| 映画「トップ・ガン」が人気を博してしばらく経った時期、スペハリ・アウトランをリリースしたセガがスゴいゲームを作った。それがこのアフターバーナーである。すぐに筐体に速度調整ギアの付いたIIが発表されているので、Iの寿命は恐ろしく短かったハズ。 何がスゴいって、最新技術を駆使した画面と筐体の織り成すその圧倒的迫力。低空飛行のF-14トムキャットを操作すると地面が物凄い速度で過ぎ去っていく、敵機やその放つミサイルも目にも止まらぬ速度ですれ違う...目にも止まらぬ速度故に見切りなどなく、ただ爆煙の中をひたすら進むだけのゲームであった。ワケが分からないウチにゲームは進行し、良いトコ3面、4面まで行けたら拍手という状態であったにも関わらず、あの迫力をもう一度体感したいがためにまた200円をつぎ込むという、筐体は正に金吸いマシーンと化していた。 その後しばらく経って、ようやくこのゲームのミサイルの動きがつかめるようになり、一生懸命弾避けをしながらのプレイもできるようになったのだが、やはりワケが分からなかったときの方がエキサイティングに遊べた気がする...スペハリ同様、最近ではこのゲームを筐体ごと置いてあるゲーセンはなくなってしまったのが寂しい。たまに普通の筐体でコンパネをムリヤリこのゲーム用にして置いてあるけど、とてもやる気は起きないね。 |
| 2001年度ハマッたゲームNo.3記念(?)。 ガンダムが出てくるゲームにロクなモノなしという認識は確かにあった。何せ作ってる会社が会社だったし...FC時代にすでに見限った会社なのだ。しかし、このゲームは違った。初プレイで面白いと感じた。慣れてくると4つのボタンで自由自在にMS(モビルスーツ)を動かせる爽快感もある。2対2対戦型にしたコトによって戦略的な奥深さが高まったというのはよく考えてある。 何より、各MSのバランスが絶妙。あれだけ多くのMSにそれぞれ個性的な特性を与え、どのMSにも一長一短があり選択肢を広げている。ここの部分はさすがにスト2のキャラバランス調整で実績のあるカプコンである。 ちなみにパイロットをガンダムの登場人物にすると、よくしゃべる。どのセリフもガンダムのアニメで使われた名セリフなんだけど、あのセリフは劇中のあの場面で言うからこそ価値が出るのに、こう乱発されてはシラけてしまう。弾を撃つたび、攻撃を食らう度にしゃべらせるのはちょっと閉口。もう少し控えて欲しかった。ちなみにBGMはアニメで使われた楽曲ばかりなのはオマケながらよろしい。って言うか、全部そうじゃない?これ。 待ちに待ったPS2版もなかなかよく移植されている上、AC版では味わえないお楽しみ要素も満載で満足満足。 |
| 長い長い前フリだよ(^^;) 小学生の時、一風変わった男の先生が担任だった。通称バルタン先生。こんな呼ばれ方をされるくらいだから生徒には人気があったし、今思えば単なるサラリーマン教師では決してなかった。 「授業止めて外で遊ぼうよ〜」という意見が多数を占めれば本当に校庭で鬼ごっこをしたり(一歩間違えれば問題教師のレッテルを貼られたかもしれないなあ)、「よ〜し今日はボクが一人で掃除当番やるからお昼休みは全員遊んでて良いよ」と言うと本当に汗だくになって一人で掃除をしてた。 そんなバルタン先生に「ばるたーん、ドラえもんの映画連れてってよ〜」と言い出したガキがいた。イヤ、もしかしたらMt.East本人だったような気もするが定かでない。その時に一緒に名乗りを挙げた計4人がバルタン先生とドラえもんの映画(のび太の宇宙開拓史)を観に行くコトとなった。 教師という立場上、特定の生徒とプライベートな交流を持つのは今だと問題になるかもしれない。第一、20代の良い若者が子供4人を連れてドラえもんの映画を観るなんて、普通したくないよな(^^;) 当時のドラえもん人気は凄まじく、新宿の映画館に着いたが2時間待ちと言われて結局映画は断念してしまった。その後マクドナルドで昼食をとった後、5人で喫茶店に入った。 へるぷーへるぷーばいばーい 喫茶店に置いてあったのがキング&バルーンである。