「民主化はどこへ」−ビルマ・タイ国境で−上(信濃毎日新聞2002年9月19日 掲載)
[増え続ける地雷犠牲者] 
     文・写真 山本宗補   写真ページへ  TOPへ戻る

 一九四八年の英国からの完全独立以降、政情が安定せず、内戦が半世紀をこえるビルマの
地雷問題が報道されることはまれだ。

 タイ北西部、ビルマとの国境を流れるモエ川を挟みタイ側の町メーソットに、ビルマ人出稼ぎ
労働者の子どもや孤児が学ぶ寄宿学校がある。十三年前に開設された無料診療所「メータオ・
クリニック」が運営する。二十人の孤児の中に、笑顔が愛らしいカレン族の少女がいる。一五歳
で小学校三年生のトーチャさんだ。

 父は病死し、母はバンコクに出稼ぎに行ったままだというトーチャは、。放課後は友達と空き地
で遊ぶ。左足だけで飛び跳ねる彼女は、十歳の時に踏んだ地雷で右足を失った。国境近くの
村外れを歩いている時だったという。

 ビルマの少数民族、カレン民族の生活圏の辺境地帯は、険しい岩山が連なり、谷川が無数に
入り組む地形。医療施設は皆無に等しく、山中での地雷による負傷者は、二人に一人は命が
助からないという。トーチャの場合は運良くメーソットまでの運搬が可能で、タイの公立病院に
転送され、手術が間に合った。

 カレン民族による中央の軍事政権に対する自治権獲得と民主化を要求する武装闘争で、
地雷は国軍と反政府カレン軍の双方が使用してきた。だが、七年前に反政府のカレン民族同盟
(KNU)の軍事拠点が、圧倒的な武力と兵力を動員するビルマ国軍に次々と攻略されてからは、
国軍による地雷埋設地域は拡大した。

 国軍が村人に武器弾薬を運ばせたり、「地雷除去機」代わりに部隊の先頭を歩かせる人権
侵害の例は後を絶たない。

 ゲリラ戦に頼る反政府カレン軍による手製地雷の使用頻度も高まった。

「国軍の攻撃から部隊や農民を守るために地雷を使う。国軍の地雷は半永久的だが、我々の
物はせいぜい半年だけ有効な手製だ」KNUのマンシャー書記長はこう言う。トーチャが踏んだ
地雷はどちらの勢力が埋設したものかわからない。

 国境に近い三ヶ所のカレン族難民キャンプで、義足を提供するNGO(非政府組織)のハンディ
キャップ・インターナショナルの調査では、難民計六万一千人のうち、二百三人が地雷の被害者
だ。六年前は年間九人、二年前は二十二人と増えている。元兵士が六割以上、十五歳−四十歳
が八割以上を占める。

 メータオ・クリニックは昨年初め、義肢ワークショップを開設した。難民以外の患者が対象だ。
カレン民族の所長、シャン民族の訓練生三人とも反政府軍の退役兵で、地雷による負傷者。
トーチャさんの義足もこのワークショップで製作された。義足を授業中に使用する彼女は、「少し
重いけど自由に歩ける」と気に入っているようだ。将来は「診療所で看護士になり、患者のため
に働きたい」とけなげだ。

 「軍政が攻撃を止めるならば、地雷は必要ない」(マンシャー書記長)
地雷による新たな犠牲者を防ぐ近道は、軍事政権が少数民族に対する軍事作戦の停止を宣言
し、民族和解と民主化に向けた意志を証明することが先決となる。