、後ろでなかなか可愛いことを言ってくれるので、スカウトしちゃおうかと思った。変な娘たちと言えば変な娘たちなのだが、うれしいじゃありませんか。中学男子は少しも世間の役に立たない(労働力にならない、人心を和ますほど可愛くもない)が、女子は結構イケてるよね。うんうん、おじさんはうれしいよ。 夜、講師仲間が就職祝いの送別会を開いてくれた。考えてみれば、14年間も働いた前の会社を辞める時もそんな話しは無かったのに、わずか3ヶ月、それも毎日一緒に仕事をしたわけでもないのに、会費まで免除してくれて、本当にありがたいことだ。彼らから学ぶことも多かった。何より、自分のスキルに自信を持つことを教えてくれた。これは、この先様々な局面で役にたつだろう。ありがとう。お世話になりました。 11月25日 夕方、長女を連れて「サンリオ・ピューロランド」へ行く。4時からの入場は2,000円なのだが、サンリオのWebページの割引券を印刷して持参すれば、半額の1,000円で入場可能だ。猫も杓子も「巨大黒ネズミ」に走る昨今だが、「和製白猫」もなかなか捨てたもんじゃない。勘違いしている向きもあろうが、ピューロランドは遊園地と言うよりも、レビューとミュージカルの殿堂なのである。おそらく、我が家の娘くらいから、小学校中学年くらいの女の子にとっては、この上ない夢の宝庫なのだろう。連休でもあり、たくさんの家族連れで賑わっていた。 ここのすごいところは、お父さんも意外に退屈しないというところ。何故かと言うと・・・とっても目の保養になるのである。騙されたと思って一度行ってみなさい。くれぐれも、奥さんの前ではつまらなさそうにすることを忘れずにね。写真やビデオを撮る時も要注意。子供より、踊り子さんの方がいっぱい映っていたなどということが無いように・・・(笑)。 11月26日 |
| 流星
2001年11月20日
どうせ仕事は昼からだし、お金も無いしなぁ、ということで、話題のしし座流星群を見ることにした。沿岸部や東京の明け方の天候が今ひとつという情報を信じて、ふらふらと下道を走って甲府盆地へ。前日、みきちゃんとまなべくんが登った乾徳山にでも登ってやろうかしら、と、考えていたのだが、現地で触れる夜気の冷たさと、寝不足での下山の辛さを思いすかさず却下。日和ついでに車の中からぬくぬく見てやれと、甲府盆地を見下ろす高台にある「笛吹川フルーツ公園」の駐車場に車を止めた。 午前1時に目覚ましをかけて、車の中で仮眠。車を止めた時点では、まだ雲に覆われていた空はすっかり晴れ渡っており、絶好の観測条件。ただ、日和った報いで、甲府盆地の夜景の明るさと、次々に同じ目的でやって来る車のヘッドライトの明るさが少々気になる。 外を見ると、既にかなりの数の流星が落ちている。車の中から見ようという考えも、全天が見えないじれったさにあっさり負けて、まんまと外に誘い出されてしまった。ゴアのシュラフカバーに厳冬用の羽毛シュラフの組み合わせで椅子に座ると、寒さに足踏みをしながら空を見上げる他の人達に申し訳ないような暖かさ。時々睡魔に襲われながらも、思っていたよりずっと素晴らしい天体ショーを堪能することができた。 一瞬フラッシュを焚いたかのように辺りを照らす火球の輝き。いつまでも闇に漂う光の軌跡。幾つも同時に流れるもの。列車のように平行に走るもの。息つく暇も無いほどのたくさんの流星には本当に大満足だった。のだが・・・桜と違って星は静かな場所で見るものだなぁ、と認識も新たにさせられた。 ここではあんまり怒りを顕にしないようにしていたが、腹が立ったので書いちゃうゾ! まず、すぐ横に車を止めたボンゴフレンディのファミリー。通路の真中で道を塞いで屋根のテントをオープン。ここまでは、まあ許そう。ところが、2時間もの間ずっとエンジン(それもディーゼル)をかけっぱなしでうるさいったらありゃしない。子供や母親が屋根のテントではしゃぎ回っている間、自慢気に「ヒーターかけてあるから、寒くなったら中に入りな。」と言っていた父親は、とうとう一歩も外に出なかったというのも何だか許せんぞ。スキー場の駐車場や、サービスエリアでエンジンをかけっぱなしで仮眠というのも無神経で腹が立つが、毛布の1枚も持ってくれば解決することなのに・・・もうそういうのはやめにしてもらいたいものだよ、まったく! それから、後ろに止めていた若い男4人組。どう考えたって、喧嘩を売りに来ているとしか思えない。