雑記帖2001年4月分
| ここでは、21世紀を記念して、このWebの管理人「にん2」の身の回りに起こったことを不定期更新お気楽日記風に書いていこうと思います。 |
| それは言えない
2001年4月25日
小泉さんが無事自民党総裁となり組閣を始めました。ここ数日のテレビ、ラジオの放送は連日その経過を伝えていたわけだけれども、地方票でも圧倒的に小泉さんが優位に立つにつれ、報道の仕方になんだか歯痒い思いをしませんでしたか?言いたいことがあるのに言えないような、奥歯に物が挟まっていると言うか・・・。 要するに、橋本さんなど党内においても絶対有力だったはずの勢力を押さえて、なぜ小泉さんが選出されるに至ったのかの話しなんですが、みなさんどう思われます? 報道の立場としては、派閥からの脱却だとか、強硬な財政改革に対する姿勢だとか、人気の田中真紀子さんの力だとか、実しやかな事を言って繕うしかないのでしょうが、本当はどの局のキャスターもこう言いたかったんじゃないんですかね。 「小泉さんが、4人の候補の中で一番カッコイイからです。」 地方の党員、特に主婦層の投票理由は十中八九これだと思うんですよね。このことは、おそらく多くのニュースデスクも認識しているだろうし、一番の理由だということも分かっていたんでしょうが、他の3人のこともあり、色んな意味で言う事ができなかったというのが本当でしょう。 みんなが認識していることなのに口に出して言えない・・・う〜ん、ちょっと何かに似ていますね。「言ってしまおうか!でも、不謹慎のような気もするし・・・でも言いたい、でもやっぱり言えない・・。」お気楽なワイドシューを除けば、全報道機関を挙げてそういう状態だったのですから、考えてみれば恐ろしいことです。言うなれば、このあたりが日本人の倹しいところなのでしょうかね(笑)。 まあ、あの人ならサミットで他の国のトップと並んでも情けなくは感じないでしょう。タカ派であることも高ポイントですかね。どうせほとんどのことは裏で官僚がやるんだから、象徴的なトップの人間くらいはイケイケで激を飛ばしていないとね。河島英五ではないけれど「生意気くらいがちょうどいい」という奴です。はい。 |
| テントキーパーズでGO!
2001年4月24日
目の前でカウンターが10、20と上がっていくのを見て複雑な気持ち。ここのところすっかり山行記録をサボっている。その一方で雑記帖の更新をし、今日新コンテンツのテントキーパーズを早々にリニューアルした。本来、山の活動をメインに展開するべきなのだろうが、諸般の事情でそれもままならないままなのに訪問者が増えて行く。うれしいような、そうでもないような・・・。 なんてね。もともと「山バカ」になることを善しとしない意識はあったので、色んな試みが動くことに少しも抵抗感は無い。そういう意味で、にゃんちゅうさんのお嬢さんが描いてくれた絵本は、MSCCの中にあってすごく重要な位置付けになるのではないかと思う。他のどの山の会を見てもこういう流れはないし、このHPの財産になるんじゃなかろうか。 そういうことで、詩織ちゃん、緒弥ちゃん。期待してますよ。目指すは、総合カルチャー山岳同人会。いつか一緒に山にも行こうね。良いお父さんを持ちました。にゃんちゅうさん、がんばって下さいね。 今やすっかり火宅の人となったにん2おじさんのささやかなお願いでした。皆さんも是非「テントキーパーズ」をご訪問下さい。お子様をお持ちの方は、プリントアウトして読んであげて下さいませ。なかなかの名作ですよ。 |
| 歩く
2001年4月23日
