「司法書士最前線・予防司法の担い手ー司法書士の将来像」
法学セミナー第556号116頁(日本評論社、2001年)
司法制度改革審議会の中間報告では、弁護士人口を大幅に増員すべきとされた。他方、不動産登記手続の改革については、ほとんど議論されていない。「市民のための法律家は」、大幅増員された弁護士だけで十分であろうか。規制緩和と自己責任が強調される今日、予防司法の担い手としての司法書士の将来像を提示する。
司法改革の議論で欠けているもの
わが国は、行政(官僚)による事前規制中心の社会から、自己責任に基づく法の支配の理念が実現される社会への転換が求められている、といわれている。そのこととの関連で、今回の司法改革の議論において、法曹人口を大幅に増加させることが不可欠であり、先進諸国でも法曹人口の少ないフランス並み程度を目標とする考えが打ち出されている(自由民主党司法制度調査会「21世紀の司法の確かな一歩―国民と世界から信頼される司法を目指してー」15頁、自由民主党司法制度調査会報告、2000年5月18日)。司法制度改革審議会においても、「5〜6万人程度の弁護士人口を目指す」(中坊公平「弁護士制度改革の課題―その2―(レポート骨子)―弁護士制度改革の論点(各論)―」、2000年2月22日)との提案がなされ、2000年11月の同審議会の中間報告においては、「計画的にできるだけ早期に、年間3、000人程度の新規法曹の確保を目指す必要がある」とされた。
さて、法曹人口の増員は、自立した個人を尊重する市民社会の確立に資するためのものであるから、当然、法律家は、自由・平等・独立の市民、すなわち、市民的法律家でなければならない。
同審議会の中間報告では、国民の司法へのアクセルの拡充のためには、まず弁護士へのアクセスの拡充を図らなければならない、との考えが顕著に示されている。したがって、司法制度の基盤の整備のためには、弁護士の大幅な増員をはじめとする弁護士改革が、第一の課題であることになる。
他方、司法書士の主要な職務であるの登記手続の分析および改革の議論はほとんどなされていない。むしろ、行政事務の簡素化と規制緩和の流れからすれば、司法書士の登記手続代理業務について、「硬直的な業務独占を唱えることは、極めて困難となっている」(小野秀誠「隣接法律職の新たな位置づけー特に司法書士の職域と法曹資格・養成―」市民と法第6号10頁、民事法研究会、2000年)とする指摘もある。
また、諸外国でも細分化した法律職を統合する流れにあり、将来的には、法律事務取扱に関する資格は弁護士だけにすべきだ、とする議論もある。
しかし、わが国の民事法が継受したドイツ法・フランス法などのヨーロッパ大陸法系諸国においては、弁護士の他に、予防司法と不動産公示(登記)の担い手として、ノテールが存在するのである(フランスの
notaireは、わが国の公証人のような特別公務員ではなく、司法書士と同様、市民に対して直接民事責任を負う自由専門職であるので、後者との混同を避ける意味で、公証人ではなく、ノテールとした)。それらの国においては、法律事務を取り扱う資格は弁護士だけではない。
ヨーロッパ大陸法系諸国における二大法律家(弁護士とノテール)
フランスには、29、396人の弁護士(「二一世紀の司法制度を考えるー司法制度改革に関する裁判所の基本的な考え方―(資料16)諸外国の法曹人口との比較」裁判所時報第1260号106頁、2000年2月15日)と、7、600人のノテール(1996年1月1日現在)(鈴木正道『不動産売買取引における司法書士の役割―フランスの公証人との比較においてー』69頁、日本評論社、2000年」)が存在する。ノテールの人数を、わが国の人口に引き直せば、約16、425人となる。それは、539人(2001年1月4日現在)のわが国の公証人とは比較にならない専門職の集団であり、17、134人(2000年12月1日現在)の司法書士に近似する。
ノテールは、ヨーロッパ大陸にあまねく存在する。ドイツでは、歴史的経緯に基づき各種の公証人が存在するが、合計すれば11、218人である(1999年1月1日現在)(小西飛鳥「ドイツの不動産取引における公証人の責任と義務」公証法学第29号90頁、日本公証法学会、2000年)。ベルギーでは1、218人、スペインでは2、050人、イタリアでは5、300人、ギリシャでは1、500人である(1992年版クセジュ文庫「公証人職」による)。
ノテールの地位は、公証権限を有し、市民の自己決定を尊重する自由専門職である。今日では、市民に対す助言者としての職務が強調されている(フランスのノテールの助言義務については、鈴木・前掲44頁以下参照。また、ドイツについては、小西・前掲70頁以下参照)。
ノテールの主要な民事責任は、助言義務に関するものであり、ノテールは、判例により重い民事責任を負っている。市民の側からすれば、ノテールに依頼すれば、自己決定の尊重を前提に助言してくれるので、安心であることになる。
登記手続と登記官の審査
司法書士の登記手続代理を「登記申請の代行」とし、その業務独占に否定的な考えの基底には、「登記は、登記官がするものであって、申請手続を誰がしても同じ結果にならなければならない。素人である本人も可能であり、登記官は、十分にそれに対応しなければならないのである」(小野前掲・11頁)とする理解があると思われる。