日頃の鬱憤を晴らしたいなら、もっと別な方法があるだろう! とにかく、大音量でカーステレオをかけっぱなし。4人が4人とも一歩も外に出ないで、嫌な目つきで周囲を睨みつけている。おまけに時々パッシングというのだから、そうとしか考えられないでしょ。文句を言ってやろうかしら、と思ったけれど、ここで出て行ったら思う壺だと悟って無視することにした。1時間ほどで諦めたらしく帰って行ったけど、まったく何を考えているのやら。 んとに・・・せっかくの流星の感動が、あれやこれやで半分位は目減りしてしまった。ええ、ええ、どうせ、こんな場所で見ようと思ったにん2が悪いんですよ。流星と一緒に、信じていた大事な何かも流れてしまったような、そんな虚しさが残る世紀の天体ショーでした。 |
| 実現した未来
2001年11月18日
半分仕事がらみで、横浜みなとみらいの展示場「パシフィコ横浜」で開催されている「ロボフェスタ神奈川2001」というイベントを観て来た。現在国内で開発・生産されている、主に民生向けのロボットを集めた、言わば非産業ロボットの一大デモンストレーションだ。 仕事がらみと言ったのは、今度入社することになった会社で、ホンダのロボット関係の仕事をやることになりそうな気配であることに伴い、新しいマーケットとしての可能性を探る意味で、社長直々から「見ておいてくれ。」と言われていたことに起因するのだが、それよりもむしろ、個人的に興味津々だったと言った方が正解だろう。何より、一昨年あたりだったか、衝撃的に登場したホンダの2足歩行ロボットの発展型「ASIMO」の動く姿を、一度この目で見てみたかったのである。 開場30分前に行くと、既に前売り券組が長蛇の列。それでもどうにか、開場の一角に設えられたロボットショーのステージの2列目に座ることができた。1回目のショーは10時からなのに、9時半の開場と同時に、殆どの人がステージ前に詰め掛ける。一見して、老若男女実に様々な人々が入り混じっており、ロボットに対する関心が並々ならないものであることを感じさせる。子供は最前列に座り込み、大人は顔を輝かせ、新しい夢の出現を、今か今かと待っている。 いよいよ開演。司会のお姉さんの紹介で、ステージ中央に設置された長い階段の上の扉が開くと、スポットライトの中に小学校2年生ほどの大きさの「ASIMO」の姿が浮かび上がる。「みなさんこんにちは。ぼく、ASIMOです。」その声を合図に、ASIMOが階段を降りて来る。会場に声にならないどよめきがおこり、誰もが固唾を飲んで見つめているのがわかる。後ろの女性が「人が入っているみたい・・・。」と思わず呟くのが聞こえる。 階段を降りたASIMOが、滑らかにステージの上を一回り。こ、これは確かにすごい! わかっていながら、眼前の光景が現実とは思えない。まさかこれほど早く、こんなことになろうとは・・・。溜息しか出ない。食い入るように見つめる子供達の目には、いったいどんな風にこの光景は映っているのであろうか。 観客とASIMOが「手をたたきましょ」を一緒に歌うプログラム。ASIMOは、手拍子をしたり、足踏みしたり、泣いたり、色々なことをして見せる。手の指も全て表現豊かに動くせいなのか、そこに”いる”のが機械であることを忘れてしまいそうだ。もう既に、この機械に感情移入し始めている自分を感じる。見世物みたいで可愛そうだ・・・などと思ったりする。もしこの先、ロボットがもっと進歩して「ロボ権」なんて言葉が使われる世の中になったなら、この光景は忌むべき歴史の1ページとして彼らに記憶されるに違いない。「21世紀初頭、我々はこのように、人間に搾取され、見世物にされていた!」などと言われないとも限られない。まあ、そんなことを考えるのがそもそも、何か間違っている証拠なのかもしれないが・・・。 ショーの後、ホンダのブースでASIMOのスケルトンモデルを見る。カバーを全て剥ぎ取られ、メカが剥き出しになったASIMOは、それでもちゃんと起動している。良くみていると、ただ立っているだけでも”彼”の全身のギアが常に微動しているのがわかる。手を動かせば、それに応じて足が動き、体のバランスをとっている。そう、ASIMOは我々同様、ただ立っているだけでもエネルギーを消費しているのだ。バランスを崩しながら歩く、いわゆる動歩行ができるのも、全身を緊張させるたくさんのメカの鬩ぎ合いが成せる技と言える。この制御の素晴らしさ、緻密さ・・・ホンダという会社の底力を見せ付けられる思いだ。 