「外秩父七峰縦走ハイキング大会」というやつに、お忍びで参加してきた。なぜお忍びかと言うと、先着順で事前申し込みが必要なところを、突然思い立って参加者に紛れ込んで歩いてきたからだ。 スタートはヨーイ、ドンではなく、受付順にそのまま歩き出すだけ。正式に参加すれば、地図と参加賞、チェックポイント(以下CP)通過時のチェックシートがもらえるが、お忍びゆえそういう煩わしいものは一切無し。ただひたすら、42.195kmのコースを参加者に紛れて歩くのみだ。 午前6時30分東武東上線小川町駅前からスタート。この時点で既に2200番台とのこと(受付で盗み聞き)。ひえ〜、前に2200人も歩いているのか!全参加者は6000人余(らしい)。全く途切れることのない人の列が延々と前後に列なっている。街を抜け、林道から山道に入ったところで案の定大渋滞。ハイキングと冠せられているだけに、参加者のいでたちも様々、レベルもピンキリ。ジーンズ、Tシャツ、スニーカーの普段着そのまんまから、長谷川カップに出られそうなトレールランナーバリバリのスパッツ姿まで、よく集まったものだ。だが、走るのは禁止ということでもあり、そうそうシビアな展開にはならない。 萩平というあたりから、これじゃあイカン、とバイクのレースで培った追い抜き技術で渋滞を躱しながらガンガン行く。20キロ付近のCPで順位を盗み聞きすると、1200番台まで上げているらしい。気を良くして定峰峠というところで大休止。ところが、前夜の寝不足が出たらしく1時間半ほど寝てしまう。周りの雰囲気が雰囲気だけに、緊張感まるでなし。これじゃあ「うさぎとかめ」だね。 そこから先は闘志も失せ、人の流れに乗ってハイキングを楽しむ。風は強いものの、牧場でソフトクリームを食べたり、頂上で一服したり、公園のような縦走路にはそれなりに癒された。逆に、正式参加者に紛れてCPをやり過ごすのに緊張したりして・・・。 長い林道歩きに辟易とした後、荒川を渡って寄居駅前のゴールに18時10分着。タイムアウトは18時30分なので、結構ギリギリ! 普段の山行でもこんな長い距離を一気に歩くことはないのでそれなりに脚に来ました。マメもできたしね。それにしても、老若男女取り混ぜて、ハイキングの潜在人口の多さに改めて驚かされた一日だった。 今回、しんちゃん、まみちゃんのコンビが正式にエントリーして出場しているはずなので、レポートはそちらから出てくるでしょう。乞うご期待!ということで。ではまた。 |
| 毎日が朝帰り
2001年4月20日
子供のことを考えて、少々方向転換することにした。PAでの起床を朝6時にして(今の宿は高速道路のPAなんです)、一旦家に帰り素早く入浴。子供に添い寝して15分ほどまどろみ、一緒に起きる。何事も無いように子供と朝ご飯を食べ、「パパ行ってらっしゃ〜い。」と、妻子に見送られ出勤する。毎日深夜に帰宅していた頃と変わらない朝。違いと言えば、週末家に父が居ないことだけか・・・(いや、これも同じかな)。 起床時間が1時間も早まり、体力的には結構キツイ。が、この位の譲歩は必要なのかもしれない。風呂代も助かると言えば助かる。それにしても・・・思いっきりおかしな生活。これが日常になったらテレビに出られるかもだ。 だいたい、「子供のことを考えて・・・」なんて言えば偉そうに聞こえるが、ちゃんと子供のことを考えている父親は絶対こんなことしない。思いっきりアダルトチャイルドチックな行動。誰に言わせても無責任な親。あの日の決心が無ければ、自分自身耐えられない。夫婦間の問題とは言いながら(あら?いつの間にそんなことに・・・)、こんな仮面状態が長く続くわけがない。よっぽどイカレていないと、こうはならない。 要するに、にん2はちょっとイカレてる。出口を見つけに来たのに、益々出口が遠ざかる。エスケープルートも無い。時間が解決などとも言うが、果たしてそれまで体がもつかどうか。四面楚歌!出口無し! とかなんとか言いながら、帰る時間を気にする必要の無い生活が、実はとっても楽しかったりする。今日は夜の街でどんな悪さをしようか・・・かつて無い開放感に包まれながら、深夜の首都高を走ったりしている。 まったくぅ・・・困ったものだ。 |
| 雨の夜の軒下
2001年4月19日