ヘルプの意味も分からない子供たちではあったが、一瞬にして全員があの異様な声色の虜になり「へうぷーへうぷー」とマネをしたモノだ。 そしてバルタンはみんなに100円玉を渡して遊ばせてくれた。ゲームの内容は固定画面のシューティングで、王様が風船に連れ去られそうになると「へるぷー」。その風船を打ち落とせば復帰するが、救出に失敗すると「ばいばーい」と言いながら居なくなってしまう。 ストーリーなど今イチ分からないんだけど、あの王様を連れ去ろうとしてる風船は何なのか?宇宙人の乗り物?戦争中の敵国の乗り物?何にしても連れ去られた王様が無事で居られるハズがない。宇宙人だったら絶対解剖されるって。それなのに、微塵の危機感も感じさせない「ばいばーい」と言う、およそ王様らしくない声...実は当時としては声が出るだけですごい技術だったみたいなんだけど。 幼き日の思い出もばいばーい 当時の世相を知っているヒトなら分かると思うけど、ゲーム=悪、ゲーセン=不良の巣窟、の図式が成り立っていた時代のハナシである。ドラえもんの映画を観損なったのは子供心に残念だったが、それ以上にバルタンと新宿に出かけ、先生のおごりでゲームを遊んだあの思い出は忘れることはないだろう。 キング&バルーン、このゲームそのものには思い入れはあまりないけど、常にあの鮮烈な思い出と共にあるゲームなのでした。 |
| あのスト2の前編。略語は「スト1」になるのかなぁ?基本的にリュウしか使えない(対戦時ケン使用可)。波動拳や昇竜拳の存在だけがインストラクションカードに書いてあって出し方は書いてないモンだからみんなで必死にヒミツのコマンドを探ったものだ。操作系はボタンを押す強さによって出る技が変わるという独特のもので斬新だったけど、腕が痛くなる上にスト2のような繊細な弱中強の使い分けができず、今イチかも。 それなりに話題になった、まあ普通のヒット作。後に6ボタンのスト1筐体が登場し、そのボタンの多さには驚いたものだけど数年後のスト2ではそれがスタンダードになってるので分からないものである。 煌く千円 スト1の思い出について語る。ここはスペハリ(スペースハリアー)のレビューにも登場させた悪友Fに再度ご登場いただく(勝手な)。スペハリでも書いたけど、悪友Fと遊んだ場所はやはり新宿。ゲーセン通いでバカスカ遊びまくってたFと、金もそんなにないのでプレイ時間より観戦時間の方が多かった普通人のMt.East、スト1の腕は圧倒的にFが上だった。 そこでFの提案(?)。曰く「オレに買ったらこの千円をやるよ!」 そして独特のアップライト型コンパネの上に載せられる漱石。普通、賭けというものはお互いのリスクとリターンの釣り合いが取れて初めて成立するモノだ。それを0対100で賭けようと言うのだからよっぽどMt.Eastに負ける気がしなかったのだろう。しかも千円と言ったらアータ、大金ですよ。イヤ、百円すら大金だった子供の感覚で言えば千円はむしろ激金(謎)。 しかし勝負事は分からないものである。Mt.Eastは善戦し1勝1敗で迎えた3本目、それなりにFを追い詰めたMt.Eastは故意か過失か定かではないが(え〜)波動拳を発射した! 「あ〜っ!てめー!ここで波動拳出すかよ信じらんねー!」 そう、波動拳は強力すぎる(その上、避け辛い)技なので暗黙の了解で使わないことになっていたのだ。波動拳はヒット。勝った!...そう思った瞬間、残っていた。そう、数ドットの体力が残ってしまったのだ。Fは負けじと波動拳を繰り出してきた。そこにあるのは金欲と憎しみのみ。千円さえ手に入るならこれが原因で断交しても構わないと、友情の欠片すら失われていた。イヤ、むしろ最初から友情なんてなかったのだ。単にゲーセンに連れだってるだけの間柄じゃないか。って言うかもう、何だかよく分からんがとにかく目の前の千円を入手するのみ。 こんな感じで邪悪に満たされたMt.Eastのハートはしかし、敗北に打ちひしがれる。惜しくも負けてしまったのだ。その後2人が本物のストリートファイトを繰り広げたかどうかは定かではないが、イヤ、そんなワケねー。とにかくまあ、そんな思い出のゲーム。 |