ソニーのAIBO、SDR−3X(これもスゴイ!残念ながら、今回は出展していなかったが・・・)にも、これは同じことが言える。AIBOはともかく、ASIMOとSDR−3Xは、他の企業や大学研究室の出展が霞んで見えてしまうほどの抜群の完成度で他を圧倒している。ASIMOはイベントレンタル事業用モデル、SDR−3Xは自動車程度の値段なら発売できる、ということで、それぞれ製品としての土壌はすでに完成しているようだ。なんともはや驚くべきことである。これはもしかしたら、日本の製造業に残された数少ない活路かもしれない。ハード、ソフトとも、間違い無く世界の最先端。この機を逃して何としよう、という感じだ。 動作時間、自立歩行の確立(外部からのコントロールを必要としないという意味の)など、これから解決しなければならない問題も多いが、最難関と思われた2足歩行の技術はクリアーされつつある。デザインを含めた細部の煮詰めと、横の情報交換によって、またひとつ、21世紀の夢が実現する日はそう遠くはない。この流れに参加したい・・・技術職に携わる人間の一人として、心からそう思えた有意義な一日であった。 |
| パンダは出張中
2001年11月17日
娘が「パンダのいる動物園に行きたい。」と言うので、上野動物園へ行ってきた。にん2としても、上野動物園へは芸大の試験のついでに行ったきりだから、かれこれ20年振り。懐かしさもあり、ちょっと行ってみたいと思った。所謂、センチメンタルジャーニーと言うやつか。別に当時、感傷に浸るような出来事があったわけではないが・・・つまり、若い日々は、それだけで感傷の対象なのかもしれない。 実物のパンダを見るのも20年振り。あんまり可愛いという印象は無かったように記憶していたけれども、娘の反応も含めて、それなりに期待はしていた。門を入ってすぐ横がパンダ舎。ところが、レッサーパンダがうろうろしているだけで、それらしい生き物が見当たらない。首を捻りながら2度ほど行ったり来たりしてふと気がつくと、真中に地味な張り紙がしてあった。 「ジャイアントパンダは、メキシコの動物園に繁殖のため出張中です。」 なんと! パンダにはそんな仕事もあるんかい。羨ましい・・・えっ、イヤまあそれは置いといて・・・とにかく、激しく落胆。いったい何のために上野くんだりまで来たんだか、パンダが居ないんだったら、近所の多摩動物公園でも良かったよ。トホホホ。 入園したのが午後2時過ぎということで、隅々まで見て回るわけにも行かない。取り敢えず猿山で、日本猿の華麗なクライミング(人工壁だがハングしていて5・10aはありそう)に驚嘆の声を挙げたあと、「動物なら、やっぱり北でしょう。」と、北指向のにん2のわけの解らない提案で、シロクマとオットセイとペンギンだけを丹念に見学する。 「お腹が空いた。」と珍しいことを娘が言うので、屋外テーブルで法外な値段のホットドッグなど食べていたら、あっけなく夕日が沈んでしまった。山と言い、動物園と言い、遅出遅着は最近の定番だね。夕まづめ、いつの間にかテーブルの周りに上野公園名物のカラスが集まって来てしきりに餌をねだる。娘がフライドポテトを投げると、見事な空中キャッチ。すぐ足元まで寄って来て、カラスに似つかわしくもない可愛いおねだりをするので、娘も夢中になって餌を放る。娘の記憶の中では、今日一番印象に残った可愛い動物は・・・カラス! なんてことになったかもしれない。近くで見るカラスは、決して黒一色の鳥ではなく、青や緑、紫の光沢が美しい羽の持ち主であることを発見して、にん2としてもちょっと意外であった。 「もう動物はいい。」と淡白な娘は、正門横の子供遊園地をご所望。どっちにしても、もうじきに閉園時間だ。惜しげも無く外に出て、子供遊園地に入ろうとすると、入り口でいきなり呼び止められる。いったい何の勧誘だ! と一瞬身構えたら、なんと子供モデルのスカウトをしているのだと言う。「お嬢さん、すごく可愛いですねぇ。とても整った顔立ちで・・・。」などと言われれば、こんな親でも、まあ、まんざらでもない。パンフレットと名刺をもらって、携帯の番号だけ教えておいた。親バカですかね? 子供遊園地は、500円で6枚つづりの共通券が買え、とってもリーズナブルだ。狭い空間にぎっしり詰め込まれたアトラクション(大袈裟?)は、年齢制限が無く全て乗ることができる。後楽園遊園地の時より、ずっと楽しそうな娘の姿に大いに満足であった。