ここのところまとまった本も読んでないし、テレビも見てないし、無論新聞もとってない(笑)。カーラジオから流れるニュースで河島英五や三波春男の死を知ったりした。田中真紀子がやらかしちゃったようだが、顔も見ないでそのセリフを聞いても、なんだかどうでも良いことのようにしか思えない。もしかしたら、かなり無気力になってるのかな? そう言えば、溜まっている記録にも全然手がついていない。GWの山行も、今ひとつイメージが湧かない。 昨夜は雨がシトシト降っていた。気を紛らわせるために、ドライブ中子供を飽きさせないように後席に設置したビデオを見ようとしてやめた。「しまじろう」の家庭円満はちょっと今は厳し過ぎる。そう言えば、と、モニターをいじればテレビが見られることに気がついた。深夜放送のオスギとピーコのトークでちょっと笑った。雨の夜、パーキングエリアに止めた車の中でテレビを見て笑っている自分が、なんだか悲しい。 歯を磨いて寝ようと、トイレに向かう。午前2時。雨のパーキングの軒下に、何だか疲れた男達が異様に多い。長距離トラック乗りという風情の者はほとんど居ない。そのいでたちから、人となりが全く予測できない思えば奇妙な群れ。それぞれが別の方向を向き、タバコを吹かしたり、ケータイのメールに見入ったり、電話したり、寝たり、ただボーっと佇み雨を見たりしている。こんな時間にいったい何をしているのだろう? ライダーなら雨宿りということも有り得るが、見た所オートバイは一台も止まっていない。車なら、寝るなり、目的地にさっさと向かえば良いのに・・・。 トイレで鏡に向かい歯を磨く。口をすすいで顔を上げると、そこにも何者かわからない奇妙な群れの一人が写っていた。「あんたはここで、いったい何をしているの?」・・・呟いてみる。 彼等が待っているのは、夜明けなのだろうか? 雨があがって星が出れば、また走り出すのだろうか? その目的地で、あなたは暖かく迎えられますか? |
| 旅の朝
2001年4月17日
ナトリウムランプのオレンジ色に薄明の藍色が溶け合う頃 長距離トラックの鼓動と幽かな軽油の匂いに目が覚める 今日も一日がはじまるのだな・・・ この喧燥の朝を幾度越えただろう そしてこの先幾度越えるのだろう 人の営みはそれ自体が旅なのだと芭蕉は言った 日常と旅とのコントラストが波のようにさざめく朝 潮騒にも似た時間に静かに包まれている 君はまだベッドの中だろうか? どんな夢を見ているのだろう? その夢の中で僕は ミスキャストではありませんか? |
| 瀬音の森で・・・
2001年4月16日
サーバーの不調でご無沙汰しておりました。無事復旧致しました。今後ともどうぞよろしく。 この土日は、カヌ沈のオザキ隊長のご紹介で森林ボランティアグループ「瀬音の森」のイベントに参加してきました。今回は奥秩父の豆焼沢渓畔に植林をするということで、日頃(沢には)お世話になっていることだし、微力ながら力仕事のお手伝いができればなぁ、といった軽い気持ちだったのですが、集まって来た方々の層々たる顔ぶれに、我々などが口出しできることなどあろうはずも無く、本当に力仕事しかできなかった、と言うのが本当です。 イベントの経緯は瀬音のHPに譲るとして、東大演習林の研究員?の方に樹木について丁寧な解説をしていただき、日頃通り過ぎるだけであまり感心を寄せることのなかった渓の木々を違った視点で捉えるきっかけになったことは大きな収穫でした。 にん2にとって何よりの驚きは、そんな木々に情熱を寄せ、愛しむことのできる多くの人々の存在でしょうか。二日目には植樹した樹木の測定と地図作りを行ったのですが、生まれて初めて研究の資料作りというのをお手伝いして、その大変さに研究員の方の時間を厭わない地道な努力と熱意には、ほとほと頭の下がる思いでした。 何年、何十年かしたら、植えた木々が成長した姿を見る事ができる・・・ 木を植えるという行為の至上の喜びの一端を垣間見ることができて、何だか幸せな気分になりました。イベント主宰者の方々はもちろん、このような場をお教えいただいたオザキ隊長様、どうもありがとうございました。今後とも機会があればお手伝いして行きたいと思います。 ps イベントの途中で、夫の家出について緊急親類会議が収集されてさあ大変!! との情報あり。終了後、雁坂トンネルと高速を使って大急ぎで帰宅しました。この先果たしてどうなっちゃうのでしょうか。乞うご期待!と、言いたいところですが、家の恥をこれ以上曝してくれるなという一部の声もあることだし、この先はオフリミットにしようかな・・・でも他にネタもないし・・・ってオイオイ! ホント、にん2って、馬鹿ですよねぇ。 |
| 家出継続中
2001年4月13日
