Mt.Eastとあのゲーム(FC編)



ファミリーコンピュータ
 当時、スーパーマリオの発売を契機にファミコンの人気が爆発的に上がっていた。もちろん、それ以前からファミコンのNo.1ゲーム機の地位はすでに確立してはいたけど...
 Mt.Eastの「ファミコン欲しい熱」もこの頃一気に燃え盛るのだが、実際これはスーパーマリオとは無関係のモノであり、単にアーケードの移植が魅力的だったからにすぎない。現に、Mt.Eastは後に自分でスーパーマリオを購入するまでプレイしたコトがなかったのだ。
 さて、ファミコンを買う金など当然持ち合わせていないMt.Eastは親にねだるコトになるのだが、お決まりのパターンで親はそれをヨシとしない。とは言え、毎日の様にファミコンをねだられてはさすがにかなわないと思ったらしく、ある条件を出してきた。それは、「次の中間テストでクラスで一番になるコト」。特別勉強しているワケでもなし、40人以上いるクラスで10位以内に入れるかどうかが良いトコといった、当時のMt.Eastの学力からすると、これはかなりムチャな条件であった。
 Mt.Eastは大事な試験勉強期間の初日、勉強そっちのけで予定表を作った。時間ごとに科目を均等に割振り、60分勉強して10分休むというオーソドックスながら細かな予定表だった。何せ、勉強をするというクセが付いてない人間である。こんな予定表が本当に役に立つのか、そして予定表通りに勉強なぞができるのか...
 ところが、そんな不安を忘れるようにMt.Eastは予定表通りに規則正しく、各科目を均等に勉強した。自発的に予定表を作ったのは後にも先にもこの時だけだ。その成果があったとはあまり思えないのだが、取り敢えず後にクラストップを担任より教室掃除の最中に知らされる。「でも、学年での順位はかなり低いわよ」の一言を添えられて。そうなのだ、学年順位は大して上がってもいないのにクラス順位が上がったのだ。ちょうどその中間テストだけ、クラスのみんなが不調に陥るという、マンガでもあり得ないような、正に奇跡が起こったのだ。隣りで聞いていた友人は「すごいじゃん!すごい、すごい!」と「すごい」を連発していたが、それだけ Mt.Eastがクラストップを取るコトなど思いもかけないコトだったのだろう。ちなみにその友人は数学で零点を取っていた。実際に零点の答案を見るのは初めてだったので、そっちの方がすごいとMt.Eastは本気で思っていた。

 ま、そんなこんなでファミコンを手にした少年Mt.East、それ以後はまた勉強ギライの、ごくフツーの中学生に戻ってしまいましたとさ...(T_T)



アフターバーナー
エンジニアはチャレンジ精神が大事
 プロジェクトXというエネッチケーの番組をご存知だろうか?
 イヤ、知らないヒトの方が少ないと思うんだけど...主にエンジニアの皆さんが困難に立ち向かいながら最後には画期的な商品を開発しハッピーエンドとなったエピソードを集め、ドキュメンタリー形式で紹介する人気番組である。会社にナイショで開発なんてのもよくあるエピソードで、横領まがいの行動も勝てば官軍といった趣だ。

 ファンタジーゾーンの移植が結構な成功を収め気を良くしたのか知らないけど、サン電子(後にサンソフト)が相当ムチャなチャレンジをしたのがこのアフターバーナーだ。まさしく、プロジェクトXで取り上げられるくらいのチャレンジ精神がなければこんな企画は通るまい。当時のファミマガ(1989年 No.2 P22)の記事にも「どこまで表現できるのか」という記述があり、専らフォーカスはそこにあった。本作の3ヶ月ほど前にタカラからスペースハリアーの発売があり、さらに2年ほど前にはアウトランのFCアレンジとも言うべきハイウェイスターがスクウェアより発売されていることから、アフターバーナーもイケるのではないかとの判断が働いたのだろうか?実際はスペハリは論外なゲームだけど。

取り敢えず遊んでみた
 友人の家で徹マンをした時に初めて触れたのがFC版アフターバーナーだった。発売から4年以上は経過していたと思う。時代もすっかりSFCに移行した後に触れたアフターバーナーは思った通りのデキで一安心(?!)。やはりムチャでしかなかったのだ。あのサウンド、あのスピード感、あの迫力、どれを取ってもFCのポテンシャルを引き出しそれなりによくできてはいたが、やはりアフターバーナーと呼べる代物ではなかったのだ。

地上の惑星
 ツバメよ高い空から...イヤ、いくらツバメでも恒星ではない惑星は見つけることはできまい。アフターバーナーは、見事地上の星(4等星位か?)となったFC版ファンタジーゾーンの傍らでひっそりと公転する惑星となったコトだろう。まあしかし、あのアフターバーナーをFCで再現してみたらどんな風になるのか?というゲーマー的好奇心を満たすコトができた功は大きい。こうなると、拡大・縮小機能のあるSFC版アフターバーナーというのも遊んでみたくなるのだ。
 ちなみに「アフターバーナー」という名前ではあるが、アフターバーナー機能があるのでAC版アフターバーナーIIの移植である(こんがらがってくるなあ)。



いただきストリート〜私のお店によってって〜
双六(すごろく)ゲームのデジタル化について
 人生ゲームなどもそうだけど、お金をやり取りするすごろくは何かと面倒なのでTVゲームで収支計算や振込作業を自動でやってくれるのがお手軽で良い。まあ、お札の物理的なやり取りこそが楽しみだという考え方も納得できるんだけどね。
 いたストはモノポリーをTVゲーム化したものとよく言われているけど、Mt.Eastはモノポリーをやったコトがないのでそれについては何とも言えない。大まかなルールとしては、他人の持ち店に止まるとそのヒトに買い物料を支払う、一番早く目標金額に到達したヒトの勝ち。というシンプルなモノではあるけど、同一地区の店を持つコトによって相乗効果で買い物料や増資額が上昇したり、戦略面ではかなり奥が深い。
 いたストはルールや戦略については丁寧な解説が用意されているのと、最初のマップが実戦形式のチュートリアルになっていてすぐに入り込めるようになっている親切設計が嬉しい。

