ふつうの子


(1)自閉症?





「お宅のナルくんは自閉症じゃないかと思うんです。」

保育園の先生の突然の言葉に、私は目の前が真っ暗になった。

結婚して8年目。

私は、5歳の長女と2歳の長男を保育園に預けて、主人の経営する店で
働いていた。

仕事と家事で忙しく、店と家のローンで大変だったけれど、
それなりに充実した生活を送っていた。



1998年5月。

保育園の個別面談で、私は長男の担任から信じられない言葉を聞かされた。

ナルは自閉症ではないか・・・と。

担任「お母さんは『自閉症』ってご存知ですか?
   失礼を承知で申し上げますが、
   ナルくんは自閉症の疑いがあると思います。
   言葉の発達も、他の子と比べてかなり遅れていますし・・・。」


    (自閉症?まさか うちの子が・・・?)

 「言葉が遅れているっていわれても・・・。
   ナルはまだ2歳半ですし・・・。」


担任
「それだけじゃないんですよ、お母さん。
   ナルくんは私たちが名前を呼んでも無反応なんです。
   振り向きもしません。
   顔を近付けて目を合わせようとしても
   こうやって・・・目線をそらすんです。」



担任はそう言って、目線を宙に泳がせた。



担任「これは、私だけの判断じゃないんです。
   この保育園には200以上以上の子供が通っておりますが、
   その中でもナルくんは特に目立つ存在です。
   たくさんの保育士がナルくんに接していますが、ナルくんが
   心を開く事はないんです。お母さんは自宅の様子を見られて、
   何か変だなと感じる事はありませんか?」



そう言われて私は言葉に詰まった。

面談が行われている廊下には、そよそよと心地よい五月の風が吹いてくる。

ふと目をやると、隣の教室でナル達が気持ち良さそうに昼寝している姿が
見えた。

ナルは小柄で色白。どちらかと言うと利発そうな顔をしている。

言葉の発達が遅すぎる事は気付いていたが、「普通の子」だと思っていた。

マイペースでおとなしい男の子なのだと・・・。


 「上の子も言葉が遅かったけど、
   3歳になった途端ペラペラ喋りはじめたんです。
   だから、ナルもそうだと思ってました。」


担任「もしかしたら、耳が悪くて 私たちの声が
   ちゃんと聞こえていないのかも知れません。
   一度、大きな病院で耳の精密検査を受けてみて下さい。」



 「はい。」
   (ナルはテレビが大好きだし、耳はちゃんと聞こえていると思うけど)


担任「検査してもらって、その結果、耳が正常であれば、
    何か他に原因があると考えられます。」



自閉症・・・・。その言葉の意味が重く心にのしかかってきた。


担任「もしお母さんが世間体を気にしなければ・・・
   そういう子供のための施設をご紹介出来ますが。」

 「あの・・・。施設って・・・?」

担任「自閉症児、ダウン症児、身体障害児、 
   知的障害児などの通園する

   
障害児のための療育施設です。」



障害児?

その言葉を聞いて血の気がすうっと引いていくような感覚に襲われた。






面談が終わった後ボーッと立ちつくしていると、年長組のゆめがニコニコと
近づいてきて、無邪気に話しかけて来た。


ゆめ「ママ、今日はお迎え早かったねえ。
   待っててね〜。すぐにカバンを取ってくるから〜。」



世話好きで明るい性格のゆめは、友達も多く誰からも好かれるタイプだ。



ゆめ
「ナルく〜ん、ママがおむかえ来たよ〜。」


ナルは年少組の教室のすみっこで ぼんやりと座っていた。

自分の名前が呼ばれたことに気付かないようだ。


ゆめ
「ナルく〜ん、ナルく〜ん、こっちだよ〜!」


ゆめが大声で呼ぶと、ナルは私達に気づいて ヨチヨチと歩いて来た。

とてもかわいい。

本当に自閉症なんだろうか?



耳慣れない言葉を聞いた戸惑いから逃げるように 私達は保育園を後に
した。








主人「え〜?自閉症ちゃうやろ。その先生が大ゲサに言うてるだけと
   ちゃうんか?ナルは そーゆー性格なだけやろ。」



その夜、子供が寝静まってから主人に相談してみた。
主人もすぐには信じがたいようだった。


主人「昔っから しゃべりの遅いヤツっておるやろ。
   マイペースで行動がとろいヤツもおるし。」


 「そういえば私も、『マイペース型』 とか 『協調性がない』 とか
   成績表に書かれてたわ。」


主人「あ〜、それやそれや!ナルはお前に似たんやな〜。」


    (悪いところは全部わたし似?)

ムッとしたが、その反面、主人の明るい言葉を聞いて ほっとした。

そうそう・・・ナルが自閉症のわけがない。

だいじょうぶ、だいじょうぶ。

自分で自分に言い聞かせるように眠りについたが、その夜はなかなか眠れなかった。