☆詩誌 「六分儀」30号−33号 詩:小柳玲子 島朝夫 林立人 樋口伸子 古谷鏡子 評論:鶴岡善久「落石岬の池田良二」 夏目典子「クールベ展」小柳玲子「詩学終焉」
☆夢人館取扱い図書
明峯 明子 花田 英三 長嶋 南子 星野 元一 木川 陽子 小柳 玲子
落葉
十一月の黒い窓は降りそそぐ落葉の蔭にあった なかは無人にみえた が 実はわたしはそこでねむ っていたのだ ねむりとねむりの間には 空地が あって落葉が散っていた どれもみな仮面のよう におし黙って鈍い陽を浴びている それらはわた しの大切な死者たちのものかもしれない 既視か それともいつか読んだ小説の一場面だったのか わたしは血の退くようなおもいで この<不在>の 場所に帰ろうとしていた 椅子の背もたれにセーターがかかっている 昨日 この腕の部分にガスの火が燃え移ってさっと焔を あげて走った だが揉み消してみると焦跡もなけ れば編目ひとつ崩れていない なんとそれはわた しの日々のように不燃性で不死身なのだ セータ ーの襟元の商標にはZEROと縫取りがしてあった 毎日0の形で繋げられていく日常のセーター そ の広漠とした暗い編目に迷いこんでしまう そう して限りなく負数に傾きながら わたしはねむり のなかで落葉の音を聞いた 突然すぐ傍らで少年の声がした と同時に 未知 の<不在>への想いを語る九歳の瞳が 緑っぽく 光ってわたしの眼のなかを通りすぎた はっとし てねむりから呼び覚まされて見馴れすぎた窓のお もてを見る 相変わらず痺れた陽射しとたぶん少 しの風 なぜなら 落葉のように わたしにとっ て生きることは震えることなのだったから わた しは立ち上がってのろのろとセーターに手を通す そして遠からず自分がこの窓からいなくなること をぼんやりと考える もう物語をつづけることは できない 少年はそっと出ていく それにしても 降りそそぐ落葉の在り処は黒い窓の内なのか外な のか見分けることはできなかった
太平洋大通り
でぶが行く でぶとでぶが行く でぶとでぶとでぶが行く でぶとでぶとでぶとでぶが行ったり来たり
きになることがあったら やっちゃえばいいのさ 軽い気持ちで やっちゃえばいいのさ まわりの人も すこしずつ みんなビョーキ
保護色
あんたは茶色が好きだった 茶色のカッターシャツ 茶色の革ネクタイ 茶色のスーツ 茶色のズボン
あんたがあたしに見立ててくれる服は 茶系ばっかり そんなものかと茶色に染まっていた
緑色の服を買った あたしはしみじみ 緑色が好きだったことに気がついた
赤色の服を買った あたしはしみじみ 赤色が好きだったことに気がついた
あたしが変化していく それからは黄色だったり黒だったり カメレオンみたい 舌を出しては生き物を食う
あんたは変わらず茶色ひとすじ 生き物の 色をしている
張板
古びた着物は糸をほどかれ 洗い張りされ 板にくっついて陽ざしの中にあった 針が尺取虫のように動いた 鼻眼鏡をかけた裸電球の下だ 袖はまた腕に通された
捨てるにはおよばないのだ ふるくなったおまえの顔も胸も腰も 欲情も思想も 糸をほどいて板張りの刑にすれば 鏡の中ににっこりと立つ 犬も猫もどちらさんですかといって 遠くからやってくる
怒りや 恨みや辛みだって同じことだ 洟をすすって一つずつほどき 洗い張りして また仕立て直せばいいのだ 心の位置が少しずれたとしても 朝 そっと腕に通してあげれば 仕付糸をくっつけたまま 子どもは夏へ 男は秋へ跳んでいく
露店
道端でわたしは店をだしていた 店といっても 空のビ ールケースに板を置きわずかな品を並べているだけ わ たしの売っていたものが何であったのか おぼろげにし かいえない 板の上に 土でかたどった牛や馬 犬をつ れた人などが ぼんやりとちいさな影を曳いていた 近 くには似たような店がちらほらとでて やはりちいさな ものを商っていた
行きか帰りに Fがかならずこの道を通るはず Fとは だれのことなのか 問われればわたしは曖昧になる む しょうになつかしいものの総称 とこたえるしかないが …… せめてまわりをきれいにしておきたかった けん めいに箒で掃いた 腰の折れた庭箒では 雨上がりの地 面にはりついている落ち葉や紙切れは どうしても掃き よせられなかった
店のまえに立って 並べてある土くれをみていたおとこ が 犬か馬のかたちをつまみあげなつかしい声で これ をもらうよ といった Fだった Fとは遠ざかってい くものの総称 としかこたえられないが…… わたしの 手のひらの窪みに 二枚の硬貨が やわらかいひかりを 放ってのっていた
小柳玲子「おばけ春秋」より
日ごとの事件
北の部屋でいつも仕事をしている ジャン・デルヴィルというおよそマイナーな過去の画家について これまたほとんど読まれるあてのないマイナーな小文を書いていると 窓の右手に趣のないニセケヤキの枝が伸びているのに気付く 十年もの年月、この木に注意を払ったことがなかった 筆が捗らない腹いせに「変な木!」と怒鳴ってやった 「黄金の実でもつければいいのに」 北の空はいつも暗く、気が滅入るんですから……ね 月がいやらしいほどまん丸く 西の天窓にやってきた夜 夢の中では、あのニセケヤキにみかんが生った 鈴なりの夏みかんである さっきの暴言が木の精に聞こえたか、と にわかに神秘主義者になるいつもの癖で、 がばっとベッドの上に起き上がる 夢だ 「バカもん」と自分を叱り、また眠る それからやたらと百円銅貨を拾う夢がやってきた しかしもう起きてはやらなかった なにやらいろいろのもの――長靴や破れた旗や蛙を拾い 疲れ果てて 朝だ
(部分)