昨日からカウンターの上昇がすごい。もしかして皆さん家出のことが気になってます? ご安心下さい。家出継続中です。つくづく自分の日頃の趣味が便利なものだと実感していますよ。 キャンピングカーは寝る場所に困らないし、生活用具、水、着替え、山から帰ってそのままだったので、全然不自由がありません。これなら後1ヶ月は粘れるな(笑)。 取り敢えず今日は銭湯に行って洗濯をしよう。コインランドリーを使うのは何年振りかしら。こんなことならもっと早く家出しておくんだった。 色んな人の謗りを受けるだろうけれども、悪になることも善しとしたので、かつて無いほど澄んだ気持ちです。山頭火もこんな気持ちで放浪したのかな。 生活の閉塞感で悩んでいるあなた。これはお勧めですよ。 |
| 家出の夜
2001年4月10日
ちょっと家出をしてみた。仕事を定時で終え、携帯から「今夜は帰らない。」と家にメールを送り、そのまま行方不明。携帯の電源も切ってしまった。 早戸川林道の一番奥まで車で入り、河原で一人焚き火をしながら酒でも呑んでみようか、と思った。シャル・ウイ・ダンスではないけれど、子供が生まれ、家を買い、趣味を楽しみ、順風満帆に見える生活の中で募っていく閉塞感。誰かに羨望の言葉を投げかけられる度に、冷えて行く心の内に恐怖すら覚える。果たして、自分にとっての本当の幸いとは何なのか、じっくり考えてみたくなった。 贅沢なのかもしれない。せっかちなのかもしれない。身勝手なのかもしれない。けれど、連綿と同じことを繰り返す明日は、何も見えない闇をさ迷うことに等しく思える。自分も程なく不惑の歳を向かえる。その前に、何かを犠牲にしても青春の残照のようなものにもう一度出会いたい。世間体とか、体裁とかをかなぐり捨てた純粋な明日を見つめてみたい。自虐的?デカダンス?それもあるのかもしれない。忌むべきことなのかもしれないが、負荷の無い人生は、多分生きている価値が無い。 この夜、どこで何をしていたのかは、誰も知らない。本当に焚き火で酒を呑んでいたのか、実はキャバクラで気勢をあげていたのか、それともただ夜道を歩いていただけなのか・・・。いつか時期が来たら、知りたい人にだけこっそり教えよう。この夜の価値を誰もが肯定して受け止めるとは限らないが、自分にとっては珠玉であることに間違いは無さそうだ。 もう、走り出してしまった。走り続けなければならない。 |
| 山小屋の夜
2001年4月8日
早戸川水系の原小屋沢を遡行し、また蛭ヶ岳に登った。前回の中ノ沢から3週間が経過して谷筋の雪もだいぶ少なくなり、それに悩まされることもほとんど無かった。雷滝、ガータゴヤ滝などもしっかりシャワークライムし、敢えて遡行図を持たなかったこともあり、この時期としては結構充実した遡行ができたのではないかと思う。 今回は、大倉から尾根を登るパーティーとのミニ集中ということで、頂上の蛭ヶ岳山荘に集結し、生まれて初めて営業小屋に泊まった。蛭ヶ岳山荘は新築間も無いキレイな小屋で、設備も行き届いており、どこからも遠い蛭ヶ岳の頂上にいることを忘れさせるような快適な小屋だった。ただ、消灯が午後8時ということを除けば・・・。 普段、就寝は午前3時くらいという生活をおくっているだけに、なかなかそんな時間に眠れるものではない。酒の酔いにまかせて8時に床に入ったものの、案の定10時半頃目が覚めてしまった。周囲はすっかり闇と寝息の世界。しばらく転々としていたが、どうにも眠れず寝床を抜け出した。 暗闇の自炊室に出て一人で酒盛り。喫煙所も兼ねているので、同じように眠れないらしいおじさんがパラパラとやって来て話し相手にはなってくれるものの、それ以外は窓から差し込む月の光だけが頼りで、どうにも遣る瀬無く、あれこれ想いをめぐらしていたら、普段あまり呑まない日本酒を知らないうちに4合近くもやってしまう。こんなに酒に強かったかしら、と驚きながらも、不思議なことに一向に酔いが回らない。火の気も無く、4月とは言え冷え込む自炊室のせいなのか、はたまた他の理由なのか、山小屋の夜は、テントで耐える嵐の夜と同じくらい、長かった。 翌朝、名古屋からやって来たという20人近い賑やかな中高年の登山グループの楽しそうな会話を聞きながら、自分にもあんなふうに何の屈託も無く純粋に山を楽しめる日がやってくるのだろうか、などと考えながら、早朝の蛭ヶ岳山荘を後にした。 |