| '80年代のセガには名作が多いが、その中でもMt.Eastにとってセガと言えばこのスペハリである。 ある日、Mt.Eastは悪友Fと新宿に映画を観に行った。特にお目当ての映画というのはなく、単に遊びに出掛けたようなモノなので新宿に着いたら最初はブラブラしていた。その頃は新宿で遊ぶと言えばゲーセンしかあり得なかった。そして、ゲーセンに入ってから悪友Fが乗り込んだ筐体がスペースハリアーであった。 それがMt.Eastとスペハリとの出会いだったのだが、初めて見るその画面には息を呑んだ...!妙なメカやら生き物が次々と迫り、襲ってくる不思議な世界観、独特の浮遊感、そしてスピード感など、全てに鮮烈な衝撃を受けたモノだ。後になって聴くコトができたBGMも名曲である。また、当時はあそこまで動く筐体というのも珍しかった。最近になってまた動く筐体を見掛けなくなってしまったのは寂しい。 さて、ひとしきり楽しんだ後Mt.Eastと悪友Fはこれから観る映画を物色していた。Mt.Eastは何がなんでも「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が観たかったので一生懸命主張したのだが、悪友Fも負けじと「ランボー(1だか2だか忘れたけど)」が観たいなどとぬかしやがる。お互い一歩も引かぬ言い合い...「コイツには何を言っても考えを変えられそうにないな」...2人は悟った。そして、公平にお互いが譲歩する道を選んだのだ。 「こうなったら、2人とも観たくない映画を観よう!」(我ながら理解不能) そして二人で選んだ映画が ドン松五郎の冒険(うわぁ・・・)。 もう少し選択肢もあったような気もしたのだが、何故か成り行きでそうなってしまったのだ。Mt.Eastはその1年ほど前に学級文庫で原作を読んでいた(「吾輩は猫である」の犬版みたいな内容。人間の生活風景を犬という客観的視点から見つめていた。そこそこ楽しめた。)ので内容は大体想像できたのだが、ファミリー向けにかなりアレンジされた内容になっていてかなり白けてしまった。 ...で、何だっけ?あ、そうだ、スペースハリアーだった...ま、良っか(ちゅどーん!)。 |
| タイムパイロットだっけ、タイムパトロールだっけとかなりアヤフヤな記憶だったけど、調べてみるとパイロットが正解らしい(^^;) このゲームも、駄菓子屋またはおもちゃ屋に置いてあるアップライト筐体とセットの印象がある。 ゲーム内容は、ワラワラとやってくる敵機を高性能の自機が打ち落としまくるシューティングで、変わっているのは自機の動き。通常のシューティングのような平行移動はできず、クルマがステアリングを切るが如く進行方向を変えながら360度好きな方向に進む。画面は自機を中心としているので奇妙な操作感がある。 ゲームの名前が示すように、(多分)未来の高性能戦闘機が各時代でゼロ戦(?)やトムキャット(?)を相手に戦闘を繰り広げたり、たまにパラシュートでフワフワ浮いている仲間(?)を救助したりするが、一体何のための戦闘なのかは知らない(^^;)。舞台設定とかも全然知らないんだけどツッ込み所満載な予感。後の時代になるともうUFOなんかも出てきちゃって、これが相当手強かったりする。敵機を一定数倒すとボス機の登場で、これに何発か弾を当ててやっつけると次の面(時代)にワープする。このワープの効果が結構カッコ良いのだ。 難易度はまあ易しい方かな。弾幕を張れるほど大量に弾を撃てるので敵群に突っ込んでいっても結構無事。かなりの「なぎ倒し」系ゲームで、それなりの爽快感はある。昔のゲームなのでBGMもほとんどなく、駄菓子屋の暗く静かな雰囲気と相まって一層孤独感を誘う。イヤ、楽しいゲームだってば(^^;) |