ブリキのおもちゃのような、何だか懐かしい乗り物に、ちょっと郷愁を誘われた。 夕闇の忍ばずの池をブラブラ歩いていると、対岸の野外音楽堂からロックの絶叫が聞こえる。行ってみると、明治大学主催のロックコンサートをやっている。ステージの上ばかりが賑やかで客席はガラガラだ。無料だと言うので、突然のライブを楽しむ。ステージでは、オーストラリアから来たという素人バンドが、客席と不釣合いなパフォーマンスを繰り広げている。「おかあさんといっしょ」の唄には踊りまわる娘も、こういうのはあまり趣味ではないらしい。注視しながらも、どこかぼんやりと観ているだけだった。 アメ横で軽く夕食の後、山手線で東京駅に出て中央線に乗ると、娘はすぐに眠ってしまった。江戸庶民の一大テーマパーク。上野公園の半日は、思っていたよりずっと面白かった。娘も大満足だったことだろう。 |
| いい加減な機械
2001年11月16日
にゃんちゅうさんのパソコンがまた壊れた。先日BIOSの不調でマザーボードを交換したばかりなのに・・・パソコンは使う人を観る、というのは、意外と当たっていたりする。 と、冗談はさて置き、借りていた登攀具を返そうとにゃんちゅうさんの家に行くと、またしても起動しないパソコンが待っていた。電源を入れても画面は真っ黒。警告音が虚しく鳴り響く。それだけで原因が知れた。つまりは、CPUが機能していないのである。どうやら、冷却ファン不動によるオーバーヒートでお亡くなりになってしまったらしい。 登攀具を返しに行っただけなので、修理できるような部品は何も持っていない。けれど、以前彼が使っていたNECのPC9821が居間にほったらかしになっていたので、こいつからCPU(ペンティアム133)を摘出して、お亡くなりになったK6−2・350と差し替えることにした。FSBを100Mhzから66Mhzにクロックダウン。少々ジャンパをいじりはしたが、これがまったく問題なく起動してしまう。パソコンというのは、何といい加減な機械であろうか。 いくらモジュール化されていると言っても、普通の家電でこんなことが有り得るだろうか。車だったらエンジン載せ換え、ちょちょいのポンで済むわけがない。こんなのを見せ付けられていると、いったい誰が最新パソコンを買うのだろうと思ってしまう。IT不況はある意味必然。誰にでもできることに、好き好んで金を払う奴なんていやぁしない。 パソコンが今一普及しないのも、おそらくこういういい加減なやつだからなんだろう。家電並みに扱うことが各メーカーの夢だったのだろうが、そうなるためにはいい加減な部分(選択肢とも言える)が多過ぎる。 ま、でも、それがパソコンの魅力でもあるし、にん2的にはこういうのも大好きだ。PC廃人とか、PCゾンビなんて言葉もあるが、もしかしたら、そういうものに近づいているのかもしれないな。 |
| 歩の人生
2001年11月15日
神宮外苑の銀杏並木が色づき始めている。歩道も車道も、もうすぐ金色の絨毯で覆われることだろう。繰り返される夢の数だけ、非現実は現実へと姿を変えていく。 「うなぎ」でカンヌグランプリを受賞した今村昌平監督の新作「赤い橋の下のぬるい水」を観た。CSの衛星劇場で予告を見て、ちょっと気になっていた作品。「うなぎ」もそこそこ面白かったし、まあ、観ておいても損はなかろうという軽い気持ちである。 「うなぎ」は比較的シリアスな映画だったが、はっきり言ってこの映画はコメディである。ちょっとマンガ的な表現と、とぼけた台詞回しが結構笑える。何より、題名の「ぬるい水」からしてウフフなのである。原作も同名だから、今村監督のアイディアというわけではないけどね。まあ、ハリウッド作品や、攻勢著しい昨今の韓国映画のような迫力は無いが、にん2としては、こうい時間の流れ方は案外好きである。 で、この映画で一番印象に残っている台詞。 「王手飛車取りばかりが人生ではない。香車や歩の人生もいいゾ!」 というもの。主人公(役所広司)が、リストラされ、妻子に捨てられた弱気な男という設定なのも、今のにん2にとっては、何となく共感を誘う。多分多くの観客は、自分とは現実的な接点が無いファンタジーとしてこの作品を捕らえることだろうが、時に真実は、ファンタジーを凌駕していることもあるものだ。それに気がつくと、この言葉の意味が一段と胸に染みる。人生の王道は、善悪や幸・不幸にのみ左右されるのではない。 