さて、不動産登記は実体的な権利関係に符号することが要請されることは、いうまでもないことである。わが国において、近年特に、自己責任と規制緩和が強調される傾向がある。もとより自由な取引は望ましいことであるが、不動産登記が不安定では、その自由な取引をもが阻害されてしまう。また、不完全な登記制度のため訴訟が頻発すれば、その社会的コストの増大は国民にとって耐え難いものとなろう。
登記は当事者の申請行為に基づき、登記官が審査して、実行されるので、登記の真正確保のためには、一見、登記官が実質的かつ徹底的に審査する制度が望ましいように思えるかもしれない。
しかし、「審査の方法としての裁判的審査主義は、不動産取引の迅速化と私的取引の自治とが強調される今日の世界ではほとんど採用されえない」(鈴木祿彌「不動産登記におけるいわゆる実質的および形式的審査主義について」登記研究100号17頁、テイハン、昭和31年)とされている。また、訴訟手続においてすら、国家は、私人間の生活関係には介入せず、紛争または利害の衝突の解決調整をするだけである。ましてや、登記手続において、行政官である登記官が私的取引に干渉することがあってはならない。
したがって、登記は登記官が実行するといっても、その審査は書面のみにより消極的窓口的に行われ、また、そのことはむしろ望ましいことである。
公署証書に基づく公示(登記)
不動産取引の自由・迅速と登記の真正確保の両要請に応じるために、ヨーロッパ大陸法系諸国が採用しているのが、公署証書に基づく公示(登記)である。すなわち、不動産公示の実行に際しては、私的取引に対する国家の干渉を排し、手続的な事項についての書面による審査が行われるだけであり、不動産公示の真正は、ノテールにより担保されているのである。
ここで誤解があってはならないことは、公署証書の作成者であるフランスのノテールは、実質審査権を有さないことである。
ノテールは、前に述べたように公証権限を有する自由専門職である。ノテールが公証権限を有するとは、ノテールは公権力の委託を受けた証人であるという意味である。したがって、ノテールは、その職務の公的な性格のゆえに、公序良俗に反するか第三者の権利を不正に侵害する行為でなければ、証書の作成を拒絶できない。つまり、当事者は、私的自治の原則に基づいて、ノテールの面前において自由な契約を自己責任で行うことができる。
ただし、ノテールは、法律家として、契約の有効性についてだけでなく、契約の実効性、すなわち、当事者の実質的な意思についても、助言しなければならない。それ故、当事者の意思は、ノテールの私的自治への介入ではなく、ノテールの助言によって、擁護されることになる。このことが、ノテールの職務には、公証権限と助言義務の二つの側面があるとされるゆえんである。ノテールの助言義務とは、当事者の自己責任と専門家の責任との調和をはかるものである。
この結果、不動産取引は、ノテールの立会のもとで行われている。
わが国の公証人制度の問題点
わが国の公証人は、前述のように、ヨーロッパ大陸法系諸国のノテールと比較にならないほど少数の職能集団である。公証人の地位としては、公証権限と公務員としての立場が強調され、市民的法律家、すなわち、自由専門職であるノテールとは際だった対照をみせている。
そのため、市民に対する法的な助言者としての役割が軽視されている。わが国においては、公正証書の作成に際して、ノテールが果たしているような当事者に対する助言活動は、司法書士・弁護士などが行っているのが実情である。
また、本人確認と代理人による公正証書の嘱託に問題がある。
公証人の本人確認は、本人の実印が登録された印鑑であることしか証明しない印鑑証明書の提出で足りるとされている(公証人法28条2項)。これに対して、ノテールは、「証明するすべての証拠書類」(写真付身分証書、パスポート等)の提示により、本人確認を行わなければならない(鈴木・前掲42頁以下参照)。
わが国では、代理人が白紙委任状に加筆し、公正証書が本人の意思に基づかないで作成される事件が絶えない。これに対し、ノテールの契約の有効性に関する助言義務は、代理人の代理権を調査することにも及ぶ(鈴木・前掲47頁以下参照)。
「所有権移転の登記原因証書を公正証書とすべきである旨」の立法上の提言がなされ、「その制度が実現した暁には、現在の定款認証とほぼ同じように登記原因証書たる公正証書の案文を司法書士の皆さんが起案し、それを公証人が点検・補正する形が一般的になろう」(山本和昭「公証人と隣接職域との協力関係―二十一世紀への展望―」登記インターネット2巻6号4頁以下、民事法情報センター、2000年)とされる。これでは、ノテールのように公証と登記手続を同一専門職により完結することができないため、国民にとっては二重の負担となろう。また、その場合には、実質的な本人確認・意思確認および当事者に対する助言は、定款認証と同様、司法書士が行うことになるであろう。
司法書士が現実に担っている役割
今回の司法改革の議論のなかで、司法書士の登記手続代理を、単なる「書類作成や提出の代理業務」ととらえるむきがある。これは、特に昭和53年の司法書士法改正以降の司法書士業務の専門化・高度化と、司法書士が重い民事責任を負っている判例とを無視するものである。