| 2001年度ハマッたゲームNo.2記念(?)。 今回採用されたIDカードにより、勝敗が記録されるようになった。そうなると、今までたまにやる程度だったバーチャを一生懸命やってしまうのが不思議というか、単純にメーカ戦略に乗せられてるというか...ゲームの内容はさすがの出来である。今までのバーチャ変遷に比べてキャラ特性の変更点が少なめに感じるのは、単に技を知らないせいかな?ともあれ、今回のバーチャはいつもより爽快感が増したような気がする。やればやるほど奥の深さにハマれるんだろうけど、残念ながらそこまでやり込んではいない。 初めてVF4に触れたのはアキバのゲーセンの稼動開始日である。イキナリ3000円ほど使ってしまった。2勝14敗になった時はどうしようかと思ったけど、攻めて攻めて攻めまくる戦法に切り替えてからはしばらく5割の勝率を守っていた。借金12のまま120戦ほどこなした。ところがある日、10日ほどのブランクを経てゲーセンに行くと何故か全く勝てなくなっていた。この10日間で何が起きたのか...稼動初期段階で通用した攻めまくり戦法はすでに通用しない。だが、それ以外の技を知らないのだ。ワンパターンに攻めまくり、ことごとくスキを突かれ40連敗ほどした気がする。まるで何かに憑かれたようだった。 最近では多少技のバリエーションも増え、一瞬止まるなどのフェイントを駆使するコトを覚え、「たまには」勝てるようになってきた。早くPS2版を発売して欲しいモノである。あと1ヶ月... |
| テトリスの3D版である。どっかのおバカさんがやるだろうと思われていたゲームがやっぱり登場した。こういうのは往々にして失敗作が多いが、このブロックアウトはなかなかよく出来たゲームだった。慣れればそこそこ面白いのである。しかし、その慣れるまでがしんどい。普通はその域に到達する前に止めてしまうのだ。 3Dになったコトによってボタン1つで済んでいた回転がボタン3つになった。これだけで大パニックだ。2Dテトリスに慣れてくるとブロックの回転後の像が瞬時にアタマに思い浮かぶ。だからブロックが落ちる前に「ボタンを3回押してあそこに置こう」といった思考が出来る。 然るにこの3DテトリスはL字ブロックを裏返したいだけなのに上手くいかない。ハラホロヒレハレと慌てるうちに思い通りに置けなくなってゲームオーバー。ここである程度の慣れが必要になる。 さらに2Dテトリスと違って断面が分からない。2Dテトリスは隙間の上にフタをしても、その隙間がいつでも把握できるから、復活テクニックも奥深いものとなる。 然るにこの3Dテトリスは穴の上にフタをしてしまうと、どこが隙間だったか記憶していないといけない。慣れの問題とは別次元だろう。1段程度ならともかく、2段分の隙間を記憶なんてもうできない。 2Dテトリスと違って何段目なのかがよく分からない。2Dテトリスは断面が見えるから何段目まで積まれたかも一目瞭然。 然るにこの3Dテトリスは積まれたブロックの色で高さを判断しなくてはならない。かなり慣れが必要になる。底の3段くらいならまだしも、4段以上の高さになるともうお手上げ。 結局このゲームの攻略は1段1段を確実に消すことなのだ。2Dテトリスのように深い穴に棒を差し込んで複数段消すなど、危険すぎて狙えない。落ちモノゲーで一番爽快感を生み出す複数段消去や連鎖などがないので地味になる。 やっぱり失敗作には違いないのかな... |
| 何?マリオブラザーズの誤記じゃないのかって?イヤイヤとんでもない。沢山遊んだ、思い出のゲーム。マサオブラザーズと言っても立花兄弟ではない<誰も言ってないって 最近は激減しているようだけど、Mt.Eastが子供の頃は大抵どこの学校の帰り道にも駄菓子屋というモノが存在した。子供にとって、ナケナシのお小遣いを使って買い物を楽しむ場所でもあり、また、コミュニティの溜まり場として、あるイミ子供の生活に溶け込んだ存在でもあった。 Mt.Eastの住んでいた近所にも、物心ついた頃から利用していた駄菓子屋があって、アップライト型(プレイヤーが立って遊ぶタイプ)の筐体が置いてあった。この駄菓子屋にはテキトーなゲームが入っては一定期間で他のゲームに切り替わっていたのだ。 そんなある日、この駄菓子屋にマリオブラザーズが置かれた。Mt.Eastを含む近所の子供たちはこのマリオブラザーズをやりまくったのだが、みんなお菓子を食べた汚い手で遊ぶせいなのか、そのうちにボタンの利きが悪くなってしまい、ボタンを強く叩く必要が出てきた。