魅力的なキャラクターたちに尽きる!
 元来すごろくはパーティーゲームだ。ゲームそのものの楽しさも大事だけど、それと同等にみんなでワイワイ言い合いながら楽しむという、コミュニケーション要素も重要なのだ。いたストで言えば、他人が自分の店に入り高い買い物料を支払った時に、その相手が本気で悔しがってこそこちらも楽しくなるというモノだ。
 そんな相手を務めてくれるのがいたストのCPUキャラクターたち。様々な性格のキャラが用意されていて、非常に人間味溢れる反応をしてくれる。多額の買い物料を振り込めば大喜びするし、高いお店を作ると戦々恐々としだしたり、破産寸前になると投げやりな言葉を吐いたり、とにかくキャラ設定とセリフ回しが絶妙でいたストの楽しさを何倍にも増幅してくれる。コミカルなBGMも飽きさせない。
 また、キャラデザインは濃い絵柄でキャラ立てに一役買っている。続編のいたスト2のキャラが薄いので余計に1のキャラの濃さが貴重に感じられる。

いたストは人生の縮図だ
 スタート時は当然全員が同じ金額を持ってスタートするんだけど、そこはすごろく、サイコロの目の出方によって富める者、破産する者、悲喜こもごものヒューマンドラマが展開される。「コイツ、こうなるコト知ってたんじゃないの?!」と思うほど運の良いヤツや、勝負手がトコトン裏目に出る運の悪いヤツ、おみせを持たないクセに株だけで収益上げちゃうちゃっかり者、ニッチの独占を狙う者...毎回振るサイコロ運も大事だけど、ゲーム全体を大局的に捉えて勝負をかける時と場所を正確に見極めるウデも重要になる。

個人的嗜好を語る
 って、これだけ書けば良いような気もするけど...
 マップはハワイのニッチ産業が時に勝負のアヤとなる「アメリカ大陸」か、ルートの選択肢が多い「右半球」がお好み。特にアメリカ大陸でハワイを使って逆転する時の快感ときたら。
 キャラでは、男性陣ならしょうた、女性陣ならさゆりがお好み。ともみも良いんだけど、彼女には厳しさが足りなかったりする(^^;)。エンディングは勝率によって画像が変わるようだけど、2種類くらいしか見た覚えがない。
 しかし、思わず笑みがこぼれるようなゲーム向きのセリフ回しの妙、堀井雄二ってやっぱすごいんだろうねえ。

バブル経済の勉強にも
 いたストは小学校高学年くらいの子供に経済の知識を植えつけるには絶好の教材かもしれない。
 スタート時の手持ちは現金のみ、後はサラリーや買い物料などの不定期収入や配当・ギャンブルなどの臨時収入を得るだけなのに、いつの間にか資産総額ははるかにその上を行くのだ。これは取りも直さず不動産(おみせ)と有価証券(かぶ)を効率良く資産運用した結果だ。
 あちこちに不動産を持つのではなく、一地区内に固めて持つと増資額が増え、結果株価が高騰する。資金力さえあれば他人の不動産を無理矢理買い取ることもあり、一昔前に流行った土地転がし・地上げのメカニズムが分かる。さらに株価と連動させた”有効な資産運用”の何たるかを学ぶことが出来る(ホントかよ)。
 しかし、いくら資産価値が上がったとは言えお店自体には何の変化もないのだ。数字のお遊びで金額だけは増えていくが実質は何も変わっていないという虚しさを理解できればバブル経済崩壊の必然性にも納得できるだろう。



キャプテン翼II〜スーパーストライカー〜
 素晴らしいゲーム。Mt.EastにとってのFCベスト5に入るほどの出来だった。ただし、それはあくまでも「キャプテン翼」というマンガのストーリーをある程度把握し、なおかつ「キャプテン翼」というマンガを好きだからであって、「キャプテン翼」を知らないヒトがやったら、タダのサッカーシミュレーションに終わってしまうのだろう。(ちなみにMt.Eastは大学時代、マンガのハナシをしている時に、無意識に「キャプテン翼」のコトを「キャプつば」と口走って笑われたコトがある。「キャプつば」って言わない?言わないか...まあ、「ジョジョの奇妙な冒険」を「ジョジョきみょ」と呼ぶ子供よりはマシか...)
 とにかくストーリーがファン泣かせ過ぎのハナマル大賞である(何のこっちゃ)。そしてカッコいい音楽。全日本にボールが渡った時のBGM切り替えの瞬間は出色の演出。ゲームのウリの一つである、必殺技シーンも良く出来ている。「キャプつば」が好きなら絶対やるべき一本。このゲームのストーリーに比べたらジャンプのワールドユース編は何だか...

 ストーリーは中学生編で無念の打ち切りとなった原作の続きを楽しませてくれる。まずは師ロベルト率いるブラジルのサンパウロFC(ユースだけど)にサッカー留学した翼君が、ブラジルのリーグで優勝するまでを描いたブラジル編。ここに登場するキャラの中にはアルゼンチン代表やブラジル代表もいて、のちの世界編で敵となって登場するコトになる。ブラジル編の最後の敵はカルロス・サンターナ。ブラジル代表のエースである。ここで、後にジャンプで連載されるコトになる「ワールドユース編」に登場するキャラがすでに出来上がっていたのは興味深い。多分、作者が中学生編終了後に考えていた設定をここで蘇らせたのだろう。
 次の舞台は日本。南葛高校3年となったキャプテン岬太郎率いるお馴染みの南葛メンバーがまたまたお馴染みのライバル達を撃破して高校サッカー制覇するまでを描いている。大阪代表には早田君と中西君のコンビ、南葛高校2年生に新田君がいるなどの設定がファン心理を理解していて泣かせる。ゲームは岬君と新田君を中心に攻略していく感じになっている。翼君のいない南葛...これもまた良いモンです。設定としては高校1年時に日向君の東邦、新田君入学の2年時に南葛が優勝したという内容になっている。日向君の優勝もちょっと見てみたかったな。
 そして次が夢の対決、キャプテン翼君率いるサンパウロFC対キャプテン岬君率いる全日本。プレイヤーはサンパウロを操作し、全日本を打ち破るのだが、全日本メンバー全員が必殺技を持っていて、苦労させられる。
 その後世界の強豪を相手に全日本がワールドユースを勝ち進み、決勝でカルロス・サンターナ率いるブラジル代表を倒すまでに数々のドラマが盛り込まれている。全日本代表のキーパーは、能力値の高いだけの若林君よりも、多くの必殺技を持つ若島津君をレギュラーにするのが一般的である。もちろん、森崎君の出番はない。決勝の最後に「アルツール・アンチネス・コインブラ」という、ジーコの本名を持つ反則的に強力なキャラが出て来るのはご愛敬。

 ある日このゲームを秋葉原の店で中古バルク品として籠の中に発見した時に、そばにいた友人にこのゲームの素晴らしさを力説したら、そばでずっと聞いていたオッサンがそれを買って行った...オッサン、このゲームの良さが分かるのかなあ、分からんだろうなー。「だまされた!」とか怒っていたりして...