| 悪の帝王
2001年4月5日
人は何故苦しむのだろうか、と考えることがある。そんな時はふと、人の本質はやはり善なのかもしれないなぁ、と思う。自分の立場、周囲の人との関係、過去や未来とのスタンス、あらゆることに対してより”善く”ありたいと願うから、軋轢が生まれ、葛藤が生まれ、自分との際限無い闘争に苦しんでいる。年老いた父母は労らなければいけない。夫婦は愛し合わなければならない。子供は可愛がらなければならない。人のものを盗ってはならない。人を殺してはならない。自然は守らなければならない。etc・・・そこに存在する希望や、願いや、憎しみや、欲望や、もろもろの想いの狭間で、より善くあろうともがくから、胸に苦しみが生まれ、その苦しみに身を窶す(やつす)。そういうことなのだろう。 果たして、悪の帝王には生きる苦しみはあるのだろうか。発想を転換してみよう。まず最初に、全ての行動基準に”より悪く”を据えてみる。とにかく、目につくものは手当たり次第に殺し、破壊する。でも、巨大怪獣ならともかく、生身の人間ではすぐ射殺されちゃうからこれは無理だ。政権をとって独裁者になるか・・・でも、ヒットラーは悪の帝王だったかと言われれば、そうとも言いきれない。国を愛し、民に慈愛を注いだことも事実だからだ。では、ぐっとスケールダウンして、映画「復讐するは我にあり」の榎津巌あたりではどうか。う〜ん。確かに悪かもしれないけど、これはもう帝王じゃないな。悪の香車くらいか。それに、きっと彼も相当苦しんでいる。ダースベーダーだって、ルークとの絆を断ちきれなかったし。 悪に徹すれば、悩んだり、苦しんだりしなくて済みそうなことは容易に想像がつく。けれども、それがすごく困難なことも間違い無さそうだ。やはり、人は本質的に善なのだと思いたくなる。これを喜ばしいことだと捉えるか、単なる足枷と捉えるか、心の細道のそんないくつもの分岐に出会いながら、出口を求めてさ迷い続けるのが、人として生まれたものの宿命なのかもしれない。 最近、悪にならなければ越えられない壁もあることに気が付いた。善くあろうと思っている時にはとてつもなく高く見えた壁も、悪に落ちれば信じられないくらいに容易に越えられる。たくさんの人々の、夢や、希望や、願いを踏みにじり、それでも前進する。そんな権利や勇気が、自分にあるのかどうか、自問自答しつつも、懐中のナイフをそっと突き立ててみる。それを足掛かりに、一気に壁を飛び越える。 5年先、10年先、あるいはもっと早く、自分はきっと後悔するだろう。けれども、その後悔の中でしか見えない光もきっとあるに違いない。その時に泣いたとしても、同時に、人生においてなかなか見ることができないその光を見ることができた喜びに、打ち震えないとも限らない。そして、それを幸福と感じることもできるかもしれない。誰にも認められない、虫の良い考えかもしれないけれども・・・。 そんなことを想いながら、悪の帝王と自分の顔を重ねたりしている。 |
| 時々・・・
2001年4月4日
首が回らないのに、目が回る 分け入っても、分け入っても、抜け出すことのできない暗い薮で 時々、全てを投げ出して消えてしまいたくなることがある そんな日 遥かに、桜の花の散るのが見える ああ・・あの下まで、辿り着けるだろうか・・・ |
| 塔が立ちます
2001年4月2日
にん2の会社の裏は大きなお寺で霊園が分譲され一面の墓地になっている。会社の敷地と墓地との境はちょっと土手のようになっており、そこに何本も蕗の塔が出ているのを見つけた。だが、気付くのが遅すぎたようで、ほとんどが白い花を開かせてしまっていて食用になりそうもない。いわゆる「塔が立っている」状態だ。蕗の塔の天ぷらは好物の一つであるだけに、些か悔しいにん2であった。 さて、この話しをMSCCの女性のひとりにしたところ(敢えて誰とは言わない)「塔が立っちゃってて」というところで過剰に反応する。む〜、そうか。この言葉は女性のある状態を指す言葉でもあるんだったけ(どんな状態かも敢えて言わない)。 落語を聞いていると、よくこんな台詞が出て来る。 