「女装と軍服」 宮崎留美子さん 2001年4月2日

 率直に言って、ああいう番組のつくりになるとは、予想外でした。
 以前、「ここが変だよ」は、ゲイの問題をじっくりとりあげたことがありました。確かに、興味半分もあるバトルだったのですが、それでも、ゲイの問題を考えるよすがになったことは事実だろうと思います。
 今回も、そういうものをイメージしていました。結果をみると、私が出演を承諾したことに、ちょっと後悔しています。
 軍服マニアと同じ土俵になったことについて、なかなか鋭い分析をされています。
 私は、基本的には、ナチスによって虐殺が行われ、民族殲滅が実行された歴史を、しっかりと受けとめた行動があるべきだと思っています。どういう服を着るのも自由 であるというのは基本ですが、その服を着ることによって、相手に対して耐え難い苦痛を味わせる権利があるのかどうかと問われれば、やはり「否」と答えざるをえません。
 では、女装は?となると、女装を厭うがわにある性別2元制をもとにした偏見と誤解があり、それは、順次、解消されていく方向のものであるのに対して、ナチスの軍服の場合は、偏見と誤解を解消すれば理解できるというしろものではありません。やはり、本質の違いがあると、私は考えます。
 ことに、ナチスの服を着た日本人マニアが、フランス人の前で、ナチス式の敬礼をしたのは、相手の心をあまりにも逆なでする行為と言わざるをえません。女装が、相手の心を逆なでするということは、本来はないはずです。
 このところの文章は、いまひとつ歯切れがわるいというか、まきこさんの主張が、いまひとつ明快でないような気がしました。

まきこより

 確かに、今読み返してみるとちょっとわかりにくいと思います。  もともとの考えでは、異性装が軍服にくらべて、本当に人に嫌悪感をもたせず に受け入れられるものなのか、あるいは人に見せてすばらしいといわれるものか という自分自身への問いかけがあったのですが、この歯切れの悪さは、まだこの 問いに明確な答えが出せていないからであるように思います。  ただ、ご承知の通りイスラム圏、とりわけ原理主義が強いところではトランス や同性愛に対する弾圧だけでなく、あからさまな男尊女卑も根強いわけですが、 そういうところに対して近代的な人権思想の語り口でジェンダーフリーを唱える ことが可能なのか、今まさに第三世界フェミニズムとかで問題にされているとこ ろですが、(もちろん向こうには向こうの文化があるからという言い方は決して 正当化されないとは思いますが)、TV番組自体の出来はともかくとして、考え ればいろんな問題が複雑に絡んでいるように思います。

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