キングオブキングス
 FCソフトを大量に所有しているクラスメートから借りて遊んだのがこのSLG、「キングオブキングス」との出会いだった。この時一緒に借りたのが「マドゥーラの翼」と「チェスターフィールド」。こういう渋めのソフトというのは彼のようにソフトを大量に持ってる人間が買うのだなと思ったのでした。
 正統派ファンタジーの世界観とキレイなグラフィック、お手軽なゲーム内容、各ユニットの魅力があって借りた3本の中ではこれが群を抜いて面白かった。UIが洗練されていたのでFCというボタン数が少ないコントローラでも結構快適にゲームを進められる。

絶妙のユニットバランス
 初期段階ではゴブリン/ハーピー/エルフの所謂三竦み(みすくみ)状態を活用して攻略。
 次の段階から本番。ユニットを生み出せる魔法使い/僧侶、育てれば最強になる騎馬(ナイト)、ナイトの天敵で機動力に優れるグリフォン(お気に入り)などなど多彩なユニットが入り乱れて進軍する。
 惜しむらくは、ユニットが育って最強になる頃には戦いの趨勢が定まってしまい、せっかく作ったエースユニットも今イチ活躍の場がなくなってしまうトコロか。
 中盤以降はショボいユニットをガマンして資金を貯め、ドラゴンなどの強いユニットをドカンと投入した方が良いんだけど、コンピュータはちょっと非効率なユニット投入をしてくる。もうちょっと難度を高めて欲しいトコロでした。
 やはり対戦で熱くなれるんだろうけど、ついぞ対戦で遊ぶ機会に恵まれなかった・・・

目が、目がぁ〜・・・
 カーソル移動で画面の端に行くとマップがスクロールするのではなく隣のマップに切り替わる方式なので、広大なマップでユニットを動かすと頻繁に画面切り替えが起き、その結果非常に目が疲れるゲームになってしまっていた。この画面切り替えがこのゲーム最大の特徴とさえ思える。
 この目潰し仕様がなければもっと長く遊び込んだと思うだけに残念。

プレステで復活
 PSの「ナムコアンソロジー2」に懐かしのFCソフトとして収録されていて、リメイク版もそこそこ遊べる内容だった。最近フとやりたくなってアンソロ2を探し出しPS2で遊んでみたら戦闘でフリーズしてマトモに遊べないじゃん・・・PSオフィシャルサイトのPS2動作不具合リストにしっかり入ってるし!PS引っ張り出すかぁ〜?



グラディウス
 とにかくゲーセンでは有無を言わさずに一番人気だったね、このゲーム。Mt.Eastもご多分に漏れずかなり好きだったんだけど、何せカネのない子供だったモノで。ヒトのプレイを見るほうが多かったかな。当然上達もするワケがない。だからファミコンに移植されると分かった時はホントに嬉しかったよ。ファミコン雑誌の画面写真を眺めてワクワクしてた...思えば今はゲームの発売にここまでワクワクしなくなったなあ。やっぱトシのせいだろうけど、最近の小中学生は期待のゲームにあそこまでワクワクしてるのかな?

 発売日に早速手に入れて、もうその時は「家でグラディウスができる」だけで満足だったので画面、音楽、敵の動き、全てのヒョボさを受け入れるコトができた。まあ、ゼビウス以降はFC移植のヒョボさを覚悟するようになってたんだけど。

 しばらく経つと次々とオイシイ裏ワザが報告されるようになり(後にコナミコマンドという名を残すあのコマンド!)、Mt.Eastの腕も裏ワザに助けられてグングン上達し、最終的には自力で何周でもしてしまうのだが...今見るとヒョボさを誤魔化すための安っぽい裏ワザばかりって感じもする。まあ当時としては精一杯だったのだろう。それを考えると後に発売されたグラ2は2方向スクロールの実現、オプション4つ、巨大キャラ、ちょっと長くなったレーザーなど、かなりの進歩だ。

 ある日弟の友達のC.D君がウチに遊びに来た時に、グラディウスで遊ぼうとやり方を説明した。「その赤いザコキャラを撃つとカプセルが出るよ。」と、次の瞬間C.D君は「ザコなんて言ったらカワイソーだよー。」と真顔で言ってた!うおおぉぉ!なんて心優しい少年なんだ、C.D君!

 ちなみに家でグラディウスをするという夢は数年後のSFC版グラ3でちょっと、さらに数年後のPS版グラディウスデラックスパックで 90%実現されるコトになる...残りの10%?



スーパーマリオブラザーズ2
続編について
 概して続編と言うものの難しさは前作の踏襲度のバランスをどう取るかにあるだろう。つまり、前作とあまりかけ離れた内容であれば前作をもう一度遊びたいと思うユーザが不満に思うし、逆に前作と変わり映えしなければそれはそれでユーザが満足しないこともある。ユーザの満足度は別にして、変化と言う意味で前者の例として思い浮かぶのは「ソロモンの鍵」「ディグダグ」「ドラゴンバスター」「ゼルダの伝説」など、後者の例としては「ファミスタ」(これは変わらなすぎだけど)とか...まあ個人的主観に依るとは言えそれぞれ枚挙に暇はないかと。そもそも前作「スーパーマリオブラザーズ」が「マリオブラザーズ」の続編だとすれば、まったく別物のゲームに生まれ変わったとも言える。

 さて本作はあの超ヒット作「スーパーマリオブラザーズ」の続編であるが、ディスクという媒体故に開発コストを抑えたかったのか、どちらかと言うと前作と変わり映えしない続編となった。スーマリシリーズの大幅な進化は3まで待つことになる。ベースが面白いゲームなので2もそれなりに面白い出来にはなっていたが、あまり印象に残らなかったのも事実。印象に残らなかったので以降はスーマリについて語りたい。

