ふつうの子
(14) 友達になるために
ナルの夏休みが始まった。
ゆめは今日、スポーツセンターの『夏休み水泳教室』に参加するので、
車で送り迎えしなければならない。
水泳教室は、1時間半。
その間、ナルと私はどうしよう?
車で送り迎えだけしてどこかで時間をつぶすか、
同じところの別プールで水泳しながら、教室が終わるのを待つか・・・。
私 「ナル君、今日から、ゆめちゃんは水泳教室です。
ナルくんは、その間、どうする?」
ナル「・・・・」
ナルは不思議そうな顔をしている。
『どうする』という抽象的な質問は、難しいのかな?
私 「ナル君、プール遊びする?(右手の人差し指を立てて)
プール遊びしない?(左手の人差し指を立てて)
どっちにする? 」
ナル「・・・(私の右手の人差し指をつかみ、小さな声で) プールする。」
ゆめ「わ〜い!ナル君も一緒?うれしいなぁ〜。
水泳教室が終わったら、一緒に遊ぼうね。
絶対に待っててよ。約束だからね!」
ゆめはとても嬉しそうだった。
スポーツセンターに着き、ゆめが水泳教室(室内)で教わっている間、
ナルと私は室外のプールで泳ぐことにした。
室外には深さ15センチの赤ちゃん用プールと深さ50センチのプールが
あるのだが、ナルは赤ちゃんプールでしか遊ぼうとしない。
赤ちゃんプールに浮き輪を浮かべて、その上に体をのせて、
ゆらゆら揺れて楽しんでいるだけだった。
私 「ナル、あっちのプールに行こうよ〜。」
ナル「・・・いや!ここ!」
私 「あっちのプールのほうがおもしろいよ。
あっちのプールだって、浮き輪があれば平気だよ。
すっごく楽しいよ〜。あっちに行こうよ〜。」
ナル「・・・いや!ここ!」
ナルより もっともっと小さい子だって、50センチ・プールで楽しそうに
はしゃいでいるのに、なさけないなぁ。
でも、まぁ、楽しそうだからいいのかなぁ。
赤ちゃんプールでニコニコ浮いているナルを見つめていると、
見知らぬ女性(おばあさん)がナルと私に話しかけてきた。
女性「色白さんで、かわいいねぇ。ボク、お名前は?」
ナル「・・・・」
女性「あれ?はずかしいのかな? ボクは何歳?2歳かな?」
ナル「・・・・」
私 「すみません。この子、おしゃべりが苦手で・・。」
女性「男の子は、しゃべり始めるのが遅いもんだよ。
だいじょぶだいじょうぶ!
3歳になったら、突然うるさいくらいにしゃべり始めるよ。
うちの孫なんて 家に友達を連れてきちゃあ、
ワーワーワーワー騒ぎまくって、困ったもんだよ。はははは。」
私 「はははは。」(苦笑)
笑ってごまかしたものの、ナルはもう3歳10ヶ月。
もうすぐ4歳になろうというのに、友達を連れてくるどころか、
友達なんて一人もいない。
今は体が小さくて2歳くらいにしか見えないから、しゃべれなくても
違和感がないけれど、これから一体どうなるんだろう???
水泳教室が終わり、ゆめが外のプールにやってきた。
ゆめ「やっと水泳教室、おわった〜!
ママ、どうだった?私が泳ぐとこ、見てくれた〜?」
私 「うん、見たよ。ゆめちゃんが一番輝いてた。
さすがは、私の自慢の娘!」
ゆめ「もぅ〜、いいかげんなこと、言って〜!