誰もが、非現実に身を置く自分を夢想している。寅さんシリーズや、諸処の映画がもてはやされるのは、そういうムーブメントが確実に存在していることを物語っている故であると思う。我々のような、山をやる人間の心にも、おそらく間違いなくそれはある。厳しい自然の現実というのは、街に暮らす人間にとっては、ファンタジー以外の何ものでもない。そして、それに関わる様々な事情もまた、心ときめかす夢の一端なのだ。 「宝の壺」そして、そこから溢れ出る「ぬるい水」は、歩の人生を紡ぎ出すための呼び水である。溺れてみろ! チ○ポが硬いうちにしかできないぞ! 映画の中で繰り返される言葉は、賢さばかりでは垣間見ることのできない、人生の醍醐味を物語っている。 後悔は最後にすればいい。振り返らなければ、悔やむ必要とてありはしない。流れた水は返らない。涙が涸れれば、後は笑うだけだ。 間違っても感動巨編ではないが、つまりは、そんな映画である。 |
| 今やっていること
2001年11月14日
再就職も決まり、失業保険を使わないことも確定したから、今まで隠していた現在のアルバイトのお話をしようかな。 実は、Y市教育委員会の依頼を受けて、市内の小中学校の先生方にパソコンネットワークの基礎知識から、実際の敷設までを教えるインストラクターの仕事をしている。「校内ネットワーク基礎研修」という名目だ。立場上、某社の社員ということになっているが、そこはそれ、あくまでも名前を借りているだけで、実情は委託契約の日雇い講師である。 学校の先生に教えるのだから、当然スケジュールは放課後に偏っている。そんな訳で、家を出るのはだいたい昼過ぎ。打ち合わせ、講義、実習という3日間のカリキュラムで、実働はそれぞれ1時間〜2.5時間の間。それで、交通費込み13,000円の日当だ。売れっ子のキャバクラ嬢並みの時給だが、月のトータルで考えれば大したことはない。移動のことも考えると、他の仕事を併用するわけにもいかないから、はっきり言って独り者ならともかく、これで食っていくのは容易ではないだろう。 学校なんて大抵辺鄙な場所にあることに加え、先生という人種は、やたら時間にうるさいから絶対遅刻するわけにいかないので、時にタクシーを使う羽目になったり、そうでなくても、JR、私鉄、バスと乗り継いで、交通費もなかなかバカにならない。5,000円のイオカードが、見る見る減っていく。 おまけに、言葉遣いにも注意が必要で、インストラクターなのに「教える」という言葉は厳禁ときている。では、どう言えば良いのかというと、「ご説明させていただく」だ。普段自分が「教える」立場にいるせいなのかどうか、彼らは「教えられる」ことに激しい拒否反応を示すらしい。今までの慣習で、うっかり「御社」などと口を滑らそうものなら、教育委員会を通じて講義の嵐。それで涙を呑んだ講師仲間が、いったい幾人あったことか。 時に「はっきり言って、今時コンピュータが使えなくてもリストラの対象にならないのは、学校だけです。学校だけが取り残されているのです。」などと脅かして溜飲を下げているが、教育現場の現状を思うにつけ、いち日本人として、暗澹とした気持ちになることもしばしばだ。にん2も美術教員免許を持っていて、実際採用試験を受けたことがある身ではあるが、学校という極めて特殊な環境に身を置くと、どうやら世の中の流れが見え難くなってしまうらしい。ホント、あの時落ちて良かったなぁ(負け惜しみ)。 まあ、そうは言ってもこの仕事、なかなかに面白い。ご指名がかかることもあることから察すると、ある意味自分に向いているのかもしれない。何より、Y市内に限られるとは言え、日中あちこち歩き回れることは案外楽しいものだ。これで食えるなら続けても良いのだが、そうもいかないから、今月いっぱいで泣く泣く降りることにしたわけだ。 いずれにしてもあと2週間。学校の天井裏の構造に詳しくなり、営業スマイルを身に付け、スーツに対する偏見が無くなっただけでも、にん2にとっては実り多い3ヶ月であった。この経験を生かして、いったい何ができるかまだわからにけれど、Y市教育委員会と、出会ったたくさんの先生方には、感謝しているつもりです。 ps ところで、読者の中に小中学校の先生、もしくはY市教育委員会の関係者の方は、まさかいませんよね。もし万が一いらっしゃいましたら、失礼なことを言ったかも・・・他意はありませんから、笑って許して下さいね。 |
| 20000ヒット!