まずカメ軍団について
 悪者クッパにさらわれた姫とそれを救いに行くヒーローという分かりやすい構図。カメ軍団は悪者の手先でありマリオの行く手を阻む存在なんだけど、どうにもそういう攻撃的な意思が感じられない。普通に歩いたりフワフワ浮いてるだけだったり。ハンマーブロスだって別にマリオを狙ってハンマーを投げてるとも思えず。そんな、普通に暮らしているだけの存在をマリオは敵とみなし、踏みつけ、炎を当て、殺戮しまくるのだ。これがヒーローの姿だろうか。ヒトの良さそうなヒゲという見た目に惑わされてはいけないのだ。

お次はキノコと巨大化について
 カメが敵なのは「マリオブラザーズ」を考えれば分かる。しかし、なぜパワーアップアイテムがキノコなのか、必然性が見えてこない。さらにキノコに含まれるいかなる成分が巨人化を引き起こすのか不明だが、気持ちの良いものでもない。あるいはキノコによる幻覚作用によって、うだつの上がらないチビオヤジが勝手に「ボクちゃん巨大化したもんね」などと妄想してる世界を投影したゲームなのかもしれない。その証拠に着ている物まで巨大化しているではないか。麻薬中毒患者が幻覚と妄想の肥大化により周りの人間に危害を加える例を考えれば、上記カメ社会の蹂躙虐殺も合点がいく。「魁!男塾」に登場したての大豪院邪鬼が巨大化して見えたのはその身の発する威圧感による錯覚とのことだが、マリオの笑顔からは当然そのようなものは微塵も感じられない。

さらに、マリオは泳ぐ
 服を着たまま泳ぐ。息継ぎナシで泳ぐ。普通に泳げばいいのに斜め上に向かって「浮く」か重力に従って「沈む」かしながらでないと泳げない。しかも水中で頭部が天井にガツンと激突した場合、必要以上に下に下がる。このもどかしさが何とも言えない。ええそう、クセになる。
 そもそもあれは海なのか川なのか?土管から入って土管から出て行くという構造を見るにつけ近所のドブ川か下水道のような気もしないでもない(そもそもマリオは配管工)。とは言え、イカやフグ(?)がいる以上、やはり海なのだろう。それも近海だ。床がない箇所では地の底まで引きずりこまれるが、あれは一体何なのか?近海に海溝があるとも思えないし、実は栓が抜けているプールで泳いでいるだけなのかもしれない。
 そして、あのBGMを改めてじっくり聴いてみると良い。いかにもラリっちゃってるオヤジの夢のBGMとしてピッタリだ。あの耳に残る調べが、キノコによる幻覚症状の作り出す世界を音楽によって体現しようと試みた結果のものであるならば、これほどの名曲は10年に1曲も出ないかもしれない。

余談だけど
 海外では「夢工場ドキドキパニック」のキャラをマリオに変えてスーマリ2として発売されているようで、これがスーマリの続編と考えられていると思うと少し寂しい。海外ではこの日本版スーマリ2をやる機会はないのだろうか...?



スーパーマリオブラザーズ3
 ゲームの代名詞にもなった初代、そしてディスクシステムでの発売となった2から大幅なシステム変更を行なっての登場。すごろくの様なマップを進み、全ての面をクリアしなくても先に進める点が前作までとは明らかに一線を画すものとなっている。そしてアクション面においても、タヌキマリオを始めとする各特徴を持ったキャラへと変身可能となっており、ファイアマリオの存在はすっかり影を潜めてしまった。また、甲羅やブロックを持ち運び好きなトコロで投げつけたり、空を飛ぶしっぽマリオの存在が、上下左右に広がる世界を自由自在に探検するというこれ以降のマリオシリーズの方向を決定づけている。
 
 坂を滑り降りたり、甲羅を持ったまま空を飛んだり。これはもう初代とは別のゲームになったと言っても良いかも。大体、画面の持つ雰囲気が全然違う。ブロックはキラキラと光っているし、コインはクルクル、ハテナブロックもしっかりアニメしていて、すごく賑やかな画面になっている。そしてノコノコやクリボーも大幅にデザインチェンジし、全体的にアニメチックで可愛らしいキャラクターになっている。巨大面でのデカキャラや、水面を上下する巨大戦艦などがプログラムの進化を感じさせる(特殊なチップは積んでいたのかな?覚えてないや)。

 ゲームの内容はアクションゲームの頂点を極めるのに相応しいデキで、膨大な数のアクションマップも良く考えられていて、個性的で多様なキャラクターも最高の演出。長く遊べる素晴らしい作品。ワープの笛を吹くとゼルダの音がするトコがニクい。Mt.Eastは当時このゲームはかなり極めた方で、ゲームスタートしてからクッパを倒すまでのタイムトライアル(最高は12分53秒だったと思う)や、カエルマリオでクッパを倒したりといろいろな挑戦をして遊んだ。思い出の一本である。



スパルタンX、ドンキーコングJr.、麻雀
 なぜこの3つがまとめて語られるのか。それは、この3本こそがMt.Eastが初めて買ったファミコンソフトだからである。

 ファミコン購入が決まったMt.Eastは、イソイソと新宿のヨ○バシカメラにファミコンを買いに行った。で、店頭でヨ○バシカメラの店員に「ファミコンください」と言ったら、返ってきた返事はなんと、「このリストの中から3本ソフトを選んで、それと一緒に買ってください」というモノだった。そのリストの内容は、明らかに古い売れ残りゲームばかりで、話題の新作ゲームなどは3本のソフトに加えて別に買う必要があったのだ。Mt.Eastの欲しいゲームは差し出されたリストにはなく、仕方ないので昔ゲーセンでやったドンキーコングJr.、ゲーセンでさんざん遊んだけど友人の家でプレイしてFC版のヒョボさに絶望したスパルタンX、もう1本はどうでも良かったので親をちょっとばかし納得させるために選んだ麻雀の3本を購入したのだ。
 ...今から考えると完全な違法販売と言える。が、当時はヨ○バシカメラに限らず、こんな理不尽なコトが当然のごとく行なわれていたのだ。 Mt.Eastの記憶によると、この所謂「抱き合わせ強要販売」が問題視された契機はドラクエ4の発売時だったと思う。

 さて、肝心のゲームであるが、取り立てて書くほどの思い出はないのよね〜。スパルタンXもドンキーコングJr.もすぐに飽きた。ただ、麻雀を親が遊ぶのを見て、麻雀のルールを覚えていったのは収穫だったのかもしれない...