「ちょいと塔は立ってるけど、目がこうつ〜っと切れ長でオツな女だよ。」 昔から日常的に使われていた言葉ではあるのだけれども、最近はその意味があまり理解されていないらしく、人によってはキョトンとされたりするのだが、意味のわかっている女性にとっては一種の差別用語とも取れるようだ。 ここだけの内緒話しだが、MSCCの女性たちは世間的な基準で言わせると決して若くはないらしい。だがにん2が思うに、若さなどは相対的なものであって、年上の人間から見れば年下はみんな若いのであ〜る。ちなみに自分の年齢を高校3年生あたりにシフトして考えれば、3歳年下なら高一か中三、上でも女子大生、おお〜スゲエ若いじゃん、ということになる。 高年齢化が進んでいる山の世界では、この現象はより一層加熱する。30代などはまだ小娘、40代でやっと女性として一人前というところであろうか。従ってMSCCでは、彼女たちを「女の子たち」あるいは「若い娘さん」と呼んではばからない。皮肉や冗談抜きに本当にそう思っているのですよ。自分の経年変化による衰えを認めたくない逆説なのかもしれないけど・・・。 蕗にしろ、大根にしろ、キャベツにしろ、「塔が立つ」時というのは、一様に花を咲かせる時なのだ。決して何かが終焉を迎えたのではない。おそらく昔の人はその意味を良く理解し、女性が花を咲かせる時、つまり女盛りというような意味を込めてこの言葉を使っていたのだろう。少なくとも、にん2はそう思っている。 おりしも世は押し並べて春爛漫。桜花の散るより素早く時は移ろい、今日は昨日になって行く。人が存在できるのが過ぎ行く今しか無いのなら、その生において最も若いのは今この瞬間であろう。どうかその若さを無駄に過ごすことがありませんように、と、願って止まない。 |
| 湯河原の昼と夜
2001年4月1日
恒例のお花見クライミングへ行って来ました。週明け頃には晴天と出ていた天気予報が、一変して強烈な寒気団を伴った低気圧通過と相成り、あろうことか満開の桜の花びらに雪の降り積む花冷えの出発となってしまいました。 そんな訳で、初日の土曜日はクライミングどころではなく、にん2車の中での宴会で始まりました。取りあえずワインで乾杯。今回MSCC初参加のお二人の気さくで楽しいお人柄に助けられ、和気藹々の雰囲気の中多いに親交を深めることができました。それぞれのバンドル名も「にゃんチュウ」「アニちゃん」と決まり、これからこの名前がどんな記録を積み重ねて行ってくれるかとっても楽しみです。 午後いっぱい車の中で宴をはった後は、いつものように温泉へ出発。鉄板焼きでもう一度乾杯し、いつものようにカラオケへ。湯河原の夜は、外の花冷えと裏腹に、いつにも増して熱く盛り上がったのでありました。 翌日は一転して快晴。やや風は冷たいものの、お待ちかねのクライミングです。岩もぐんぐん乾き、大ベテランのにゃんチュウさんのおかげで、女性陣も様々な技術を体験し、とても有意義な時間を過ごすことができました。アニちゃんは5・11にも果敢に挑戦。しんちゃんは初リード(5・8)、まみちゃんは本物の岩での懸垂下降とフォローと、それぞれのレベルに応じた華々しい(?)第一歩を踏み出すことができました。 世の中に楽しいことはままあれど、良き仲間とお酒と歌、そして、ザイルで結び合い、互いの生を体と心で感じることの喜びは、なかなか得難いことだと再認識させられました。 渋滞を避けるため早めに帰ったケマ兄一家に対して、八王子方面組はしっかり渋滞に嵌まりながらも、ファミレスで打ち上げお食事会です。昨日初めて会ったのに、まるで旧知の友のようにお話をして、握手で解散となりました。山へ行くことはこういう集まりの大きな目的ですが、そこに「大好きな人と」という一文が入ってこそ、一般の山岳会とは違うMSCCらしさであり、存在意義なのかな、と帰りの道々考えながら車のハンドルを握りました。 にゃんチュウさん、アニちゃん。得体の知れない我々のような集まりに目を留め、接触して下さったお二人の勇気と、素晴らしいお人柄に、心から感謝いたします。これからも、どうぞよろしく。 |
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