2001年11月12日
とうとう20000ヒット達成。踏んだのはまみちゃん。身内だけれどそこはそれ、きっちり記念品くらいは用意しましょう。パソコンでいいかな?ともあれ、素直にうれしゅうございます。皆様のご愛顧に感謝しつつ、遅々として進まない更新作業に申し訳ない気持ちでいっぱいです。 とは言うものの、これから仕事も忙しくなりそうだし、前途は多難ですな。そうそう、ご心配をおかけしましたが、再就職もほぼ決まりました。将来に向けて、本腰を入れて新しい勉強もしなければなりませぬ。そんな訳で、この雑記帖の更新もきっと滞りがちになると思うけど、肩肘張らずにのんびりやっていくつもりですので、どうか暖かい気持ちで見守ってやって下さいませ。 ということで、おざなりではありますが、これからもどうぞMSCCをよろしくお願い申し上げます。 こうなったら、「30000ヒット達成予想トトカルチョ」でも企画しようかな。専用ページを作って、日付で投票。当たった人には、豪華景品プレゼント。うん、ちょっと面白いかも・・・。 |
| お部屋で遊ぶ
2001年11月11日
前日からの雨も上がり、ピーカンの秋晴れになった日曜日。「さあ、山へ行こう!」と、言いたいところだけれど、なぜか室内で遊んだ。津久井のクライミングジム「MAX」でインドアクライミング。MSCCとしては久々の男性の同人参加者「まなべ君」の顔見せクライミング兼、みきちゃんのフリクラデビュー兼、しんまみコンビのロープワーク強化メニューである。先週の二子山中央稜で、華麗なMSCCデビューを飾ったシュクラさんの助けを借りて、にん2としては、楽して1日目いっぱい遊ぼうという魂胆だ。 朝9時集合の予定であったが、しんちゃんからの電話で飛び起きると、なんと既に9時半! 寝たのが朝4時半だったとは言うものの、参加者一同には本当に申し訳ないことをした。 それにしても、久し振りの人工壁。いやぁー登れない登れない。体が重くなったこともあるが、前傾壁に対する闘志が根本的に欠けているにん2である。シュクラさんが果敢に挑戦するルートに、文字通り手も足も出ない。スリムな体型の常連諸氏が、スイスイと登って行くのを横目で見ながら自分の体型を省みて、「どうせこんなかぶった壁、本チャンでは一生フリーで登ることなんて無いよ。」なんて嘯くのが勢いっぱいだ。フリクラ(特に人工壁)はスポーツであるし、それなりの安全が保証されているのだから、それを何だかんだ理由をつけてやろうともしないのは、もう完全に詭弁でしかないとは思う。まあ、プロのダンサーの踊りを、自分でできもしないのに、偉そうに評論している無責任な評論家と、同等ということなのかもしれない。何とも情けないことではあるが・・・。 フリークライミングを自分の中で消化するのは難しい。上達して、人に賞賛されるような登りができるようになることに、今更どうやって価値を見つけていけば良いものか・・・登れればそれに越したことはないが、体重を10kgくらい減らさないことには、所詮望むべくもないし、だいたいそれでは、中学1年生当時の体型に戻すことと変わらないではないか。どう考えたって、そんなことできるわけが無い。 スポーツならスポーツ、ゲームならゲームとして割り切る。登れないなら登れないとして、まっすぐ受け止めまた努力する。そうできないのは、ある意味若さとしての熱意を無くしてしまっているのかもしれない。いくら悔しがったところで、心の底から「登れるようになる。」とは思えないのだ。遊びなんだから・・・と格好つけたって、結局まだまだ甘んじてそれに殉ずるほど老成していないということなんだろう。 5時近くまで登って、温泉でひとっ風呂浴びてから南大沢のアウトレットモールを冷やかして後に夕食。なんだかんだ言っても、結局みんなとこうしていられることが楽しいのであって、登れるとか登れないとか、そんなことはどうでもいいんだろうなぁ、と、そんな結論に落ち着いたにん2なのであった。 |
| 秘密
2001年11月9日
「秘密」東野圭吾著(春秋文庫)読了。 遅ればせながらではある。ずっと気になっていたのだけれど、なかなか手が回らなかったというのが本当。話題作である。久々に一気読みしてしまった。電車の中で、3回ほど顔を上げられなかった。目がうるうるになってしまって・・・。 人は誰も、大なり小なり、何らかの秘密を抱えて生きているものだと思う。それが、自分の保身や欲望のためであったり、あるいは他者への思いやりであったり、いずれにしても、とても切ないことである。 ある日、誰かの秘密に気が付く。その事実が、なぜ自分に秘密にされていたのだろう。それを想う。思いやりであったのか、裏切りであったのか、落胆に身悶えたり、絶望したり、喜びに震えたり・・・。