スペランカー
 アクションゲームには難所と呼ばれる箇所があり、プレイヤーはそこで緊張感を味わいつつクリアする快感を愉しむ。難所の数だけ、そのゲームの楽しさがあると考えても良い。然るにこのスペランカーは難所だらけである。少し気を抜くとアッと言う間に死ぬので緊張の連続だ。あるイミ高密度なゲームとも言える。

ツタと同時押しの美学
 スペランカーの主人公(名前あるのかな?)が死ぬ要素として一番多いのはツタからの跳び移りだ。十字キーとAボタンの同時押しのタイミングがズレるとツタからズリ落ちて死んでしまう。ツタから目の前にある地面に跳び移りたいだけなのに、基本動作でここまで緊張感が押し寄せてくるゲームは珍しい。画面中に配置されたツタの全てがリスクファクターとなっているのだが、アクションゲームとして死ぬ場面ではないトコでアッサリ死んでしまうのでは一気に萎えてしまう。
 逆にこれさえなければスペランカーの難易度は格段に下がる。ツタからの跳び移りこそがゲーム性のキモ、そしてスペランカーというゲームの個性になっているのだ。その他スペランカーの死ぬ要因は数多くあるが、触れてはいけないモノに触れる、穴に落ちる、など、それらはアクションゲームとして許される内容だ。

 アイレムの公式サイトに行くと、スペランカー先生と言うすぐに死んでしまう教師の4コマ漫画が連載されていて、これが結構笑える。初めてスペランカー先生を見つけた時は2、3個しかなかったが、あれから随分増えているようだ。一読をオススメしたい。
 とは言えアイレムはスペランカーの発売元であり、実際の製作はブローダーバンドという会社だ。この会社については語りたいコトが山ほどあるがそれは別の機会にて(^^;)。

出会いと別れ
 84年頃だろうか、ラジコンカーが一部の小中学生の間でブームになっていた時期があった(テレ東のRCカーグランプリという番組が懐かしい)。 Mt.Eastもお年玉などを使い、2万円以上もするタミヤのラジコン一式を買って近くの公園で遊んだりしていたのだが、1、2年くらいで飽きてくる。そこで他のラジコン仲間に3000円くらいで売り飛ばすコトになった(ちょっともったいない)。ところが相手は2500円しか持っていなかったのだ。代わりに渡してきたのがこのスペランカーである<ヲイヲイ。

 最初は爆弾を置いてからどれだけ逃げれば良いのか分からずよくやられた。また、エレベータを歩いて乗り移るというコトに気付かなかったのでピョンピョンと律儀にジャンプで渡っていた。ムチャクチャ難しいって、これだと。
 まあそれでもしばらく遊んでいるとクリアまでは行けるモノである。2週目に入って色が変わっても鍵が見えなくなるだけで内容はあまり変わらない。
 で、ひとしきり遊んだ後は別のラジコン仲間に50円で売ってしまった。今思うと50円ぽっちなら持ってた方が良かったと後悔。ファミコンの電源を入れるとカセットに埋め込まれた赤LEDが光るというギミック的なこだわりに遊び心を感じてしまう。



テトリス
 テトリスである、そう、あのテトリス。
 Mt.Eastもゲーセンに行く度に遊んでいたんだけど、やはりFC版が欲しくなってくるモノだ。テトリス欲しいな〜などと話していたら、クラスで前の席に座っていたAが「オレの売ってやろうか」と言ってくれたので、これ幸いとばかりに2500円ほどで買い取った。

全く許し難い
 かくして、そのイカレた操作系に触れることとなる。FC版テトリスは「十字キーの下で回転、Aボタンで落下」という凄まじいキーアサインが施されていた。これは全く許し難い。

かなり許し難い
 さらに落下も途中まで落とすことは出来ず、イキナリ一番下まで落下、と言うかワープ。これもかなり許し難い。

相当許し難い
 そしてゲームモード。AC版のようにひたすら消していくモードがないのだ。なんか汚く積まれたブロック群に対してブロックをはめ込んでいき、25ライン消去で次の面へ進む。これはこれで有っても良いモードだが、ひたすら消していくモードが用意されていないのはどういうワケか。これは相当許し難い。

ちょいと許し難い
 ゲーム性と関係ないトコロで気になるのは、とにかくブロックが汚い。なにこの赤と緑の原色系ゴチャ混ぜ配色。さらに効果音やブロックの消える効果ももう少しシャレたモノにできんのか。BGMもやかましい音質で長時間聴くとアタマが痛くなりそうだ。ホントはこういう細かい部分にも気を配ってこそ良いゲームができるんだけどな、ちょいと許し難い。


 テトリス史に大きな汚点を残す(と言うより黒歴史か?)この駄作がよりにもよってFCという最大普及機でリリースされたのは日本国民にとっての不幸とも言えるのではないか。
 しばらく遊んだ後、学校でAにテトリスの文句を並べてみた。返ってきた言葉は「あー、最悪だろ、あれ。」だった...オマエもなかなか最悪じゃと言いたかったがグッと堪える。「何あのエンディングのしょうもない踊りは?」「最低の踊りだよな。」
 結局、テトリスはSFCが出るまではGBで長らく楽しむコトになったし、SFCテトリスを買うまでMt.Eastの脳内でBPSという社名はジャ○コと同等に近い扱いを受けることになった(ジャ○コへの憎悪に関しては燃○ろ!プロ野球参照)。

 このテトリスにはMt.Eastの両親が興味を持ち、しばらくハマっていた。上記許し難き欠点の数々も、他のテトリスを知らない人間にとってはあまり気にならないのかもしれない。FC版テトリスがなければ両親は一生テトリスを知ることが無かったかも知れないし、FC版テトリスはテトリスの知名度アップには貢献したかもね。