わが国の不動産登記の真正担保は、実質的には、司法書士によって担われているといえよう。すなわち、登記官の審査の方法は、書面のみに頼る消極的な窓口的審査であるが、司法書士の登記手続代理に際しては、司法書士には、司法書士法1条の目的規定と同1条の2の職責規定を根拠に、虚偽の登記を防止し、真正な登記の実現に努める職務上の義務があるとされ、その職責において、当事者に直接実体的な権利関係を確認する義務がある。
判例において、「登記申請について当事者を代理し、その登記申請書類の作成を業とする司法書士としては、虚偽の登記を防止し、真正な登記の実現に努める職務上の義務がある」(東京高裁平成2年1月29日判決、判時1347号49頁)とされ、司法書士としては、印鑑証明書だけによる本人確認では十分ではなく、また、代理人からの依頼の場合には、その代理権を調査する義務もある。この不動産登記手続における司法書士の義務は、前述の公証人の義務より厳しいものがある。
さらに、判例では、司法書士としては、「実体関係に立ち入り、当事者に対し、その当時の権利関係における法律上、取引上の常識を説明、助言することにより、当事者の登記意思を実質的に確認する義務を負う」(大阪地裁昭和63年5月25日判決、判時1316号107頁、判タ698号241頁)とされている。この助言義務は、ノテールが負っている契約の実効性に関する助言義務と同様、司法書士の市民に対する重い責任である。
そのため、不動産取引が司法書士の立会のもとで行われていることは、前掲昭和六三年大阪地裁の判例においても、公知の事実であるとされている。
要約するならば、不動産取引および不動産登記における司法書士の役割とは、当事者の契約と登記申請意思を確認し、当事者に法的な助言をすることと、不動産登記制度の専門家であることとである。
予防司法の担い手の必要―司法書士の認証―
わが国の司法制度の今後の課題の一つは、日本の人口に引き直すと約16、425人となるフランスのノテールが果たしている、予防司法の担い手としての役割、すなわち、公証権限を有する契約の作成者であると同時に市民に対する法的な助言者であり、不動産公示制度の専門家である役割を、誰か担うのかである。
司法書士の職責についてはすでに述べたが、司法書士には当事者の行為を認証する権限があるわけではないので、司法書士の意思確認が不徹底となる嫌いがある。また、意思主義において重要な契約を証する書面についての司法書士の作成権限は、必ずしも明確とはなっていない。
そこで、その予防司法の担い手は、官僚的法律家でなく、市民的法律家であり、かつ、前述のように実務としてノテールと同様な役割をすでに担っている、司法書士とすべきである。
すなわち、実務として現に意思確認を行っており、前掲判例により、「法律上、取引上の常識を説明、助言することにより、当事者の登記意思を実質的に確認する義務を負う」とされている司法書士に、不動産登記法の規定の基づき認証権限を付与することを提案する。司法書士の認証は、当事者の具体的な行為を確認し、証明することであると理解すればよい。別な言い方をすれば、司法書士は、当事者の行為の公的な証人となることである。
また、普通の人にとって、一生にそう多くはない高額な不動産取引は、自己責任で行われるのは当然としても、法律専門家の助言により、当事者の意思が擁護される必要がある。
具体的には、まず、契約の効果により物権変動が生じる我が民法において重要な、契約書としての登記原因証書に司法書士等による認証を要する、と不動産登記法に規定することである。司法書士が登記原因証書を作成した場合には、作成した証書の内容である契約全部を確認して認証すればよい。銀行等の金融機関の抵当権設定など、当事者が契約書を作成している場合には、再度それを作成することまでを求めることはできないから、「登記原因証書が作成名義人の意思によって作成されたことの認証」にとどめることになる。もちろん、認証を要する登記原因証書は、法律行為を確認する書面に限定される。法律家としては、当事者間の法律行為を確認することはできるが、物権変動の原因たる事実を認定することまではできないからである。
さて、フランスにおいては、証書の公示は、当事者の意思にかかわらず、義務であり、その義務はノテール等が負う。これに対して、わが国においては、登記は、原則として当事者の申請により行われる。また、売買代金の支払と登記協力とを同時履行とするなどによって、当事者間においては債務の弁済に準ずる意味をもつ、登記申請をなすことが、不動産取引の最終的な結着となっている。さらに、契約書がもともと存在しない、時効・取消等を登記原因とする物権変動は、少なくとも、共同申請の原則により、登記の真正を担保する必要がある。そのため、登記の真正確保のためには、登記をする決断ととしての登記申請意思の認証を要する旨をも不動産登記法に規定すべきである。
不動産登記法に司法書士の認証が規定されることにより、司法書士の原因証書の作成権限は明確になると同時に、当事者の私的自治を尊重したうえでの助言者として、より重い助言義務を負うことになろう。したがって、不動産登記および不動産取引における司法書士の関与は、登記の真正確保だけでなく、取引の安全に資することになる。
フランスのノテールは公務員ではなく自由専門職であるからして、特に、懲戒、研修、保険の全員加入について、司法書士制度を改革するならば、自由専門職である司法書士に認証権限を与えることは何らさしつかえないと考える。
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