雑記帖2001年12月分
| ここでは、21世紀を記念して、このWebの管理人「にん2」の身の回りに起こったことを不定期更新お気楽日記風に書いていこうと思います。 |
| 2001年の終わりに
2001年12月31日
山の同人MSCCの1コーナーなのに、極めて個人的なお話しばかりを連ねてきたこの雑記帖も、今日をもって早1年。特別感慨が深いという程のこともないけれど、なんだかんだでよく続いたものだ。おかげで、つたないながらも自分なりに、気を張った充実した1年を過ごすことができたような気がする。 ただ頭の中で逡巡するだけでなく、文章にして書くという行為によって得られるものはそれなりに大きい。言葉を紡ぎ出す過程で、思考や意識は、表れ消えていく微弱電流の営みとは違ったもうひとつの顔を垣間見せるものだ。だから、自分という独りの人間の行動を想う時、間違いなくここで決定した、ここだから決めることのできたことは、とても多いような気がする。そう言った意味で、この雑記帖は間違いなく、自分の心のミラーリングそのものなのだと想うのだ。Webという不特定多数の読者に対して、そういった行為が是か非か、そんなことはおそらく関係がない。ただ、その重みによて書き続けられたことだけが、間違いの無い事実なのだと頷く自分がいる。 MSCCのWebを立ち上げて9ヶ月。にん2、三吉くん、ケマ兄、それに、しんちゃんまみちゃん。旧知や人づてで集まったわずか5人の実働メンバーで始まった2001年であった。それが、インターネットを通じて着々と仲間を増やし、20人に迫るメンバーを得ることができたのだから、管理人として、ひとりの登山者として、こんなにうれしいことはない。 この1年。新しく参加してくれた勇気ある仲間達に、感謝感謝。 にゃんちゅうさん。数々の美味しい料理と、確実で楽しい技術指導。あなたがいたから、今のMSCCがあったと言っても過言ではありません。 あにちゃん。楽しくフリクラを続けていますか? 今度は是非一緒に山を歩きましょう。 えみさん。女性メンバーの良き相談役としての、あなたの存在は頼もしく大きいものでした。暖かい眼差しを、来年もよろしくお願い致します。 スーさん。バイタリティ溢れるその姿は、比較的引っ込み思案なメンバーが多いMSCCにとって、実に素晴らしい活力剤になりました。 暁のゲンさん。華々しい経歴はもちろんですが、その優しさと厳しさを兼ね備えた人柄が、どれだけメンバーの支えになったことでしょう。 暁の渡部さん。感激屋なんて失礼な呼び方をしてしまいましたが、その言葉や姿に、忘れかけていた感動を呼び覚まされたメンバーも多かったはずです。 でんでん。箱根の暮らしは大変だけれど、めげずに来年も一緒に山へ行こうね。その繊細な感性に注目しています。がんばれ! たかさん。山へ行く楽しみに、新たなバリエーションを提示してくれました。来年も、その淀みないトークを山で聞けますように。誰もが願っています。 みきちゃん。前向きに、新しいことにチャレンジしていく勇気を、その明るい笑顔で、来年もみんなに提供してくださいね。お正月呑み過ぎないように。 フケイさん。素直に楽しむ。そんな忘れかけていた山への原点を、こうも的確に見せてくれた人はいませんでした。一緒に沢へ行くのが楽しみ。 シュクラさん。目の前にある課題に取り組むガッツと、それを支えるモチベーション。山へ姿勢の本質を見せてくれました。 まなべ君。優しい笑顔はまじめさの現れ? これからどんな顔を見せてくれるか、期待していますよ。 岸波さん。男っぽいガッツに、年寄り連中はだいぶ楽ができそう。来年の夏は、先陣を切って滝を登っていることでしょうね。楽しみです。 素晴らしい人達に出会え、にん2自信だいぶモノの見方が変わったような気がする。はっきり言って、自分の半生でこれほど激動の1年は無かったかもしれない。生活も変わった。仕事も変わった。けれどそこに、後悔や無念が入り込む余地はありそうもない。後悔は最後にすればいい。明日を見つめる眼差しだけが、今を生きるエネルギーとなり、揺ぎ無い光の道を紡ぎ出すのだ。 2002年。前を向いて歩いている限り、光の道はどこまでも足下に続いている。明日も明後日も、ずっとずっとその先も。 感謝を込めて。良いお歳を。 |
| クリスマスに
2001年12月25日