解明されない秘密は、秘密にしている者だけに存在し、解明されたと同時に、消えて無くなってしまうのだけれど、多分儚さは無い。秘密は重く、消える瞬間まで、そこで人の心を揺さぶり続ける。 この小説は確かに、読者の性別、年齢、立場によって、全く受け止め方が違うかもしれない。感動の度合いも人それぞれだろうが、心の琴線に的中してしまうだろういくつかのキーワードがある。40代前半。男。既婚。小学生から高校生までの娘がいる。自動車部品会社勤務。妻を愛している。これにふたつ当てはまればイチコロ。最後の2行で、確実にノックアウトされてしまうだろう。 MSCCの男性メンバーは、ほとんどこれに当てはまってしまう。特に・・にゃんちゅうさん! ハンカチを用意して、一気に・・・読むべし!読むべし!読むべし! |
| 街で豪遊
2001年11月7日
みきちゃんの発案で、箱根に転勤?になる、でんでんの壮行オフ会を八王子で行った。メンバーは、でんでん、みきちゃん、スーさん、暁の渡部さん、にゃんちゅうさん、にん2の6名。午後7時半に集合し、10時過ぎまで割烹料理屋でお食事宴会。その後、あろうことかカラオケで3時間も歌いまくる。 八王子近辺在住者と違って、でんでん、スーさんは、当然電車なんか終わっている。ということで、渡部さんのお家にお泊りとなってしまった。明日も仕事があるというのに、皆さん本当にお疲れ様です。 特に渡部さん!まったくもって申し訳ありません。彼女達は暴れていませんか? 本来なら拙宅に泊まってもらうべきなんでしょうが、渡部さんに押し付けてしまったような形になってしまって、心苦しい限りです。このご恩は一生忘れません故、どうかよろしくお願い致します。スーさん、でんでんもご免ね。ここに深くお詫び致しますので、どうかお許し下さい。 街で豪遊もいいけれど、翌日仕事のある平日の宴会は、これからちょっとセーブしてやりましょう。山と違うんだから(ってオイオイ!)。いつもニコニコの渡部さんも、さすがに参っていらしたようで・・・ああ、本当に申し訳ないです。平に、平に、ご容赦ください。 あっ、もう5時だ。寝よう。 |
| 闇に叫ぶ
2001年11月5日
降り続く雨に、些か飲みすぎた。例え朝から晴れても、岩が乾くまでそれなりに時間がかかるだろう、との目算だった。秩父の町外れでビバークして、国道、林道と繋いで走り、軽い二日酔いのまま岩壁の基部に着いたのが午前10時半。先行パーティーに1時間近く待たされ、11時半、やっと岩に取り付くことができた。 秋晴れの元、スーさん、しんちゃん、新人のシュクラさん、そしてにん2の4人で登った秩父二子山の中央崚は、高差約160m、トータル6ピッチの岸壁。2年前に登って、まあ楽勝!のつもりでいたのが、そもそもの間違い。 だいたい、前夜車の中での宴会が終わって寝たのが午前3時半。いや、もう4時になっていたかもしれない。昼からかなりまとまった雨が降り続いていて、半分は「登れないだろうなぁ。」とも思っていたこともあり、諦め半分の宴会だった。ところが、目が覚めたら空はピーカン。絵に描いたような秋晴れで、毎度の事ながら、出遅れ組となってしまったのだった。まあ、それが功を奏したものかどうか、岩はすっかり乾いてはいたのだけれども・・・・。 出遅れ組であるにも関わらず、4人数珠繋ぎでの登攀は遅々として進まない。体が重くなったのか、はたまたトレーニング不足なのか、ハングの乗っ越しでとにかく腕に来る。それでも、シュクラさんのがんばりに助けられ、残すところあと1ピッチまでどうにか漕ぎ着けた(あくまでもトップが)のだが、秋の日は釣瓶落とし。無常の夕日は両神山の峰々にあっさり吸い込まれてしまった。 日没と共に押し寄せる寒気と闇、そして風。さしものスーさんまでもが戦意喪失して「懸垂で下る。」と言い出す始末。取り敢えず頂上までザイルは延びているし、暗闇の懸垂の危うさを思えばそれもままならず、ヘッデンを出しての夜間登攀となってしまったのだった。 トップで終了点に立ったにん2と、ラストを登るスーさんの間には、3ピッチ、80m余の高差の闇が広がる。それぞれのピッチのビレイ点のテラスでは、シュクラさん、しんちゃんが、寒風に耐えながら、ラストのスーさんが登って来るのを待っている。見えない後続を励ますためのビレイヤーの言葉と、くじけそうな葛藤の中で頑張るクライマーの叫びが、闇の中に幾重にも吸い込まれて行く。聞こえるのは、吹き付ける風の咆哮ばかりだが、果敢に岩に立ち向かう彼女達の息遣いが、山全体を揺るがしているような、そんな感じがして仕方なかった。 午後6時半。登攀終了。感動と言うよりも、言葉にできない安堵の中で見上げた空に無数の星が輝き、遥かな地平線には、街の灯が海のように広がっていた。 アルパインなのに出発が遅いとか、登攀時間の読みが甘いとか、パーティーの力量に対する配慮が足りないとか、苦言を言えば切が無い。