ドラゴンクエスト
 長らく家庭用ゲームの王者として君臨した(過去形でいいんかな?!)シリーズものの初代作品で、今更その内容について説明の必要はないだろう。今やれば何てことはないコマンド型のRPG、ストーリーも単純そのもので戦闘に戦略性も何もあったモンじゃない。これが当時は何もかもが画期的だった。
 文章を見て次のコマンドを判断する、アクション性皆無のゲームで何故こんなにもドキドキできるんだ!  コマンド型 RPGは当時でも多く存在しただろうけど、ファミコンでは初のジャンルでここまで高いゲームバランスを持ったゲームが作れたというのが驚きだ。キャラデザ、BGM、ストーリー、プログラミングなど各パートでその道のプロ(別にゲームメーカの音楽担当やキャラ担当がプロじゃないとは言わないけどね)を集めて作ったこのゲームは確かにそれぞれにおいて超一流の輝きを持っていた(うむ、キザな言い回し)。音楽・映像・文章の見事な調和。ただ集めればいいというワケじゃない、ドラゴンクエストの世界を作るのに最適な人選とそれをまとめあげたエニックスの手腕は素晴らしい。
 ドラゴンクエストはモンスターとの勝負において、今まで敵わなかった相手にも、経験を積んでレベルを上げたり、より良い武器を装備したりするコトによって勝てるようになる。その地道な自分の成長の過程を楽しむうちにどんどん強くなっていって、最終的にはこのゲームのラスボスである竜王を倒すまで成長を遂げる。今までのモンスター達とのミクロな勝負の数々が実を結びゲームの最終目的であるマクロな勝利を得るというプロセスはそれまでになかった達成感を感じさせたのだ。RPGの醍醐味をMt.Eastに教えてくれた名作としてこの名はいつまでも色褪せるコトはないだろう(たとえ続編がアレでもね...)。



ドラゴンクエストII〜悪霊の神々〜
 発売後徐々に人気の高まっていった前作と違い、発売前から数々の雑誌で大体的に紹介され、大きな期待を背負ってリリースされた人気シリーズ第2作。発売日には行列ができる伝統もここから始まった。Mt.Eastも中学校を抜け出して新宿のヨドバシカメラに足を運んだのだが、甘かった。やっぱりサボるなら朝イチからでなくてはこのソフトは手に入らなかったのだ。しばらく品薄状態は続き、Mt.Eastも手に入れるのに時間がかかったものだ。今から考えると、絶対定価でソフトを買いたがらないMt.Eastがこのソフトを定価で買ってしまったのはMt.Eastがかなりアセっていたコトを物語っている。
 パーティ同士の戦闘や武器の「そうび」システムなど、いろいろな点で改良された第2作は確かに楽しかった。(アレフガルドのマップが少々寂しい感じもするが、そこのところは次回作でカバーされたのでまあヨシとしましょう。)少々ナットクのいかない謎解きもあったし、ストーリーが一本道過ぎたり、他のシリーズ作品に比べて洞窟がヤケにイジワルだったりと、いろいろ文句も多いが、それを補って余りあるパワーが、このゲームには存在する。
 ドラクエと言えば、鳥山明デザインの個性的なモンスター(でも原案は堀井雄二だけど)、堀井雄二のストーリーなどいろいろ注目すべき点はあるが、この作品においては、すぎやまこういちの聞いていて飽きない音楽に注目したい。個人的にはドラクエシリーズでは2の音楽が一番だと思っている。世間一般の意見もほぼそうであろうから、復活の呪文を入れる時の音楽「Love Song探して」やエンディング曲「この道我が旅(だったよな?)」などが歌詞をつけられて公開されたりもしたのだろう。街の音楽もフィールドの音楽も素晴らしい。オーケストラ版を聴くともっと素晴らしい(当たり前)。ちなみにオーケストラ版では城の音楽がNO.1ッス。



ドラゴンクエストIII〜そして伝説へ・・・〜
 このゲーム、2年以上はやり込んだかな。ファミコンで一番熱中したゲームっす。世間の評価もドラクエでは3が一番良いみたいで、やっぱりそれだけの評価を受けるだけのモノを持った素晴らしいゲーム。2ではパーティ制、4ではAIなど、ドラクエシリーズは毎回毎回新しいシステム要素を加えているけど、この作品では取り敢えず「職業」を取り入れている。職業だけならそれ以前にもあった概念ではあるけど、何と言っても「ダーマ神殿」での「転職」、また好きなキャラクタを「ルイーダの酒場」で登録出来るという画期的なシステムによって、パーティ編成に自由度がグッと増したばかりか、遊び方にも幅が広がった。武器・アイテムにも魅力的な要素がたくさんあり、何度も転職を繰り返したりレアなアイテムを必死で探したりと、マニアックに遊べばいくらでも続けるコトができた。ドラクエシリーズはここに1つの到達点に達したと感じさせる傑作。
 ドラクエ3はタイトル画面が寂しくなったり、復活の呪文がなくなったりと話題も多かった。冒険の書が消えたという悲劇が全国で巻き起こる中、 Mt.Eastのドラクエ3は優秀で、発売日に買ったモノにも関わらずデータが何と95年まで消えずに残っていた。公称で電池寿命が5年だったから(短めに発表しているハズとは言え)、7年以上もよくもったモノだ。この前、久々に電源を入れてみたらさすがにデータは消えていた。レベル99を11人も揃えていたデータが跡形もなく消えてしまうのは少々寂しいが、彼らには充分楽しませて頂いた。長い間ご苦労様とカセットに感謝。

 最近、ドラクエのデータ解析を試みていた矢先、とあるHPのドラクエ改造コード表なるものを参考にしたら(よくこんなの作るよなー、と感心してしまう。かなりの手間がかかるモノなんだけど)、案外カンタンにRAMデータ部分の改造に成功した。さすがにROMは逆アセンブル(何言語か分からじ)でもしない限り解読不能だが。いやー、長年の夢(?)が叶った気分。名前も経験値もステータス値も、そして「らいじんのけん」「ふぶきのつるぎ」「さざなみのつえ」「まほうのビキニ」「しあわせのくつ」などのレアなアイテムも自由自在!余談ではあるが、Mt.Eastはファミコン版では全て手に入れていた。あの苦労の結晶が今は一瞬にして生成される...しかも、幻のボツアイテム「ちいさなメダル」も持つコトができるようだ。勇者4人パーティもOK。

 取り敢えず、4人パーティの先頭を勇者「ゆうしゃ」、残り3人は全員、全ての呪文をつかえる武闘家「1ごう」「2ごう」「3ごう」という、何とも味気ない名前にしてみた。もちろん、4人とも経験値MAXのLv99、HP、MP共に999のバケモノである。

 それから、調べてみると他のドラクエシリーズも3にデータ形式が非常に似ているため(当たり前か!シリーズ特有のイベント関係のフラグなどは当然除く)、他のシリーズもカンタンに改造できそうだ。後はコードと実際のアイテム等の対応が分かれば...