こんな話しを聞いた。 住宅の密集した路地の奥に、母娘が2人きりで暮らす家がある。クリスマス間近のある日、この家のすぐ裏手でマンションの工事をしている業者が、騒音のお詫びにと、サンタクロースの砂糖菓子がのったデコレーションケーキをおいていった。夜。クリスマスケーキを間にして、最近会話の少なかった母娘は、ダイニングの小さなテーブルに向き合った。 テレビでは、ゴールデンタイムの時代劇をやっている。ふたりしてぼんやりそれを眺めながら、どちらからともなく、ケーキの蝋燭に灯を灯し、部屋の明かりを消す。思えば、ふたりきりで暮らすようになってから、クリスマスらしいクリスマスなど、ずっとやった覚えが無い。 「あんた、なんか唄いなさいよ。」つまらなさそうに母が言う。 娘は、「え〜!」と思ったけれども、ここのところ心配のかけ通しで、どうもしっくりいかないふたりの生活を省みて、せめてもの親孝行にと唄うことにした。 けれども、クリスマスの歌が咄嗟に浮かばない。どうせなら楽しげな歌にしたかったけれど、どれもうろ覚えで最後まで唄えそうもない。仕方が無いので、定番中の定番「清しこの夜」など唄ってみる。 母は、やっぱりつまらなさそうに、テレビの時代劇をぼんやり観ている。娘は、なんだかばかばかしくなって、途中で唄うのをやめてみる。 「なんでやめるの。最後までうたいなさいよ。」やっぱりテレビを観ながら、母が言う。「なんだよ〜」と思いながらも、娘は最後まで「清しこの夜」を唄った。 蝋燭を消して灯りをつけると、蛍光灯の白々しい光線の下、いつもの見慣れた食卓に、ケーキだけが華やいでいる。結局ふたりして、ホールのデコレーションケーキを平らげてしまった。母はあと数年で70歳。娘も既に、母の人生の半分の年月を生きてしまった。 ・・・・・・・・・ つまりは、たったそれだけのお話し。けれども、ちょと可笑しくて、ちょっと悲しい。そんな話しになんだか弱い、にん2であったとさ。 |
| 瞬く間に
2001年12月24日
前回雑記帖を更新してから1週間たってしまった。別に手を抜くつもりはないが(抜いたってどうということは無いのだが)、かなり手抜きであることは間違い無い。まあ、みどり子さんの日記なんて、前回更新はひと月も前だし、暁の渡部さんもさすがに遅れ気味だし、年末は色々忙しいのでしょう。 とか言いながら、今週末はたかさん提案の冬の低山陽だまりハイキングへ行ってきた。この時期としては異例の7名参加者を得て、なかなか楽しい山行ができたことは、意外と言えば意外、思惑通りと言えば、思惑通りと言うところか。 今回の主目的は「頂上でクリスマス大宴会」ということで、45Lのザックのほとんどがその食材でいっぱいだ。中でも大きいのは4本のフランスパン。と言うのも、今回のメインメニューはチーズフォンデュということになっていたからだ。 いやあ、おいしかった。それに食った食った。山へ行くと、多少なりとも体重が減るのが常なのだが、さすがに今回はそうはいかなかったかな? 結構重かったザックが帰りにはすっかり軽くなってしまって、あの重さがそっくり腹に収まっていると思うと、ちょっと怖いくらいだ。何にしても、うっすらと雪化粧した森はきれいだったし、ワインは美味いし、ケーキも食べたし、実に楽しい山行だった。こりゃあ、なかなかやめられませんな。 んでもって今日はクリスマスイブ。節操が無いだ俗物的だなんていうのは、ひねくれた偏屈者が言う言葉。何でも受け入れ、楽しめるのが日本人の良いところなのだと思う。クリスマスプレゼントだって、それがある人生と無い人生では、豊かさが全然違う。それならあるに越したことは無いではないか。 娘がウサギを飼いたいと言っていたので、それではとペットショップに行ったのだが、これが相当お高い。ふと見ると、シャンガリア種のハムスターは1匹780円だ。ケージやら何やら、一通り揃えても5000円でおつりが来る。いささか不順ではあるが、最初は小物からと無理やり理由をつけて、これを1匹買うことにした。 哺乳類を飼うのは久し振りだ。店員さんにあれこれ説明を受けながら、情けないことではあるが、その責任みたいなものに押され緊張して胃が痛くなってしまった。小さな小さな命だけれども、暖かい血が流れていると思うと妙な仲間意識が生まれるものらしい。熱帯魚は死んでもどうということは無かったが、これは案外堪えるだろうなぁ、と思ってしまう。娘へのプレゼントとして買うのだから、全ては娘次第。けれども、それが死ぬこと自体、娘にとっては歓迎すべき体験だと思う反面、うまく言い表せない恐れみたいなものも感じる。まったくからきし意気地が無いやね。 年賀状も印刷したし(まだ書いてないけど)、クリスマスが過ぎればいよいよお正月だ。雑記帖を始めてからもうすぐ1年。来年も更新を続けられるかどうかわからないけれど、継続は力なりと言う言葉もある。何か実を結ぶことができるまで、こちらもまた、やめられませんな。 |