泳ぐとこ、見てなかったんでしょ〜?」
私 「ばれたか、ごめんごめん。ナルから目が離せなくって。
ここから ちょびっとだけは見たんだよ。」
ゆめ「いいよ。ナル君がおぼれたらいけないもんね。
私の泳ぎがうまくなってから、見てね。」
私たちが話していると、ナルがゆめの腕を引っ張りにきた。
ナル「ユメチャン、アソボ!」
ゆめ「うん。遊ぼう〜。
ナル君、ぷかぷか浮いて楽しそうだねぇ。
アタシも一緒に ぷかぷかしていい?」
ナル「・・・イイヨ。」
ナルは簡単な受け答えはできるようになったけど、
家族以外とは ほとんどしゃべれない。
ニコニコしながら赤ちゃんプールに浮いている二人。
ほほえましいけど・・・このままじゃいけない。
ナルにも友達をつくってあげなくちゃ。
だけど、友達になるためには ちゃんと会話ができないと・・・。
夏休みの間に少しでも言葉の数が増えるよう、
毎日3冊以上絵本を読んだり、知育ビデオを見せたり、
絵カードを自分で作って見せたりしているうちに
ナルは『赤・青・黄色』や『1・2・3』や動物の名前など、
いろいろな単語を覚えた。
だけど、会話となると難しい。
「ジュース ノム」なら言えても「ジュース ヲ ノム」は言えない。
二語文をしゃべるのがいっぱいいっぱいだし、
「て」「を」「は」「に」の使い方は全然ダメだし・・・。
日本語って なんて難しいんだろう。
ナルは、子ども部屋に作ったジャングルジムにも慣れて、
毎日少しずつ遊ぶうちに てっぺんにも乗れるようになってきた。
ゆめ「ママ、見てーー!ナル君がてっぺんに登ったーー!」
私 「すごーい!やったね、ナル君。」
ナル「・・・ヤッター!」 (にこっ)
ゆめ「ねぇ、ママ、今度お友達に遊びに来てもらっていい?
ナル君も喜ぶと思うし。」
私 「うん、いいねぇ〜。」
でも、誰に来てもらえばいいんだろう。
ナルのことをどう説明すればいいんだろう。
ある日、3人で近所の公園へ行くと、ゆめの友達のP子ちゃんがいた。
ゆめ「わーーーい!P子ちゃんーーー♪」
P子「わーー!ゆめちゃん、お母さんと弟と公園に来たの?
アタシも弟といっしょに公園へ来たのよ。
みんなで砂場で遊ぼうよ。」
ゆめ「わーー!P子ちゃん、弟がいたの?名前はなあに?」
Q太「・・・Q太。2歳。」
P子「Q太ったら、乱暴だし、うるさいのよ。もうイヤになっちゃう!」
Q太くんの顔は、真っ黒。
外遊びが大好きなんだろう。
活発そうな顔をしているし、しゃべりもしっかりしてるし、ナルとは大違いだ。
P子「ねぇ、ゆめちゃんの弟は、なんて名前?」
P子ちゃんがナルの顔をのぞきこむように質問すると、
ナルは緊張して固まってしまった。
P子「お名前は?どうしたの?」
ナル「・・・・・」
ダメだ。
あんなに練習したのに自分の名前もいえないなんて・・・
くやしくて悲しくて・・・私は奥歯をぎゅっと噛み締めた。
そのとき、
ゆめ「アタシの弟、ナルくんっていうの。」
P子「ナルくんって、話せないの?」
ゆめ「うん。今はまだ話せないの。
でも、おとなしくって、すごく優しいんだよ。」
P子「やさしいの?いいなぁ〜。」
ゆめ「いいでしょ。私の自慢の弟なんだ〜♪」(笑顔)
・・・ゆめの笑顔がまぶしかった。
そうか、そうだよね。
話せなくてもいいんだよ。
ニコニコ笑顔でいるだけで・・・それだけで友達になれるんだね。
大人になると いろんなことを考えすぎて臆病になってしまうけれど、
笑顔でそばにいるだけで 少しずつ友達になっていくんだね。
あせらずゆっくり、ニコニコ笑顔で・・・
そんな風に生きていけたらいいね、オトナも・・・子どもも・・・。
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