 しかし...経験値を含め全ての値がMAXとなったパーティは、何をすればよいのか?レアなアイテム探しも無意味となった状態で、完全に冒険の目的を見失ってしまった...取り敢えず、ゾーマ君を倒しに行ってみますか!



ドラゴンクエストIV〜導かれし者たち〜
 取り敢えずドラクエの「ロトシリーズ」は3作目まででおしまい。以降は「天空シリーズ」として新しいドラクエの世界を展開しようとした作品がこれ。2作目で3人、3作目で4人と来て、お次は8人の大所帯になってました。で、8人ものキャラを操って戦闘を行うのかというとそうでもない。戦闘に参加出来るのは4人までで、残りのメンバーは馬車の中で待機するという、かなりムリのある設定。最後のボスに対峙しようが、4人で戦うコトにこだわり続ける勇者たち。しかし、このムチャな設定が天空シリーズに一貫して用いられている。まあ、いいんだけどさ。

 本作の目玉はAIの導入と章仕立てで進むストーリーかな?AIは戦闘時にいちいち仲間の行動を決めなくてもCPUが勝手に考えて行動してくれるので、一見手間が省けて素晴らしいシステムに感じるが、このAIがいつまで経ってもお利口サンになってくれないという理由から、その評価は散々だった。大体、ボスにザラキが効くワケないくらいは分かりそうなモノなのに、何度も試みて戦力になってくれないんだもん。しかし、プログラマのチャレンジ精神は買えるけどね。続編の5や6にもAIは採用されたが、「学習」というイミでは4のAIが一番AIしてるのだ。5や6のAIは学習はせずに、「その敵に一番効果的な戦い方」をすでに知っていて、それをしてくれる、タダの自動戦闘モードに過ぎなかった。逆に言えば、初めての場所ではまずAIに戦わせて、それをプレイヤーが「学習」してラクに進める(余計な試行錯誤をカットする)コトもできた。5以降はプログラマーが変わってイチからプログラムを組んだんだろうけど、4のようなAIで出来なかったというワケではないだろう。ただ、4のAIは融通が効かないと不評だったから。「AIを育てる」という楽しみ方は受け入れられなかったのか。って言うか、Mt.Eastも受け入れなかったか。でも、今やりなおしてみるとそれほどAIに苦労はさせられない気もする(「さくせん」は「いのちだいじに」)。

 また、章仕立てになったコトで、5章で主人公が各章の主人公たちと出会っていくという味わい深いストーリーが楽しめた。ドラクエは4以降、かなりストーリー重視型になってきたような...

 音楽は、とあるファミコン雑誌などの読者評価ではケチョンケチョンに書かれてたけど、実際確かに何じゃこりゃだった。ヤケに音がキンキンしていた記憶がある。しかし、これはファミコンの音源に落とす作業が悪かっただけで、4の音楽をオーケストラバージョンで聴くと、とっても良い感じなのだ。メロディラインが良くても、アレンジがマズいとどうしようもないという良い例だろう。天空城のワルツ、船やフィールドの音楽も素晴らしい。



ファミリージョッキー
 ファミリージョッキー、略してファミジョ。などと発音すると、どこぞの女子大のような感じがするなあ・・・
 ナムコのファミリーシリーズでまさかの競馬が題材。有馬記念だとか天皇賞なんて言ってる割りには障害物をジャンプしたりして、その内容は競馬とかけ離れている。まあこれは重賞レースの難しさを障害物で表現しているとしておこう。
 ムチで馬を叩いてスピードアップ、しかし叩きすぎるとスタミナ切れを起こすのでレース全体を見据えたペース配分が重要となる。
 馬のステータスはいくつかあり(最高速、加速性能、ジャンプ力など)レース中に拾うアイテムで馬がちょっと成長していく楽しみもある。
 1つのレースの中にも序盤、中盤、終盤の闘い方がハッキリと分かれていてなかなかに戦略性が高い。

妨害の妙味
 このゲームの攻略法の1つとして、100パーセント反則にしか見えない妨害行為がある。後続の馬の鼻先をしっかりと抑え、後ろから押してもらって前に進むのだ(ひでぇ)。

 しかしこの行為こそがこのゲームのゲーム性を高めているのは間違いない。馬同士がお互いに体当たりを仕掛けるときは1ドットでも前に居る馬が1馬身前に押し出されるので、相手より1ドットでも前に出たと思った瞬間、相手に体当たりをかける。

 最終コーナー直前までは体力温存のためライバルたちの鼻っ面を一生懸命ジャマする静かな駆け引きが展開される。
 最終コーナーを回った後は温存してきたスタミナを一気に解放しつつラストスパート、まさしくつばぜり合いのデッドヒート。そして1ドット前に出た瞬間、体当たり!これが熱い!熱すぎる!
 静から動へ、最終コーナー直前からゴールにかけてのレース展開の起伏が見事。

体力切れの果てにあるのは緩やかな死
 途中体力が無くなった馬ほど悲惨なものはない。フェンスに体を擦り付けるとスピードアップするという裏技を駆使しても最終直線で待つのは哀れな末路。その姿に滅びの美学すら感じさせる。

だってそう見えるんだもん
 3コースの騎手が口をパクパクさせているように見えるので口パク1(ワン)、もう一人が口パク2(ツー)。他に黒人っぽい騎手はブラックコク、グリーンコクなどと呼んでいたのが思い出。



ボンバーマン
 ゲームのルールは見れば分かるほどに単純明快。
 変化に乏しい画面に調和する単調で控えめなBGMがまたクセになる。アイテムを取るとBGMが変わるんだけど、やっぱり地味。
 何より魅力的なのが可愛らしくてキャッチーな敵キャラクターたち。生き物なんだか何なのか分からないデザインと不規則な動きが相まって、ゲームを多少華やかにしてくれる・・・と言っても全体で考えればやはり地味なゲームだったりする(あらら)。

 ボンバーマンと言うと今でこそ対戦ゲームの印象が強いけど、初代ボンバーマンに思い入れのあるMt.Eastはこの地味〜な閉塞感こそがボンバーマンの醍醐味と考えているので、対戦で友人と盛り上がるのは邪道とさえ思えてくる・・・