| 年忘れの日々
2001年12月19日
雪と氷の黄蓮谷から早一週間。書こう書こうと思いながら、やらなければならないことが目白押しで、いつの間にかその気配も失せてしまいました。まことにあいスマンこってす。まあ、落ち着いたらじっくり記録を書きましょう。一応写真のスキャンも終わっているしね。 さて、この週末はMSCCの忘年会でした。金曜日の夜集合して、一路伊豆の修善寺へ。フリークライミングで有名な大仁の城山までは車で5分の、今回は貸別荘を2日間貸り切ってのフリクラ大忘年会です。 すったもんだで現地到着が午前3時半。暗証番号で別荘に入ると、早速の大宴会です。初日からの参加者8名で、一升瓶が1本と、ビール、ウィスキーが、たちまち空になってしまいました。んでもって、みんな寝たのが朝7時半。遅れて到着のエミさんの電話に起こされて、起床は9時ってんだから、これはなかなかハードです。 大仁の駅にエミさんを迎えに行って帰ると、すっかり朝食の仕度は終わっていました。寝てない割にみんな元気で、すっきりした顔で食卓を囲んでいます。外は、伊豆とは思えないほどの寒気と強風。でも、室内はぬくぬくです。そのまままったりと一日過ごしてしまいそうでしたが、窓から見下ろす城山の威容が、それを許してくれそうもありません。11時、意を決してフリクラへ出発。いやぁ、寒いのなんの。2本登るのがやっとでした。まあこれは、おまけみたいなもんだから、そんなもんでよろしいんじゃないでしょうか。 スーパーで買出しを済まし、東北的風情溢れる伊豆長岡温泉の共同浴場でひとっ風呂浴びて、別荘に戻ったのが6時過ぎ。この日の宴会は午後10時スタートの予定です。なぜかと言うと、箱根のホテルで働いているでんでんを、ひとっ走り迎えに行かなければならないからです。 にん2、しんちゃんがでんでんを連れて戻ってくる間に、すっかり宴会の準備も整いました。この忘年会は、クリスマスパーティーと、エミさん、みきちゃんのお誕生パーティーも兼ねているということで、盛大にプレゼント交換などが行われました。ひとり1000円以内のプレゼントは、案の定山のグッズがいっぱいです。ザックはあるわ、テルモスはあるわ。にゃんちゅうさんなどは、LEDライトを4っも買ってきて大盤振る舞い。にん2もひとつもらいましたが、いやぁ、なかなか役に立ってますよぉ。 それにしても、最近は物価が安くなりましたねぇ。500円以内ではなかなか厳しくても、1000円ならばかなりの物まで手が届きます。物の値段の暴落にあれこれ苦言を言ってきましたが、これはこれで歓迎すべきことなんでしょうかね。 このパーティーのメインディッシュは、別荘に備え付けの土鍋とコンロで鍋3回戦。エレキギターとアンプを持ち込んで歌ったり、今年1年の写真を見て笑ったり、山の失敗談、怖かった話し・・・ホント、実に楽しい夜でした。でも、前の日ほとんど寝ていないことと、フリクラの疲れ、翌日のチェックアウトが10時でうかうか朝寝もできないということで、午前3時には泣く泣く布団に潜り込みました。 翌日の起床は8時半。賄いは例によってにゃんちゅうさん主導でしたが、女性がこれだけ(6人)いると、じつにテキパキと片付けがはかどります。見る見るうちに汚れた鍋釜、皿もゴミも片付いて、無事10時に別荘を後にすることができました。 一足先に帰るエミさんを見送って、本日も城山でフリクラ。前日と打って変わって穏やかに晴れ上がった空の下、のんびり陽だまりクライミングを楽しむことができました。でんでん、フケイさんは、今回生まれて初めての岩登り。それでもどうにか5・10aを登っちゃうんだから、まったく恐れ入ります。これはうかうかしていられませんね。新人の岸波さんも大健闘。2回も派手に墜落し、それでもガッツが衰えないあたり、見習わなければなりませんな。第2登攀隊長は決まりでしょう。 午後4時までクライミングをやって、伊豆スカイラインで一路でんでんの勤める箱根のホテルへ向かいます。芦ノ湖の湖尻にあるホテルは、伊豆と違って深々と冷え込む山の上ではありますが、硫黄泉ですっかり温まることができました。おまけに、でんでんの顔で全てロハ。まったく堪えられません。持つべきものは温泉宿に働く友達ですな。さあみんなで「でんでん! ありがとう。」 御殿場IC経由で八王子に戻ったのが午後11時。ひとまずここで解散なんだけど、今回のために高速が運転できないのに車を出してくれたフケイさん。さあ、どうしたものかと考えた結果、しんちゃんに運転をお願いして、ハイエースの先導で2台連なり、仕上げは千葉県の柏へ深夜のドライブです。