んで、みんながボタンを強く叩いたせいであろう、今度は緑の火の玉がフラッシングを起こして画面上から見えなくなってきたのだ。火の玉が見えなくなってはこのゲームは成り立たない。そろそろみんなの足も遠のくのかと思ったそのとき、フとMt.East少年が気付いてしまったのだ。 ...え?MASAO?!MARIOじゃなくて? 英語なんか分かるはずもない小学生、だが、ローマ字を習っていたおかげでタイトル画面を読む程度のコトはできたのだ。デモ画面のキャラ紹介を見てもマサオになっている。良く見ると2P側もルイージではなくコージだった<笑えない... ああ!あろうコトか、今までマリオブラザーズと信じて遊んできたゲームがパチモンのマサオブラザーズだったなんて!と言いつつ、しばらくは「マサオブラザーズやりに行こうぜ〜」が合言葉となっていたのだから大したモンだ。子供たちにとって、見えない火の玉がクセになっていたようだ...駄菓子屋には子供たちが勢い良く筐体を叩く音がいつまでも響き渡っていたとさ...<なんか絵本童話みたい(^^;) |
| ゲーセンに行くようになってからしばらくは、いろいろな友人とマリオブラザーズとアイスクライマーばかりやっていた覚えがある。やはり2人協力プレイの楽しさは格別なのだ。それにしてもこのゲームはホントによく考えられた名作だ。カメ・カニ・ハエ、どれも個性的でこれら三位一体の混合攻めに加え、氷・つらら・火の玉・コイン・POWボタンの存在によって一見狂騒的な画面の中に深いストラテジーが存在する。味方のピンチをPOWボタンで救ったり、間違えて味方を死なすハメになったり、お互いの行動が相手に影響を及ぼす度合いが強い分、アイスクライマーなどの他の2人同時プレイゲームに比べて、プレイを通じたコミュニケーションツールとしても優れている。まさしく、2人でプレイするためにあるゲームなのだ。 ある日、いつもの如く友人とゲーセンでマリオブラザーズをやっていた。ゲーム慣れしていない初心者によく見られるのだが、レバーを右に傾ける際に、釣られて体まで右に傾けてしまうコトがある。ゲームが始まった瞬間、マリオの友人は体を右に傾け、ルイージのMt.Eastは体を左に傾けてしまい、結構な勢いで二人の側頭部がゴッチンコしてしまった。普段は体を傾けたりなどしないのに、どうして今日に限って2人とも?これは天変地異の前触れかもしれない(<アホ)などと話していたかどうかは定かではないが(何じゃい!)その時...ゲーセンにラピュタの雷(いかずち)が炸裂した! あんたッ!こんなトコで何やってんのッ! 巨神兵の咆哮にも似たその声の主は、ツカツカとある台へ歩み寄り、Mt.East達と同い年くらいのプレイヤーの耳をつまんだ。ジャイアンの母ちゃんが実在したとしてもこれほどの迫力が出るのかどうか...「いつも塾サボってこんなトコで遊んでたの!」声の主は、プレイヤーを引きずりながらゲーセンの店舗が振動するほどの剣幕で何やら喚きながら去っていった...そして嵐が過ぎ、後に残ったのは血の気の引いたゲーセンプレイヤー達と、空しく響き渡るギャプラスのゲームオーバーの音だけだった(分かるヒトはアタマの中で演奏してね)。ま...まあ、そんなワケでこのゲームは楽しいなと(^^;)。緑の火の玉を飛び越えられるポイントと潜り抜けるポイントを把握し、慣性ジャンプ(一番下のフロアからPOWボタンに乗る時に使うテクニック)などを覚えればガンガン先まで進める。 注)ホントはここから受験戦争の弊害についてダラダラ書いたんだけど、なんか蛇足っぽいので削除しました。 |