我が家のボンバーマン
 ボンバーマンは最初のうちは弟が友人から借りて遊んでいたゲームだった。これを兄弟でわいのわいの言いながら遊ぶいつものパターンだったが、ここで大きな異変が起きた。今までTVゲームになんぞ見向きもしなかった父が何故かこのゲームに食いついてきたのだ。どうやら、いかに少ない爆弾で効率よくブロックを破壊していくかといった辺りに美学を感じたらしい。

 そんなこんなで数日後には我が家のボンバーマンがお目見えしていた。Mt.Eastはゲームソフト1本買ってもらうのに必死の懇願をするというのにオトナってヤツは・・・という気持ちももちろんあったが、それより父がTVゲームソフトを買ったと言う事実に驚くばかりだった。
 父が自分で遊ぶために買ったとなれば両親公認のゲーム大会開催。休日に家族で交代で一気に50面クリアまで遊んだりしたものだ。
 まあそんなワケで、家族で遊んだ数少ないゲームの1つがこのボンバーマン。思い出の1本だね!



燃○ろ!プロ野球
その昔、怒り狂ったMt.Eastが叩き割ったという哀れな末路を見よ!
怒り狂った末路
 ここで質問。今これを読んでいるアナタ、「クソゲー」という言葉を聞いてどんなゲームを思い浮かべますか?世の中にクソゲーと呼ばれるゲームは死ぬほど存在します。「自分のやったゲームにクソゲーはない」というヒトは、ゲームをあまりやらないヒトと言ってもいいでしょう。しかし、最近の「クソゲー」という呼称には、一種の称賛のようなニュアンスが含まれているのもまた事実でしょう。本当にどうしようもない不良ゲームなら、ちょこっとやってすぐにやめてそれっきり。記憶に残るコトもなく従ってクソゲーとして名を残すコトもないワケで。クソゲーと呼ばれるにはそれなりの「何か」を持っていなくてはなりません。

 ウンコである。クソゲーなどと言えば、読者に上記のようなニュアンスを与えてしまう。

 このゲームはテレビの野球中継のようなアングル、音声合成チップの搭載、オーロラヴィジョンの映像などの新しい要素を含んでいたので、発売前には随分話題になった。当時ワンサカとあったファミコン雑誌の高い評価を読んで、ワタシも発売日に買ってきた。
 はてさてそのゲームの内容たるや、もう絶句モノである。買ったゲームは(借りたゲームもだけど)骨までしゃぶるワタシが、買ったその日に見限ったくらいだからかなりのウンコレベルである。ファウルの次の投球は必ず(たとえ背中の後ろを通っても)ストライク、ファウルボールがフェンスに当たればフェアの判定、スリーバント失敗の後は打順が1人飛ばされる、キャッチャーが残っていない時にキャッチャーに代打を出すとハングする、親子どんぶりもOK、などなどのシステム面でのバグもさるコトながら、それ以上に参ってしまうのが守備時の融通の利かなさである。ファミスタの様に選手を操作できるかと言えばそうでもない。勝手にフライ打球の落下点に入って落下を待ち構えているクセに何故か響く審判の「フェア!」の声。ボールが落下してからは選手を操作できるが、何故かセンターオーバーの打球をピッチャーが捕りに行ったりして。ボブ・ホーナーのバントホームランなんて、ほんのご愛敬だ。
 ポジションの間違いも多かった。実在の球団とは関係ないからいいじゃんと言われればそれまでだが、カタカナとは言え実在の選手と同じ名前が並んでいるのでやっぱり納得がいかない。カープに似たチーム「HCチーム」の選手で例を挙げれば、右翼手「ヨシヒコ」選手と二塁手「ヤマサキ」選手などなど。

 何がアタマにくるって、こんなズサンなゲームを(多分)何のためらいも無く堂々と宣伝をして市場に出したそのずーずーしさ。こんなにヒドイの、今時の大学生だって作らないよ。デバッグやテストプレイをやってないハズがない。最悪のゲームバランスや数々のバグを発見しておきながら、出荷納期に追われたのか、子供のオモチャだからとナメてたのか、とにかくこの悪魔のようなバグゲームが世間に姿を現したのである。不良品と分かっていながら大体的な宣伝を以って世に送り出す。これは詐欺行為以外の何者でもない。このゲームを境にワタシのジャ○コに対する評価は地の底にまで落ち、未だにワタシの脳裏の地獄の底にその呪われた社名がベターッとのさばっている。
そんなに燃えたきゃオマエが燃えろ!

 このゲームの失敗のおかげで、ゲームを発売日に定価で買うというコトをしなくなった。



ロックマン
 難易度は高めだけど、同じカプコンから出ている魔界村みたいな理不尽なまでの難しさはなく、ある程度やり直して練習すればスイスイ進められるようになっている。ロックマンの移動スピードやジャンプ、武器の発射などあらゆる動作が指先と気持ち良く連動している感触があって、画面もシンプルで見やすくアクションに集中できる。

 最初は基本的な武器ロックバスターしか持たないロックマンも、ボスを倒していくことでそのボスの使っていた武器を使えるようになって攻略がラクになるというアイデアも良いし、その武器も個性があって状況に応じた使い分けが楽しい。
 さらに6体のボスを倒した後に現れるDr.ワイリーステージの仕掛けも凝ってて最後までアイデアが詰まってる。特にエッグマンの悪夢やニセロックマンとの対戦はシビれる演出だった。その印象が強いせいか、逆にラスボスがどういう感じだったかが思い出せない(^^;)。

 では非の打ち所が無いかというとそうでもなく、ゲーム性ではなくシステム面で大きな欠点がある。このゲーム最大の失敗はパスワードコンティニューがないことだろう。ある程度上手くなると、遊ぶ度に6体のボスを倒すのは作業と化し正直面倒なだけ。アクションゲームにパスワードコンティニューは不要というポリシーがあったのかもしれないけど、エンディングを見るまでの工程が長いので、せめてワイリーステージから始めるか否かだけでも選択できていたらと思う。

 何はともあれGBやSFCのロックマンXシリーズに至るまでお世話になったシリーズ。これぞまさしくアクションの良ゲー。手ごたえ充分でゲーム好きにオススメ。



まにぃ
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