首都高の渋滞にちょっとつかまりましたが、午前0時半、無事柏着。その後しんちゃんを板橋へ届け、首都高に乗ったところで、にん2はやっぱりダウンしてしまいました。志村PAで目覚ましを午前5時にセットして爆睡。八王子に戻ったのは月曜の朝6時半でした。 とまあ、怒涛のような2日間(3日間?)。忘年会へ行ったのも忘れる程、充実した年忘れになりました。来年も、再来年も、ずっとずっといつまでも、こんな仲間と楽しめたら良いでしょうねぇ。まだ今年は、今週末の陽だまりハイク、その翌週の八ヶ岳と、イベントが控えておりますが、何はともあれひとまず、2001年お疲れ様でした。ありがとう。来年もまた、みんなで楽しくやりましょうね。 PS 今回初めて使った貸し別荘ですが、実にリーズナブルで快適でした。食器類は全て揃っているし、お風呂は無論温泉です。眺めも最高。城山も至近。冷暖房、冷蔵庫、洗濯機、布団、全て揃っています。腕の良い料理人と、マメな娘?が数人いれば、はっきり言って温泉旅館より快適ですね。どんなに騒いでも怒られないし・・・。本当はここでHPのアドレスを載せたいところだけれど、ずっと穴場のままにしたいし、クライマーお断りなんてことになるともったいないのでやめておきます。どうしても利用したい方は、メールを下さればこっそりお教えしますので、それで許してくださいね。ではでは。 |
| 親睦を深める
2001年12月12日
某社の受注を獲得するプロジェクトのまとめ役にされてしまった。夕方6時からの会議の後、チームの親睦を深めるための飲み会になだれ込む。みんな仕事に前向きなんだなぁ。次から次に飛び出す話題に、知らないことが多すぎる自分を再認識。はっきり言って自信喪失。期待が重く圧し掛かる。 酔っ払って深夜ご帰還。今日もまた黄蓮谷のことは書けそうもない。多分、一番近づきたくなかった世界に自分はいる。今年一番の寒波に、冷え込む八王子の街。甲斐駒に比べれば遥かに暖かいのに、ずっと厚着でいてもなお、体の震えが止まらない。 これからいったい、どこへ行くのだろうか・・・。 |
| 雪と氷の日々
2001年12月11日
会社の忘年会から甲斐駒ヶ岳黄蓮谷右俣へ直行。月曜日も休みをとっての3日間。古典攀の第二弾は今年最高のハードな山行だった。 山登りでゲロを吐きそうになったのは初めて。雪の中で座って寝てしまったのも初めて。朝3時に起きて、行動終了が午後9時過ぎ。久々にヘロヘロに疲れました。現在打ち上げ症候群で腑抜け状態。詳しいことはまた明日からということで、本日は寝かせてもらいます。 いやぁ、面白かった。 |
| ハッタリを一席
2001年12月5日
4つある事業所の長と、本社の営業、社長を会議室に集めて、一席ぶってきた。自分の能力を明らかに超えていると思われる、壮大な(大袈裟)構想。まあ、ハッタリもいいところだ。今までずっと、自分は謙遜と譲歩の人だと思っていたから、まるで自分でいて自分でないような変な感覚。もしかしたら、自ら外堀を埋め退路を断っているのかもしれない。ふと、そんな風に思った。 今まで、自分は多分、ビジネスに対する認識が甘かったのだろう。ハッタリをかましても、まかり通す気概がなければ本当のビジネスは成立しないのかもしれない。みんなそうしているのだろうか? 地道な努力が無ければ、ものにならない事実を認識しながらも、ハッタリでことが運んでしまう世界に、戸惑う自分がいる。 晴耕雨読で、全てに達観した心の楽隠居を決め込む夢は、まだまだ遥かに遠い。俗物になっていく自分から、目を背けることができない。ちょっとブルーな夜。 |
| 鬼と言われる日
2001年12月3日
新しい仕事が始まって2日目。なかなかどうしてハードである。 体力的にどうということはないのだが、なんと最初に科せられた仕事がリ○ト○の人選。裏と表の狭間で暗躍した今日一日。この不況の最中で、その内容を明らかにすることなんかできっこない。苦渋の選択。ただその言葉だけが頭の中で渦巻いている。 つい先週まで、自分もその犠牲者?のひとりであったのだ。鬼と罵られても、言い返す言葉などありはしない。けれど、その時に及んで打ちひしがれるほど、弱っちくもない。情に絆されぬうち・・・つまりは、そういうことなんだと思う。今なら笑って、死神の鎌を振るうこともできる。何のことはない。その犠牲になった者たちには、狂刀を振り回す通り魔でしかありはしないのだ。 さて、何事も無かったように、今日も眠ることにしよう。自分自身の明日のために・・・。 |
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