湾岸戦争の爪跡 Part 1(取材撮影:1991年5月)             TOPへ戻る

多国籍軍による空爆と地上戦がイラク国内にもたらした事実を忘れないために、12年前の取材
撮影からセレクトした写真を掲載する(山本宗補)

-イラク・バグダッド市内他-

トマホークなどにより破壊された政府のビル。バグダッド市内
破壊された通信センタービル
「誤爆」によるものと思われる住宅街の破壊現場
壊滅的な破壊を受けた政府のビル。バグダッド市内
トマホークなどの
誘導型爆弾により
破壊された政府
関連ビル
(バクダッド市内)
同じく通信センター
ビル(バクダッド
市内)
バクダッド市内
住宅街の破壊跡。
「誤爆」によるもの
と思われる。
誘導型爆弾により
破壊された政府
関連ビル(バクダッド
市内)
バグダッドの南にあるシーア派聖地のカルバラ。モスク周辺の廃墟。
カルバラの破壊は空爆か、内戦によるものかは定かでなかった
破壊跡の撤去作業中、木片を拾い集める女性
バグダットの南に
あるシーア派聖地
カルバラ中心部。
空爆によるものか、
内戦による破壊なの
かは定かではなか
ったが、モスクの周
辺はすさまじい廃墟
となっていた
破壊跡の撤去
作業が進む中、
木片を拾い集め
る女性の姿があ
った


-イラク北東部ハラブジャ(1988年、イラク軍の化学爆弾によるクルド人攻撃で、約5000人が
殺されたといわれる町)と、イラン国境周辺のクルド難民-

・イラクのクルド難民について

・「破壊されつくした故郷」−クルド難民の帰還−
(Asahi Journal 1991年6月28日号掲載) 
写真・文:山本宗補

1988年にイラク軍の化学爆弾などの攻撃で約5000人が死んだハラブジャの町。多数のクルド人避難民が生活していた 見渡す限り破壊され尽くしたハラブジャ住宅街 モスクの屋根に残る爆弾による大きな穴 住宅地に残る不発弾 化学爆弾などにより死亡したクルド人の集団埋葬墓地
イラク軍による
クルド人虐殺事
件から3年後、
ハラブジャには
国内難民状態
のクルド人が多
数生活していた
見渡すがきり
破壊され尽く
したハラブジャ
の住宅街。無人
の街をダイナ
マイトなどで破
壊したようだ

モスクの屋根
には爆弾が落
とされた穴が
残る(ハラブ
ジャ中心部)
住宅地に残る
ソ連製の不発
化学爆弾など
で死亡した
クルド人住民
の集団埋葬
墓地
ハラブジャの町にはクルド人の安全を守るゲリラが多数生活していた
廃墟となった小さな町で避難生活する子どもたち
イラン国境に近い山中で避難生活するクルド難民
イラン国境近くの山中で避難生活するクルド難民
生後2ヶ月の赤ちゃん。避難生活による下痢と栄養失調により死期を待つ
ハラブジャで生活
する男性の多くが
ペシュメルガと呼
ばれる反政府の
クルド人ゲリラで、
治安を担当して
いた
ハラブジャ同様に
破壊され尽くした
小さな町で避難
生活を送る子ども
たち。
イラン国境に近
い山中で避難
生活するクルド
難民
国連や
国際赤十字に
より援助はゼロ
だった。
同じくイラン国境
に近い山中で避
難生活を送る
クルド難民。国連
によるクルド安全
地帯の圏外のた
め、援助はゼロ
だった。
生後2ヶ月の赤
ちゃん。誕生後
からの難民
生活のため、
下痢と栄養
失調のため死
を待つ。

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