だが、にん2は思うのだ。本当に、本当に諦めず登って良かった、と。いくら大上段にその意義を説いたところで、山など所詮は遊び。それぞれが、それぞれの力を精一杯発揮してこそ、この遊びは遊びとして成就するのではないか。確かに緊張や苦痛は味わうだろう。だからこそ、終わった時の安堵が、素直に感動へと昇華して行くのだ。安全第一に敗退するのは簡単だ。でもそれでは、4日ある試験の日程を、風邪をひいて2日目で休んでしまうような、そんな虚しさが募るばかりだ。例え0点でも、4日の試験は4日受けてこそ意味がある。遊びなればこそ、登り切ったという事実が、自分の中で生きて来るのだ。 な〜んちゃって。柄にも無い精神論を唱えてみても、これは二子山中央稜だから言えることで、本当に命の危険に晒されるようなルートでは、さっさと尻尾を巻いて逃げちまうことは、想像に堅くない。だって遊びは遊び、死んじまったら元も子も無いからねぇ。 ということでこれからも、力の範囲で精一杯、でも死なない程度にお気楽に、楽しく山で遊びましょう。シュクラさん始め、スーさん、しんちゃん、本当にお疲れ様。そして、今後ともどうぞよろしく。 |
| 山行前夜
2001年11月2日
明日は、秩父の二子山中央稜を登りに行く。にん2にとっては、一月振りの山行である。どんなにこの日を待ち焦がれていたことか。娘の出産の手伝いのため、しばらく同居している母の言葉など耳に入らない。今更、良い家庭人であれなどと言われ、殊勝に耐え忍んでみたところで、空々しいだけだ。生まれて間もない娘は無論可愛いが、こんな父親が家にいてもいなくても、この子の人生に、いかばかりの影響があるものか。開き直りと言う者は言うがいい。謗りたくば謗ればいい。鮎川いずみではないけれど、あなたは失格! そうはっきり言われたい。生きる資格がないなんて、憧れてた生き方。 深夜、玄関を埋もれさせていた装備を再び車に積み込む。エンジンをかけ、ハンドルを握れば、再びあの感動と至福の境地に身を置く事ができる。行き過ぎた個人主義を批判し、あるか無いかわからない、世間に対する自らの正当性を主張する日々。もう、そんなものとは決別してもいい。自暴自棄だなんて思わない。失格者なら失格者なりに、得られる幸いもあるものだ。 優し過ぎたのだと思う。ただしこの優しさは、他者の幸いを慮ってそうしてきたわけではない。おそらく自分の心というものの保身のため、人に善く思われ、批判の対象にならないための処世術以外の何者でもない。単なる弱虫。臆病者。それが真実なのだ。自分に厳しく? 人に優しく? そんな詭弁はもうやめだ。覚悟せよ。例え恨みを買おうとも、望みを成就させるためになら、針の臥所も厭やせぬ。 陰火のごとき燐光を放つ、そんな山行前夜の玄関先。見上げた空に星が瞬く。明日は雨が降るらしい。僕の心にも。そして君の心にも。 |
| いよいよもって・・・
2001年11月1日
お金が無い。失業3ヶ月。出産直後。車検直前。残高1万円以下。それもマイナスん十万円の上の・・・支払いは次から次へと迫ってくる。それなのに、あと2ヶ月はまとまった収入のあてが無い。 人間、金が無いのは首が無いのも同じこと、と言うが、まったくそうなんだよなぁ・・・と、暮れなずむ空を見上げて呟いてしまった。頭の中で、家にある物の中に、売れる物が無いかフル回転。 本は、千冊売っても1万円にならないだろう。服・・・は、まともなものは全然無いし・・・夜の仕事でもしようかなぁ。ホストって儲かるのかしら・・・ヤフーオークションって・・・売るものが無いんじゃ話しにならないもんな。売れても送料が工面できないし。だいたいフリーマーケットなんかじゃ、この急場は凌げないだろうなぁ。前に一度やって懲りたんだっけ。やっぱり借金しかないか・・・。 てなことを考えながら歩いていたら、フラフラとパチンコ屋に入りそうになった。まったく、貧すれば鈍するで、良い考えなんかまるで浮かばない。ああ、もういいや。寝ましょ、寝ましょ。明日は朝いちでまた横浜だ。ついでに時間も無いときてる。貧乏暇なしだ。 さて、貧乏に関する諺が、いくつ出て来たでしょうか? ps にゃんちゅうさん、ゲンさん、三吉くん、にん2の4名で、同人古典攀(コテンパン)というのを発足することになった。もともとは三吉くんの目標であった、茶本16ルート完全制覇が目的である。それぞれが何本づつか色々なシュチュエーションで登ってはいるけれど、今回は「4人全員で登る」ことが条件だ。近日中に決起集会開催予定。さて、どういうことになりますか、お楽しみに。 ああ、新しいアイスバイルとシュラフが欲しい・・・。 |
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