・〔閉ざされた声:ビルマ 『「強まる少数民族弾圧 軍事政権に「加担」する日本』
 (信濃毎日新聞掲載:2006年7月14日)〕            
写真・文 山本宗補   

夫と3歳の息子を
ビルマ軍に殺害
されたレメポさん
(35歳)
(掲載写真)
配給された米を
担いで避難民キャ
ンプに向かう
3年前に夫をビルマ
軍に殺害された
女性(38歳)
サルウイン川の
近くに新たにでき
た避難民(IDP)
キャンプ


 六月始め、ビルマ(ミャンマー)・タイ国境の熱帯雨林地帯は、すでに雨季に入っていた。
 国境のサルウィン川に近いビルマ・カレン州のジャングルに立ち並ぶ粗末な小屋に、断続的
に雨が降り注ぐ。まだ呼び名さえないこの国内避難民キャンプで、カレン民族約八百三十人が
避難生活を送り、診療所とされる建物では十人ほどの子どもがマラリアで寝込んでいた。カレン
民族は、ビルマの中央政権に対し自決権を求めて闘争を続ける少数民族である。

 そこからサルウィン川をボートで二時間ほど下ったタイ領内のメーラマルアン難民キャンプに
は、今年に入って三百九十家族、二千五百人が新たに逃げ込み、約一万五千人が暮らしていた。

 この五月、ガンバリ国連政治局長がビルマを訪問し、軍事政権のタンシュエ議長と会談した。
アウンサンスーチーさんとの会見も実現し、スーチーさんの自宅軟禁が三年ぶりに解除される
期待が高まった。だが結局、自宅軟禁は延長され、軍事政権はスーチーさんの処遇に国際社会
の関心を引きつける裏で、少数民族への弾圧を強化していた。

 「ビルマ軍が村を焼き払い、食糧倉庫も台無しにされた」、「町への道に地雷が仕掛けられた。
これまでにない最悪の状況だ」。
 キャンプの難民・避難民たちは口々に訴えた。彼らの大半は、カレン州北部タウングー地域
から逃れてきた農民だ。起伏の激しい山道を、ビルマ軍に見つからないよう、昼は森に隠れ、
夜は月明かりで移動し、二、三週間かけてようやく国境にたどり着いたという。
 その話から、ビルマ軍の軍事作戦は数年前から執拗にくり返され、住民はこれまで、村周辺
の山中に隠れて避難生活を送ってきたことがわかった。家族や隣人をビルマ軍に殺害されたり、
拷問を受けた者も多い。
 
 ビニールシートを屋根代わりにした小屋に住む女性(38)は「三年前、夫がビルマ軍に捕まり、
それ以来消息がわからない」と言った。七歳の息子は栄養不足のためか、皮膚病がひどい。
 レメポさん(35)は九年前、夫と三歳の息子をビルマ軍に殺害された。彼女自身も当時生後
六ヶ月の乳飲み子を抱えたまま、軍の前線キャンプで長期間、飯炊きなどをさせられたという。
 ドノーさん(40)は、九年前、強制労働をさせられていた時、酔ったビルマ兵の発砲で隣の男性
が殺されたと話した。別の男性は、ビルマ兵に片耳を食いちぎられ、米や現金を略奪されたと
語った。

 タイに事務所を置き、一九九二年からカレン民族への人権侵害を調査している民間組織
「カレン人権グループ」のケビン氏は言う。
 「今回の軍事作戦による新たな国内避難民は一万六千人に上る。明らかに民間人が標的だ。
軍事政権はこれまで支配できなかった地域から住民を追い出し、実効支配の確立を狙っている」。
また、水力発電用ダムの建設計画地域では「住民を追い出すか、強制労働の人足として移住
させている。タウングー地域のダムの建設には日本政府が関与し、日本企業の技術者が現地
調査をした」と指摘した。
 
 現軍事政権が成立した一九八八以降の一八年間で、難民としてタイへ逃れたカレン民族は、
一万八千人から一二万人に増え、スーチーさんの自宅軟禁は、十年を越えた。政治・経済が
悪化の一途をたどるビルマからは、不法労働者や、麻薬とそれに伴うエイズなどの深刻な問題も
タイや中国に及んでいる。

 五月末に開かれた国連安保理非公式協議で、米国はビルマ問題を安保理の正式議題とする
ことを提案した。だが中国とロシアが反対し、日本もそれに同調した。大島賢三・国連大使は
その理由を、「(ビルマは)国際的な平和と安定を脅かす状況に至っていない」と述べた。

 ケビン氏は「日本の国連大使は軍政の宣伝マンだ」と語気を強める。

 カレン民族の危機的状況から浮かび上がるのは、ビルマの「民政移管、国民和解、人権状況
の改善」に日本が貢献する姿ではなく、少数民族を弾圧し民主化を求める声を圧殺する軍政に
「加担する」姿だ。
 
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