| ミスタードゥ。そんな名前のヒトがホントにいるのかどうかは分からないけど、とにかく謎なピエロが主人公。駄菓子屋のアップライト筐体で遊びまくった思い出のゲームたちの1つ。Mr.Do!の画面や音に触れると(そんな機会はほとんどないが)あの頃の風景が思い出されるのだ。 パッと見た目はディグダグのパクり。がしかし、遊んでみると単なるパクリではない奥深さに気付く。ディグダグからMr.Do!への軌跡は、インベーダからギャラクシアンへの進化を彷彿とさせる。 そんなワケで(?)、ここではディグダグとの違いにスポットを当ててこのゲームの魅力について語りたい。 違いその1 ステージクリア条件が1つではない(3つかな)トコロにディグダグとの大きな違いがあり、このゲームの戦略性がある。大抵はディグダグ同様、敵全滅でクリアするんだけど、特殊な敵を倒すコトによって文字を集めるEXTRA(いわゆる1UP)を狙うコトも多い。EXTRAに成功すると鉄腕アトムの主題歌メロディが流れるけど、版権とかどうだったのかなあ(^^;)。 違いその2 武器がボール。一度手を離れると通路を跳ね回り再度キャッチしないと発射できない上に、敵を倒すとしばらくボールが手元に戻らないので、ディグダグのように次々と倒すようなマネはできない。攻撃のタイミングが重要になってくる。 違いその3 リンゴ。ディグダグにおける岩のような存在だけど、1段だけ落としてから押すコトができる。この「押す」という行為が攻撃の幅を広げている。リンゴを縦穴に半分だけはみ出させて敵を待ち伏せるのが楽しい。ディグダグに比べて敵が潰れやすい(ワナに引っ掛かってくれやすい)ので気持ち良いし。 違いその4 画面中央のお菓子を取ると画面の色使いが変わって敵の動きが止まり、代わりに強力な敵が出現する。この間は武器のボールが次々と手元に戻ってくるので、敵を倒しまくるチャンスでもある。 EXTRAの文字集めにも関わってくるし、このお菓子を取るタイミングがすごく重要だったりする。 こうして書くと、なんかディグダグとの違いこそがこのゲームのウリにも見えてくるなあ...断っておくけど、このレビューはディグダグのゲーム性に関して何ら否定するものではないからね(^^;) とにかく楽しいゲームなのでオススメ。どういうワケか、かなり後になってからSFCで発売されたようだけどこちらはよく分からない。FCで出てればなぁ... |
| 前方と真上に弾を発射できる6輪車が月面を走る。上空には何故かUFO群、前方は落とし穴と岩のオンパレード。落とし穴をジャンプで回避できるすごい乗り物だ。時間内にゴールすれば面クリア。 それにしても、岩に激突するのはまだしも、落とし穴に落ちてハデに爆発するのが納得いかないよね。穴も岩も迂回すれば良いのにとミもフタもないコトを言ってみたくなる(^^;)。 ムーンパトロールと縁日の苦い思い出 ある休みの日、近所の商店街で縁日があった。当時小学生だったMt.Eastはまだ幼稚園にも行っていない幼い弟を連れて縁日に行くことになった。両親からは「無駄遣いして全部使ったりしちゃダメよ」などと言われ2000円ほどを渡されていた。 ところが、しばらくウロついているウチに弟とはぐれてしまった。弟が幼いとは言えここは勝手知ったる商店街、迷子になることは無いだろうとタカをくくり、Mt.Eastはゲーセンへと足を運んでしまったのだ。そこにあったのがムーンパトロールである。 弟は大丈夫かいなと一抹の不安を感じながらも、ムーンパトロールに次々と100円玉を注ぎ込んでアッという間になくなってしまった。カネが尽きれば後は家に帰るだけ。 さて家に着くと弟は普通に帰宅していた。が、当然待っていたのは両親の怒号であった。曰く弟をほったらかしてどこをフラついてたんだ、と。さらにカネも使い切ったことを白状するとこれまた当然、一体何に使ったのか、と。ゲーセンで遊んでましたなどとはとても言えない雰囲気。その後のやり取りは覚えていない。 普段なら親に怒られてもある程度はケロッとできるモノだが、この時ばかりは自分が何か最低なコトをやらかしたという自責の念が強く、珍しく反省していたものだ。 ムーンパトロールと責任を果たすというコト 2004年になってアキバの某ゲーセンにてこのゲームを見つけたとき、両親に厳しく問い詰められ、なまじ自分が悪いコトが分かっているだけに冷や汗の出る思いをしたあの苦い記憶が蘇ってきた。あれは、責任というものを学んだ日だったかもしれないなあ。 |